2016.06.16

生活保護基準引き下げは、市民感情を反映しているか?

山田壮志郎 社会福祉学

社会 #生活保護基準引き下げ

生活保護基準の引き下げ

2013年8月、政府は生活保護基準を引き下げた。生活保護とは、生活に困窮する国民に最低限度の生活を保障する制度であり、生活保護基準とは、生活保護によって給付される金銭の基準額である。

今回の引き下げは過去に例のない大幅な引き下げだった。それまでに生活保護基準が引き下げられたのは、2003年の0.9%減、2004年の0.2%減の2回だけだった。それに対して今回の引き下げは、平均で6.5%減、最大で10%減という異例な規模だった。この引き下げ措置に対しては、800名を超える全国の生活保護受給者が、取り消しを求める訴訟を起こしている。

引き下げ前年の2012年は、「生活保護バッシング」と呼ばれるような、生活保護やその受給者に対して攻撃的な報道が相次いだ年だった。高年収とされる人気タレントの母親が生活保護を受給しているとの報道を皮切りに、「不正受給が多い」「生活保護費をギャンブルや飲酒に使っている」「生活保護でぜいたくな生活をしている」といった類の報道がメディアを席巻した。

そうした空気の中で闘われた2012年総選挙において、当時野党だった自民党は、生活保護基準の10%引き下げなどを内容とする生活保護の見直しを政権公約に掲げた。総選挙に勝利した自民党が政権に復帰すると、さっそく上記の生活保護改革が実行に移された。

このように考えると、今回の生活保護基準引き下げは、市民の生活保護に対する厳しい視線を一定程度反映したもののようにみえる。

しかし、生活保護基準は、単に生活保護受給者に支給される生活保護費の額だけを意味するのではない。憲法が全ての国民に保障している、健康で文化的な最低限度の生活水準を体現した、この国の生活ミニマムである。感情的な空気の中で安易に引き下げるべきではないだろう。生活保護に対する否定的な世論の中身を冷静に検討し、市民が生活保護の何に不満を抱いているのかを明確にした上で、慎重に判断するべきではないか。

生活保護に関する意識調査

筆者は、2014年5月、インターネット調査会社にモニターとして登録している20歳以上70歳未満の男女6770人を対象に、生活保護に関する意識調査を実施し、23.9%にあたる1618人から回答を得た。詳細な結果は別稿に譲るが(注1)、ここでは調査結果の一部を紹介したい。

(注1)山田壮志郎(2015)「生活保護制度に関する市民意識調査」『日本福祉大学社会福祉論集』第132号。

●生活保護の現状をどう考えているのか

第1に、生活保護の現状に対してしばしば指摘される論点について市民の意識を調査した。

(1)現在の生活保護費は高すぎる

(2)不正受給への罰則を強化すべき

(3)親族による扶養義務を強化すべき

(4)外国人の生活保護を禁止すべき

(5)生活保護受給者も医療費を一部負担すべき

(6)生活保護費によるギャンブルは禁止すべき

の6項目について、それぞれ「とてもそう思う」「ややそう思う」「どちらともいえない」「あまりそう思わない」「まったくそう思わない」の5つから選択してもらった。

図1は、この設問への回答結果を示したものである。不正受給への罰則強化とギャンブル禁止の2項目に強い同意が示されていることがわかる。一方で、保護基準の高さ、親族による扶養義務の強化、外国人の生活保護禁止といった項目については、相対的に支持は集まっていない。

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また、図2は、回答者の主観的階層意識ごとに、生活保護の現状に対する意識をみたものである。ここでいう主観的階層意識とは、「あなたのご家庭の生活の程度は、世間一般からみて、どのくらいだと思いますか」と質問し、上、中の上、中の中、中の下、下、わからないの中から選んでもらった。「上」「中の上」が合わせて14.1%、「中の中」が38.6%、「中の下」「下」が合わせて43.8%であり、内閣府が2013年に実施した世論調査に比べて、「中の中」の割合がやや低く、「中の下」「下」の割合がやや高い傾向にあった。

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さて、この階層意識ごとに生活保護の現状に対する意識をみると、不正受給への罰則強化とギャンブル禁止については、階層意識にかかわらず強い同意が示されているが、その他の項目では、外国人の生活保護禁止を除き、階層意識が高い人ほど強く同意する傾向にある。

●生活保護費は引き下げられるべきか?

