特集:子どもと制度

1.大江洋「子どもの権利とは何か」

 

「子どもの権利」が成立するとはどういうことなのか?その権利の実現にはどのような課題が残されているのか。法哲学の観点から解説していただきました。

 

◇愛される権利?

 

子どもは「愛される権利」を持っている。そして親には、その権利に対応した「我が子を愛する義務」がある。

 

この主張に対して、読者はどのように感じるのだろうか。胸にストンと落ちる感じであろうか。それとも違和感や反感を抱かれるのであろうか。

 

受け取る感覚はともあれ、愛される権利を子どもが持つという命題が成立するためには、次のような条件が必要である。まず、愛情という感情の投げかけが親を典型とした特定人物から継続的にあること。そしてその投げかけが送り手(愛する側)のひとりよがりのものではなく、たとえばストーカーに典型的に見られるような偏執的な愛の投げかけではなく、愛されているというポジティブな感情を実際に受け手(愛される側)が感じていること。

 

したがって、そこでの愛情とは、偏執的なものでもなく、逆によそよそしい上辺のものでもなく、質的に一定以上のものであること。権利が保障されていると言う以上、その権利を持つ人間には愛されているという実質が成立していなければならず、それが成立していない場合、つまり愛されていない場合には愛されることを(愛する義務を履行すべき者に対して)「要求」しうるのである。その要求が満たされない場合、公的権力的にその達成が図られる必要が生ずる。

 

ではこの命題は果たして一般的に成立するようなものなのだろうか。確かに、愛情豊かに育まれることが子どもの育ちにとっては非常に重要である。だが、「当為は可能を含意する(ought implies can)」という考え方、つまり、不可能なことをいくらすべきだと言っても意味がないという考え方からすれば、子どもを愛することがどんなに重要であるとしても、この命題は成立しない。

 

なぜなら、愛すること――愛されることとは基本的に感情の問題であり、感情は理性によって完全にコントロールすることはできず、したがって愛せない――愛されない可能性という「すべきだと言っても意味がない」状態が出現してしまうからである。

 

反論の可能性はある。たとえば、『愛される権利(The Right to Be Loved)』の著者リャオによれば、愛すべき人間を愛することが出来ない状況においても、人はそれにもかかわらず愛すべき理由をいろいろと意識的にあえて考えるようにしたり、あるいは、愛する余裕を日常生活に与えることによって、徐々に愛するようになることが可能だとされる(注1)。

 

だが、こうしたリャオの反論はやはり脆弱だと言わざるをえない。リャオの反論は、あくまで愛することの条件整備の可能性・重要性を説くものに過ぎない。確かにそのような条件整備によって愛することが可能になる場合もあるだろう。だが、それはやはり愛することそのものを意識的に操作する“直接的”可能性を保障するものではない。

 

人を愛すべきだといくら思っていても愛することができず、逆に、愛すべきでない(好きになってはいけない)と思っていても愛してしまう(好きになってしまう)ことは人生の苦い真実である。もちろん、その気持ち(愛情)の出し方を抑え調整することは可能かもしれない。だが、愛という内面的感情的な本質がそれで真に操作されたことにはならない。

 

さらに言えば、子どもへの愛という文脈において、その条件整備的側面にとどまらず愛そのものの出現・変容を無理矢理操作しようとするならば、家庭という親密圏に過度の公的介入を及ぼす危険もある。「あなたはお子さんへの愛が足りません」「その愛し方は間違っています」という認定をお役所が行うという(いささか荒唐無稽な)状況を想起すれば、その危険性は理解できるだろう。

 

では子どもには愛される“権利”がないとしても、子どもが権利を持つということはナンセンスなのだろうか。子どもには権利が保障されうるとした場合に、それはどのような権利となるのだろうか。……つづきはα-Synodos vol.205で!

