2017.01.19

所得や学歴で健康状態にも格差が?!――誰にでも起こりうる「健康格差」の実態とは

近藤克則×荻上チキ

社会 #荻上チキ Session-22#健康格差

糖尿病患者や要介護認定者などの割合が低所得・低学歴者ほど多いことが指摘されている。社会的な富の再分配を求める声が上がる一方、生活習慣を個人の責任とする議論も後を絶たない。雇用形態や所得、社会的階層の違いから生じる健康格差とは。公衆衛生研究をされている、千葉大学近藤克則教授にその実態と解決方法を伺った。2016年10月17日(月)放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22「誰にでも可能性はある。健康格差の実態とは?」より抄録。(構成/増田穂)

 荻上チキ・Session22とは

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健康格差は過去の問題?

 

荻上 本日のゲストをご紹介します。公衆衛生がご専門の千葉大学教授・近藤克則さんです。よろしくお願いいたします。

近藤 よろしくお願いします。

 

荻上 近藤さんは普段どのような研究をされているのですか。

近藤 予防医学センターで、予防医学の中でも社会疫学と言われる分野を研究をしています。はやり病の罹患率を社会的な層に分けて分析したりして、原因を探る学問です。具体的には健康と関連する社会的要因や、不健康に繋がる要因を減らす方法を研究しています。

予防医学や疫学研究の例としては、タバコが有名です。当初タバコが身体に悪いとは知られていませんでした。ある時、早死にする人の調査をする中で喫煙者と非喫煙者を分けたら、結果が全く違うことがわかった。そこからタバコと健康の関連性の研究が進み、タバコは健康によくないと知られるようになりました。健康のため禁煙が重要であることが社会的に認知されるまでには、こうした背景があったのです。

荻上 受動喫煙に代表されるように、最近本人の生活習慣以外に環境が与える影響についても検討されるようになりました。より環境的な要因から健康を考えるのが、健康格差の問題ということでしょうか。

近藤 そうですね。メディアではタバコや生活習慣が頻繁に取り上げられていますが、健康に影響する環境要因もいろいろあります。私は社会経済的な要因に着目していますが、他にも日照時間が短い地域ではうつ病が多いといった自然環境の面から研究している人もいます。住む環境による地域間格差もあります。

社会経済的な要因による健康格差については、100年近く昔はあたり前のことでした。しかし、社会が豊かになるにつれ、その関係性は重視されなくなった。ところが、近年改めて先進国でも貧困状況と個々人の健康に関連が残り、むしろ拡大する傾向があることがわかってきて、注目されるようになりました。

荻上 一時は一億総中流社会とも言われ、社会が平等だと認識されていました。こうした言葉が覆い隠してしまった実態が改めて指摘されていますね。

近藤 はい。格差自体が徐々に広く、深くなり、その影響が健康にまで及んでいると実感している人が増えました。現状を危惧する人も多くなっています。

荻上 近藤さんが健康格差に注目するようになった理由は何だったのでしょうか。

近藤 以前臨床医をしていた時に、脳卒中の患者さんを数多く診ていました。当時は景気がよかったので、社会全体では生活保護を受けている方の数は非常に少なく、受給者は100人に1人程度でした。ところがある時、自分が担当している患者さんのリストを見ると、100人中4~5人の生活保護受給者がいる。かつて指摘されていた貧困と病気の関連性が、今日でも残っている問題なのではないかと考えるようになりました。

しかし、臨床の現場では患者さんだけを相手にしていますし、数も限られるので、マクロな視点からどのような社会的な層に患者が多いのを調べられません。そこで大学の教員に転職し、地方自治体と協力して健康格差の研究をはじめました。その結果、低所得者の要介護認定率は高所得者と比較して5倍も高いことがわかりました。多少の差があると推測したからこそ研究を始めたわけですが、ここまでの差が出たのは驚きでした。これは重要だ、と急いで学会発表したわけです。

健康格差は自己責任?

