あらゆる人生に関係がある物語を

生きづらさを抱えるすべての人に向けたNHK「ハートネットTV」。福祉が他人事ではなくなった時代に、福祉番組はなにを発信するのか。放送だけに留まらない番組づくりについて、プロデューサーである林敦史さんに話を伺った。(聞き手・構成/山本菜々子)

 

 

誰もが当事者になり得る

 

―― 新しい福祉番組をはじめたきっかけを教えて下さい。

 

NHKの福祉番組の歴史は非常に長く、50年以上つづいています。1961年に「テレビろう学校」という番組が、1971年には障害のある人全般のテーマを扱う「社会福祉の時間」がはじまりました。福祉について取り組むことは、以前からずっと、公共放送の重要な分野だったんです。

 

2003年に「ハートネットTV」の前身である「福祉ネットワーク」がはじまり、2006年には同じ時間枠で「ハートをつなごう」(月4回)がスタートしました。「ハートをつなごう」を開始した頃は、当事者の側も、自分たちの声で福祉や医療を変えていきたいという動きが強くなっていましたし、海外では当事者の方々が自分たちの手で番組を制作するという試みも行われていました。外からや、高いところからではなく、自分たちで自分たちのことを語ろうというものです。その動きを見て、「やってみよう!」ということになりました。

 

それまでにも、当事者の方たちが出演することはありました。でも、VTRで当事者の状況を客観的に取材することが多く、基本的にはそれをもとに専門家が、障害や疾患について解説するというのが主流でした。ですが、「ハートをつなごう」では当事者がスタジオに来て語り合うというのをコンセプトにしました。当事者の方が自分のおもっていることを自由に語ってもらう。スタジオ収録が放送時間の5、6倍になるのもザラでした。いまから考えても、とても実験的な番組でしたね。

 

第一回は若年認知症の方たちとその家族がスタジオにあつまり、認知症の「真の姿」を語り合いました。自分たちは「なにもできない」存在ではない、と……。その後、発達障害やLGBTなど、さまざまな立場の当事者に出演していただきました。その後、2012年に、「ハートをつなごう」と「福祉ネットワーク」を統合して生まれたのが「ハートネットTV」です。

 

 

―― なぜ「ハートネットTV」にリニューアルしたのですか。

 

「福祉ネットワーク」が立ちあがった当初は、高齢者福祉と障害者福祉を中心的なテーマにしていました。しかし、時代の変化とともに、福祉の概念が広がって来たようにおもいます。ちょっと前までは社会的に弱い立場の人のものだったり、限られた立場の人のものだという認識がありました。でも、いまや、福祉というのは高齢者や障害者だけではなく、貧困やうつ、セクシュアリティーの問題など、自分や家族、友人たちにいつ起きてもおかしくない、身近なものになってきているんです。福祉の対象が若い人や働き盛りの人にも拡張されています。「誰もが当事者になり得る」。これが、番組のコンセプトになっています。

 

 

hayashi02

 

 

たとえば、去年の4月につくったポスターにもそのコンセプトが表現されています。「40歳の同窓会」というのがテーマなんです。小学校のときのクラスメイトが40歳のときに同窓会をしたら、みんな本当にさまざまな状況に置かれてしまっている。亡くなった人もいれば、いわゆる「闇の世界」に入ってしまった人もいる。障害がある人もいれば、子育をしたり、水商売をしたり、介護をしたり、アルコール依存症だったり。さまざまなかたちで福祉の問題を抱えているんです。それくらい、福祉は等身大で語るものになってきたんじゃないでしょうか。

 

 

一番言いたかったことはなんだろう

 

―― 取り扱うテーマなどは、どのように決めているのでしょうか。

 

この春から毎月ワンテーマの特集シリーズをはじめました。たとえば、4月は「発達障害」、5月は「子どもの虐待」、6月は「セクシュアルマイノリティ」、7月は「認知症」を取り上げています。これは、タイムリーさも重視しています。4月だと、自閉症デーがあるので、発達障害に社会的に関心が高まる時期です。また、6月は世界的にセクシュアルマイノリティのイベントが行われる月でもあるんです。そうした時期に集中的にやることで波及効果も狙っています。そのほかは、一人ひとりのディレクターが掘り起こしたテーマをやっています。