 

 

2.畠山勝太「日本における子どもの貧困を人的資本投資、共同親権の側面から考察する」

 

近年、クローズアップされている子どもの貧困問題について、「人的資本投資」に着目し、その対策を考えます。特に効果的な施策として、共同親権導入の可能性について触れられており、興味深い研究の数々を紹介されています。

 

◇はじめに

 

「日本の子供の6人に1人は貧困状態にある」という報道を目にした方も多いだろう。昨今、日本における子供の貧困をめぐる状況について、良くも悪くも注目が集まっている。筆者が仕事をしている途上国と異なり、日本では信号待ちの際やスーパーから出たところでストリートチルドレンに物乞いをされることもない。そのため、子供の貧困と言われてもピンとこない方が多いのではないだろうか? 加えて、NHKの貧困女子高生の報道番組に関する騒動を見て、日本に子供の貧困など存在しないと思われた方もいるのではないだろうか?

 

しかし、日本には厳然たる事実として貧困状態で暮らす子供たちが存在する。そして見落とされがちであるが、ストリートチルドレンが存在しないと言われる日本では、子供の貧困はその保護者達(若者)が貧困状態にあることを意味し、かつその親に対する支援が十分になされていないことを示唆している。

 

この一因として、若者に対して人的資本投資(人的資本投資は、医療・社会福祉など様々な分野から構成されるが、字数の関係でそのすべてを網羅した議論を展開することはできないので、それはまた別の機会に譲り、本稿では教育分野に絞って人的資本投資の議論を進めていく)が十分に行われてこなかったことや、厳しい状況に置かれている若者(本稿ではシングルマザーをその対象とする)に対する支援制度が構築されていないことを挙げることができる。

 

つまり、若者・子供の貧困問題の本質は、若者に対する過小な人的資本投資が、次世代の過小な人的資本投資を引き起こし、日本を窮乏化させている点にある。

 

そこで本稿では、人的資本投資の側面に着目して日本の子供の貧困問題について論を進めていく。以下では、1章で子供の貧困にまつわる諸データを紹介することで日本の子供の貧困状況について解説する。2章では子供の貧困を引き起こしている原因の一つとして、若者に対する人的資本投資の状況と、ひとり親家庭(ここではシングルマザーに焦点を絞る)の養育費受け取り状況、その対処策としての共同親権が持つ可能性について議論する。3章では子供の貧困が日本経済にもたらすインパクトとして、子供の貧困による経済損失を紹介する。

 

1.日本の子供の貧困の現状

 

では、日本における子供の貧困状況はどうなっているのだろうか? まず、子供の貧困報道のもととなっている子供がいる家庭の貧困状況に関するデータをOECD諸国と比較することで、日本の状況を捉えてみる。次に、実際に子供がどの程度貧困状況にあるのかを知る手がかりとして、子供として生活するために必要なものの剥奪状況についてもOECD諸国と比較する。

 

そして最後に、それがどの程度過小な人的資本投資に繋がっているのか知るために、家計内の教育予算や教育環境についてもOECD諸国と比較する(貧困家庭出身か否かで、学歴に大きな差が生じているが、これは人的資本投資そのものではなく、そのアウトプットにあたる部分なので、第三章で言及する)。……つづきはα-Synodos vol.205で!

 

 

3.三輪清子「なぜ里親委託は進まないのか――日本の里親制度の課題」

 

 

日本には、親と一緒に暮らすことができず、社会で養育を受ける子どもたちが約4万6千人いるとされます。このうち、8割は施設で生活し、里親に委託される子どもは2割に満たないということです。その原因としてどのようなことが考えられるのか、データに基づいて検証します。

 

◇日本の社会的養護

 

社会的養護という言葉をご存知だろうか。親と一緒に生活することができない子どもを公的に養育することを社会的養護という。里親制度は、この社会的養護を受ける子どもを里親等の家庭に委託する制度である。

 