 

荻上 健康格差における低所得のラインは、年収だとどれくらいなのですか。

近藤 収入に関してはさまざまな調べかたがありますし、絶対的な数値以下の人たちだけに不健康が見られるわけではありません。前出の調査では、個人情報を保護した上で市町村から資料をいただき、非課税対象者と年収400万円以上の高齢者を比較しました。

荻上 健康問題を自己責任とするような風潮に関してはどうお考えですか。

近藤 特に糖尿病などは生活習慣病ということが一般に認識され、「生活習慣が原因」という面ばかりが強調されてています。しかし同時に、生活習慣だけが原因ではないということもわかってきている。

イギリスの研究で、出生児体重と糖尿病の関連性も見つかっています。出生時に赤ちゃんの体重を量った記録と、その後の健康状態との関連を分析しました。その調査によると、低体重の赤ちゃんは将来糖尿病になる確率が、標準体重の赤ちゃんの5倍以上高かった。

糖尿病はインスリンという物質への感受性が低くなることで起こります。その後の研究で、胎児の時に低栄養状態に晒され続けると、この感受性が低下することがわかりました。母体にいるときの栄養状態によって、生まれてくる赤ちゃんが糖尿病になりやすい体質になってしまう。まさか、生まれてくる前の栄養状況を、赤ちゃんの自己責任だという人はいないでしょう。

糖尿病になりやすい体質の子ども、つまり低体重出生児は、経済的に余裕がなく、栄養状態が悪い家庭に多いことがわかっています。こうした点を踏まえると、糖尿病の発病には、生まれる以前を含め、子どもの頃の生育環境などさまざまな要因が絡み、自己責任とは言い切れないことが理解できると思います。

荻上 生得的な体質も、遺伝や環境的な要因などが複雑に絡んでいる。どこからが自己責任なのか、簡単には分けられない印象ですね。

近藤 そうですね。正規雇用者と比較すると、非正規雇用者の健康状態が悪いこともわかっていますが、正規社員の枠が少なくなり、希望しても正社員になれない世の中です。「不健康になったのも正規社員にならなかったお前の自己責任だ」と言うのは、イス取りゲームのイスを減らしておいて、イスに座れなかったのは自己責任だというのと同じで、少々乱暴でしょう。社会全体で正社員のイスを増やしたり、仮に非正規雇用者でも、安心して生活できるような対策を取ったりしていくべきだと思います。

荻上 所得や胎児の時の栄養状況以外では、どのような要因が健康格差につながるのでしょうか。

近藤 社会経済的には、所得の他に、教育を受ける機会の有無や雇用状態、職業階層などもあります。イギリスでは、同じ公務員の中でも、職業階層によって死亡率が違うというデータが出ています。管理職、専門職が比較的死亡率が低く、それ以外の人たちで死亡率が高くなっていて、この影響は退職後も引き継がれています。

荻上 仕事の上でのストレスなども関係しているのでしょうか。

近藤 社会経済的な差異がなぜ健康状態に影響を及ぼすのか、そのプロセスとしてストレスや生活習慣、利用できる資源の豊かさなどが違っていて、それらが積み重なって徐々に差がついていくことがわかっています。

荻上 健康格差の研究は世界各国で行われているのでしょうか。

近藤 国際的には、アメリカやイギリスが研究の先端を走っています。どちらも健康格差が大きな国で、重要な社会問題として考えられています。関心のある研究者も多く、研究費を支援する財団も多かった。両国が研究を進めたことで、過去の問題とされていた社会的・経済的要因と健康状態の関連が、現代の問題として改めて確認されました。これを受けて2009年には、世界保健機構が健康格差の問題を取り上げ、総会決議で、その研究や対策の必要性を世界に訴えました。以後各国で研究が進み、現在では世界的な動きとなっています。

日本でも、研究はまだまだ発展途上ですが、多くの方が健康格差の事実を認識してくださるようになって来ました。国としても健康格差の縮小を目指すと、厚生労働省が動き出しました。

荻上 リスナーからはこんな意見が届いています。

「非正規雇用では健康診断が義務付けられていない点、仕事中受診できないため健康診断のために仕事を休まなければならない点、受診できる診察項目が正社員と違う点で、正規雇用と大きく異なります。受診できる診査項目など、正規雇用と同様にして欲しいです」

「以前うつ症状が悪化して、上司に相談したところ、非正規職員は病気の休みがとれないので、退職するように言われました。正規職員は簡単に病気で休みを取ることが出来ます。心の健康度も、正規と非正規で変わってくると思います」