 

総合テレビだと、「それってどのくらいの人に関係があるの」と問われることが多いのですが、Eテレではそんなに気にしなくていい(笑)。重要だとおもうことはタブーなく積極的にやっていこうという姿勢でやっています。それが、Eテレの使命だと考えていますね。テーマは多岐にわたりますけど、基本的には当事者が抱えている問題を共有していく。個別の事情はもちろんありますが、社会の構造が生きづらくしているところがあると考えているので、共有は大切なことだと考えています。

 

 

―― 番組を制作するときに気をつけていることはありますか。

 

「より幅広いテーマを、より分かりやすく」ですね。伝わらなければ、関係者以外の人にも分かってもらえなければ意味がないと考えています。これは難しいことなんですけどね。そして同時に、当事者の立場を大切にするということを必ず意識しています。前の番組(「福祉ネットワーク」など)からそこをおろそかにしてはいけないなとおもっていました。

 

そうした蓄積もあり、取材先との信頼関係がずっと継続してできていて、安心して出演してもらえるのかなとおもいます。ありがたいことに、「ハートネットTV」だったら、自分たちが傷つくような描かれ方はしないだろうと考えて下さる方が大勢いらっしゃる。

 

また、取材をする際に、テーマの持続性については気をつけています。なるべく、同じテーマは同じ人で取り組んだり、担当が変わる場合は、本質的な点はなにか、気をつけるべき点はなにかというのが受け継がれるようにしています。行き当たりばったりではなく、きちんと取材する方の置かれている立場を知っていくというのは心がけています。NHK全体としても、それが問われているということがありますね。

 

どの番組を制作するにしても、当事者の方が一番言いたかったことはなんだろうと、考えることは大切なことだとおもいます。どんなテーマでも、番組の制作者として言いたいことと、当事者として言いたいことは、必ずしも重なるわけではない。でも、当事者の方が、なにを一番外に伝えたいのか、そのことを無視して番組をつくるということはしたくないですね。

 

また、「ハートネットTV」としてとくに意識しているのは、放送だけでは終わらせないということです。たとえば、放送後に出演者同士がつながって次なるアクションが生まれたという例もあります。

 

昨年、精神疾患の親を持つ子どもという番組を放送しました。いままで、親が精神疾患だったという人は声を上げることができませんでした。親に対する怒りを持ちつつも、人前で話すと、「親に対してなんてこと言うんだ」と言われてしまうのではと、不安に感じたりして……。「自分の苦しさを知って欲しい。でもそれを言うと、親を批判することになるのでは」というアンビバレントな気持ちを持っていらっしゃったようです。

 

すごく辛い立場にも関わらず、息を殺し、声を出せなかった方が、勇気を持って番組に出ていただいたことで、全国で同じような境遇の方が、一緒にあつまってネットワークをつくろうという動きになりました。番組がきっかけで、新たなつながりが生まれるというのは、ひとつの目標です。番組を離れて社会を変えていくきっかけがどんどん外に生まれていけばいいなとおもいます。これからの課題でもあるし、福祉番組の目標でもありますね。

 

 

 

 

◆◆「αシノドス」購読でシノドスを応援!◆◆

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.226+227 特集:自立的思考のために

・飯田泰之氏インタビュー「経済学の基礎で社会を読み解け!――マクロ経済の思考法」

・角間淳一郎氏インタビュー「『風俗嬢かわいそう』で終わらせない――“孤立”に歯止めをかけるセカンドキャリア支援」

・【今月のポジ出し!】吉田徹「形骸化する地方自治――『くじ引き民主主義』を導入せよ!」

・藤代裕之氏インタビュー「フェイクニュースが蔓延するメディア構造はいかにして生まれたのか」

・塚越健司 学びなおしの5冊 <統治>

・齋藤直子(絵)×岸政彦(文) 「Yeah! めっちゃ平日」第八回