2013.06.26
あらゆる人生に関係がある物語を
生きづらさを抱えるすべての人に向けたNHK「ハートネットTV」。福祉が他人事ではなくなった時代に、福祉番組はなにを発信するのか。放送だけに留まらない番組づくりについて、プロデューサーである林敦史さんに話を伺った。(聞き手・構成/山本菜々子)
誰もが当事者になり得る
―― 新しい福祉番組をはじめたきっかけを教えて下さい。
NHKの福祉番組の歴史は非常に長く、50年以上つづいています。1961年に「テレビろう学校」という番組が、1971年には障害のある人全般のテーマを扱う「社会福祉の時間」がはじまりました。福祉について取り組むことは、以前からずっと、公共放送の重要な分野だったんです。
2003年に「ハートネットTV」の前身である「福祉ネットワーク」がはじまり、2006年には同じ時間枠で「ハートをつなごう」(月4回)がスタートしました。「ハートをつなごう」を開始した頃は、当事者の側も、自分たちの声で福祉や医療を変えていきたいという動きが強くなっていましたし、海外では当事者の方々が自分たちの手で番組を制作するという試みも行われていました。外からや、高いところからではなく、自分たちで自分たちのことを語ろうというものです。その動きを見て、「やってみよう!」ということになりました。
それまでにも、当事者の方たちが出演することはありました。でも、VTRで当事者の状況を客観的に取材することが多く、基本的にはそれをもとに専門家が、障害や疾患について解説するというのが主流でした。ですが、「ハートをつなごう」では当事者がスタジオに来て語り合うというのをコンセプトにしました。当事者の方が自分のおもっていることを自由に語ってもらう。スタジオ収録が放送時間の5、6倍になるのもザラでした。いまから考えても、とても実験的な番組でしたね。
第一回は若年認知症の方たちとその家族がスタジオにあつまり、認知症の「真の姿」を語り合いました。自分たちは「なにもできない」存在ではない、と……。その後、発達障害やLGBTなど、さまざまな立場の当事者に出演していただきました。その後、2012年に、「ハートをつなごう」と「福祉ネットワーク」を統合して生まれたのが「ハートネットTV」です。
―― なぜ「ハートネットTV」にリニューアルしたのですか。
「福祉ネットワーク」が立ちあがった当初は、高齢者福祉と障害者福祉を中心的なテーマにしていました。しかし、時代の変化とともに、福祉の概念が広がって来たようにおもいます。ちょっと前までは社会的に弱い立場の人のものだったり、限られた立場の人のものだという認識がありました。でも、いまや、福祉というのは高齢者や障害者だけではなく、貧困やうつ、セクシュアリティーの問題など、自分や家族、友人たちにいつ起きてもおかしくない、身近なものになってきているんです。福祉の対象が若い人や働き盛りの人にも拡張されています。「誰もが当事者になり得る」。これが、番組のコンセプトになっています。
たとえば、去年の4月につくったポスターにもそのコンセプトが表現されています。「40歳の同窓会」というのがテーマなんです。小学校のときのクラスメイトが40歳のときに同窓会をしたら、みんな本当にさまざまな状況に置かれてしまっている。亡くなった人もいれば、いわゆる「闇の世界」に入ってしまった人もいる。障害がある人もいれば、子育をしたり、水商売をしたり、介護をしたり、アルコール依存症だったり。さまざまなかたちで福祉の問題を抱えているんです。それくらい、福祉は等身大で語るものになってきたんじゃないでしょうか。
一番言いたかったことはなんだろう
―― 取り扱うテーマなどは、どのように決めているのでしょうか。
この春から毎月ワンテーマの特集シリーズをはじめました。たとえば、4月は「発達障害」、5月は「子どもの虐待」、6月は「セクシュアルマイノリティ」、7月は「認知症」を取り上げています。これは、タイムリーさも重視しています。4月だと、自閉症デーがあるので、発達障害に社会的に関心が高まる時期です。また、6月は世界的にセクシュアルマイノリティのイベントが行われる月でもあるんです。そうした時期に集中的にやることで波及効果も狙っています。そのほかは、一人ひとりのディレクターが掘り起こしたテーマをやっています。
総合テレビだと、「それってどのくらいの人に関係があるの」と問われることが多いのですが、Eテレではそんなに気にしなくていい(笑)。重要だとおもうことはタブーなく積極的にやっていこうという姿勢でやっています。それが、Eテレの使命だと考えていますね。テーマは多岐にわたりますけど、基本的には当事者が抱えている問題を共有していく。個別の事情はもちろんありますが、社会の構造が生きづらくしているところがあると考えているので、共有は大切なことだと考えています。
―― 番組を制作するときに気をつけていることはありますか。
「より幅広いテーマを、より分かりやすく」ですね。伝わらなければ、関係者以外の人にも分かってもらえなければ意味がないと考えています。これは難しいことなんですけどね。そして同時に、当事者の立場を大切にするということを必ず意識しています。前の番組(「福祉ネットワーク」など)からそこをおろそかにしてはいけないなとおもっていました。
