精神保健福祉法改正案、措置入院制度の問題点

精神保健福祉法の改正案では、昨年起きた相模原の障害者施設襲撃事件の被告が、事件を起こす前に措置入院をしていたことから、措置入院患者の支援の強化が柱となった。今回の改正の問題点について、当事者や医師の方に伺った。2017年03月27日放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22「相模原障害者施設殺傷事件をきっかけに政府が上程した『精神保健福祉法改正案』〜その問題点とは?」より抄録。(構成/大谷佳名)

 

 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

監視を強化する恐れ

 

荻上 今夜のスタジオゲストを紹介します。精神科医の斎藤環さんです。よろしくお願いします。

 

斎藤 よろしくお願いします。

 

荻上 さっそくですが、精神保健福祉法の改正案について、どうお感じですか。

 

斎藤 今回は相模原の事件を受けて、「被告の措置入院の退院が早すぎたのではないか」、「退院後のフォローアップをしっかりしていれば、事件は起こらなかったのではないか」という声から、改正案が提出されることとなりました。しかし、そもそもこの事件の反省から、措置入院の処遇を見直すという結論にはつながらないはずです。

 

私はかねてから、相模原事件の被告の措置入院は適切ではなかったと指摘してきました。彼の診断は「自己愛パーソナリティー障害」であり、刑法第三十九条において完全責任能力が問える(=犯罪を犯した場合に有罪となる)症状とされていますから、本来、措置入院の対象外であるはずなのです。措置入院の対象となるのは、統合失調症や躁鬱病などの精神障害、あるいは薬物依存、アルコール依存などで、自傷・他害の恐れがあり、心神喪失状態あるいは心神耗弱状態と判断できる場合に限ります。

 

荻上 本当は別のケアにつながる必要があったのにも関わらず、措置入院をしていたことばかりがクローズアップされた結果、今回の法改正につながってしまったわけですね。

 

斎藤 相模原事件の教訓を、間違った解釈でもって便乗しているという印象があります。そもそも、措置入院という制度そのものの是非を問わないまま議論が進んでいるのも問題です。措置入院は、障害者権利条約における、障害を理由として人の自由を制限してはならないという項目に反するものです。

 

荻上 今回の改正案は、具体的にはどういった内容になっているのでしょうか。

 

斎藤 まず、措置入院を含む強制入院の要否を判断する、精神保健指定医の条件に関して修正があります。今回の事件で鑑定にあたった指定医が、レポート作成に不正があったということで資格が取り消しになるという問題があったからです。

 

それから、もう一つが措置入院の退院後のフォローアップに関してです。退院後の「支援」と称していますが、「監視」としか思えない内容であり、非常に問題です。たとえば、措置入院をした患者さんが退院後に引っ越しをした場合には、自治体ごとに情報を共有するという、プライバシーに抵触するような項目も含まれています。通常の医療入院と同じように考えるべきなのに、なぜか措置入院だけが特別な扱いとなっている。まさに障害を理由として人権を制限するようなことが明記されています。

 

荻上 改正案の趣旨には、「精神障害者に対する医療の役割を明確にすることに加えて、精神障害者の社会復帰の促進を図るため、都道府県が入院措置を講じた者に対する、退院後の医療等の援助を強化するとともに、精神障害者の支援を行う地域関係者の連携強化を図るほか、精神保健指定医の指定制度、医療保護入院に必要な手続き等について見直しを行うこと」と書かれており、一般論としては特に問題がないかのような記述となっています。

 

続いて、この法案の概要を短く紹介します。

 

1.国及び地方公共団体が配慮すべき事項等の明確化

2.措置入院者の退院後に医療等の継続的な支援を確実に受けられる仕組みの整備

3.精神障害者支援、地域協議会の設置

4.精神保健指定医制度の見直し

5.医療保護入院の入院手続き等の見直し

 

斎藤さんは、この中でどのような点について疑問をお持ちでしょうか。

 

斎藤 懸念しているのは、明らかに精神医療を治安対策の道具に使おうとしているということです。とくに、「措置入院者の退院後に医療等の継続的な支援を確実に受けられる仕組みの整備」とありますが、これは見方を変えると、“場合によっては強制する可能性もある”と読み取れます。再犯予防のために、「医療関係者が監視を強めてくれ」と対応を求めているように聞こえます。

 

また、「地域協議会の設置」、「退院後の継続的な支援」といった一連の手続きは、結果的に患者の治療においてもマイナスな影響を及ぼすと考えられます。先ほど触れたようなプライバシーの問題があると、支援において最も重要なはずの信頼関係を築けなくなってしまうからです。

 

地域に受け皿があり、そこで単身生活できるような環境があれば良いのですが、それがない状態で支援の枠だけを作ってしまうのは、逆にスティグマを強化する恐れがあります。

 

荻上 地域と繋がりやすくなるという観点からすると、一見、精神障害の方にもプラスのように見えるのですが、プライバシーが侵犯され偏見や差別の目に晒されることに繋がれば、逆に支援から遠ざかってしまうことになりかねませんね。

 

 

「施設から地域へ」という流れに逆行

 

荻上 そもそも、措置入院ではどういった対応がされるものなのでしょうか。

 

斎藤 特別なことは何もありません。強制入院には、自傷他害の恐れがない場合でも保護者の同意があれば入院となる、医療保護入院という形態もあります。措置入院は、医療保護入院と比べて外出外泊の許可を慎重に出すということはありますが、どちらも閉鎖病棟で行動制限を加えながら処遇するという点では、さほど厳密な区別があるわけではありません。

 

