2017.03.14
日本における子供の貧困を人的資本投資、共同親権の側面から考察する
はじめに
「日本の子供の6人に1人は貧困状態にある」という報道を目にした方も多いだろう。昨今、日本における子供の貧困をめぐる状況について、良くも悪くも注目が集まっている。筆者が仕事をしている途上国と異なり、日本では信号待ちの際やスーパーから出たところでストリートチルドレンに物乞いをされることもない。そのため、子供の貧困と言われてもピンとこない方が多いのではないだろうか?
しかし、日本には厳然たる事実として貧困状態で暮らす子供たちが存在する。そして見落とされがちであるが、ストリートチルドレンが存在しないと言われる日本では、子供の貧困はその保護者達(若者)が貧困状態にあることを意味し、その保護者に対する支援が十分になされていないことを示唆している。
保護者に対する支援不足には、例えば児童相談所に対する支援不足など様々な要素が含まれるが、その一つとして、若者に対して人的資本投資(人的資本投資は、医療・社会福祉など様々な分野から構成されるが、字数の関係でそのすべてを網羅した議論を展開することはできないので、それはまた別の機会に譲り、本稿では教育分野に絞って人的資本投資の議論を進めていく)が十分に行われてこなかったことや、厳しい状況に置かれている若者(本稿ではシングルマザーをその対象とする)に対する支援制度が構築されていないことを挙げることができる。つまり、若者・子供の貧困問題の本質は、若者に対する過小な人的資本投資が、次世代の過小な人的資本投資を引き起こし、日本を窮乏化させている点にある。
そこで本稿では、人的資本投資の側面に着目して日本の子供の貧困問題について論を進めていく。以下では、1章で子供の貧困にまつわる諸データを紹介することで日本の子供の貧困状況について解説する。2章では子供の貧困を引き起こしている原因の一つとして、若者に対する人的資本投資の状況と、ひとり親家庭(ここではシングルマザーに焦点を絞る)の養育費受け取り状況、その対処策としての共同親権が持つ可能性と限界について議論する。3章では子供の貧困が日本経済にもたらすインパクトとして、子供の貧困による経済損失を紹介する。
1.日本の子供の貧困の現状
では、日本における子供の貧困状況はどうなっているのだろうか? まず、子供がいる家庭の貧困状況に関するデータをOECD諸国と比較することで、日本の状況を捉えてみる。次に、実際に子供がどの程度貧困状況にあるのかを知る手がかりとして、子供として生活するために必要なものの剥奪状況についてもOECD諸国と比較する。そして最後に、それがどの程度過小な人的資本投資に繋がっているのかの手がかりを得るために、家計内の教育予算や教育環境についてもOECD諸国と比較する(貧困家庭出身か否かで、学歴に大きな差が生じているが、これは人的資本投資そのものではなく、そのアウトプットにあたる部分なので、第三章で言及する)。
上の図1は先進諸国の子供の相対的貧困率を示したものである。相対的貧困率とは、家族構成を考慮した可処分所得が、その国の中位所得の半分に満たない家庭に住む子供の割合である。日本の子供の約6人に1人は相対的貧困状態にある家庭で暮らしており、これは先進諸国の中でも高い方に位置する(注1)。
相対的貧困率の問題は、相対的貧困ライン以下の家庭で暮らしている子供の割合を示すものの、その家庭がどれくらい貧しい状況で暮らしているのか、たとえばそれが年収200万円なのか50万円なのか、を示せない点にある。言い換えると、貧困の割合は示せるが、貧困の度合いを示せないということである。この問題点を克服するのが、貧困ギャップ指標である。
貧困ギャップとは、貧困ライン以下で暮らす者たちの平均所得が、どれぐらい相対的貧困ラインから離れているかを示すものである(注2)。上の図2は、先進諸国の子供の貧困の貧困ギャップを示したものである。先進諸国における日本の貧困ギャップの値は大きく、かつ順位も貧困率で見た時よりも下がっているため、相対的貧困ライン以下の家庭で暮らす子供たちの貧困の度合いが大きなものになっていることが分かる。
