2013.07.17

参議院選挙を障害者政策の観点から考える ―― 各党の選挙公約をもとに

茨木尚子 障害者福祉

福祉 #選挙#介護#参院選#障害#介助#障害者福祉#公約#共生社会

2006年、国連では、国際障害者権利条約が採択された。その後、多くの国がこの条約採択を受けて、国内法の整備の検討を行い、批准にこぎつけてきている。

日本では新たな国内法整備にむけての動きは鈍かったが、2009年の民主党への政権交代時に、そのマニュフェストに批准にむけての国内法整備を明記したこともあり、民主党はこの権利条約の内容を反映させた障害者政策の改革に乗り出し、内閣府に障害者制度改革推進本部が設置され、障害者制度についての見直しが行われることとなった。

その後、障害者基本法の改正(2011)、障害者総合支援法の制定(2012.その内容は公約とは大きく異なるものとなってしまったが)が行われ、最終的に2013年、参議院の解散直前に、新たに障害者差別解消法(2016年4月施行予定)が成立した。

障害者権利条約のもっとも重要なテーマは、障害の有無を超えた共生社会の実現であり、障害者の「他の者との平等の権利」を社会生活のすべての領域において保障するシステムを構築することにある。そのために障害があることによりこうむる直接、間接的な差別を明確に規定し、それを禁止する法制度は必要不可欠であり、近年、諸外国も障害者差別禁止の法体系を整備している。

日本でも、ようやく障害者差別解消法が成立したことは、今後の障害者政策にとって、大きな一歩であることは間違いない。ただし、法律のもっとも重要な点となる「差別の規定」や、それを監視するシステム等の実質的な内容については、参議院選挙後に検討されることとなっている。また、障害者総合支援法についても、障害者福祉制度見直しの重要な項目については、法施行後三年を目途に検討されることとなっているが、いまだにその検討は行われていない。その意味で、今回の選挙は、障害者制度改革の流れがどうなっていくのか、また具体的にどのように実行されていくのかが問われている。

ここではまずは以上のような状況を踏まえて、障害者政策を各党がどのように公約で述べているかを概観する(すべての政党ではなく、後に述べるJD(日本障害者協議会)のアンケート対象となった9党に限定する)。

各政党の公約比較

■自由民主党

障害者政策に限定した項目はない。

「持続可能な社会保障制度の確立」の具体的内容として、「障害者の日常生活及び社会生活を支援し、豊かな共生社会を創るため、『障害者差別解消法』の着実な推進、障害福祉サービスの充実、障害者の就労支援を進めます」とある。
http://jimin.ncss.nifty.com/pdf/sen_san23/2013sanin2013-07-04.pdf

■民主党

社会保障の小項目に「障がい者」が規定され、以下の記述がある(民主党は公約について、点字版、白黒反転、テキスト版、音声版など、障害に対応した情報保障をもっともきめ細かく用意している点を明記しておく)。

●障がいのある人のニーズを踏まえ、障害種別や程度、年齢、性別を問わず、難病患者も含めて、安心して地域で自立した生活ができるよう、しくみづくりや基盤整備、人材育成に取り組みます。

●障がいのある人もない人も共に生きる共生社会を実現するため、民主党が主導してきた「障害者差別解消法」の成立を踏まえ、その実効ある運用をめざすとともに、「国連障害者権利条約」を早期に批准します。
http://www.dpj.or.jp/global/downloads/manifesto2013.pdf

■公明党

「さらにきめ細やかな社会保障の充実と教育の改革」の項目で障害者政策について触れている。また難病については「難病対策の抜本的な改革」として特出し、難病対策総合支援法の制定などを明記している点が特徴である。

【年金の機能の強化】
低所得者への年金加算の拡充
新たな福祉的給付として実施される実質的な年金加算や免除期間加算の効果を検証し、より一層の拡充による低年金・無年金対策に取り組みます。その際、あわせて障害基礎年金の加算など所得保障をより充実させます。

