2016.11.22
“サイレントマジョリティ”の市区町村行政への意見反映
私たちの多くは市区町村にとってサイレントマジョリティである
市区町村は、市民に最も身近な総合的な行政主体として「基礎自治体」と呼ばれます。私たちの日々の生活や経済活動は、市町村の政策や事業なしでは成立しません。(※本稿での「区」は、東京23区のことを指します。政令指定都市の行政区は含みません。)
一方で、皆さんはお住まいの市区町村の政策形成や事業計画・事業見直し等に関し、政治家(市区町村長、市区町村議会議員)や行政職員に届く形で意見提示をされたことはあるでしょうか。「ある」人も多いと思いますが、「ない」人も少なくないでしょう。また、「ある」人においても、回数は限られ、また出した意見が実際にどのように議会や役所内で扱われ意思決定が行われたか、判然としない方が多いのではないでしょうか。
日々の生活や仕事を通じて、私たち市民は行政に対する色々な感想を持ちますが、その“感想”を政策形成や事業化に資する“意見”として政治家や行政職員に届けるには、現状は制度が不十分であるとともに心理的なハードルも高いと言えるでしょう。
さらに、私たち一人ひとりが、広範にわたる市町村行政の全分野に常に関心を持ち続けることは不可能とも言え、特に自分の生活や仕事に無関係(と思われる)分野には関心が行き渡らないのは仕方ないことです。
国や地方自治体(都道府県、市町村)の政策に対して意見を積極的には表明しないという、多くの一般的な市民のことを、“サイレントマジョリティ”と呼ぶことがあります。この言葉は、時代背景や使用される場面によって意味が一定とは言えませんが、サイレントマジョリティの持つ意見は“声なき声”とも称されます(もちろんサイレントマジョリティの意見は多様であり、一つにまとまったものではありません)。
行政職員の中にも、「現状では特定の声の大きな人の意見ばかりが行政に届いてしまっているのではないか。もっと民意を的確に把握したい」という問題意識を持つ人も多くいます。特に、行政で対応すべき課題が複雑化・多様化・高度化し、また行政への市民参画に対する注目が高まる中、市民に直接接する機会の多い市区町村行政の現場では、このサイレントマジョリティの意見をどのように政策や事業に反映していくかが大きな関心事・課題となっています。
そこで本稿では、無作為抽出による市民参加型会議を事例として多様な市民意見の把握や政策への反映に関する考察を行った南(2010)での論考を軸とし、執筆後の動向も加味した上でサイレントマジョリティの市区町村行政への意見反映の視点や課題を概略的に例示します。
なお、人口1万人を下回るような小規模な自治体の場合、政治家や行政職員と市民が“顔の見える関係”を有し、市民意見を細かな部分まで把握しやすいと言われることがあります。小規模な自治体においても市民意見を反映する仕組みをきちんと構築することは重要課題ですが、実態としてサイレントマジョリティの存在は大きな課題とはなりにくいでしょう。そこで、本稿で扱う市区町村とは比較的人口の多い自治体のこととお考えください。
サイレントマジョリティの存在で生じる社会的リスク
尾花(2005)は、消費者行動を捉えるマーケティングのモデルを援用し、政策に関係がある人の中で、「(1)政策を知らない」、「(2)政策を知っているが、関心がない」、「(3)政策を知っていて関心もあるが、誤解している」、「(4)政策を知っていて関心もあり理解しているが、意見を表明したくない」、「(5)政策を知っていて関心もあり理解していて意見を表明したいが、(実際には)意見を表明しない」という人々の総和をサイレントマジョリティと位置づけています。
そして、尾花の指摘および南(2010)等を踏まえると、サイレントマジョリティの存在は行政、ひいては社会に様々なリスクをもたらす懸念があります。例えば以下のa)~c)のようなものです。
a)市民から寄せられる意見が少ない場合、行政は寄せられた少数の意見を踏まえて事業内容の検討をせざるを得ません。しかも寄せられた少数の意見は、市民の「多数の民意」を代表した意見とは限りません。そのため、結果として市民の望まない政策や事業が推進される懸念があります。なお、アンケート調査についてもサイレントマジョリティの意見を十分に汲み取ることが難しい場合があります。