そして、日本の子供たちが暮らす家庭の貧困は、実際に子供自身の貧困へとつながってしまっている。上の図3は先進諸国の子供として生活するための必需品を欠いている子供の割合(Child Deprivation Rate)を示している。この指標の定義は、1-12歳の子供の中で、子供として生活するための8つの必需品のうち、2つ以上欠いている子供の割合である。先の二つの指標が、子供が暮らす家計の貧困状況を示しているのに対して、この指標は実際に子供が物質的にどれだけ剥奪状態にあるのかを示している。
日本は8つある必需品の中でも、室内用のおもちゃ・宿題をするための静かな場所・子供の衣類で下から1/3に入っており、全体で見ても先進諸国の中で平均より悪い状況にある。つまり、家計の所得が貧しい中でも子供がよりよい生活が出来るような支出がされているわけではなく、家計の貧困状況が実際に子供自身の貧困状態へとつながっていることを、この図は示唆している。
そして、日本の子供の貧困は、子供に対する人的資本投資の貧困へと結びつき、将来の貧困予備軍を作り出してしまっている。上の図4は、OECD諸国のMcloone指標を示している。この指標は、簡潔に言うと図2で示した貧困ギャップ指標の「所得」を「教育投資」へ言い換えたものである。日本はここでも平均よりも低い状況にあり、十分な教育投資を受けていない子供たちの存在が浮かび上がる。
図5は、OECDが定めた教育を受けるために必要な主要な7品目について、すべてそろっている子供の割合を示している。OECD諸国の平均では44.6%もあるのに対し、日本の値はわずか12.2%と最下位に位置している。これらのデータが示すように、日本の子供の貧困状況は芳しいものではないが、それがさらに人的資本投資の少なさへとつながり、貧困の連鎖・次世代の貧困へとつながる状況になってしまっている。
2.なぜ日本の子供は貧しいのか?
2.1 若者の貧困
前述のとおり、日本における子供の貧困の原因は、子供が暮らす家庭の貧困、すなわち親世代である若者の貧困にある。もちろん、少子高齢化が進む日本では高所得の高齢者の存在が貧困ラインを引き上げ、若者が貧困ライン以下でカウントされやすいという事実はある。
しかし、国税庁の民間給与実態統計調査の結果によると、事実としてこの20年間を見ても、20代の年収は減少している(20代後半だと、平成9年の373.4万円を頂点として、平成26年には343.5万万円へと下落している)。ではなぜ日本の若者は他の先進諸国と比べて貧しいのかというと、その一因として彼/彼女らに対する人的資本投資が十分に行われていない点を挙げることができる。
上の図6は、OECD諸国の高等教育総就学率を示している。日本の高等教育総就学率は先進国の中では低い方に位置しており、若者は十分な高等教育を受けられていないことが読み取れる。アメリカやイギリスでは、労働者に求める教育水準が中等教育修了で十分で、かつ肉体的な強靭さが求められるため労働者の多くが男性であった第二次産業から、労働者に求める教育水準が高等教育修了程度で、かつ肉体的な強靭さが求められない第三次産業へと主要産業が移行した際に、男性の教育水準がそれほど上昇しないという男子の落ちこぼれ問題が発生した。しかし日本の場合、国全体でこの落ちこぼれ問題を起こしている状態にあり、子供の親世代の貧困の一因になっていると考えられる。
そして上の図7は、OECD諸国の期待教育年数を示している。図6で示したように日本は高等教育の就学率が低く、結果として期待教育年数も先進国の中では低い方になっている。特に日本の16.4年という値は、先進国の上位グループから2年近く差をつけられている状態であり、若者の平均教育水準を見た時に、大学院を誰も修了していないのと、全員修了しているぐらいの差が存在していることを意味している。
幼い子供たちの親は、この若者たちである。つまり、日本は先進国としては若者の教育水準が低く、人的資本蓄積が低水準にとどまっていることが、日本の子供の貧困の一因となっていると考えられる。
2.2 ひとり親家庭の子供の貧困と養育費問題