第2に、生活保護費の予想額と理想額について尋ねた。予想額とは「現在の生活保護費はいくらだと思うか」という質問への回答額を、理想額とは「生活保護費はいくらであるべきと思うか」という質問への回答額である(注2)。

(注2)ここでは、「あなたがお住まいの都道府県の県庁所在地(東京都の場合は23区内)に住む70歳単身男性の生活保護受給者に支給される、家賃を含めた生活保護費の月額」として尋ねた。

図3は、理想額と予想額の差の分布を示したものである。差額がマイナスの人は、現在の生活保護費として認識している額を引き下げるべき、差額がプラスの人はその逆、差額がゼロの人は現状のままでよいと考えていると解釈できる。

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調査結果によれば、差額がマイナスの人が33.6%、ゼロの人が37.9%、プラスの人が28.5%であり、概ね拮抗しているとみることができる。

●努力不足VS雇用の悪化

第3に、貧困対策に対する意識を調査した。まず、「生活保護が増えている主な原因は、受給者の努力不足だ」「生活保護が増えている主な原因は、雇用環境の悪化だ」という2つの意見についてどう思うか尋ねた。図4は、その結果を主観的階層意識別にみたものである。

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生活保護が増えている主な原因は受給者の努力不足だと考える割合は、主観的階層意識が「中の下・下」の人では47.2%だったのに対して、「上・中の上」の人では53.7%だった。一方、雇用環境の悪化だと考える割合は、「中の下・下」の人では66.2%だったのに対して、「上・中の上」では57.2%だった。

次に、「所得格差はできるだけ縮小すべきだ」「全ての国民は最低限度の生活が保障されるべきだ」という2つの意見に対する考えも聞いた。同じ図4で示したように、主観的階層意識が低い人の方が、いずれの意見についても同意する割合が高かった。

生活保護基準引き下げと市民意識

図1でみたように、多くの市民が生活保護に対して抱いている不満は、不正受給と、ギャンブルへの生活保護費の費消である。この2つの問題は、「生活保護バッシング」と呼ばれる一連の報道の中でも焦点化されていたものであり、メディア報道が世論に与える影響の大きさをうかがい知ることができる。

他方で、生活保護費の高さや扶養義務の強化、外国人の生活保護といった問題については、相対的には強い同意は示されていなかった。特に、生活保護基準に関していえば、図3でみたように、引き下げるべきであるとの意見、現状のままでよいとの意見、引き上げるべきであるとの意見は拮抗していた。少なくとも、生活保護基準の引き下げを求める世論が大勢を占めているとはいえない。

このようにみると、今回の生活保護基準引き下げは、メディア報道の影響を受けて高まった不正受給やギャンブル問題に対する市民の不満を、生活保護費の問題にすり替えて実施されたと考えられるのではないか。

繰り返しになるが、生活保護基準はこの国の生活ミニマムである。労働者に最低賃金が保障されているのと同じように、私たちの生活は生活保護基準によって守られている。一時的なムードに引きずられて、安易に引き下げるべきではない。

 

求められていることは何か?

 

もう1つ、今回の調査で分かったことは、生活保護や貧困問題に対する意識は、階層意識によって異なるということである。図2で示したように、階層意識が高い人ほど、生活保護の現状に対して厳しい視線を向けていた。

また、図4でみたように、階層意識の低い人は、生活保護増加の原因を、受給者の努力不足よりも雇用環境の悪化に求める傾向にあった。階層的距離の近さが、生活保護受給者への同情的な意識を生んでいるとみることができよう。

また、階層意識の低い人は、格差の縮小、最低生活の保障といった政策目標にも強い支持を示していた。生活に苦しさを感じている人々が求めているのは、生活保護基準を引き下げて、自分たちよりも苦しい人たちがますます貧しくなることなどではなく、貧富の差がこれ以上広がるのを避け、一寸先は闇の人生でも最低限の生活は保障されているという安心感を与えてくれるような政策なのである。

プロフィール

山田壮志郎社会福祉学

1976年、北海道生まれ。日本福祉大学大学院社会福祉学研究科博士後期課程修了。博士(社会福祉学)。岐阜経済大学経済学部専任講師、同准教授を経て、2010年より日本福祉大学社会福祉学部准教授。専門は公的扶助論。NPO法人ささしまサポートセンター副理事長。著書に、『ホームレス支援における就労と福祉』(2009年、明石書店、第16回社会政策学会賞(奨励賞)受賞)、『無料低額宿泊所の研究-貧困ビジネスから社会福祉事業へ』(2016年、明石書店)。

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