2015.06.17

摂食障害の万引き、治療と刑罰のどちらなのか

永田利彦 精神科医

福祉 #摂食障害#万引き

摂食障害の患者さんを多く診るようになると必ず突き当たる問題の1つに万引きがあります。低体重の摂食障害患者さんの入院先をどう探すのか(これはまた別の機会にお話ししたいと思います)というのも難しい問題ですが、万引きは警察官、検察官とどうつきあうのかという日常臨床にはない難しい問題です。

ところが、摂食障害の万引の治療に関する研究はほとんど見当たらないのが現状です。ですので、小生自身の過去の研究結果を紹介しながら、実臨床に基づいた対応について紹介します。

摂食障害における窃盗

アメリカ精神医学会診断基準Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-5 (DSM-5, 2013)では、摂食障害として、神経性やせ症(低体重で少量しか食べない摂食制限型、食べ吐きを行う過食・排出型)、神経性過食症(正常体重で過食と嘔吐を行う)、過食性障害(過食するが嘔吐しない)などをあげています。

先進国での有病率は神経性過食症が1%、神経性やせ症が0.6%とされています。しかし若年女性に限ると有病率はもっと高く、無視できない死病率とも相まって非常に重要な障害です。

そして、万引き問題と関連するのは過食・排出型の神経性やせ症、神経性過食症、過食性障害など過食を伴う摂食障害で、12~24%もの患者が万引きを繰り返しているとされています(Bridgeman, 1996)。

永田利彦-1

万引きとクレプトマニアkleptomania

そもそも、万引きは非常に一般的で、商店側は「万引き倒産」を防ぐために必死です。Blanco(2008)は米国人の11.3%が万引きをしたことがあると報告しています。それが病的に繰り返されるクレプトマニアkleptomania窃盗症となると非常に稀で、0.3~0.6%とされています。

前述のDSM-5によってクレプトマニアと診断されるのは、(1)実際に使用する目的や金銭目的ではなく、窃盗への衝動に抵抗できず繰り返され、(2)窃盗直前の緊張と(3)窃盗直後の解放感が必要とされます。しかし普通の万引きは、服や雑貨を実際に使用するために行われます。

摂食障害患者の万引きも、そのほとんどは食物で、過食し嘔吐するために盗みます。例え過食のために食物の万引きであってもクレプトマニアとすべきとする専門家が多いです。

しかし治療的観点からは、窃盗に快感を覚えているクレプトマニアなのか、過食・嘔吐に快感を覚えている摂食障害の部分症状としての万引きかを区別する必要があります。摂食障害患者が過食に供するために食物だけを繰り返して万引きを行う場合、過食の収束と共に窃盗行為も収まってくるからです。

嗜癖

嗜癖(アディクション、addiction)とは、良くないことと分かっていながら快感(報酬)のためにある状態や行動を繰り返すことです。代表的な嗜癖はアルコールや薬物ですが、過食や万引きも嗜癖の定義に合致します。

後で述べるとおり、摂食障害患者に衝動性の高い一群が有り、その一群はアルコール・薬物乱用を伴うことが多いため、アルコール依存症を嗜癖モデルで治療を行っている専門医を受診します。

そこでは嗜癖モデルの治療、具体的にはアルコール依存症での断酒会と同様に、摂食障害でも自助集団への参加が勧められ、グループの力を借りた治療が行われます。

確かに過食、万引きは嗜癖の側面があります。しかし摂食障害の中心的な病理である、痩身への執着、身体像の歪みを嗜癖モデルで説明することは困難で、それが嗜癖モデルによる摂食障害治療の限界でもあります。事実、各種の摂食障害治療のガイドラインで、嗜癖モデルによる治療が第一選択とはされていません。

強迫

ためこみ症(hoarding disorder)は、これまで強迫性障害の一症状とされていましたが、DSM-5で初めて独立した診断として載せられました。価値がない物を捨てられないですが、加えて過剰に収集することがほとんどです。他人から見るとゴミとしか思えないものを収集して、ためこみ、自分の生活するスペースさえなくなり、その結果、いわゆるゴミ屋敷となります。