日本の子供の貧困を考えるときに、親世代の低い人的資本水準に加えてもう一つ考慮しておくべきものがある。それはひとり親世帯の子供の貧困である。OECDの家族データベースによると、OECD諸国のひとり親世帯の相対的貧困率は、その親が仕事をしていない世帯では平均62.6%、仕事をしている世帯では平均20.0%となっている。これに対して日本のひとり親世帯の貧困率は、厚生労働省の最新の国民生活基礎調査の結果によると54.6%、総務省統計局の最新の全国消費実態調査の結果によると60.0%である。日本のシングルマザーの労働参加率は80%超(厚生労働省平成23年度全国母子世帯等調査)と先進国の中でもトップクラスであるにもかかわらず、貧困状況は先進諸国の働いていないひとり親世帯のそれとほぼ同程度となってしまっているのだ。
もちろんこれには、ひとり親世帯の親の教育水準が低い傾向があることや、日本の労働慣行がひとり親には厳しいことなど様々な要因を挙げることができるが(これらも字数の関係で本稿では割愛し、また別の機会に論じることとする)、その一つとして日本のひとり親世帯の養育費の受け取り率が低いことと共同親権が導入されていないことも挙げることができる。
前述の全国母子世帯等調査によると、日本のひとり親世帯の養育費受け取り率は、平成18年で19.0%、平成23年で19.6%となっている。これに対して上の図8はOECDの家族データベースに掲載されている2000年段階での他国の養育費受け取り率を示している。日本の現状と図8を比べると、日本の養育費の不払い率が先進国の中では高いことが読み取れる。
この養育費不払い問題には三つのアプローチが存在する。一つ目は政府が養育費を強制徴収する方法であるが、これを運営するためには高い行政コストが必要なのに対して回収率が見合わないという問題がある。もう一つは政府が養育費を立て替え払いする方法であるが、これが実施されているのは高負担高福祉型の国であり、高負担型の国ではない日本ではこのスキームの持続可能性に疑問が生じる。これらの他に、離婚の際の養育費の取り決めの義務化と共同親権の導入という方法も存在する。
日本の離婚の大半は裁判所が関与しない協議離婚であるが、この際に養育費の取り決めが曖昧なままとなり、そして親権がどちらかの親に与えられるため、与えられなかった親にとっては養育費が子供との面会を得るための手段に過ぎなくなり、結果として面会も出来ず養育費も不払いとなるケースが見られる。このような状況に対処するために共同親権の導入が検討される必要がある。以下では、アメリカでなされてきた研究の数々を紹介することで、日本での共同親権導入のインパクトについて示唆を得ることとする。
アメリカでも1960年代までは、現在の日本と同様に、離婚後の親権は主に母親側に与えられていた。しかし、70年代になると情勢が一変し、各州で共同親権が取り入れられた。しかし、州によってこの共同親権を導入するタイミングにバラつきが生じたため、このバラつきを利用した自然実験によって、共同親権の導入が与えるインパクトが分析された。
共同親権の導入は離婚後の養育費の支払いに影響を与えるが、これは一見すると共同親権導入そのものの恩恵によるものか、それともそれによる養育費徴収の強化によるものなのか判別がつかないため、日本の状況に対する政策的示唆を得ることは難しい。
しかし、パネルデータを用いてどちらが正しいのか検証したNepomnyaschy (2007)によると、このどちらの影響も存在している。すなわち、共同親権の導入によって離婚後の父親の子供との面会頻度が上昇し、このことが子供に対する親近感を失うことを抑止し、子供が金銭的に困らないように養育費を確実に支払うようになる。また、養育費を徴収されるようになると、支払った養育費が離婚した母親によって子供のために適切に使われているのかモニタリングする誘因が発生するため、子供との面会頻度が上昇するというわけだ。
一方、共同親権の導入がどの程度養育費の支払いに影響を及ぼすかについては、Allen et al. (2011) の推計によると、離婚後のシングルマザーが養育費を受け取る確率を8%程上昇させることが分かっている。
そして、養育費の支払いは単純にシングルマザー家計の貧困を緩和するだけでなく、この家計に属する子供の貧困を人的資本投資の増加という形で緩和することにつながる。なぜなら、養育費は他の所得源と比較したときに、より子供のために使われるという性格を持ち合わせており、養育費によって福祉の対象から抜け出せることでそこに伴うスティグマから抜け出せるからである。
