『いいモノ』食ってりゃ幸せか? われわれはみな〈社会的〉に食べている

震災以後ホットスポットとなった千葉県柏市。「地産地消」の美味しい野菜を食べることができる柏の魅力を取り戻そうと、立ちあがった住民たちがいた。住民、生産者、流通業者、飲食店の四者が話合うことで、自ら安心の規準を決める「『安全・安心の柏産柏消』円卓会議」。話し合いの末、彼らは20ベクレルという「安心の規準」を導き出すことになる。『みんなで決めた「安心」のかたち』の筆者である社会学者の五十嵐氏と、大衆食ライターである遠藤氏が、地域とはなにか? 食育とはなにか? 安全とはなにか? について語りつくす。(構成/山本菜々子)

 

 

「お客さまは神さまだ」

 

五十嵐 遠藤さんは「大衆食堂の詩人」なんて言われていますが、食周りでいろいろなお仕事をしてらっしゃる方です。一見雑多なように見えるお仕事で一貫しているのは、「食べることは、本当はもっと社会的なことだよね。」という主張です。

 

つくる人がいて流通する人がいて、料理する人がいて、食べる人がいて……、この連鎖の中で食べているよね、でもみんな、気がついていないよね、ということを正面から批判するというより、だいたい茶化すような仕事をなさっていますよね(笑)。

 

まずこの話題から始めましょうか。「お客さまは神さま」という言葉をよく聞きます。だけど、それだけで良いのかと感じてしまうんです。流通や飲食のような食をめぐる業界って、ブラック企業的なところが多いんですよね。過剰なまでにへりくだって、売り手に「選んでいただく」みたいな姿勢を感じてしまいますがなんか変ですよね。

 

遠藤 それが自己実現になっていると思い込まれている側面もあるんでしょうね。

 

五十嵐 経営者も少なからぬ従業員も、「お客さまのために」と、多分真剣におもっているんですよ。たとえば、チェーンの居酒屋なんて、顕著ですよね。社員やバイトの子たちも徹底して教育しています。

 

そして、メディアでもてはやされる経営者にありがちなのが、「グローバル競争の時代だから、ハングリーな中国人に負けないようにがんばれ」と過剰な労働をさせるパターン。でも、それって、嘘ですよね。たとえば、居酒屋の場合、ライバルは中国じゃなく同じ街で値下げ競争している居酒屋であるはずです。「最近あの居酒屋高いから、上海まで飲みにいく」とか言う人はいないですよ、どう考えても(笑)。

 

でも、そこを煽って、人員を削り、でもサービス水準はもっともっとやんなきゃとなって、過労死が起こったりしている。その背後にやはり、「お客さま=神さまを喜ばせたい」という発想からの自発性があるから、よけい話が厄介なんだとおもうんですね。

 

農家さんも流通飲食も、勤め人も誰でも、労働者であり生産者であり、かつ消費者であるはずなのに、こうした発想がある日本では、消費社会化した成熟社会の中でも特段に、消費者としての立場が突出しちゃっているように感じます。この消費者としての立場の突出は、今回放射能問題に取り組んできて、すごく突き当たることの多かったポイントなんです。

 

遠藤 とくに都会の人たちは消費者として過ごすようになって長いから、値段や品質の比較だけで、生産者のことはわからない、理解できないということはあるよね。もしかすると、関心すらなかったり。それと、「人間は社会的に食っている」ということが、あまり意識されてないのかなっておもっちゃう。

 

「食べる」というのは非常に個人的なことではあるけれど、食料を共に生産したり共に食事をする文化や、「これ美味いね」って話し合う文化って人間にしかないですよね。

 

大衆食堂というのはプライベートな空間がほとんどないんですよ。せまい空間、ときには、4人掛けのテーブルで知らない人同士が、ぎしぎしつまったところで一緒に食事をする。おれは大衆食堂でめし食ってるたびに、「にんげんだなぁ。」っておもうの。一人で食っているんじゃなくて、食料を生産してくれた誰かがいて、調理をしてくれた誰かがいて、同じ空間で食べる誰かがいる。みんな繋がって食ってるって。

 

でも、80年代ぐらいから、都会では生産者の姿が見えにくくなっちゃった。人間は社会的に食っているって辺が、不透明になってきている。本当はみんな社会的に食っているはずなのに、「お客さまは神さまです」って変な言葉だよね。生産者や流通業者は神さまじゃないのかって言いたくなる。誰が言ったかはわからないけど。

 

五十嵐 初めにこの言葉を言ったのは、三波春夫さんということになっています。気になって調べたことがあるんです。じつは、三波春夫事務所は「そういう意味で言ったのではありません」とコメントしています。ステージに立って歌うということは、神前で祈るように、邪念を払ってまっさらで歌わなければいけないんだという意味で、この言葉がサービスする側を見下す客やクレーマーの格好の言い分になってしまうのは違う、と。