【教育の改革】
障がいのある子どもへの特別支援教育
障がいのある者とない者が共に学ぶことを通して、共生社会の実現に貢献しようという考え方=「インクルーシブ教育システム」を構築し、特別支援教育の充実を推進します。小学校・中学校・高等学校等に特別支援学級の設置を推進するとともに、特別支援教育支援員の拡充を進め、国連の障害者権利条約の批准を推進します。

教育ニーズの多様化への対応(電子黒板やデイジー教科書の普及)
教育ニーズの多様化に対応するために、電子黒板をはじめとしたICTを利用した教育プログラムを普及させます。また、特別支援教育でのマルチメディアデイジー教科書の導入を促進するなど、教科書のバリアフリー化を進めます。

難病対策の抜本的な改革
難病対策を抜本的に改革し、難病で苦しむ患者を社会で支える体制を築き上げます。そのため、将来にわたって安定的な難病対策が施されるよう、医療費助成の対象疾患の拡大、医療体制の整備、効果的な治療方法の開発・研究の促進、就労支援の拡充・強化、福祉・介護の充実などに力強く取り組むための「難病対策総合支援法(仮称)」を早急に制定します。医療費の負担軽減については、医療保険における高額療養費制度の見直しとあわせて、適切な措置を講じます。
http://www.komei.or.jp/campaign/sanin2013/manifest2013/index.php

■みんなの党

「子育て、介護で未来に希望を」の項目に障害者政策が具体的に述べられている。

障がいがハンデにならない社会へ
1) 障がい者支援を家族から社会による扶助に切り替え、障害者自立支援法違憲訴訟の和解の基本合意に沿った障がい者施策を目指す。
2) 障がい者の就労支援は、国連の障害者権利条約に則り、雇用における合理的配慮がなされるよう関連施策を充実させ、在宅ワークの活用等も積極的に行う。
3) 災害時に障がい者を孤立させないよう、災害時要援護者リストを整備し、地域NPOや教育・医療機関とも連携。緊急時に共助が行える体制づくりをする。また、自然災害の多いわが国において必要とされる、災害時の緊急医療に対応できる医師・看護師・民間ボランティアを育成する。
http://www.your-party.jp/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%802013%EF%BC%88%E5%85%A8%E4%BD%93%E7%89%88%EF%BC%89.pdf

■生活の党

「社会保障・雇用、格差をなくして国民が助け合う仕組みをつくる」の項目で障害者支援について述べられている。

障がい者支援の充実
障害者総合支援法の見直しに向けて、制度の谷間を無くすため、障害支援区分などに対し、当事者の意見を取り入れる。
http://www.seikatsu1.jp/political_policy

■日本共産党

公約の主要政策46項目の26、27番目として「障害者・障害児」、「難病」が挙げられており、障害者政策重視の姿勢がうかがえる。その記述量はほかの政党の公約と比較して圧倒的に多く、施策毎に具体かつ詳細に述べられている(ここでは、そのすべてを掲載する紙面はないので、公約の主題のみ挙げておく。主題別の具体的な解説については公約で確認していただきたい)。

【障害者・障害児】
(1)障害者総合支援法を見直す
「基本合意」「骨格提言」にもとづいた障害者総合福祉法の制定をめざし、障害者権利条約を実効性ある批准にする国内法の整備をすすめます。
具体的内容として-
・応益負担はすみやかに廃止し、利用料は無料に・支給決定は障害者の希望の反映を
・グループホームとケアホームの一元化は安心して暮らせる場に・「新体系」の見直しを
・地域支援事業の自治体間格差の解消を
・日額払いを月額払いへ・発達障害者の特性をふまえた支援に・障害の谷間をなくす