これは具体的にどういったことかというと、日本の生活保護世帯の子供の大学進学が分かりやすい例となる。現在の日本では、子供の大学の授業料は生活保護の減額対象となるなど、いかにも教育を重視していない国らしい、人的資本投資という側面を無視した福祉行政が取られている。この行政制度もさることながら、生活保護世帯の子供が大学へ行くなんて贅沢だという残念な世論も見られる。この結果、「世帯分離」を取ることによって生活保護が減額されることなく奨学金で大学へ進学するという方法があるにもかかわらず、生活保護世帯の保護者と子供は、自分たちが大学へ行くのは贅沢・世間に申し訳ないという意識から、大学進学という選択肢を取らず就職を選ぶケースもありうる。
これが、福祉の対象となるスティグマであり、そしてそのスティグマが人的資本投資を阻害するケースである。そしてこれは大学進学以外にも発生しうる事象で、例えば生活保護世帯の中学生が塾に行くのは贅沢だ、小学生が博物館に行くのは贅沢だ、幼稚園児が絵本を買ってもらうのは贅沢だ、という福祉の対象に入ることによるスティグマが存在すれば、教育の投資収益率が高い早期の段階においても人的資本投資が阻害されてしまう。ところが、養育費の受け取りによって福祉の対象から抜け出せば、言及したようなスティグマから自由になることができ、生活保護による収入増加と養育費による収入増加の額が等しかったとしても、後者の方がより人的資本投資にリソースが割かれるようになるということである。
実際に、離婚したシングルマザーが父親による自発的な養育費の支払いを受け取っている場合、所得が上昇する効果以上に、養育費の受け取りは子供の言語能力などの学習成果を向上させることが分かっている(Argys et al. 1998)。さらにBaughman (2014)は、養育費の受け取りは健康保険への加入を促し、健康状態そのものも改善することを見出した。これらは先にも言及したように、支払われた養育費が子供のために使われているか離婚した父親による監視の目が入るため、その他の収入源によるリソースと比べてより子供のために使われる、すなわち子供の人的資本投資に回されるからである。
以上のことから、共同親権を日本に導入した場合に子供の貧困に対していくつかの政策的な示唆を導き出すことができる。まとめると、日本のシングルマザーの子供の貧困の度合いは深刻だが、この一因として、養育費の受け取り割合が低いことが挙げられる。共同親権の導入によって養育費の受け取り割合が上昇すれば、現在のシングルマザーの子供の貧困問題が緩和されるだけでなく、教育や保健といった人的資本投資が増加することで、未来の子供の貧困問題も緩和されることが考えられる。
しかし、注意しておきたいのは、共同親権の導入は現在婚姻関係にある男女間の力関係に影響を及ぼすということだ。たとえばアメリカでは共同親権の導入によって、婚姻状態にある母親の労働参加率が上昇し(Nunley and Seals 2011)、労働時間も増加したことが分かっているが(Altindag et al 2015)、これは共同親権導入以前は離婚後に父親が子供に会えなくなるという脅威の存在が婚姻状態にある母親に交渉力を与えていたが、共同親権導入後はこれが消滅するため、婚姻状態にある母親の交渉力が低減した結果だと考えられている。
前述の影響は女性の労働参加を促進するので好ましいものではあるが、好ましくない影響も存在する。一般的に母親の方が父親よりも子供の教育を重視するため、共同親権導入による父親側の家庭内の資源配分に対する権限強化は、私立学校への進学といった子供への教育投資額を減少させることも分かっている(Nunley and Seals 2011)。
また、日本の離婚理由では、身体的な暴力、精神的な虐待が少なくない割合を占めている。共同親権導入による男女間の力関係の変化は離婚前においてはDVの発生件数の上昇などの影響が考えられる。また、面会機会を契機としたストーカー殺人事件なども報告されているため、暴力や虐待により離婚した元夫婦が共同親権を持つことの危険性も考慮される必要がある。養育費の不払い問題に対処するための共同親権の導入には上記のような問題が存在するため、導入を考えるのであれば、事前に様々な対処策を講じておく必要がある点は見過ごされてはならないであろう。
3.なぜ政府は子供の貧困問題の解決を優先すべきなのか?
