2014.07.17
男女雇用機会均等法では「共働き」を実現できない
改正男女雇用機会均等法の施行
先日(2014年7月1日)、男女雇用機会均等法の施行規則が改正された。男女雇用機会均等法は、1986年の施行から、1999年、2007年の比較的大きな改正法施行を経て、ふたたび改正された。大まかな流れは以下のとおりである。
1986年施行:
– 採用、昇進における男女差別の撤廃を努力義務に。
– 教育訓練、福利厚生、定年・解雇における男女差別を禁止。
1999年改正法施行:
– 採用、昇進における男女差別の撤廃を努力義務から禁止に。
2007年改正法施行:
– 間接差別の禁止。これにより「合理的な理由なく総合職の募集において転勤を要件とすること、転勤経験を昇進の要件とすること」が禁止された。
2014年改正法施行:
– 間接差別の禁止の範囲拡大。「すべての労働者の採用、昇進、配転などにおいて合理的な理由なく転勤を要件とすること」が禁止された。
男女の機会均等について識者の間でもしばしば注目されているのは「間接差別」の取り扱いである。間接差別とは、たとえば採用に際して「男性のみ」とするような直接差別ではなくても、実質的に女性が不利になるような要件を採用・昇進の条件とするような措置のことをいう。しばしば念頭に置かれているのは転勤である。つまり「合理的な理由なく転勤の可能性の承諾を総合職採用の条件とするな」ということである。
識者の間でたびたび問題とされてきたのは、転勤要件における「合理的理由」である。合理的な理由があれば、転勤を採用の条件とできるのだが、合理的ではないケースとは、具体的には以下のようなものだ。すなわち、「広域にわたり展開する支店、支社等がなく、かつ、支店、支社等を広域にわたり展開する計画等もない場合」ならびに「広域にわたり展開する支店、支社等はあるが、長期間にわたり、家庭の事情その他の特別な事情により本人が転勤を希望した場合を除き、転居を伴う転勤の実態がほとんどない場合」(厚生労働省告示)である。
つまりは、転勤の実態があれば転勤を採用の要件としてよい(それを拒む者を不採用にしてよい)、となる。日本の大手企業の多くは全国(海外)展開しており、また転勤の実績もあるだろう。実質的に多くの女性を総合職から排除してきたコース別採用制度がこれまで「間接差別」とされずに残ってきたのは、こういった中途半端な適用があったからだ。
厚生労働省の調査(「コース別雇用管理制度の実施・指導状況」)によれば、調査対象企業の2011年度における総合職採用者に占める女性の割合は11.6%であった。同年採用の応募者に対する内定者の男女別割合では、男性が5.8%であるのにたいして、女性は1.6%であった。さらに2000年に総合職女性を採用した企業の約半数において、10年後の2010年には、その時採用した総合職女性がすでにゼロになっていたのである。
2014年の改正法施行は、間接差別の適用範囲を広げるということがポイントであり、コース別雇用管理制度や総合職採用における転勤要件について、抜本的に改めるような内容にはなっていない。
「男女均等の先にあるのは性別分業」というパラドックス
以上のような惨憺たる有り様をみるにつけ、間接差別の禁止という男女雇用機会均等法がいまだに有効性を持ちえていないことが分かる。「ザル法」といわれるゆえんである。
では、間接差別を本格的に禁止し、罰則を強化すれば「女性の社会進出」は進むのだろうか?
私は、そうではない、と主張してみたい。というより、男女雇用機会均等法はその根本的な方向性からして「家庭と仕事の両立」を、ひいては真の意味での「共働き」社会を導くようなものではない。というのは、男女雇用機会均等法はほぼ一貫して、女性を従来の男性的な=「無限定的」な働き方に引き入れようとするものだからだ。
たとえば「コース別管理制度の留意点」には、「労働者の意欲、能力、適性等に応じ、総合職への転換を積極的に進め、経験、能力を十分に評価した処遇が行われるように配慮しましょう。」「総合職の女性割合が4割を下回っている場合には、総合職に女性を積極的に採用したり、一般職からの転換を積極的に進め、女性の活躍推進を図りましょう。」といった指示が書かれている。
別の記事でも書いたことだが、日本における男性的な働き方は主婦あるいはパートの妻がいてはじめて可能になるものだ。したがって女性が「無限定」正社員として働き、それなりの水準で家事サービスを受け、将来的に子どもを持つためには、彼女に「妻」が必要だ。夫はたいていのばあい「妻」になれないので、未婚女性の場合には母親がその役割を果たしている(しかし母親と同居してもふつうは子どもができないので少子化に拍車がかかってしまった)。
正社員の「無限定性」とは、濱口桂一郎氏のいう「メンバーシップ型雇用」の特徴で、勤務時間、勤務地、職務内容について限定性がないという条件を引き換えに高い賃金を得るという点が、転勤のない準総合職や一般職、さらに職務内容がある程度限定されたパート労働などとは異なっている。夫が無限定的な働き方(残業あり、転勤あり)ができるのは、そのパートナーが働いていないか、あるいは限定的な働き方をしている場合である。無限定社員と無限定社員の共同生活は、極めて難しい。
「夫婦ともに残業が常態」なワーキングスタイルで文化的な私生活が営めるとは思えない。それに、たとえば一方が転勤になれば、他方は仕事(別居)か家庭(離職)かを選ばなくてはならない。そうでなくとも、転勤とは基本的に「生活破壊」的な慣行だ。パートナーが働いていればなおのことである。「パートナーに転勤の可能性がある」ということだけで、子育てやキャリアの見通しが立たなくなってしまう。
皮肉なことに、「男女雇用機会均等」が徹底された先にあるのは「主婦(夫)」を欲する男女の増加であり、そうである限り女性は無限定の総合職に就こうとはしなくなるか、就いても出産を機に、あるいは復職後しばらくして辞めてしまう。性別分業は維持されるだろう。
本当の問題はどこに
上記の「留意点」には、「女性の能力発揮に向けての環境の整備を図りましょう」とうたってある。その内容は、「出産・育児を機に女性が不利にならないように配慮せよ」というものだ。しかし出産・育児期が終わっても手のかかる人間(子どもと夫)が家からいなくなるわけではない。それに夫が転勤すれば、自分のキャリアも考えなおすことになる(夫が単身赴任した方が手のかかる人間がひとりいなくなる分楽だ、という話を聞いたこともあるが……)。
要するに、これまでの政策の方針は「女性を従来の男性的働き方に近づけましょう、ただし出産・育児期は配慮します」というものなのだが、これではおそらくほんとうの意味での「共働き」カップルは増えていかない。
今ほんとうに必要なのは、労働時間の短縮(上限規制)と可能な限り転勤のない働き方の推進である。男女雇用機会均等はその上ではじめて意味を持つ制度だ、ということを強調しておく必要があるだろう。
サムネイル「Ginger Man and Wife」Orin Zebest
プロフィール
筒井淳也
立命館大学産業社会学部教授。専門は家族社会学、計量社会学、女性労働研究。1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部、同大学院社会学研究科博士課程後期課程満期退学、博士(社会学)。著書に『仕事と家族』(中公新書、2015年)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書、2016年)、『社会学入門』(共著、有斐閣、2017年)、Work and Family in Japanese Society(Springer、2019年)、『社会を知るためには』(ちくまプリマー新書、2020年)、『数字のセンスをみがく』(光文社新書、2023年)など。