(2)地域でのゆたかな生活の保障を
具体的内容として-
・住まいの選択の保障
・年金の保障
・労働の保障
・教育の保障
・被災時や復興の保障

(3)障害者の医療の拡充を
・自立支援医療を無料化に
・重度心身障害者医療費助成制度を国の制度に

(4)精神障害者の医療・福祉の向上を

(5)介護保険の優先原則の廃止を

(6)交通、参政権、情報のアクセス保障を
・バリアフリー、運賃割引制度の拡充を
・参政権、司法の場の保障を
・情報、アクセスの保障を
・アクセシブルな情報通信技術の調達を政府に義務づけるとともに、「新技術」の開発を

(7)障害児の療育・生活の保障を

(8)障害者権利条約の批准にふさわしい国内法の見直しを
・障害者基本法を見直す

・障害者差別禁止法制の実現を

・虐待からまもる体制整備を

(9)財源は消費税増税ではなく大企業や富裕層の負担
http://www.jcp.or.jp/web_policy/2013/06/post-525.html

【難病】
(1)難病、慢性疾患のある人の新たな段階にふさわしい医療
・福祉を新しい難病医療制度は難病患者すべてを対象とするものに
・軽症者も引き続き医療費助成の対象に
・患者をさらなる苦境に追い込む“重症者への負担導入”はやめるべき

(2)小児期から成人期への移行期の疾患問題を緊急に解決する

(3)生存権に基づいた医療費無料化を
・高額療養費制度を応能負担に
・障害者自立支援医療の対象の拡充と負担軽減を

(4)治療研究や医療体制の抜本的拡充をすすめる
・有効な医薬品の開発を迅速に
・地域の難病治療体制の確立を

(5)新たな障害の谷間を作らず難病患者等に必要な福祉サービスを

(6)雇用、所得保障、教育の保障を
http://www.jcp.or.jp/web_policy/2013/06/post-524.html

■社民党

共産党と同様、障害者政策についての記述にかなりの紙面が割かれている。15の政策提案の一つである「社会保障」の項目に、「障がい者」があり、以下のように記されている。

<障がい者>
1,当事者が主体となる障がい者制度改革を推進します

○成立した「障害者差別解消法」を円滑に実施し、障がい者権利条約が原則とする「社会への完全且つ効果的な参加とインクルージョン」を推進していきます。国連「障害者の権利条約」の批准を目指します。

○「障害者自立支援法」が改訂され、「障害者総合支援法」ができましたが、抜本的な改正には至っていません。収入認定を世帯単位から障害児者本人のみに変えること、自立支援医療に減免制度を導入すること、難病者・慢性疾患者等を制度の谷間に残さないことなど、残されている課題に取り組みます。

2.国際的な水準に基づいて「障がい者の定義」を確立します

○2011年通常国会では、障害者基本法の改正、障害者虐待防止法の制定が行われました。法律の徹底、実効性を高めるとともに、さらに法整備をすすめ、「国連障がい者の権利条約」の批准を目指します。

○国際的な水準による「障がいの定義」を確立します。「国連障がい者の権利条約」にもとづいて障がい者の所得保障、働く場や生活の場など基幹的な社会資源の拡充、就労支援策の強化などを行います。

○発達障害者が犯した事件に対し、社会的な危険視から量刑を行う判決が裁判員裁判で出されました。これは発達障害に対する無理解によるものであり、正しい認識を広げなければなりません。発達障害者支援法による支援策を強化し、都道府県の発達障害者支援センター、地域生活定着支援センターにおける受け皿つくりをすすめます。

3.障がい者の働く場、雇用を広げます

○障がい者の法定雇用率が2013年度から引き上げられ、民間企業は2.0%(現在1.8%)、国・地方自治体は2.3%(現在2.1%)になります。障がい者の自立と共生社会の実現に向けて、法定雇用率の達成をすすめます。

○ハードルの高い「一般就労」と訓練的な要素が強い「福祉的就労」の中間となる「社会的雇用」の実践をもとに、社会的雇用の制度化をすすめます。

○障がい者の暮らしの基盤となる障害者年金を拡充します。

4.障がい者の社会参加を推進します

○障がいを持つ人が「参加しやすい選挙」は、お年寄りや体の不自由な人などすべての国民にとって「参加しやすい選挙」です。選挙のバリアフリー化、ユニバーサル化を推進します。

