2011.08.17
グルジア紛争から3年 交錯するグルジアとロシアの内政・外交事情
グルジア紛争から3年
2008年8月8日、グルジアが南オセチアに侵攻したことに対してロシアが過剰ともいうべき攻撃をおこなった「グルジア紛争」(本来、これは国家間のれっきとした戦争であるが、日本では「グルジア紛争」と呼ばれることが多いので、本稿でも便宜的に「グルジア紛争」と呼ぶことにする)から3年が経った。
同紛争は、当時のEU議長国フランスのサルコジ大統領の仲介によって、5日で停戦を迎えた。だが、アブハジア、南オセチアの独立をロシアが承認し(その他、両国をベネズエラ、ニカラグア、ナウルが、アブハジアをバヌアツが国家承認している)、両地域の「未承認国家」的状況が強まり、グルジアとロシアの関係はむしろ緊張を強め、現在も「冷戦」がつづいている。
今年の8月8日、南オセチアの「首都」ツヒンバリには市民数千人が集まり、最初の迫撃砲攻撃がはじまったとされる7日午後11時半すぎに蝋燭を掲げて黙祷をささげた。
ロシアのメドヴェージェフ大統領は8日、スペツナズ(特殊任務部隊)を訪問しその労をねぎらうとともに、南オセチアとアブハジアにロシアの軍事基地を設置する条約の批准を下院に要請、両地域への影響力強化の姿勢を鮮明にした。その内容は、リース料なしにロシアが重装備の3800人規模の軍隊を設置するというものだ。期限は49年間とされているが、合意は自動的に延長されるため、無期限となる可能性も高い。
メドヴェージェフの批准要請は政治的パフォーマンスの色合いがきわめて濃い。現在、ロシア議会は9月まで休会中であり、それまで批准のプロセスは進まないからだ。グルジア紛争が開始された3年後のその日に、そのような行為を行ったことに意義があるのだ。そして、メドヴェージェフの動きを受けて、南オセチアのココイトィ「大統領」は同日、基地協定の批准要請を歓迎するとともに、グルジアのサアカシュヴィリ大統領がハーグの国際刑事裁判所で「人道に対する罪」で裁かれるべきだと主張した。
国内政治にグルジア紛争を利用する両国?
グルジア紛争から3年が経ったいま、両国の戦争は、再発してもおかしくないとつねづねいわれてきたが、結局紛争の再燃は少なくとも現状では起きていない。その一方で、グルジア、ロシア両国は同紛争を国内政治に利用しようとしているようにみえる。
グルジアでは7月にロシアに情報をリークしていたとされるカメラマン4人が逮捕された。これで、この3年間に、スパイとして逮捕された人数は約50人となった。逮捕の背景にはグルジアで論争となっている法律がある。保安機関が、スパイ行為の詳細を明らかにすることなく、「自白」にもとづき有罪判決を導くことができるという法律だ。
法律の撤廃を求める声は少なくなく、今回の逮捕に際しても、逮捕事由の詳細が明らかにされなかったため、グルジアの人権活動家のみならず、国際的な批判が多く寄せられた。そのため4人のカメラマンに対しては3~4年の執行猶予が言い渡されている。グルジアでは、同様のニュアンスで、反体制派が逮捕されている例も多々あり、グルジア政府がロシアとの対立を根拠に、国内の締め付けを強化している様子もうかがえる。
しかし、同紛争の国内政治への利用は、大統領選挙を2012年3月に控えたロシア側に、より顕著だ。そこからは、大統領選挙を控えたメドヴェージェフと、大統領への返り咲きの可能性が強く示唆されているプーチン首相との対立関係もみてとれる。
すなわち、グルジア紛争勃発の背景としては、米国との対抗関係がとくに強くみられるものの(ただし、この背景は単純ではなく、国内レベル、二国間レベル、地域レベル、米ロ関係を中心とした国際レベルという、4つのレベルからの分析が必要である。詳細は、文末に記した拙著を参照されたい)、現在においては、グルジア紛争はロシアの国内政治において強い意味合いをもつようになってきたといえそうだ。具体的に内容をみていこう。
メドヴェージェフの自己正当化と強硬姿勢
第一に、前述のように、アブハジア、南オセチアでの軍拡についてのパフォーマンスがある。
第二に、メドヴェージェフは8月4日、グルジア紛争から3周年を記念し、ロシアの「今日のロシア」テレビと「モスクワのこだま」ラジオ、グルジアのロシア語テレビ局「PIK」から長時間のインタビューを受けたが、その内容がきわめて興味深いものであった。