そうした蓄積もあり、取材先との信頼関係がずっと継続してできていて、安心して出演してもらえるのかなとおもいます。ありがたいことに、「ハートネットTV」だったら、自分たちが傷つくような描かれ方はしないだろうと考えて下さる方が大勢いらっしゃる。
また、取材をする際に、テーマの持続性については気をつけています。なるべく、同じテーマは同じ人で取り組んだり、担当が変わる場合は、本質的な点はなにか、気をつけるべき点はなにかというのが受け継がれるようにしています。行き当たりばったりではなく、きちんと取材する方の置かれている立場を知っていくというのは心がけています。NHK全体としても、それが問われているということがありますね。
どの番組を制作するにしても、当事者の方が一番言いたかったことはなんだろうと、考えることは大切なことだとおもいます。どんなテーマでも、番組の制作者として言いたいことと、当事者として言いたいことは、必ずしも重なるわけではない。でも、当事者の方が、なにを一番外に伝えたいのか、そのことを無視して番組をつくるということはしたくないですね。
また、「ハートネットTV」としてとくに意識しているのは、放送だけでは終わらせないということです。たとえば、放送後に出演者同士がつながって次なるアクションが生まれたという例もあります。
昨年、精神疾患の親を持つ子どもという番組を放送しました。いままで、親が精神疾患だったという人は声を上げることができませんでした。親に対する怒りを持ちつつも、人前で話すと、「親に対してなんてこと言うんだ」と言われてしまうのではと、不安に感じたりして……。「自分の苦しさを知って欲しい。でもそれを言うと、親を批判することになるのでは」というアンビバレントな気持ちを持っていらっしゃったようです。
すごく辛い立場にも関わらず、息を殺し、声を出せなかった方が、勇気を持って番組に出ていただいたことで、全国で同じような境遇の方が、一緒にあつまってネットワークをつくろうという動きになりました。番組がきっかけで、新たなつながりが生まれるというのは、ひとつの目標です。番組を離れて社会を変えていくきっかけがどんどん外に生まれていけばいいなとおもいます。これからの課題でもあるし、福祉番組の目標でもありますね。
誰に向かって放送するのか
―― 視聴者にはどのような人を想定していますか。
「ハートネットTV」を新番組として開発する段階で、スタッフみんなで一番議論したのは、「誰に向かって放送するのか」ということでした。それは激論に激論を重ねて。たとえば、当事者の方のセーフティーネットになるべきだという意見もありましたし、「もっと初心者向きに…」という意見もありました。
そして、出した結論は、当事者の方だけではなく、一般の方にも見てもらえる番組にしようということでした。やはり限られた方だけに発信するとなると、社会を変えるのは難しい。そのためには、裾野を広げ、支援者を増やすことが大事だとおもっています。
―― 当事者ではない方に見てもらうため、どのような工夫をされていますか。
「おっ、なにやっているんだろう」と、チャンネルを止めて見ていただけるような番組にしたいですね。セットの雰囲気も明るい感じにしましたし、当事者や専門家ではないゲストもお呼びし、親しみやすさや広がりやすさを意識するようにしています。やはり、専門家や当事者の方だけだと、難しい専門用語などが出てきたときに「それってなに?」という質問が出ないんですよね。ですので、当事者や専門家ではないゲストを入れるというのは大事なんです。
ですが、あまりにも理解が無さ過ぎても困りますし、たんにリアクションがよければいいというわけでもありません。やはり、共感を示せるような人間性が問われると言いますか、ゲスト選びには気を使っていますね。
また、裾野を広げるために、ネットの世界を意識してキャスティングすることもあります。津田大介さんや、荻上チキさん、フォロワーの多い小島慶子さんなどにレギュラーをお願いしたりと、ネットと親和性の高い方に出ていただく。最初は小島さんのファンで見ていた方も、だんだんと自分や身近な人とつながっているかもしれないとか、良い話だなとおもっていただけるといいですよね。
ネットでつながるテレビ
―― 「ハートネットTV」は、番組ホームページがとても充実していますよね。
ありがとうございます。コツコツと地道な作業なので、そう言っていただけると嬉しいですね。ネットとの連動も番組の大きな柱のひとつです。もともと「ハートネットTV」という名前になったのは、福祉番組全体のホームページの名称が「ハートネット」というものだったからなんです。
リニューアルの際に、放送だけではなく、ネットを通じたつながりも大切にしようとおもい、ホームページの名称の「ハートネット」に「TV」をつけて「ハートネットTV」という名前にしました。ネットTVみたいでおもしろいかなともおもって。それと、「セーフティーネット」ともかけていますね。このホームページは、番組のPRをするだけではなくて、テーマに関する情報が蓄積できるようなものでありたい。情報を求めている方が見ても役に立つように、相談先のリンクなどを充実させようと考えています。
