精神保健福祉法改正案、措置入院制度の問題点

相模原事件はヘイトクライム

 

荻上 ここで、今回の改正案について当事者はどういった思いを持たれているのか聞いてみたいと思います。ご自身も精神疾患の当事者で、大阪精神障害者連絡会事務局長の、たにぐちまゆさんです。よろしくお願いいたします。

 

たにぐち よろしくお願いします。

 

荻上 たにぐちさんは統合失調症と摂食障害の当事者でいらっしゃいますが、どのような症状なのでしょうか。

 

たにぐち 統合失調症については、私の場合は「人に見張られている・人に悪口を言われている」という思い込みがあったり、夜眠りにくい日と眠れる日の波がありしんどくなるのが主な症状です。摂食障害の方は、食べ過ぎて吐いてしまったり、食べられなかったりを繰り返していました。

 

荻上 二つの疾患によって、どういった苦労が日常の中にありましたか。また、そのような経緯で支援にアクセスできたのでしょうか。

 

たにぐち 親が失業中で家計が苦しい時期に、家中のものを食べ尽くしてしまった時は、家族の中でも居場所を失い、つらい思いをしました。

 

その後、友人の家族に支援をする立場の方がいたため、その方を通じて、地域生活支援センターや大阪精神障害者連絡会などの団体とつながることができました。私はもともと引きこもる傾向があったのですが、そうした団体にアクセスすることによって、外に出るきっかけや、「(家の外で)自分の人生を生きる」という意識がいろんな人とのつながりで、生まれてきたように思います。

 

荻上 相模原の事件そのものと、その語られ方についてはどうお感じですか。

 

たにぐち 私は、この犯罪は病気によるものだとは思っていません。優生思想や、障害者に対する「役に立たない」、「迷惑をかける存在」といった意識による、確信的な犯罪だと思っています。

 

また、事件の報道で被害者の方のお名前を出さなかったことについては疑問に感じました。そのせいで、一般の人々が被害者に共感を持てる形ではなく、「障害者にはこんなこともあるんだな」というくらいの気持ちしか持てないような事件になってしまったと思っています。また、「犯罪を犯す人は精神障害者」と思われるような報道のあり方によって、深く傷つきショックを受けました。

 

荻上 今回の精神保健福祉法の改正案については、どうお感じになっていますか。

 

たにぐち 起訴前鑑定の結果を待たずに検討会で議論が進められたということは非常に問題だと思っています。しかも検討会のメンバーは、当事者2名と関係者1名を除いてはほとんどが専門職の方で、当事者の声が本当に反映できているのかは疑問に感じます。

 

また、この事件と措置入院は直接的な関係は全くないにもかかわらず、措置入院ばかりが注目されていることにも疑問を抱きます。他にも抗議したい点がたくさんあり、大阪精神障害者連絡会としても意見書を作成しました。

 

荻上 障害者に対する差別をなくそうと言いながらも、措置入院に注目することによって「危険な障害者は隔離しよう」という方向に倒錯した議論が進んでしまっている。たにぐちさんは、本来であればどういった議論が必要だとお考えですか。

 

たにぐち まず私たちは、相模原事件そのものは、障害者に対するヘイトクライムだったと考えています。ですから、精神保健福祉法の見直しではなく、ヘイトクライムをなくすための取り組みを進めるべきです。

 

そして、今回の改正は白紙に戻し、前回、改正するという約束になっていた、権利擁護者の仕組みを入れて欲しいと思っています。権利擁護者というのは、措置入院や医療保護入院で入院中に不当な扱いを受けた場合に、病院から独立した立場に立って患者の権利を擁護してくれるというシステムです。

 

私自身、医療保護入院をしていた時に、「お水を飲みたい」と言うと、お手洗いの水を飲んでくださいと紙コップを手渡されたことがありました。そのような扱いを受けても、誰にも相談することができなかったのです。そんな時に、権利擁護者が話を聞いてくれて、病院との間に入って相談に乗ってくれるというシステムはとても大事だと思っています。

 

荻上 当事者がしっかりと対応できて、なおかつ法律策定の過程で当事者参加型の部会を開くなどして、ボトムアップ型で議論をしていくプロセスが本来は必要ですよね。たにぐちさん、ありがとうございました。

 

斎藤さん、今のお話いかがお感じですか。

 

斎藤 権利擁護者については、本当におっしゃる通りだと思います。医療保護入院や措置入院の恣意的運用によって、不当に長期間、強制入院させられる人はたくさんいるわけです。しかし、そういう人たちを弁護する立場の人は誰もいない。私は、誤診は冤罪に等しいと考えています。病院というのは、非常に見透かしやすいので、監視の目を常に行き渡らせる必要があります。

 

 

精神障害は誰にとっても他人事ではない

 

荻上 次に、この法律が運用されると具体的にどうなるのか、お話を伺ってみたいと思います。地域で暮らす精神障害者の方々に向けた訪問型支援を行っている、ACT-K主宰・たかぎクリニック院長の高木俊介さんです。よろしくお願いします。

 

高木 よろしくお願いします。

 

荻上 高木さんの立場から、今回の法改正はどのように映りますか。

 

高木 ズバリ言って「社会のセキュリティを守ってやっているんだ」という国家の威信のためだけに提出された法案です。精神障害者だけを過大に危険視し、監視下に置くことで治安維持の実績を作ろうとしているように思います。表向きは患者の社会復帰をはかるようなことを言っていますが、具体的な内容を見ると、入院患者、とりわけ措置入院患者の退院後の管理を強化しようとする内容ばかりです。