制度的な面で、正規・非正規雇用の健康格差が人工的に作られている側面がありそうです。

近藤 どちらも健康格差を生み出す日本の現状の典型的なケースです。とは言え、日本でも正社員に対する保障制度も昔からあったわけではありません。何十年もかけて徐々に労働者の健康は雇う側にも責任の一端があると考えられるようになり、健康診断の受診を雇用側に義務付けるような仕組みが出来てきた。現状では、給与水準やいろいろな保障などを、正規と非正規の雇用者の間に、差をつけないで行っている国もある一方で、非正規労働者を安上がりな短期的労働力と捉え、十分な保障を行っていない国もあります。非正規雇用の割合が増加したにも関わらず、給与や制度的保障が正規社員と大きく異なる日本は、残念ながら大きな格差を生んでしまっています。いつまでも、このままにしておくのか、差を無くしていくのか、社会としてどちらを選択するのか論議すべきです。

荻上 健康診断の制度の違いにより、病気の早期発見や、効果的な治療を行うための情報へのアクセスにも格差が出ていますね。

近藤 正社員は職場の診療所を利用したり、検診車が職場に来てくれたり、雇用している側に義務づけられていて、受診時の給与も保障されていますが、非正規の人は1日仕事を休み、日給を諦めないと受診できません。当然、検診の受診率も低くなる。本来こうした人こそリスクが多いわけですが、それなのに検診を受けにくいという、ねじれた状況です。この公平性の問題を放置しておいて良いのかというが、健康格差を巡る論点です。ここを正さないまま、本人の自己責任ばかり問うのは果たしてフェアでしょうか。

荻上 リスナーからもそうした指摘が多数きています。

「自営業をしています。売り上げが落ちたので給料を下げたら、医療機関にかかる回数が減りました」

「フリーランスのため健康診断は強制ではありません。自分で行くとなるとついつい後回しにしてしまいます。その上人間ドックは高く、正社員でないと健康保険組合からの補助あっても自己負担で2万円以上かかり、なかなか厳しいです」

所得を手放し、さらに出費がある。こうした理由で余計に病院から遠のいてしまう方は多いのでしょうか。

近藤 そうですね。今では日本の就労人数の4割が非正規です。検診に行きやすい制度が必要です。

無意識で健康に過ごせるコミュニティづくりを

 

荻上 こんなメールもいただいています。

「いろいろなご家族と付き合う中で、低所得の家庭では安くて量と満足感がある食事を優先するためか、インスタント食品や、油っぽく味の濃い料理などをよく食べている印象があり、肥満の傾向が多く見られました」

肥満と健康格差には関係があるのでしょうか。

近藤 国際的に、所得階層の低い方に肥満が多い傾向が認められています。近年日本でもこうした調査行われ、同様の報告がされています。

荻上 アメリカなどでは以前から食生活と健康の関係が指摘されていました。ようやく日本でもこうした研究が進んできたということでしょうか。

近藤 日本社会は平等だというある種の思い込みがありました。調査する時に、所得や学歴尋ねることを快く思わない人が一定数存在し、日本における健康格差の研究がなかなか進まない部分がある。しかし政策として健康格差の問題に対処していくためには、正確な情報が必要です。社会に、その必要性の理解が広まり協力が得られる世論が広がっていくことが、健康格差対策には必要です。

荻上 最近では貧困や健康格差を、倹約の努力により対応できるとする論調もありました。健康的な食事や生活を管理する能力そのものが、健康格差の要因のひとつと解釈できるのでしょうか。

近藤 特に子どものうちは、何が健康的な食事なのか知識がありません。育てられた環境の中で、食に対する理解を深めていく。だからこそ、食育などを通じて、子どもに健康によい食事を教える取り組みも進んでいます。外で食事をする機会がないと、自分の家の食事に野菜が少ないことにも気づかない。いつもスーパーで買ったお惣菜で済ましていたら、料理の仕方もわからない。結果自分も同じような食生活を送り、健康的な食生活が身につかず、悪循環に陥ります。

荻上 子どもが家庭環境の中で学ぶ生活習慣が、大人になった後に実践する生活習慣に多大な影響があるのですね。こうしたことを踏まえると、所得の格差の是正だけでは、健康格差の改善には不十分な気もします。

近藤 今まで所得がなかった人がお金だけ得ても、それを有効に使う方法がわからず、必ずしも健康には繋がりません。単にお金を与えるのではなく、健康的に生きるために必要なノウハウや必要なものそのものを、直接提供するべきだという議論があります。