○地上デジタル放送への移行に際しては、「視覚障がい者にも使えるリモコンを」、「障がい者にもチューナーを」という要求への対応を強化します。

○障がい者が放送を通じて情報を入手するうえで必要な手段である字幕放送ならびに手話放送の増加を求めます。

○移動困難な障がい者が住み慣れた地域の中で自立し、社会参加の機会を増やすには、公共交通を整備することが第一ですが、運転免許の取得がネックとなっていることも否定できません。障がい者の運転免許取得を支援するためのバリアフリー化をすすめます。教習所や各種の講習、免許行政窓口で、手話通訳、文字通訳、字幕などの情報保障の整備をすすめます。指定教習所において手動・足動運転補助装置を普及させます。交通の安全と障がい者等の社会参加が両立するよう、障がい者団体を含め、広く各界の意見を聴取しつつ、運転免許の適性試験・検査についても科学技術の進歩、社会環境の変化等に応じて見直しを行います。障がい者の運転免許取得を支援するため、取得費用に対する助成制度をつくります。

○著作者の音訳を制限する著作権法を改正するとともに、「EYEマーク」運動をすすめます。

さらに、【教育】の項目では3つの公約のうち2つが障害児教育に関するものとなっている。

○インクルーシブ教育を実現し、障がいを持つ子どもと持たない子どもが共に学び育つ総合教育と総合保育に取り組みます。

○視覚障がい者、高齢者の読書権を保障するため、大活字出版物やデイジー教科書(デジタル化して文字と音声を同期させて読むことを可能とした教科書)に助成を行ないます。代読・代筆サービスを図書館などで受けられるように制度を広げ、人員養成への支援を行ないます。http://www5.sdp.or.jp/policy/policy/election/2013/commitment/02.htm

■みどりの風

社会保障改革の項目で以下が記されているが、その具体的内容の記述はない。

障がいがあっても安心して暮らせる社会づくりを進めます。
・真の自立につながる障がい者対策
http://mikaze.jp/news/upload/1372851421_1.pdf

■日本維新の会

「社会保障を賢く強くする」の項目で、年金、医療政策、子育て、生活保護制度について政策を述べているが、そこに障害者に関する記述は一切ない。

https://j-ishin.jp/pdf/2013manifest.pdf

各政党の公約を概観してわかること

さて、以上のように概観してみると、障害者政策については、政党によってその力点の置き方にかなりの差があることがわかる。同じ与党であっても、公明党は、その公約で障害者基礎年金の拡充を明記しており、障害者の所得保障に力点を置き、インクルーシブ教育システムの構築を促進した上で権利条約の批准を推進するとしている。

一方自民党は具体的な障害者政策に関する記述はほとんどなく、持続可能な社会保障制度の確立の下、差別解消法の具体的推進、就労支援の充実を進めるとしており、おそらく年金制度のあり方、とくに障害者基礎年金の拡充に関しては、公明党とは大きく異なる政策方針であろう。

野党各党も、障害者に関して、公約全体においてまったく記述のない維新の会から、重要政策に位置付け、障害者福祉、医療制度の改正点を詳細に記述している共産党まで、障害者制度への取り組み姿勢には大きな温度差がみられる。

ここでは民主党の公約に着目したい。2009年の政権交代時点での公約では、明確に「障害者自立支援法を廃止して、障害者福祉制度を抜本的に見直す」とし、目標には「障がい者が当たり前に地域で暮らし、地域の一員としてともに生活できる社会をつくる」と掲げ、具体策として「制度の谷間がなく、サービス利用者負担を応能負担とする障がい者総合福祉法(仮称)を制定する」「わが国の障がい者施策を総合的かつ集中的に改革し、国連障害者権利条約の批准に必要な国内法の整備を行うために、内閣に障がい者制度改革推進本部を設置する」と明記し、そこに必要な予算として400億円程度を計上するとした。