ここまで議論してきたように、日本の子供の貧困率は高く、これを阻止するためには人的資本投資の増加、制度の改善などを行う必要があり、政策的優先順位は高いと考えられる。なぜなら、子供の貧困は過小な人的資本投資を招いてしまい、将来の貧困の原因になるだけでなく、国の経済発展の足かせになる可能性があるからである。
日本財団子供の貧困対策チームによる『徹底調査 子供の貧困が日本を滅ぼす 社会的損失40兆円の衝撃』(文藝春秋)は、子供の貧困が招く過小な人的資本投資によって、具体的にどのような経路を辿って、どの程度の経済損失が発生するのかを推計している。この本はそれ以外にも子供の貧困について具体的な事例や解決策の提示などを行っているので、ぜひ一度目を通して頂きたいが、ここでは経済損失の部分について紹介したい。
日本財団子供の貧困対策チーム(2016)によると、例えば非貧困世帯出身の男性の最終学歴が中卒であるのは4.6%であるが、貧困世帯出身の男性のそれは23.8%と5倍近い差が存在したり、非貧困世帯出身の男性の最終学歴が大卒であるのは45.0%であるが、貧困世帯の男性のそれは15.0%と非貧困世帯の1/3に留まっているなど、貧困世帯の子供が受け取る人的資本投資の少なさが、人的資本投資のアウトプットの格差を引き起こしている。この人的資本投資のアウトプットの格差によって、両者の間にはアウトカムレベルで「就業率」「雇用形態」「同じ雇用形態間での所得格差」の3つの格差が生まれる。
この3つの格差は貧困家庭出身者の生涯所得を平均して1600万円程度押し下げ、政府に対しても、貧困家庭出身者一人当たりに追加的に600万円の支出増/収入減という影響を与える。これを子供全体の6人に1人の割合で当てはめると、個人所得が40兆円減少し、政府も16兆円の損失を受けることとなる。そして、この推計値は治安への影響を除外しているなど過小な人的資本投資が招く悪影響の全てを網羅しているわけではないことを考えると、いかに子供の貧困が招く人的資本の過少投資の影響が大きく、政府にとって優先順位の高い政策課題であるかが分かるかと思われる。
4.まとめにかえて――日本は子供の貧困を克服することで日本を取り戻せるか?
20年前の日本は、GDP世界一のアメリカに迫る世界の超大国であり、途上国支援のODAの額も世界一であった。しかし、現在の日本はGDPで2位の座を中国に譲っただけでなく、既に倍近い差を付けられている。国民一人当たり所得で見ても、既にOECD諸国の中でも下位に位置し、イタリアなどと同程度の水準となっている。そして、ODAの額も4位へと転落し、5位フランスに肉薄され逆転されるのも時間の問題となっている。
日本が超大国の座から転落しつつあるのにはもちろん様々な理由があるが、その一つに子ども・若者政策の失敗が挙げられる。日本は高等教育への公支出が少なく、若者の所得が伸びなかった。30代男性の1/3の所得が300万未満で、そのうちの2/3が未婚という現状が象徴するように、若年低所得層で未婚率が高く、出生率も改善しなかった。そして、生まれてきた数少ない子供たちが貧困に陥らないような制度整備も不十分で、人的資本蓄積のために最も重要な時期に十分な投資が行われてこなかった。この結果、稼ぎ手の数が少ないにもかかわらず、その稼ぎ手達が十分稼げず、日本は超大国の座から転落しつつある。
高負担・高福祉型の社会であれば、全ての人達に手厚い対策を施すことができたであろう。しかし、残念ながら日本は高負担型の社会ではないため、手厚い対策を施せる対象が限定された。ここで、未来の稼ぎ手となる子供・若者が対象として選ばれていれば、日本がここまで転落することはなかったのかもしれない。世代間対立を煽りたいわけではないが、現実は高齢者に対する支出はGDPの約11.2%にも上るのに対し、子供を含めた家族へのそれはわずか約1.3%であった。
「日本を取り戻す」という陳腐なスローガンをよく耳にするが、超大国の座を取り戻すためには、まず稼ぎ手の数を確保し、そしてその稼ぎ手達が十分に稼げるよう、子供・若者の貧困問題に取り組み、人的資本を質量ともに充実させる必要がある。
そのためには、高負担・高福祉型社会へ転換し、手厚い対策を施せる対象を拡大させるか、あるいは現行の高負担型ではない社会を続けるのであれば、手厚い対策が施される対象を子供・若者へとシフトする必要があるだろう(日本の人口ピラミッドと票田を考えると後者の方が実現可能性は低いのかもしれない)。いずれにせよ、「日本を取り戻す」ためには政治的に大きな決断が必要とされている。
注釈
(注1)貧困ギャップは以下の式で求めることができる。
