2011.04.03
ハーフボランティアとしての日本版CFW
キャッシュ・フォー・ワーク(CFW)キャンペーンは、自治体、NPO等が主体となって、被災地住民を市場よりも低い賃金(謝金)で、復興関連の未熟練労働に就業いただく活動です。キャッシュ・フォー・ワークと一口にいっても規模・対象業務など多岐にわたりますが、この仕組みを生かす準備として、REAL-JAPAN.org(http://real-japan.org/)内のCFJ-JAPAN(http://real-japan.org/category/CFW/)にてさまざまな提言が行われています。
3月11日の東日本大震災は、地震規模、罹災地域の広さ、直接・間接被害ともに空前の規模となっています。このように困難な状況のなかで被災地住民の生活を支援し、自らの労働によって地域の復興を試みるCFWには大きな意義があります。その前例も少なくありません。ただし、これまで実施されてきたキャンペーンは途上国での災害に関するものが中心のため、これを先進国である日本に適用する際には若干の注意と修整が必要となります。そしてその修整は、日本版CFWをより実りあるものにすると考えられるのです。
多くのCFWは途上国での災害において、被災者の最低限度の生活維持、なかでもカロリー摂取水準を継続的に保つことを目標にしています。そのためCash-For-Workキャンペーンは、Food-For-Workキャンペーンと称されることもあるようです。しかし、幸いにも、震災直後を除くと、生命の維持に支障を来す水準の困窮が生じてはいない状態です。また、震災による疎開と、現在も進む仮設住宅等の建設が行き渡った後の生活に関しても、生活保護制度の利用による保全がはかられると予想されます。そのなかで「なぜ」、「日本で」、「CFW」なのでしょうか。
誇りとして復興に携わる
今次の大震災では約1万7千の家屋が全壊、10万を超える家屋が半壊・損傷家屋し、30万人近い避難者を生みました。郷里そのものが事実上消滅してしまったという方も少なくないでしょう。自身がこれまで築いてきた家作、田畑、そしてなによりも自分たちの町が消失したことによる無力感は、わたしなどには想像できるものでもありません。
このようななかで、あまりにも過酷な現実に思い悩むことから、前途の希望へと目を転じるきっかけとなり得るのが、自分たちの町、自分たちの地域、そして東北・北関東地方の復興ではないでしょうか。順調な再建、ときにさらなる発展の萌芽を目の当たりにすることで地域住民、ひいては日本国民を元気づけてくれることになります。
被災者、被災地域住民が直接その復興事業に携わることは、失意が失意を呼びかねない状況のなかで、その負の連鎖を断ち切る大きなきっかけを提供することでしょう。さらに、将来復興された地域をみて、これを自分たちの手で成し遂げたのだと胸を張ることができたならば、これはその人にとっての一生の誇りとなります。
CFW運動はこのような、誇りとしての復興事業への直接的な関わりをもたらす大きな役割を担いうるのです。
なぜボランティアではなくCFWか
震災直後より、救助・捜索活動から避難所での生活支援まで、ボランティア団体の活動はめざましく、現在もなお多くの自治体・NPO団体・有志によりその努力が継続されています。地域の復興のために何かをしたい……その熱意はボランティアとしての復興支援活動への参加で十分に満たされるのではないか、との疑問があるかもしれません。
しかしながら、ボランティアによる労働供給には限界があります。災害ボランティアの基本として、継続的にある程度の期間、現地での従事が要されます。その一方で、現時点での混乱収束後には、または自身の直接的な物的被害は少なかった住民、あるいは仮設住宅に居住する被災者の一部は、徐々に従前の職に戻っていくでしょう。自分と家族の生活を支えるために、他地域への出稼ぎを余儀なくされる方も少なくないと考えられます。
このような人々に仕事を休んで(または辞めて)、ある程度の期間に渡って無償での労働をせよというのは酷な話です。十分な熱意と復興への意気込みをもっていても、このような経済的な理由によって復興に携わることができないとしたならば、当事者の方にとっても残念でならないことでしょう。
復興活動やその支援に携わる十分な熱意はあるが、無収入では自身と家族の生活を支えられない……このような人に対して、「通常の仕事よりは収入面で劣るけれども、ある程度の収入は得られる」というCFWは、選択の幅を広げるという意味で非常に有意義であると考えられます。
通常のボランティアは無償での労働力提供です。つまりは100%ボランティア。それに対し、CFWキャンペーンにおいては、たとえば普段の賃金の7割の収入で労働力を提供したならば、それは30%ボランティアというわけです。
未熟練労働低賃金の積極的理由
途上国のCFWキャンペーンにおいては、未熟練労働に市場価格(通常時にその業務に支払われる給与水準)以下の支払いでの雇用を提供します。身体面で従事可能な人が参加を望めば、誰でも就労し生活の糧を得られることが大きな理由です。これは生活支援の側面が強く、(先進国に比べはるかに)限られた予算の枠内で、できるかぎり多くの貧困を救うという目的にも適合しています。