 

池田小学校事件の時もまったく同じ経過で、事件の直後から「社会の安全を守る」と言って犯罪行為を行った精神障害者に対して特別の隔離と強制治療を行う施設を作ってしまいました。後の鑑定で判明したのは、池田小事件の犯人はこの法律による医療の対象じゃなかったというのにもかかわらずです。この時も今回と同じで、本来ならまず司法が対象として精査するはずのことを、医療に丸投げされました。厚労省は法務省に頭が上がらない何かがあるのでしょうか。

 

ところが、この時作られた医療観察法という法律は、10年経った今、まったく上手くいっておらず、ちゃんとした検証もされていません。なぜ上手くいかないのかというと、精神障害者の治療にはよい人間関係と現実的な生活の場が必要であるにもかかわらず、医療観察法による病棟は一般的な精神病院よりもさらに隔離と制限が厳しい環境に置かれていて、思うように治療が進まないからです。

 

今回の改正によって、医療観察法の失敗と同じことが、もっと広い範囲、つまり強制入院全般について起こってしまうのではないかと心配しています。

 

荻上 改正案では、「退院後にきちんと地域に移行するように配慮する」と謳われていますが、その際、「入院中に退院後支援計画を作成すること」が医療関係者や自治体に義務付けられています。この義務化によって、むしろ計画が作られない段階では退院できないという事態にも繋がりそうですよね。

 

高木 今の日本では、地域では障害者を支えるための制度・施設がまったく不足しており人材も足らないという中で、病院は退院後の計画を作れと言われたって、地域に患者さんを支える環境がないままでは作れません。だから、その人はずっと入院ということにならざるをえませんよね。

 

このような病院だけをみた法律の条文を新たに作るのではなく、先に地域にお金を回して、障害者を地域で支えていける体制を整えていくべきです。安心できる場所と支えてくれる資源さえあれば、ほとんどの精神障害者の人は住み慣れた地域で暮らせるんです。

 

今、精神病院には1兆4000億円お金がつぎ込まれています。それに対して、地域で支える取り組みには500億円しか使われていないのです。この巨大な格差をなんとしてもまず縮小しなければいけません。

 

荻上 なるほど。ここで、リスナーの方のメールを紹介します。

 

「相模原事件の容疑者の措置入院が事件にどのように影響したのかは、明確ではないはずです。それなのに、措置入院をスタート地点として改正案を考えていること自体に強い疑問があります。」

 

「今回の法改正によって、精神障害を持っている人に対する監視が強まると、人権上問題があるというのはよくわかります。しかし一方で、ごく一部であるとしても、相模原事件のような重大な結果をもたらす可能性のある精神障害の人が野放しになってしまうのは、やはりこわいです。」

 

相反する二つの意見ですが、これらについてはいかがお感じですか。

 

高木 まず後者の方の意見について、精神障害者“だから”このような事件を起こしたのだ、という認識には違和感を持ちます。実際、池田小事件の場合も、精神障害の症状そのものと事件とは関係性がなかったとはっきりしているのです。このことは今回の相模原事件と同じだと思われます。また、精神障害者は同じ犯罪行為を繰り返すだろうと誤解されていますが、刑法犯の中でも再犯を繰り返す人は精神障害とは関係ない方の方が多いわけです。

 

荻上 斎藤さんはいかがですか。

 

斎藤 前者の意見にあるように、事件の真相が明らかにならない段階で、固定的な解釈によって話が進むというのは非常に危惧を感じます。これは同時に、後者のメールのような印象を強化することにつながります。

 

荻上 この立法そのものが、自分あるいは身内が精神障害者になる可能性を考えずに、他人事として議論をしているような印象がありますよね。

 

高木 精神障害は、ほとんどの人にとって自分に関係ないものではありません。たとえば、統合失調症の患者は100人に1人と言われています。また今、日本では施設を作りすぎてしまって32万床という厖大な数の精神病床がありますが、人口減により空床化が進んでいます。それを防ぐために、認知症の人を精神病院に入れるという動きにもなっていて、日本精神病院協会はその方向を意識的に進めようとしています。つまり、誰にとっても他人事ではない問題なんです。

 

日本は精神病院大国ですから、精神障害者の本当の姿が病院の中に隠されてしまっている。そのために精神障害者の問題が自分とは関係ない他人事のように思えています。ですから、まずは精神障害の人たちがどんどん退院して地域で暮らしている姿をみんなが見て知ること、可視化することが非常に大事なのです。

 

荻上 高木さん、ありがとうございました。最後に、斎藤さん、本来はどういった議論を進めていくべきだとお考えですか。

 

斎藤 やはり、措置入院制度そのものを見直してほしいですね。恣意的な運用がなされないよう、曖昧な基準ははっきりさせるべきです。

 

そして、相模原事件は収容主義がもたらした悲劇であったのだと認識し、措置入院ありきの判断ではなく、そもそも現在の収容主義が間違っているというところまで立ち返って、法律全体を見直してほしいと思います。

 

荻上 障害者の自立運動に携わっている方からも、「なぜ、“そもそも多くの障害者が一箇所に集められていなければ、この事件は起きなかった”という議論にならないのか」という憤りの声をたくさん聞きました。

 

こうした事件があると、とにかく何らかの対策をしなければと悪者探しをして、拙速に立法の議論が進められてしまうことがよくあります。しかし、科学的な検証ぬきに法律ができてしまうとむしろ逆効果ですね。斎藤さん、今日はありがとうございました。

 

 

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