強迫性障害は「無意味な」な行動を繰り返しますが、摂食障害患者も体重を何十回も量ったり、何度も体型を鏡で確認したりするので強迫的です。また、体重が低い状態の時に食物をためこむはよくあり、ためこみ症と類似しますが、体重が正常化すると軽減化することから後に述べるとおり飢餓状態によるものと考えられます。

クレプトマニアでも、「無意味な」万引きを繰り返しますので、強迫的であるとされています。このように強迫性障害、摂食障害、クレププトマニア、ためこみ症には症候学的な類似性がありますが、だからと言ってDSM-5で強迫性障害と関連する障害とされたのはためこみ症だけです。多くの批判があったからです。

多衝動性

クレプトマニアはDSM-5では秩序破壊的・衝動制御・素行症群(Disruptive, impulse-control, and conduct disorders)の1つとされています。すなわち自らの衝動をコントロールできないとされる一群であります。

そもそも、摂食障害に衝動性の高い一群があることが知られており、Fichterら(1994)は過食に加えて自殺未遂、自傷、万引き、アルコール・薬物乱用、性的乱脈の6つの衝動性のうち3つ以上有する場合を多衝動性(multi-impulsivity)として、通常の摂食障害より治療が困難で予後が不良であることを報告しました。

もう15年も前の研究になりますが、Nagataら(2000)は、通院加療中の236例の摂食障害患者と66名の対照群を対象に大量飲酒、薬物使用、自傷、自殺未遂、万引き、性的逸脱などの衝動行為の有無と摂食障害患者に対しては摂食障害発症以前からそれらの行為を行っていたかどうかを研究しました。

永田利彦-2

その結果、表に見られるとおり、神経性やせ症の過食・排出型と神経性過食症の両群では明らか衝動行為の頻度が多かったのです。そして3種類以上の衝動行為があるとき多衝動性とすると、神経性過食症の28%、神経性やせ症の過食・排出型の11%がこれに当たりました。さらに衝動行為のなかでも重要な自傷と自殺未遂と摂食障害のどれが最初に始まったのかを検討しました。

その結果、多衝動性を有さない神経性過食症では78%で摂食障害が先行していました。一方、多衝動性を有する神経性過食症では、50%がまず自殺未遂、30%がまず自傷行為で、わずか20%だけで摂食障害が先行していました。ですから多衝動性での摂食障害は2次的な障害です。

p-2-3

この研究結果は実際の臨床とも一致しています。Fichterらも、多衝動性では様々な衝動行為が交代で出現し、過食を治療対象としても、時間が立つとすぐに別の衝動行為に移行してしまうことを述べています。そこで、その基盤をなす衝動性を治療の対象とすることが必要とされます。

通常、摂食障害に対しては、過食に焦点を当てた認知行動療法が代表的で、その他、力動的精神療法、対人関係療法などが行われます。一方、衝動性に焦点を当てた治療の代表的なものに弁証法的行動療法があげられます。これについてはまた別の機会にお話しできればと思います。

逮捕される人――謝り下手

最近、Asami (2014)らは万引きのために収監され、主に低体重のために八王子医療刑務所に移送された摂食障害患者について報告しています。低体重でないと移送されませんので、当然、全例が神経性やせ症でしたが、実に29%が摂食制限型でした。

この結果は、上述の通り実臨床で万引きを呈する摂食障害のほとんどすべてが神経性過食症か過食・排出型神経性やせ症であったのと大きく異なります。

思い当たることがあります。警備員に捕まるかどうか、そして、警備員に捕まっても通報されるかどうかという点です。衝動性の高い患者は意外に謝り上手です。つかまったあと、大泣きして相手がどうしても通報できなくするのが上手です。

すぐに赤面し、対人関係ではどう見ても怖がりでおとなしく絶対にそのようなことをしそうにないのに、実は俊敏に毎日のように食物からお財布まであらゆるものを「万引き」し続けて、決して捕まらなかった患者さんもいます。