この公約により、障害者制度改革推進本部を置き、その下に障害当事者やその家族が半数以上を占める推進会議(現在は障害者政策委員会となっている)を設置し、その議論が手話や字幕付き動画で中継され可視化されたことなどは、結果として公約実現という点で評価の低い民主党政権においては、特筆すべきことであった。

それが今回再び野党となった民主党の公約では、どうなったか。障害者制度改革において、与党時代に頓挫した課題を明らかにし、新たに公約に盛り込み再度挑戦する姿勢は、残念ながらみることができない。むしろ抽象的、理念的な記述にとどまり、民主党として今後障害者福祉制度の何に力を入れようとするのかはみえづらい。

このことは、与党の自民党にも言える。前回の参議院選挙の公約では、障害者施策については1項目を割き、具体的な障害者施策の改正点を挙げており、「障害者の所得保障を図るため、障害基礎年金を充実します」ということも明記されていた。しかし今回、政権与党としての公約では、かなり抽象的な理念的な表現にトーンダウンし、持続可能な社会保障の枠組み、すなわち自助、共助、公助のバランスによりそれを再構築していくなかで、障害者政策も同様なバランスにおいて検討していくことが打ち出されているようにもみえる。

自民党の日本障害者協議会アンケートへの回答

ところでここで注目したいのは、JD(日本障害者協議会:障害者関係団体の全国組織である)が今回の選挙にむけて、上記政党に向けて行ったアンケート結果である。http://www.jdnet.gr.jp/report/13_07/all2.pdf

これをみると、自民党は、JD側からの今後の制度改革にむけての具体的な質問項目に一切答えていない。アンケートの最後に「これまでと同様、関係の皆さまとともに検討を進めてまいりたいと考えております」というコメントとともに、総合政策集(Jファイル)に記された障害者施策の推進内容を記載しているのみである。

この記載も、これまでの障害者制度改革における自民党の成果について記されたものであり、新たな具体的な取り組みについてはほとんど触れられていない。少なくともほかの7政党(アンケートそのものに未回答の維新の会は除く)がそれぞれの項目について党の方針を明記しているのと比較すると、その制度改革に対する消極的な姿勢はかなり際だつものがある。

自民党は、政権を担う政党として、社会保障全体、とくに「限られた財源」「少子高齢社会」のなかで、障害者政策を検討せざるをえないという視点に立ち、その公約のトーンを低くしているのかもしれない。しかし、この国の障害者政策は、右肩上がりの経済成長の時代においても、重点的に取り組まれてきた歴史的事実はない。

障害児の義務教育全就学が形の上で保障されたのは1979年のことであるし、障害基礎年金が20歳前に受障した人にも支給されることとなったのは、ようやく1985年からである。また、在宅介護等の在宅福祉サービスが、国の義務的経費として制度化されたのは自立支援法以後(2006年)である。障害者が地域で当たり前に暮らす社会の実現ということでいえば、その取り組みがはじまって、いまだ半世紀もたっていない状況であり、それは他国と比較するまでもなく、戦後、障害の無い日本国民が受けてきた生活保障と比較して、障害者がこの国でどのような位置づけに置かれてきたかを物語っている。

共生社会の実現のために必要なこと

障害の有無を超えて共に生きる社会の実現はそう簡単なことではない。我々は障害の無いことを前提としたハード、ソフトの社会システムに生きている。自立しているといっても、健常者は社会的支援をまったく受けないで生きているわけではない。交通機関、公共建築物、公共サービス等のとどまらず、無数の支援を享受して、生活を成り立たせていることにほかならない。

しかし障害のある人は、健常者を想定したそのような支援方法では生活が成り立たない人たちである。公共交通機関を使うにはさまざまな困難があるし、職場でも障害に応じた配慮が無ければ働くことは難しい。また生まれたときからずっと排泄や食事などの身の回りの動作すべてに支援が必要な人は、そのことに対する社会的な支援システムがなければ地域で生きていくことすらできない。