内容に入る前に指摘しておきたいのは、彼が国営放送局を選ばず、あえてロシアの政権に批判的な放送局を選んだことに大きな意味があるということだ。「今日のロシア」は欧米の聴衆を強く意識しており、「モスクワのこだま」は独立志向が強く、また「PIK」はロシアの政策批判で有名だからである。つまり、ロシア、欧米、グルジアの三方向にメッセージを発したことになる。とはいえ、メドヴェージェフがこれらのメディアを選び、困難な話題について率直に語ったことは、彼の株を上げたといわれるものの、実際の効果は高くなかったとみられている。
このインタビューで特徴的だったのは、まずメドヴェージェフが先制攻撃を仕掛けたグルジアのサアカシュヴィリ大統領に対して、無礼な発言を繰り返したことである。これはWTO加盟問題でグルジアがロシアに対して強気に出ており、苛立ちが増していることも背景にあるとされている。
そして、グルジア紛争の際に、軍に攻撃を命じたのは「自分」であり、攻撃開始から24時間以内にプーチンとは対話をしていないと強調していることも示唆的であった。ロシア側の攻撃は、メドヴェージェフが休暇中、プーチンが北京五輪の開会式に参加中であったことから、軍の独断でなされたという見解も広くもたれてきたが、それを打ち消し、自身の軍に対する統制力と、プーチンの影響を受けずに独立独行的に動けることを強調したかたちだ(ただし、この発言には疑問の声が多々聞かれる)。
さらにメドヴェージェフは、自分が停戦合意を破っていないということを主張する。アブハジアと南オセチアは「独立国」であり、ロシアとそれら「二国」のあいだには、軍事の駐留に関する明確な協定があるのだから、停戦合意には違反しないという論法だ。
実際、メドヴェージェフはアブハジア、南オセチア、そしてグルジアを攻撃する場合に重要となる北コーカサスにおいて、近代兵器による軍拡を進めている。たとえば、アブハジア、南オセチアの駐屯基地には、最新のT-90戦車、長距離砲、イスカンデルミサイル、新しい装甲部隊と砲兵隊などが配備され、北コーカサスのすべての空軍基地には最新のMi-28N夜間攻撃用ヘリコプター、Su-34長距離爆撃機、Su-25SM攻撃機などが配備されている(拙稿でも再三述べているように、北コーカサスも混乱しているが、これら兵器は北コーカサスには用いられず、あくまでも南コーカサス用とされている)。これはグルジア紛争の際、グルジアに辛くも軍事的に勝利したものの、グルジアの近代兵器に衝撃を受けたことのあらわれだ。さらに、停戦地域にも1500の国境警備隊が配備されている。
つまり、メドヴェージェフはグルジアに対して軍事面でも強面の対応を強化しており、ふたたび戦闘が起きた場合の備えもしているのである。
プーチンとの対抗
第三に、プーチン首相が最近、南オセチア住民が希望すれば、同地はロシア連邦の一部になりうる(実際、南オセチアはロシア連邦に属する北オセチアとの統合をかねてより望んできたし、2004年の社会調査では、ロシア国民のほとんども同地はロシアに併合されるべきだと考えていたというような経緯があり、グルジア紛争の流れのなかで、「独立」を強調せざるを得なくなったと考えられている)と発言していることに対して、メドヴェージェフが反発していることがある。
メドヴェージェフはインタビューで、ロシアが南オセチアを併合するにあたっては、法的根拠や前提がないと、プーチンの発言をきっぱりと否定したが、プーチンの提案は、11月に南オセチアで予定されている「大統領」選挙に大きな影響を与えうるといわれている。
本稿では詳述しないが、南オセチアでは、2期「大統領」を務めたココイトィ(ソ連時代はレスリングチャンピオン、コムソモール活動家として、ソ連解体後はビジネスマンとして活動していた)の権威主義化が顕著になっている一方、彼は三選禁止条項のため(さらに、これを撤廃するための政治的な動きは失敗に終わっている)、「南オセチア」の大統領としては出馬できないため、後継者問題が注目されている。しかし、ココイトィは政治の世界に残ることを強く主張しており、もしプーチンの示唆のように南北オセチアが合併すれば、その大統領として出馬できるという含みがある。
ここでも、メドヴェージェフがグルジア紛争をめぐり、プーチンと対抗している図式がみてとれるだろう。
最近のグルジア・ロシア問題に苦悩する米国
一方、グルジアとロシアの関係改善が不調なことで被害を受けているのは米国かもしれない。