また、放送内でも、ホームページとの連携を意識しています。いままでは、「ご意見、感想を募集しています」と番組の一番最後に、テロップを出すだけだったんですが、いまはそれが番組の生命線になることもありますし、当事者の声を聞く窓口としても大切にしています。
ブログ(http://www.nhk.or.jp/hearttv-blog)やツイッター(@nhk_heart)もやっているのですが、番組を放送する前から、いまこんな番組をつくっていて、こういうことで悩んでいて、今日の取材でこういう重要なことに気が付きました! と、視聴者のみなさんにも「並走感」を感じてもらえるような情報発信を心がけていますね。
ディレクターが夜中に書き込んだりすると、「こんな夜中まで、お疲れ様です。温かい飲み物でも飲んで…」と書きこんでくれる方がいたりして、たんなる情報発信を超えて、つながりを持ち始めている部分もあるとおもいます。
―― とくに、アクセスが多いコンテンツはなんでしょうか。
一番アクセス数が高いのが「カキコミ板」(http://www.nhk.or.jp/heart-net/voice)で、誰でも書き込める掲示板のようなものです。書き込む方だけでなく、読むだけという方もたくさんいらっしゃいます。やはり、つづけていくと、体験談の集合体ができ上がります。それって、専門書を探しても、そうそう読めるものではありません。生活などの細かいことにもわたって体験談や悩みが語られています。そこを共有することで、同じような悩みを抱えている方に、有益な情報を提供できているのではとおもいます。
さらに、そうしたカキコミをもとに取材をし、番組をつくることもあります。たとえば、去年一年間は「カキコミ!深層リサーチ」というシリーズをつくりました。一か月前から書き込みを集めて、それをもとに番組をつくっていく。カキコミ板をもとに番組をつくると、ページビューも上がって、WEB上も盛りあがっていきました。もっとウェブを視聴者参加のツールとして活用して、大々的な取り組みをしている番組もありますが、福祉の番組なんで、そういう声に真正面からきちんと向き合い、大切にすべきと考えています。「正直を旨とし」というか。そう言うと、なんだか固いですが(笑)。
―― 今後、ネットでやってみたいことなどはありますか。
発信しているわれわれと、視聴者のみなさんとのつながりだけでなく、今度は、視聴者の方同士のつながりがもっと増えていけばいいなとおもっています。横のつながりが増えて、面になっていったらおもしろいですよね。
また、番組をつくっていく上でも、もっと大胆にネットの反応を組みこんでいけたらとおもっています。4月末には、「送りっ放しにしない放送」をコンセプトに、トライアルで「ハートnet Beyond」という企画をやりました。Twitterなどで盛り上がった番組をもう一度取り上げ、深掘りするというものです。番組を丸ごと動画配信して、WEB経由で評判を聞いた人が後から見られる仕組みもつくりました。
たとえば、「大学生の発達障害」という番組で、ゲストの専門家が番組の最後に「とにかくつながって下さい」と。これに対して「周りとうまくつながれないから発達障害なんだ!」という声が次々寄せられました。普通の番組だと「うまく意図が伝わらなかったね」で終わりなんですが、そこを徹底検証し、ゲストの意図はなにだったのか?「伝えられなかった」ことはなにかを考えました。
また、清掃員画家・ガタロさんという方を取材した回では、Twitterで「ガタロさんはルオー(フランスの画家)だ」と盛り上がった。わたしたちが想定していたのと違うところで盛り上がることもあるわけで、それを生かしていく番組づくりをおもしろがってやっていきたいと考えています。
―― 最後に、読者の方にメッセージを。
とにかく、番組やホームページを一回見ていただきたいですね。「もしかして、自分や周囲の人の問題かもしれない……」と関心を持っていただけたら、なにか役にたてることはあるとおもいます。わたしたちは、本気でネットと向きあう福祉番組というのを標榜しているんです。地味なんですけど(笑)。でも、当事者とどうつながっていくのか、どうやって情報をだしていくのかということに関しては日本のどのテレビ番組よりも本気です。
視聴者の方に伝えたいのは、みなさんの声は無駄にならないということです。みんなが勇気を出して伝えて下さったことやそのアクションは、いつか社会をかたちづくっていくということをわたしたちは信じています。すぐには変わらないかもしれないけど、それが積み重なって大きな声となって発信されることで、他の方を勇気づけたり、行政関係者が制度を変えていこうと動き出すきっかけになるとおもうんです。
いまの時代って、行政やお上がなにかをしてくれることを望むというのがすごく難しい。そのなかで、自分たちが社会や地域をどう変えていけるのか、その行動が問われる時代になってきています。ハートネットTVもできることをやっていきたいですね。
●ハートネットTV
Eテレにて毎週月曜から木曜の午後8時~8時29分に放送中。再放送は翌週午後1時5分~1時34分。
ホームページ:「NHK福祉ポータル ハートネット」(http://nhk.jp/heart-net)