フェイクニュースが蔓延するメディア構造はいかにして生まれたか

「ポスト真実」とならび現代の情報社会のトレンドワードとなった「フェイクニュース」。しかし、フェイクニュースが広まる情報産業の構造は、1990年代から構築されていた。ニュースの無料化、個人ブログのニュース化、そしてソーシャルメディアの拡大。その影響と今後とるべき対策について、専門家に伺った。(取材・構成/増田穂)

 

変わるニュースの概念

 

――そもそも、「フェイクニュース」とはどのような情報を指すのでしょうか。

 

オーストラリアのマッコーリー辞典では、「政治目的や、ウェブサイトへのアクセスを増やすために、サイトから配信される偽情報やデマ。ソーシャルメディアによって拡散される間違った情報」とされていますが、定義はとても難しい状況になっています。基本的には、「フェイク」ニュースですから、事実とは異なるニュースということになりますが、私は不確実な情報もフェイクニュースだと考えています。

 

一方でアメリカのトランプ大統領が、CNNに対して「you are fake news」と叫んだように、最近では自分と異なる意見、権力者にとって都合の悪いニュースも、フェイクニュースと呼ばれるようになっています。何をもってフェイクニュースというのかはかなり恣意的なものがあると思います。

 

 

――今や世界中の注目を集める「フェイクニュース」という言葉ですが、藤代先生は特にどういった点からこの問題に対する危機感を持っていらっしゃいますか?

 

フェイクニュース自体は新しいものではありません。昔からデマはありました。問題は、TwitterやFacebookといったソーシャルメディアの登場により、拡散のスピードが増し、多くの人々がフェイクニュースに触れるようになり、社会的な混乱が生じているからです。最近のフェイクニュース研究からは、ロシアのプロパガンダの影響も明らかになっています。

 

混乱の中で、頼るべきマスメディアの信頼度も低下しています。このような状態が続けば、社会的な合意が困難になり、人びとが暮らしていく中で、それなりに信頼できる情報を適切に取得できるという状況が壊され、何もかも信用できない、疑心暗鬼の状況になり、社会の分断が進む可能性があります。

 

アメリカやフランスの大統領選挙を経て、欧米では問題の深刻さを持って受け止められるようになりましたが、日本国内はまだまだ対岸の火事といった雰囲気です。マスメディアも含め、人々の危機感のなさにこそ、危機感を持っています。

 

 

――藤代先生はご著書の中で、ネットニュースメディアが生き残るために講じてきた様々な経営戦略が複合して、フェイクニュースが蔓延るメディアの構造が生まれたことを説明されています。第一段階として、ニュースの無料化に言及されていますが、これはどういった背景で起こったのでしょうか。

 

フェイクニュースを支えるのは、ネットのビジネスモデルです。ネットのニュースは基本的に無料ですから、儲けるためにはアクセス数を稼ぐ必要があります。内容が本当でなくても、アクセスを稼げれば良いという構造がフェイクニュースを支えています。この、「ニュースが無料」という世界は、実は新聞社が作ったものです。

 

新聞社のインターネットへの進出は、1995年と早い時期から始まっています。当時は、課金システムを作ることが技術的に困難であったことや、クレジットカードによる支払いが普及していなかったこともあり、担当者は、テレビのようにコンテンツは無料で提供し、広告収入で運営していく広告モデルを考えていたようです。それが、ネットではニュース無料という「常識」を作っていくことになりました。

 

紙では有料で提供しているニュースを無料で提供するという「非常識」な方法を選んだのは、環境が整っていなかったことに加え、新聞社以外のネット企業がニュースを作れるとは考えていなかったことがあります。ニュースを作れるのは新聞社だけだから、無料で記事を提供するのは、紙で言うと「試読」のようなもので、最後には記事を買ってもらえばいいとも考えていましたね。

 

ネットで最もニュースに影響があるヤフーがアメリカから上陸してサービスを開始したのは翌96年で、新聞社に遅れています。ヤフーは、ネットの利用者に記事を届ける「新聞少年」を標榜し、自分たちでは記事を作らないと新聞社を安心させて、配信する記事を増やしていきました。ヤフーは、検索サービスやオークションなどで、収益を上げながら、ニュース自体は無料で配信し、集客のツールにしていきました。これにより、ネットでのニュースは無料というのが定着していったのです。

 

ヤフーと新聞社の関係を、『ネットメディア覇権戦争』では、スーパーと老舗和まんじゅう店に例えています。スーパーは目玉商品として、まんじゅう店から安い価格でまんじゅうを仕入るわけです。その時、スーパーはまんじゅうを作らないことを約束、お店は宣伝になるからと安く売ったわけです。もっとも、最終的にはヤフーは自身でもニュースを作るようになり、新聞社側は裏切らたようなかたちになるのですが……。

 

 

――ヤフーに関してはコメント欄も問題になりましたよね。

 

ヤフーのコメント欄は、以前から差別的な表現などヘイトの温床と呼ばれていました。拙著の中でも問題を指摘していますし、ジャーナリストの津田大介さんも、アクセス数かせぎのためにヘイトを放置していると言われても仕方がないのでは、と問題を指摘しています。ヤフーは、投稿の確認や二重投稿の禁止対策を進めていますが、コメント欄を閉鎖することはありません。コメント欄では、マスメディアが配信するニュースに対するバッシングも行われています。ヤフーは、マスメディアからニュースの配信を受けながら、そのマスメディアをバッシングする投稿で、アクセスを稼いでいるわけです。

 

 

――情報の正確性という点では、近年個人による情報発信がニュースとして扱われるようになったことで、個人の意見や、裏どりに疑問の残る情報が「真実」として社会に流れている面がありますよね。そもそもニュースは新聞社のもの、という認識が覆されたことになりますが、この転換はどのような経緯で起こったのでしょうか。

 

2006年に起きたライブドア事件が大きな転機でした。ライブドアはそれまでもブログを人びとが作るメディア、Consumer Generated Media(CGM)として注目してきたネット企業でしたが、ライブドア事件がその動向に拍車をかけました。

 

というのも、ライブドアが東京地検特捜部に捜査されたことに対して、それまでライブドアが運営していたポータルサイトに記事を提供していた新聞社や通信社が記事の配信を停止したのです。ニュース記事がなくなるとポータルサイトは運営が厳しくなります。そこで、ライブドアは、ブログで情報発信しているブロガーらの記事をニュースとして紹介し始めたんです。

 

その結果、ポータルサイトに、新聞社や通信社が配信した記事と、ブロガーが書いた記事が、区別なく並ぶようになりました。これにより、ニュースは、新聞やテレビといったマスメディアから発信されるものという常識が崩れ、個人が書いたテキストもニュースとして流通するようになったのです。

 

配信停止は、ライブドアに対するマスメディアの報復とも言われたのですが、振り返ってみれば、ニュース概念の拡張という、パンドラの箱を開けることにつながってしまいました。【次ページにつづく】 

 

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