 

遠藤 食べ物の問題は、えらいところに来ちゃったなとおもうんです。おれは71年から食関係のマーケティングに関わってきて、直接的には、食品メーカーや流通業や飲食業と関わってきました。食の大事なところを流通業の方が担っていますが、スーパーの仕入れの方なんかは、苦労が多い。農家の方に鬼のようにおもわれていたり。それは、たしかに激しい値切り方をするからということもあるからだけど。

 

極端な話、商売の話では席につくけど、あとは顔も合わせたくないという生産関係の方もいた。スーパーの仕入れの方は大変です。生産者と消費者の板ばさみ。でもこの方たちがいなかったら、生産地からは遠い都会の人は、食料を入手できない。

 

飲食業はもともとひどい労働条件ですよね。最近は外国人の労働者が多いです。労働力が安いからと言われていますが、日本人と同じ条件で募集をしても、日本人にはなり手がいなくて外国人になることも多いんです。選別しているわけではないようです。

 

飲食サービスの分野では、過剰な「お客さまは神さま」思想が広まっている感じですね。従業員がひざまずいて注文を取ったり、そんなことをお客がアタリマエとおもっている。それで幸せか?とおもうね。

 

五十嵐 ぼくも遠藤さんも、鶯谷にいきつけの大衆食堂があります。そこの従業員の多くは中国人の方たちです。震災後なにが困ったかというと、彼らがみんな中国に帰ってしまった。24時間営業だった店が日本人だけで回すと、8時間しか営業できなくなった。こんな構図に支えられていたことに気がついたんです。

 

でも、あそこはちょっと特殊な店で、悲壮感はないですよね。すごく楽しい、中国人の方にも自由度があって、勝手にメニューをつくっちゃったり(笑)。いつのまにかメニューが増えてて、しかも中国語で書かれていて。「これうまいよー」とか、片言の日本語で客に言うみたいなコミュニケーションが生きてますね

 

もっと一般的なチェーン居酒屋では、タッチパネル注文の導入が進んでます。それ、外国の方がフロアもやるようになったことと関係があるようです。日本語のコミュニケーションなしで注文を取ることが可能になったわけです。今まではフロアは日本人、外国人のバイトはバックヤードというのが多かったんですが、長時間働いてくれる日本人のバイトがなかなかいないので、今はタッチパネルが注文を聞いている。ぼくらの安いコンパは、そういう労働環境に支えられてるわけですよ。

 

大衆食堂的なコミュニケーションって、座っていると勝手に話しかけられるし、普段なれているチェーン店やファミレスの消費者と飲食店の関係ではないんですね。大衆食堂的な場所は、売る人が過剰にへりくだって「お客さまは神さまです」というふうにならない、すごくいいモデルです。金銭のみを媒介に「お金を払う人」「お金をもらう人」という固定化された関係性以上のものに開かれた場所では、こういう関係が育まれるんですね。

 

遠藤さんはそういう関係を、「客育て」と言っていますよね。いろんな店で流儀があって、新参者は新参者として扱われて、だんだん店に馴染んでいくと、そこが楽しくなって、居場所になっていく。むしろ、そのくらいのハードルがないと、居場所感は生まれないんですよね。

 

でもそれは、逆に言えば消費者としたらそういうところばっかりだとウザいという話でもあるわけです。たとえば大衆食堂では、モバイル持ち込んで仕事はできない(笑)。そんな場所は、どんどん少なくなっているから大事にしないといけないという一方で、そこだけでもしんどい。消費者の側からすれば、コミュニケーションに満ちた「あたたかい」場所と、機能的で一人になれる場所と、両方使い分けられるのが理想ではあります。

 

遠藤 そうね、人は一人になりたい時があって、都会だとそういう場所が特に必要なんですよね。田舎だったら、一人で野原や山や海に出ればいいだけなんだけど。東京あたりに住んでいたらそうはいかない。

 

案外認識がアイマイだなとおもうのは、「人間は多様だ」っていうことなんだよね。「一人ひとり違う」という話はするくせに、一方ですごくパターン化された話が出て。本当に多様だということが、わかっていないことがあるのね。

 

でも、せまい地域や空間になると、多様だということがハッキリするんですよ。大衆食堂でめし食っても、それがよくわかって、同じような食い方している人っていないんだよね。だから、せまい場所へいけばいくほど、多様性がよく見えてくる。一対一、一対複数の関係でどう振る舞えばいいのかが、見えてくるんですよ。大衆食堂の場合、店の主がその場をしきったりして、交流が生まれていく。結局「食べる」という行為は、自分をつくって、場もつくるんだとおもうんです。

 

 

遠藤哲夫氏

遠藤哲夫氏

 

 

 

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