b)意見を出さない市民にとって、一部の特定の市民の意見だけが行政に尊重されているかのような印象を持ちやすい状況が起こり得ます。そのため、不公平感が生じることや、意見や立場・属性が異なるグループ間で地域内対立が生じること、場合によっては「陰謀論」が噂話で流れるなど、市民の持つ「行政や地域に対する不満」が増幅されていく懸念があります。
c)ある事業について当初はサイレントマジョリティであった市民が、事業が具体的に進み始めた段階になって事業の存在を認知し、事業の見直し等について強い意見を出す場合が起きがちです。場合によっては、事業の検討が振り出しに戻ったり停滞したりする懸念があります。さらに、「サイレントマジョリティがノイジーマイノリティ化する」懸念もあります。
このうちc)については、事業が具体化した段階で市民が関心を持って反対意見を出すこと自体は、市民参画推進の観点からは悪い事ではありません。むしろ様々な段階で闊達に意見を出せる環境であるべきです。しかしながら、そのタイミングによって、反対意見の拡がりは社会的なリスクとなりえます。
例えば、市区町村が事業主体の事例ではありませんが、日本の新国立競技場を巡る2015年の一連の“騒動”を思い浮かべていただければと思います。
当初のザハ・ハディド氏プランや事業費の妥当性等については本稿では論じませんが、一応の正式な手続きを踏んで進められてきた事業が急遽白紙撤回され、結果として新国立競技場は当初予定されていたラグビーワールドカップ2019のメインスタジアムとしては使用できなくなり、また2020東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとしても余裕の全くないスケジュールで建設を進めざるをえない状況となっています。
直前までサイレントマジョリティ状態であった政治家や学識経験者、一般市民等が急に関心を高めて意見を発信し、それがマスコミやSNSなどを通じて増幅され、その反響の大きさも影響して事業が振り出しに戻った例と言えるでしょう(注1)。
(注1)競技場プランを見直したことの妥当性は本稿では論じておらず、あくまでc)のリスクが発露した分りやすい事例として挙げています。
こうしたリスクは、市区町村にとってできるだけ回避したいものです。そこで、様々な市民参画手法を計画策定段階から導入したり、広報紙やWebサイト、CATV、市民説明会等を用いて情報発信をしたりしていますが、従来型の手法には多くの課題があります。
例えば、計画策定を行う委員会などの市民公募委員を参加させることは大半の市区町村で行われていますが、広報紙に掲載した「この事業に関心のある人は応募してください」という情報を見た人のみが応募する形では、サイレントマジョリティに分類される市民の応募は限定的なものとなるでしょう。
また近年、計画策定にインターネットの掲示板機能やSNSを活用して市民意見の収集や市民同士の意見交換活性化を図る試みも行われていますが、市民からの意見はあまり多く集まらず、また意見を出す市民の固定化が進みがちだったり、特定の主張が少数の人によって繰り返されることによってあたかも多数の意見のように錯覚されてしまったりする事態も起きがちです。
若者や忙しいビジネスパーソンが気軽に意見表明しやすくなるメリットはありますが、サイレントマジョリティの問題の解消には不十分と言えるでしょう。
サイレントマジョリティ問題の緩和に向けた新たな市民参画手法の進展
このような社会的リスクがある中、2005年頃から、日本各地で市民参画手法を改良し、サイレントマジョリティの意見をできるだけ的確に把握・反映するための実験的取り組みが進められてきました。
その代表的なものとして、「住民基本台帳等から無作為に市民を抽出して案内状を送付し、参加を承諾した市民によって協議等を行うという、ドイツのプラーヌンクスツェレ(Planungszelle)を日本版にアレンジした市民討議会やそれに類する会議」、および「無作為抽出市民による討議と世論調査を組み合わせた、アメリカのスタンフォード大学の研究者によって考案された討議型意識調査(DP)」などが挙げられます。