社会的養護を受けることになった子どもは、里親等の家庭に委託されるか、児童養護施設や乳児院などの施設に入所することになる。日本には、こうした子どもたちが、2015年現在、約4万6千人(福祉行政報告例)いるが、その大部分である8割以上の子どもたちが施設に入所し、2割に満たないわずかな子どもたちが里親に委託される。

 

欧米先進諸国では、施設入所する子どもは概して少なく、例えばアメリカやイギリスなどでは7~8割の子どもたちが、オーストラリアでは9割を超す子どもたちが、里親等の家庭委託となっている(開原ら2013)。国際的には、子どもが家庭で育つことの意義が認められ家庭での養護が推奨されているにもかかわらず、なぜ日本では里親委託が進まないのだろうか。日本の里親制度が抱えている課題とは何か。ここでは、これまで里親委託の停滞の原因として指摘されてきた仮説を検討しながら、その理由に迫りたい。

 

◇里親委託の停滞の原因

 

「なぜ里親委託が進まないのか」。この問いに対し、これまで研究者たちは様々な仮説を立ててきた。ここでは、これらの仮説の妥当性を確認しながら、里親委託の停滞の原因と、日本の里親制度が抱えている課題に迫っていく。

 

私は、これらの仮説を大きく2つの仮説に整理した。1つは、「里親登録者不足仮説」、もう1つは「里親委託児童限定化仮説」である。

 

「里親登録者不足仮説」というのは、里親登録をする人たちが不足している、つまり里親が少なすぎるために里親委託が停滞しているのだ、とする仮説である。「里親委託児童限定化仮説」というのは、里親の養育対象となる子どもが限定されている、あるいは少ないために、里親委託が停滞しているのだ、とする仮説である。

 

この「里親委託児童限定化仮説」を指摘する人たちは、近年を除き少数派であった。一方、「里親登録者不足仮説」は、昔から現在に至るまで、多くの人たちが指摘してきた。読者の中にも、里親委託が進まないのは、里親が少なすぎるからだ、と考える方は多いのではないだろうか。……つづきはα-Synodos vol.205で!

 

 

4.髙岡昂太「子どもを不適切な養育から守るために、日本がすべき組織改革とは?:海外事例にみる新たな多機関連携のアイデア」

 

日本の児童相談所の業務は、一連の虐待対応に加え、非行、里親とのやりとり、障害ケース等も同時に対応しており、そのオーバーワークぶりは深刻な問題となっています。子どもの安全を迅速に守るため、どのようなイノベーションが求められるのか? 多機関の連携・分担による効率化やAIの活用など、アメリカの事例を交え解説していただきます。

 

◇はじめに

 

現在、我が国では、平成27年度の児童相談所の虐待対応件数(通告件数を含む速報値)が昨年度10万件を超えた(厚生労働省, 2016)。またこの一年の上半期だけで警察の虐待対応件数が2万件を超えたという報道もある(産経新聞, 2016)(注1)。虐待自体が増えているかどうかはさておき、現場で対応すべき件数は確実に増えた。

 

一方、総人口3.2億人のアメリカ(単純計算で日本の人口の約2.5倍)で児童保護局(Child Protection Services)が受けた虐待“通告件数は、毎年360万件以上ある(Children’s Bureau, 2016)。日本の36倍もの虐待通告件数だが、さらにVictimization Surveyと呼ばれる子どもの被害調査によれば、調査対象地域の児童保護局が受けた虐待通告件数の約15-40倍の虐待が起こっていたと推計されている(Finkelhor, 2005)。

 

アメリカは銃社会や貧困の格差など、日本よりもはるかに政治・文化的に子どものリスク、特に死亡率が非常に高い国である。そのため虐待対応の制度やシステムが発達している。なぜアメリカで虐待対応が進んだのか?それは研究結果によって虐待対応の水準を上げる必要があったからである。例えば、虐待を含む幼少期の逆境体験のことをAdverse Childhood Experiences (ACEs)と言い、ACEsに関する研究がアメリカ疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention, National Center for Injury Prevention and Control, Division of Violence Prevention)によって進められてきた。その結果、これまでにACEsがある子ども達は、その後のメンタルヘルスや人間関係などにも影響が出やすいことが明かになってきた(注2)。