拙稿「ロシアのWTO加盟問題の政治化とジレンマ」で述べたように、グルジアはロシアのWTO(世界貿易機関)加盟問題をカードにして、アブハジア、南オセチアの税関ポストに対する主権だけでも奪還しようとしているが、スイスでの交渉は難航している。ロシアとの関係を「リセット」する政策を推進する米国は、ロシアのWTO加盟を支援するため、グルジアを説得しているというが、それが実ったという「確固たる」報道はまだない。
また、米国の情報当局は7月末、2010年9月22日にグルジアの首都トビリシにある米大使館付近で発生した爆弾の爆発事件などの犯人は、アブハジアに駐留するロシア軍の情報将校だったと断定した。オバマ大統領もその結論を受け、ロシア側と本事件についての協議を行なった。
じつはオバマ政権は「リセット」政策を維持するために本事件を隠してきた。だが、米国のワシントン・タイムズ紙が7月22、27、29日の3回にわたって同事件を暴露したため、公式に認めざるを得なくなったという経緯がある。
しかも、米国当局はロシアとの「リセット」政策が米国メディアなど、さまざまな主体によって妨害されているという捉え方をしているようだ。本事件はグルジアと米国に対するロシア側の挑戦であるにもかかわらず、米国当局は懸命にロシアを守るような論拠をもち出して、「リセット」を維持しようとしているからだ。
具体的には、米国政府は本事件に関して、以下の2点を強調している。第一に、本事件はロシア当局やGRUの意図ではなく、ボリソフ少佐が独断で実行したかのような印象を与え、ロシア当局の関与が一切ないという構図を強調している。第二に、本事件は米露関係よりもロシア・グルジア関係に影響があり、被害者はグルジアだということを強調している。つまり、ロシア側のターゲットは米国ではなく、米国とグルジアの関係を悪化させるために、グルジアの米国大使館を狙ったのであって、真のターゲットはグルジアだ、というわけだ。
これら2点の真偽を証明する根拠は何もなく、米国が自国の利益のためにつくり上げた構図という見方もできよう。ともあれ、これらの米国の行動から、米国が「リセット」政策をどれほど重視しているかがみてとれるだろう。
ともあれ、7月28日には、米国家情報局(DNI)の分析機関である国家情報会議が、上下両院の情報委員会に対し、2010年12月の報告につづく第二の報告書を提出した。アブハジアの軍事基地に駐在するロシアの参謀本部情報総局(GRU)所属のエフゲニー・ボリソフ少佐が、アブハジアからグルジア国内の協力者数人(うち、1人は2010年12月に拘束された)に対し爆弾と報酬を手渡し、大使館外で爆発した爆弾1個を含め約1ダースの小型爆弾を大使館内外やポチなどに仕掛ける指揮を執ったというものだ。
なお、爆発した1個以外の爆弾は爆発前に発見され、処理されたが、それらが未然に防がれたことと、ボリソフ少佐が容疑者として確定した背景には、ロシア軍のミスがあった。ロシア側が爆発していないポチ港周辺の鉄橋に仕掛けられた爆弾について爆発したと誤認し、犠牲者救援をグルジア国内に駐在する欧州共同体(EU)の停戦監視団に電話してしまったことや、協力者とボリソフ少佐との電話をグルジアが盗聴していたことがあったからだ。こうして、グルジア当局は昨年12月、容疑者6人を起訴し、ボリソフ少佐と副官のムフラン・ツハダイアGRU将校は被告人不在のまま長期刑を宣告された。
なお、クリントン米国務長官は、今年2月と7月のロシアのラブロフ外相との会談時に、この問題について、新戦略兵器削減条約(新START)の批准書交換、児童養子に関する両国間協定締結の「ついで」として軽く言及したが、そのあまりに軽い対応が議論を醸すこととなった。
そのため、オバマ政権は上述の2点の主張、すなわち、①本事件はボリソフ少佐の独断によるもので、ロシア政府が意図したものではない、②被害者はグルジアで、ロシア側に米国との関係を壊す意図はない、という点を強調して、そのそしりを逃れようとしているのである。
しかし、米国も一枚岩ではない。米国上院が「アブハジアと南オセチアをロシアに占領されたグルジアの地域」だとし、ロシアがグルジアとの停戦合意にしたがって、即時に軍を徹底させるべきだとする決議を満場一致で採択したのだ。
それにロシア側は神経質に反応した。ロシア外務省のスポークスマンは、米国上院議員らの声明には法律上も権利上も根拠がなく、ロシア軍はアブハジアと南オセチア両当局の承諾を得て現地に駐留しているのであるから占領軍ではないとし、さらに米国の決定を「グルジアの報復の志気を高める誤ったPR」と述べた上で、米国が国際法に関して無知であるか、現実を完全に軽視しているかのどちらかであると強調した。