障害者の権利を保障する公的制度を整備していくことは、共生社会のもっとも基本的な政策課題である。だからこそ、参議院解散直前、ほとんど成立が困難と言われた「障害者差別解消法」の国会通過を目指して、多くの障害者団体が、政党を超えて国会議員たちに粘り強く働きかけ、また地域ごとに法律の成立をアピールする活動を活発に展開し、地方議員から政党への働きかけを喚起するなどのロビー活動を行い、共生社会実現の一歩となる「障害者差別解消法」の成立にこぎつけたのだ。そのことをどれほどの「健常者」が知っているだろうか。

私自身は、2010年から障害者制度改革推進会議の下にある障害者総合福祉部会の委員の一人として、障害者自立支援法に代わる新しい障害者総合福祉法の内容について1年半にわたり議論し、骨格提言として提言するプロセスに関わった。

障害のある人、その家族といっても、それぞれの障害の種別、立場によってその主張は多様であり、個別に政策課題をあげていくと、その具体的な内容は必ずしも一致しない部分も多かった。しかし、障害のある人が、地域社会で障害の無い人と同様に暮らし続けられる社会を実現すること、そのための地域支援システムの整備が必要であることについては一致していた。

しかし1日24時間の介護時間が必要な人への国庫補助の保障はいまだ実現をみていない。国庫負担上限以上に支給時間が必要な人は、後は自治体の上乗せや(つまり自治体格差が大きい)、家族介護で対応するしかない状況は続いている。

ところで自立支援法施行以前から、障害者の自立生活運動では、重度の身体障害のために日常生活全般に介助が必要な人たちが、家族介護から独立して、地域で社会的な介助を受けながらの暮らしをスタートする際に、自治体独自の障害者介助制度が整備されていない地域では、最後の砦としてきたのが生活保護の他人介助料制度であった。

障害のある仲間たちが、親御さんに「成人した障害者については、もうあなたたちの責任は果たしたのだから、生活保護を受けて彼が地域で暮らしをスタートさせることについて認めてほしい」という説得をし、その結果、地域で一人暮らしを始める障害者たちが増えていった歴史がある。そうして自立した障害者たちが、それぞれの地域で仲間を支える当事者活動を展開したことで、各地の介助保障制度など、障害者の地域生活支援が生まれていったことも事実である。

しかし現在、生活保護の扶養義務の強化が叫ばれるなか、障害者の地域生活を支える最後の砦も危うい状況にある。さらに与党である自民党の憲法改正案では、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は互いに助け合わなければならない」と家族単位の相互扶助を明記している。

家族介護をこえて、一人の成人として社会参加するために、この半世紀以上、障害当事者が主張してきた「自立」生活の基盤が大きく揺らぐような事態が迫っているようにもみえる。障害者の親は一生、障害者の親として生き、成人した障害のある子を支え続けなければならないとしたら、将来この国では、希望を持って子どもを産み育てることができるだろうか。

「ある社会がその構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合、それは弱くもろい社会である」

これは、1979 年の国際障害者年行動計画の一文である。障害のある人のみに関わらず、マイノリティーと言われるすべての人に対して、いまこの国はこういった社会に向かってはいないだろうか。本当に強い社会とは何か、有権者の一人ひとりが、この国のあり方について、選挙を通して向き合うことが求められているように思う。

サムネイル:「Tybee Twilight」Poppet Maulding

http://www.flickr.com/photos/charmedhour/5757160434/

プロフィール

茨木尚子障害者福祉

明治学院大学社会学部社会福祉学科教授。早稲田大学卒業後、公務員として障害者福祉現場での実践を経て、明治学院大学大学院社会学研究科社会福祉学専攻前期課程修了。専門領域は障害者福祉。2010年4月から2011年8月まで内閣府障害者制度改革推進会議、障害者福祉部会副部会長をつとめる。著書に「障害者総合福祉サービス法の展望」(ミネルヴァ書房、共著)「障害者制度改革はなぜ頓挫したのか」(岩波書店『世界』2012年8月号)などがある。

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