 

そのような子ども達に対し、早期に介入・支援を開始すればするほど、子どもと家庭の生物-心理-社会的要因に対する予後が良く、さらに経済的にも早期の介入・支援に1ドル掛ければ、平均して7ドル分の効果があると言われている(Galinsky, 2006; Masse & Barnett, 2002)。そのようなエビデンスを積むことでアメリカをはじめ、諸外国では国家として子どもの安全政策を推進し、合理的なシステム化を図ってきたのである。

 

本論では、このようなアメリカの制度設計を鑑みながら、日本における子ども虐待問題の制度やシステムをどのように変えていく必要があるのかについて検討する。第1節では、日本の虐待対応はどのような状況なのか、現場の実状をまとめる。第2節アメリカの制度と比較して日本の虐待対応がなぜ逼迫した状況なのかについて言及する。最後に第3節ではそれらを解決するために、諸外国の虐待対応の制度やシステム化、また現在進められているプロジェクトから日本ではどのような選択肢があるかについて考察する。……つづきはα-Synodos vol.205で!

 

 

5.片岡剛士「経済ニュースの基礎知識TOP5」

 

片岡剛士さんが注目の経済ニュースを紹介する人気連載。日本の児童相談所の業務は、一連の虐待対応に加え、非行、里親とのやりとり、障害ケース等も同時に対応しており、そのオーバーワークぶりは深刻な問題となっています。子どもの安全を迅速に守るため、どのようなイノベーションが求められるのか? 多機関の連携・分担による効率化やAIの活用など、アメリカの事例を交え解説していただきます。

 

日々大量に配信される経済ニュースから厳選して毎月5つのニュースを取り上げ、そのニュースをどう見ればいいかを紹介するコーナーです。

 

10月となりました。今年も今月を入れるとあと3か月。今回は、2016年基準地価、イギリスEU離脱と日本企業、配偶者控除見直し議論、民間給与3年連続増加、日銀が新たに採用した金融政策の枠組みについてみてきたいと思います。

 

◇第5位 2016年基準地価(2016年9月20日)

 

今月の第5位のニュースは、国土交通省が発表した2016年の基準地価についてです。基準地価は、各都道府県が不動産鑑定士の評価を参考にして毎年7月1日時点の地価を調査しているものです。これは国土交通省が毎年3月に公表する公示地価(1月1日時点)とともに土地取引の目安となるものです。

 

結果をみていくと、全国の全用途は前年と比較して0.6%の下落、住宅地は同0.8%の下落となり、これで25年連続のマイナスとなりましたが、それぞれ2015年の下落率(全用途0.9%下落、住宅地1.0%下落)を下回り、7年連続で下落幅は縮小しています。そして商業地に関してみますと、前年と比較して0.005%のプラスとなり、9年ぶりに上昇に転じました。

 

住宅地、商業地に分けて地域別にみていきます。住宅地については、東京圏、大阪圏、名古屋圏の上昇率は前年と比較してほぼ同じ動きですが、札幌、仙台、広島、福岡といった地方中核4市の住宅地価が2.5%と前年(1.7%)よりも伸びを強めています。商業地については、東京圏、大阪圏、名古屋圏、そして地方中核4市ともに伸びが強まっています。日銀のマイナス金利政策や観光需要増加といった動きが商業地を中心に地価上昇につながり、かつそれは地方圏へと浸透してきていることが見て取れます。

 

地下の下落が始まったのは25年前の1991年です。つまり高騰を続けた地価がバブル崩壊によって下落に転じてから、全用途の地価はずっと下がり続けているということを意味します。こうした地価の下落の動きが反転すれば、経済の回復もより本格化していくことでしょう。……つづきはα-Synodos vol.205で!

 

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

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無題

 

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シノドス国際社会動向研究所

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