鈴木ら(2010)は、毎日数回以上の万引きを年余にわたって行っていた症例を報告しています。何年も続けるには通報されないこと、逮捕されないことが必要です。

一方、たった数回しただけで通報、逮捕されてしまう症例もあります。30キロ前後の低体重でひどい飢餓状態では、摂食障害ではなくとも食物に囚われて、朝起きた瞬間から睡眠に入るまで、ずっと食物のことばかり考えるようになります。

1944~45年にミネソタ大学のキーズ(Keys, A.)らによって行われたミネソタ(半)飢餓実験で、半飢餓となった男性被験者達も1日中食べ物のことだけを考えるようになりました。

摂食障害の症状ではなく半飢餓の影響なのです。この状態でコンビニ店に入ると、思わず食物を手に取って出てしまうことも稀ではありません。そんな状態でも過食を抑えている神経性やせ症の摂食制限型の患者さんは、頑固です。

見つかっても盗んだことを素直に認めらなかったり、全く謝らなかったり。治ることをあきらめている患者さんも逮捕されやすい印象があります。

ある患者さんは何回か服役していますが、おとなしい方で、そのお母様も摂食障害で万引きを繰り返していました。別の気の弱い患者さんは、その実母、義父ともに教職でしたが、義父も気が弱く、アルコールを飲まないと自分の意見を言えない人で、本当は助けたいのに助けられず、患者は2回服役して、しかし最後は立派に回復、結婚、出産しました。小生が義父の優しさを知ったのは回復後です。

治療終結を目指した治療、Validation

摂食障害の背景や基盤をなす精神病理は実に十人十色です。境界性パーソナリティ障害併存例の「激しさ」から全般性の社交不安障害と回避性パーソナリティ障害の併存例の「おとなしさ」まで両極端の精神病理が摂食障害という一つの診断で一括りです。

「おとなしい」方が一見、簡単に治療できるように見えますが、実際に治療している側からするとどちらも根気のいる、気の長い治療が必要です。そして、実際には「激しい」方が何百倍も万引きしていますが、「通報、逮捕」されてしまう頻度には「激しい」と「おとなしい」で大差が無いというAsamiら(2014)の報告に首肯せざるを得ないところもあります。

しかし、治療側から考えて、最も重要なのは、どう治療するかです。治療継続自身が困難な障害ですが、最終目標は治療継続では無く治療終結です。摂食障害に共通するのは痩身への囚われです。痩身を手放しても、痩身を達成できなくとも、あなたは今ここに生きているだけで意味があるのだというvalidation(大丈夫さ)を伝えることが重要と思っております。

さいごに

この小論をお読みいただいてお分かりいただけたと思いますが、刑罰より治療が優先されるべきだというのが小生の意見です。一方で、刑罰という歯止めが無ければ、治療への動機付けが乏しくなる症例があることも確かです。

診断書には「万引きは摂食障害の症状の1つです」と書きますが、「心神喪失」「心神耗弱」であるのかどうかの判断は、その症例によって変わると考えています。本当の意味で、治療にとって有益であるかは、症例ごとに大きく変わるからです。そのような、治療的観点が最も重要だと思っております。

プロフィール

永田利彦精神科医

大阪市立大学大学院を修了後、大阪市立大学大学院医学研究科神経精神医学教室講師、准教授、ピッツバーグ大学客員准教授などを経てH25年なんば・ながたメンタルクリニックを開設。医学博士、精神科専門医、精神保健指定医、精神保健判定医、Academy for Eating Disorders、Research Society for Eating Disorder、日本摂食障害学会理事。日本不安症学会、日本うつ病学会、日本生物学的精神医学会、日本精神科診断学会などの学会の評議員。日本摂食障害学会監修・摂食障害治療ガイドライン(2012)の代表編者の1人。摂食障害、不安障害、パーソナリティ障害、気分障害に関する論文、総説多数。

この執筆者の記事