日本においても、市場価格を超える支払い水準でCFW事業への就労が可能となったら、労働供給が過大となってしまうため、それを誰に割り当てるかという面で大きな問題を抱えることになります。
所得や被害程度を調査してCFWでの雇用の是非を決定するという見解もありえますが、これは問題です。経済的な困窮度を調査することは平時においても困難であり、これに震災被害という要因までもが加わったならばなおさらのことでしょう。事後の不平等感を避けるためにも、CFWはあくまでハーフボランティアへの少額の手当という点を主眼とし、生活基盤を失った被災者の生活保全に関しては、その他の社会保障制度を利用すべきだと考えられます。
また支給対象を未熟練労働に限定する点についても、日本版CFWでは途上国のそれとは異なる理由づけが考えられます。日本におけるキャンペーンで重視されるのは、地元復興を自分たちの手で達成するという使命感と達成感であって、生活保全や公的部門の指令にもとづく計画経済的な復興事業の遂行ではないと、わたしは考えます。そのため健康な地元・周辺住民すべてに門戸が開かれていることが望ましいでしょう。
もちろん、復興事業には多くの専門職・熟練労働者の力が必要です。建設業の熟練労働者、医療関係者はこれまでの仕事を継続することがなによりの復興支援となるのです。これらの技能者の数はかぎられており、今後の不足が予想されます。その数をCFWキャンペーンによって増加させることはできません。これらの技能者に関しては、市場価格での雇用を公的な財政に支えられたかたちで行い、他地域からの流入を期待するという方向が望ましいように考えられます。
生活保護との切断の必要性
途上国におけるCFWキャンペーンの第一の目的は生活の保全なのに対し、日本におけるそれは自らの手で故郷を復活させるという使命感の支援になるでしょう。このとき十分に注意が必要なのが、日本における生活保全を担う社会保障制度、なかでも生活保護制度との整合性の確保です。
現行の生活保護制度においては、労働収入と援助等から経費を除いた収入認定額と最低生活費の差が、生活保護給付として支給されます。ここでCFWキャンペーンでの支給を収入として認定してしまうと、その金額分生活保護支給が減じられることになるのです。たとえば、CFWで3万円を得ることが3万円の生活保護支給の減額となってしまう……このような状態では、とくに生活に困っている生活保護世帯に関しては、CFWキャンペーンへの参加が 100%ボランティアと同じということになってしまいます。または援助額等とあわせて生活保護の対象外となってしまうこともあるでしょう。
当該制度は低所得者がCFWに参加する大きな障害となります。そこで、CFWによる支払いは賃金とみなさない、または生活保護における収入認定時、さらにはそれ以外の世帯に関しても、税申告時に例外的な特別控除枠を設定する必要があるでしょう。
新しいボランティアのかたちをつくる
不足が予想される未熟練労働を、ハーフボランティアとしてのCFWで充足するというアイデアは、経済的な合理性と復興への情熱の動員の両面から、非常に有望な提案だと考えられます。その一方で、太平洋沿東北地方での自発的な労働供給のみで、今次の復興に必要な人員が足りるのか否かは、いまだ大きな不確実性が残されています。実際、3月16日には国土交通省総合政策局が各自治体に対して、建設労働者の不足懸念から急を要さない公共事業の一時停止検討を要請しています。
CFWの開始当初においては、継続的かつ高頻度(たとえば1ヶ月以上週5で働けるなど)で従事可能な対象事業地域の住民を雇用し、まずはその充足状況をみてみる。そして、継続的だが週1・2回程度の労働を希望する対象事業地域の住民を、CFW事業での雇用対象者とするなかで、実際の過不足の大きさを見極めていく必要があるでしょう。
しかし、このようなCFWによる、地域住民の労働力としての掘り起こしだけでは、被災地域での未熟練労働への需要をカバーしきれない可能性もあります。ここで検討に値するのが、途上国の先例にはない、地域外からのボランティアに対するCFW参加許可の検討です。
今次の震災に対して、日本国民として自分の労働力を供与したいという情熱をもっている人は、全国に無数にいます。しかし、継続長期のボランティアに参加する経済的余裕がある人は希です。彼らにもハーフボランティアとしてのCFWキャンペーンの門戸を開いても良いのではないでしょうか。地域住民だけでは必要な労働力は確保できないかもしれない。100%のボランティアとボランティアをまったく行うことができないという現状をつなぐリンクとして、全国的な動員のきっかけとなりうるのではないかと考えられます。
プロフィール
飯田泰之
1975年東京生まれ。エコノミスト、明治大学准教授。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書は『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。