また、それを受けたメドヴェージェフは、前述の8月5日の3社に対するインタビューで、本件について「高齢の」米国上院議員(престарелых членов Сената)がロシアに軍の撤退を要求していると怒りをあらわにした。なお、「престарелых」は含みの多い単語で、メドヴェージェフのこの発言が物議をかもしている。
つまり、普通に「高齢の」米国上院議員と訳すことも可能だが、ソ連時代には引退した政治家などを軽蔑の意味を込めて形容していた経緯もあり、「もうろくした」という訳し方も可能で、そのニュアンスをどうとるかと、西側メディアで話題になっている。さらにメドヴェージェフは、グルジアが2008年に先制攻撃を行なったのは、米国のそそのかしによるものであるということも強調している。ともあれ、メドヴェージェフは外国議会がロシアのことについて何をいおうと、とるに足らないということを強調している。
このように、米国政府はロシアとのリセットを進めたいと願っても、グルジア、米国メディア、米国議会はそれに同調してくれず、リセットが困難となっている状況があるのだ。
「隣国」としての生き方を模索すべき両国
グルジア紛争から3年経った現在においても、グルジアとロシアの関係は非常に厳しい状態にあり、またそのはざまでロシアとの「リセット」を推進したい米国がジレンマを抱える様子が強くうかがえる。
本問題の解決には長い時間が必要となりそうであるが、それは全当事者が覚悟をしていることである。たとえば、グルジアの野党政治家のアラサニアは、解決には長い時間がかかるが、その間に、グルジアはまず自由化からはじめ、政治的にも経済的にも魅力的な国になって、アブハジアと南オセチアがグルジアを魅力的だと感じるようにならなければならないと主張する。
そして、グルジアの著名な研究者であるロンデリは、次の3年のありうべきシナリオについて、「最悪のパターンはグルジアに親露的体制が生まれ、その政権とロシアが全コーカサスを支配することであり、最善のパターンはグルジアがロシアの妨害なしに発展しつづけているという状態だ」と述べる。つまり、少なくとも3年ではアブハジアと南オセチアの奪還は困難だと考えているということだ。
それでもロシアは早期に停戦合意に応じるかたちで軍をアブハジア、南オセチアから撤退させ、そして両国は無条件で話し合いをつづけていくことで、頂点にまで達した相互不信を緩和していくべきである。また、地域の平和や安定を脅かすような軍事行動やテロ、そしてそれらの脅迫を相互にやめることも求められている。さらに、グルジア紛争が大統領選挙や政権維持のために利用されている雰囲気があるが、このような国際的影響の大きい重要な問題を国内の政争の具にするべきでは絶対にない。
本問題の解決にいくら時間がかかったとしても、グルジアとロシアが隣国関係にあることは変わらない。両国は、まず地域の安定と自国の発展のために、相互に「隣国としての生き方」を模索し、その上で時間をかけて信頼を構築し、問題の真の解決を目指していくことが現実的でありそうだ。
推薦図書
拙著の紹介となり、手前味噌で恐縮であるが、本書は、冷戦終結後の米ロ関係を中心とした国際構造の推移と、グルジア紛争の勃発について最初に論じた後に、グルジア紛争後の世界の状況を旧ソ連圏からみたかたちで分析したものである。その多くの部分は、このシノドス・ジャーナルに掲載した原稿をもとにしているが、その後の状況の変化などについてはすべて加筆修正を行っている。グルジア紛争を考えるうえでは、4レベルからの視野が必要であり、また紛争後の状況も国際情勢と密接な関係があることを、本書からぜひ知っていただきたい。その前提がおさえられると、本拙稿もずいぶんと理解しやすくなると考えている。
プロフィール
廣瀬陽子
1972年東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部教授。専門は国際政治、 コーカサスを中心とした旧ソ連地域研究。主な著作に『旧ソ連地域と紛争――石油・民族・テロをめぐる地政学』(慶應義塾大学出版会)、『コーカサス――国際関係の十字路』(集英社新書、2009年アジア太平洋賞 特別賞受賞)、『未承認国家と覇権なき世界』(NHKブックス)、『ロシアと中国 反米の戦略』(ちくま新書)など多数。