近藤氏
近藤氏

荻上 一方で、受益者としての自覚を持たせ、自立を促すために、多少なりとも金銭を支払うことが必要だとの意見もありますが。

近藤 子どもの医療費の自己負担をなくしたら受診が2割増えたというデータがあります。自己負担があると受診抑制が生まれることを示唆しています。子どもの医療費負担を減らす制度として、当初は償還制度と言って、窓口で一旦支払い、手続きをすると後で返金される制度を実施したある自治体では、あまり受診率が上がらなかった。後に現物支給型、つまり窓口での一時的な支払いもなしにしたら、効果的に受診率が上がったんです。直接的な支援の有用性を示しているでしょう。

荻上 健康格差是正のための対策については何が重要だと思われますか。

近藤 健康意識の低い方は普段から生活習慣が悪く健康診断にも行かず、病気になりやすくなるというサイクルがあります。東京の足立区では、健康に良い地域づくりをして、本人が、特別に意識や努力をしなくても健康な生活ができる環境を整えることに力を入れているそうです。こうした対策はとても重要だと思います。

足立区の例では、居酒屋でお通しに野菜が出てくるお店が増えいています。意識して野菜を頼んだものではないが、お腹も空いているのでとりあえず食べる。野菜を先に食べることで糖尿病の血糖上昇を抑えられるという報告があります。大変うまい取り組みですね。

荻上 市町村単位では取り組みが始まっていますが、限界があるようにも思います。社会全体の健康格差を是正していくための、国家レベルでの取り組みに関してはいかがですか。

近藤 私は、健康格差問題は時限爆弾だと思っています。今はまだ目に見えてはいませんが、貧困児童や非正規雇用者の増加、未婚率の上昇、学費の高さを理由にした教育の断念などの現象が日本中で増えています。こうした人々は将来病気にかかりやすい人たちです。したがって今後、医療費や介護費、場合によっては生活保護費も含めて、より多くの予算が必要になることが予想されます。

こうした問題は健康格差だけでなく、少子高齢化や人口減少の問題とも密接に関わっています。誰でもが安心して暮らしていける社会かどうか、健康格差はひとつの目安になる。健康格差がない社会を目指すことで、より多くの人が暮らしやすい社会づくりに繋がっていくでしょう。

荻上 個々人での対策や、意識の持ち方といった点ではいかがですか。

近藤 一番は社会に参加することです。多くの人と関わりを持つこと、笑うことなどが健康維持には効果的です。低所得でも、こうしたことが出来ている人は健康に暮らしているというデータも出ています。健康には心理的なストレスも大きく関わっていることもわかっていますので、ストレスを感じない居場所や活動を見つけて参加する。たいしたお金もかけず、誰でも出来ることなので、ぜひ実践して欲しいと思います。

もちろんこれだけでは限界がありますから、所得の再分配といった政策的な取り組みを社会に求めていくことも大切な取り組みになるでしょう。

荻上 虐待や貧困の問題では、現状を放置することで将来起こりうる税収の損失を試算して、早急に投資すべきだと指摘する声もあります。健康格差にも同じような側面があるのでしょうか。

近藤 共通の問題ですね。イギリスやアメリカでは、子どもたちへの投資こそが、実は経済的にも最も効率のよい投資だと考えられています。特に0~5歳の間は教育格差への影響が大きい上、対策の効果が大きい時期とされており、就学前教育として充実した対策が行われています。

最近は日本でもボランティアが無料塾を開催し、塾へ行く余裕のない家庭の子どもを教えたり、子ども食堂など市民コミュニティが主体となる取り組みが進んでいます。こうした活動が広まると同時に、政策として、生まれた家庭の環境で決まってしまわないような仕組みを構築することが重要です。すべての子どものスタートラインは、しっかり保障する社会になって欲しいと思います。

荻上 現行の政策や体制の見直しも含め、社会的に健康格差を埋めていく意識を作っていきたいですね。近藤さん、ありがとうございました。

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プロフィール

近藤克則社会疫学

千葉大学予防医学センター社会予防医学研究部門教授、同大学院医学研究院公衆衛生学教授。国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センター老年学評価研究部長(併任)。日本福祉大学健康社会研究センター長/客員教授(併任)。1983年千葉大学医学部卒業。博士(医学、社会福祉学)。東京大学医学部付属病院リハビリテーション部医員、 船橋二和(ふたわ)病院リハビリテーション科科長などを経て、 1997年日本福祉大学助教授。University of Kent at Canterbury(イギリス)客員研究員(2000-2001)、日本福祉大学教授を経て現職。「健康格差社会 何が心と健康を蝕むのか」(医学書院、2005)で社会政策学会賞(奨励賞)受賞。「健康格差社会」への処方箋」(医学書院、2017)。

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荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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