また、どこで退院させるかという基準が曖昧で、入院期間もまちまちです。精神科の症状自体が、「このラインを越えたら症状が消えた」とはっきり言えるものではないので、かなり重大な犯罪を犯したケースでも、精神科医が回復したと判断すれば、ごく短期間で退院できてしまいます。ただ、一般的な精神科医はそう考えずに、「まだ危ないかもしれない」と判断して措置解除のタイミングを失い、何年間も留まってしまうことも珍しくありません。日本の精神科病院はとにかく平均在日数が異常に長いことで有名なのです。

 

荻上 長期の措置入院については、拘禁反応などさまざまな疾患の悪化も指摘されていますよね。

 

さて、実際に措置入院を経験したという方からメールをいただいております。

 

「私は運良く搬送された病院で、精神科医と看護師の方がずっと話を聞いてくれ、身体拘束はありませんでした。退院後も、地域生活支援センターを利用しながら、なんとか社会参加ができています。私の場合は、退院後に管理されるのではなく、食事指導・運動指導・レクリエーションなど、スタッフの方々が手厚く支援にあたってくださりました。しかし、ほかの地域では、医療従事者や精神保健福祉士が威張っていて、積極的に治療に参加できないという声も聞きました。」

 

斎藤 措置入院の退院後、地域のケアに繋がれたというのはとても幸運だと思います。処遇の地域格差は非常に大きく、措置入院患者数も地域によって14倍ほど違うのです。いかに措置入院が恣意的な運用をされやすい制度かということがわかると思います。

 

荻上 措置入院が前提となっているため、他の選択肢がなかなか育たないということもあるかもしれませんね。これまでの障害者運動の歴史は「施設から地域へ」というスローガンのもとで進んできましたし、今回の相模原事件を受けての厚労省、神奈川県の報告書でも、この路線は守らなくてはいけないと書かれていました。しかしながら、今回の改正案はその流れに逆行する方向に議論が進んでしまっていますね。

 

斎藤 はい。日本は精神科病床数が30万床以上あり、全世界の19%にあたります。入院患者数も、人口比でヨーロッパの10倍以上です。日本は私立病院が多く、厚労省がいくら呼びかけても病床数が減らせないため、地域移行がなかなか進まないのです。

 

一方、諸外国の例を見てみると、イタリアではバザーリア法という法律によって、地域移行に成功したという前例があります。「自由こそが治療だ」というスローガンのもと、入院制度そのものを見直し、一気に病床数を減らしました。すると大変なことになるかと思いきや、むしろスムーズに地域移行を進めることができた。日本もこれを参考にしようという声は昔から上がっているのですが、施設自体を削減できないので、なかなか思うように進んでいません。

 

そればかりではなく、身体拘束がここ10年間で2倍になったというデータもあります。医療が人の自由を制限する方向に進んでしまっているとしか思えないところがあります。

 

荻上 イタリアでは犯罪においても、同様に地域で見守りながら社会から途切れることのない形で対応していこうという議論がありますよね。一方、日本では医療を刑務所に近づけていく方向に逆に進んでしまっているように思います。

 

斎藤氏

斎藤氏

 

 

犯罪防止を目的とした改正の問題点

 

荻上 こんなメールが来ています。

 

「『犯罪防止の観点からではなく、病状改善の観点から改正がなされるべきだ』という意見を見ました。なぜ、犯罪防止の観点から行われる改正だと危険なのでしょうか。精神障害者は健常者と比較して、危険な犯罪を犯すリスクを大きく持ち合わせているような偏見を助長するから、という理由でしょうか。」

 

回復の観点から議論することと、治安の観点から議論することの違いは、当事者の権利が第一と認めた上で進めていくのか、それとも周りの「不安や秩序を維持してほしい」という要望に応えて動いているのかによって、方向性が真逆だと言えそうですね。

 

斎藤 そうですね。治療という視点でいうと個人に寄り添う方向しかあり得ませんが、社会防衛という視点をとった瞬間に、いかに症状を抑え込むかという判断に陥ってしまう。

 

実際、日本の精神科救急では、来た患者さんのほとんどをとりあえず保護室に入れてしまいます。「緊急状態の精神障害者と話しても通じない」という先入観が医者の側にあるのです。その人の話に耳を傾けたり、対話するという作法が全く定着していないため、すぐに身体拘束というルーティーンになってしまっている。

 

また、措置入院の条件となる「自傷他害の恐れがある」というのは、たとえば一度リストカットをしてしまったとか、親子喧嘩で大声を出してしまったとか、そのレベルでも入院の手続きを取られてしまう可能性があります。治療歴があると、まず「精神障害者が危険な行為に及んだ」という括りにされてしまう。そして措置入院まであと一歩、と認識されてしまうリスクがあるのです。

 

荻上 現場では患者の個別性を無視して、流れ作業になってしまっている側面があるのですね。

 

たとえば、自傷して緊急状態にある方の場合、不安感やパニックから抜け出すために、むしろ人とつながることが重要となることも多くあるので、必ずしも命の保証を優先するためにすぐ措置入院、という判断が正しいとは言えない場面もあるわけですよね。

 

斎藤 自殺企図がある場合は、自死につながってしまう恐れがあり危険と判断するケースもあります。ただ、今、自傷を扱う専門家の間では、自傷はストレスを解除する手段であって、むしろ生きるためにする行為であるという解釈が一般的です。ですので、入院させてしまうとむしろ悪化する可能性が高い。そういった認識がない医者は、措置入院と判断してしまうこともあるでしょう。

 

荻上 相模原事件のような事件があると、精神障害と犯罪の関係性が取り上げられることがしばしばあります。しかし、事件の後に、裁判の際に鑑定されて初めて診断名がつくケースもあるため、障害と犯罪との関係性を議論しにくい側面もあると、理解する必要がありそうですね。【次ページにつづく】

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シノドス国際社会動向研究所

vol.222 特集:沖縄

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