kは貧困ライン以下で暮らす人口を表し、yiはその貧困者の所得を表す。その値が0の時、すべての貧困者は貧困ライン上の所得で生活し、1の時すべての貧困者の所得は0である。
(注2)相対的貧困率は、中位所得の半分という恣意的な基準を用いているという批判も多い。しかし、厚生労働省平成27年度国民生活基礎調査によると、日本の中位所得は427万円であり、世帯の可処分所得が200万強以下の世帯で生活している子どもが約6人に1人もいると考えると、日本の子どもの貧困の現実がより見えるかもしれない。多くの批判があるにも拘わらず、相対的貧困率を用いる続けることのメリットについてはUNICEF (2012)で詳しく論じられている。
参考文献
日本財団子どもの貧困対策チーム (2016). 徹底調査 子供の貧困が日本を滅ぼす 社会的損失40兆円の衝撃 文春新書
Allen, B.D., Nunley, J.M., and Seals, A. J. (2011). The Effect of Joint-Child-Custody Legislation on the Child-Support Receipt of Single Mothers. Journal of Family and Economic Issues, (32), 124-139.
Altindag, T. D., Nunley, J. M., and Seals, A. (2015). Child-Custody Reform and the Division of Labor in the Household. Review of Economics of Household, 1-24.
Argys, M. L., Peters, H. E., Brook-Gunn, J., and Smith, R. J. (1998). The Impact of Child Support on Cognitive Outcomes of Young Children. Demography, 35(2), 159-173.
Baughman, A. R. (2014). The Impact of Child Support on Child Health. Review of Economics of Household, 1-23.
Nepomnyaschy, L. (2007). Child Support and Father-Child Contact: Testing Reciprocal Pathway. Demography, 44(1), 93-112.
Nunley, J. and Seals, A. (2011). Child-custody reform, marital investment in children, and the labor supply of married mothers. Labour Economics, (18), 14-24.
UNICEF Office of Research (2013). ‘Child Well-being in Rich Countries: Comparing Japan’, Report Card 11, UNICEF Office of Research, Florence.
UNICEF Innocenti Research Centre (2012), ‘Measuring Child Poverty: New league tables of child poverty in the world’s rich countries’, Innocenti Report Card 10, UNICEF Innocenti Research Centre, Florence.
プロフィール
畠山勝太
NPO法人サルタック理事・国連児童基金(ユニセフ)マラウイ事務所Education Specialist (Education Management Information System)。東京大学教育学部卒業後、神戸大学国際協力研究科へ進学(経済学修士)。イエメン教育省などでインターンをした後、在学中にワシントンDCへ渡り世界銀行本部で教育統計やジェンダー制度政策分析等の業務に従事する。4年間の勤務後ユニセフへ移り、ジンバブエ事務所、本部(NY)を経て現職。また、NPO法人サルタックの共同創設者・理事として、ネパールの姉妹団体の子供たちの学習サポートと貧困層の母親を対象とした識字・職業訓練プログラムの支援を行っている。ミシガン州立大学教育政策・教育経済学コース博士課程へ進学予定(2017.9-)。1985年岐阜県生まれ。