本稿では、近年比較的多く実施されてきている、プラーヌンクスツェレを日本版にアレンジした市民討議会等(以下、「無作為抽出による市民参加型の会議等」と称します。)について概要を紹介します(注2)。
(注2)なお、プラーヌンクスツェレやDPに関する詳細については、篠原一編(2012)『討議デモクラシーの挑戦』岩波書店、あるいは引用文献に記した篠藤明徳(2006)などに分かりやすくまとめられています。
日本における「無作為抽出による市民参加型の会議等」の多くは、1970年代にドイツのDienel氏が考案し1990年代からドイツ国内で多く実施され始めたプラースンクスツェレが源流にあります。Dienel氏に師事した篠藤明徳氏(別府大学教授)によると、プラーヌンクスツェレの特徴は8点に集約されます。
(1) 解決が必要な真剣な課題に対して実施。
(2) 参加者は住民台帳から無作為で抽出(無作為抽出した市民に対し案内状を送付し、参加を希望する市民からの回答を受けて参加者に指定する方法がとられ、参加を希望する市民が定数を上回る場合は無作為な抽選等によって参加者を絞り込む。)
(3) 有償で一定期間の参加(4日間が標準)。
(4) 中立的独立機関が実施機関となりプログラムを決定。
(5) ひとつのプラーヌンクスツェレは原則25名(+進行役)で構成。
(6) 専門家、利害関係者による情報提供を実施。
(7) 毎回メンバーチェンジしながら、約5人の小グループで討議実施。
(8) 「市民答申」報告書を作成し、参加した市民が正式な形で委託者に提出。
ドイツにおいては、都市計画をはじめ幅広い討議テーマで行われ、実施を委託する機関も連邦政府機関、州政府機関、基礎自治体、公的機関など多様な形で普及しています。課題としては、「無作為抽出される市民が全員参加できるわけではない」、「答申内容がいかに政策反映されるかは委託機関次第である」、「合意像が実施機関によって作為的にまとめられる可能性はある」といった点が挙げられているようです。
このプラーヌンクスツェレの最大の特徴とも言える無作為抽出による市民参加型の会議に、日本でも一部の学識経験者や青年会議所関係者が注目しはじめました。2005年前後から試みが開始され、2007年頃から急速に会議の実施が増加しました。その主たる実施目的は、政策への市民(サイレントマジョリティ)意見の反映、および市民参画機運の醸成です。
日本における開催回数について正確に数えることは困難ですが、全国の青年会議所が開催に関与しているケース等を中心に網羅的に把握している「市民討議会推進ネットワーク」が2011年2月までに把握した会議としては、2005年7月の東京都千代田区での開催(主催は東京青年会議所)を皮切りに150回以上にのぼっています。このほか、各地の市区町村が独自に開催するケースも見られ、全国的に導入が進んでいます。
ここ数年は拡大がやや鈍化傾向にありますが、2015~2016年にかけても北海道千歳市、青森県五所川原市、茨城県坂東市、神奈川県茅ケ崎市、岐阜県多治見市、三重県松阪市など多くの地域において、各地の青年会議所や行政などが主催する形で開催されています。
討議テーマとしては、「安全・安心」、「教育・文化」、「都市計画・交通」、「公共施設のあり方」など、市民にとって身近であり意見を出しやすいテーマが多く選ばれ、また総合計画の策定や行政評価に関連する形で「まちづくり全般」がテーマとなる場合もあります。
実施形態については各地で様々なアレンジが行われており、プラーヌンクスツェレの特徴を十分踏襲しているとは言えない場合もあり、また各地で試行錯誤の段階にあるとも言えますが、日本の各市区町村の状況に合わせて進化中と好意的に見なすことも可能でしょう。
なお、これらの最大のポイントは「無作為抽出によって案内状を送付することにより、サイレントマジョリティに意見表明を促し、その機会を提供している」ことにあると考えます。サイレントマジョリティの存在によって生じる社会的リスクを減らし、市民参画を促進して地域の実態に即した政策や事業の策定に結び付く良好な取り組みとして評価できるでしょう。
サイレントマジョリティの民意によって最適な社会を形成するための課題
サイレントマジョリティからの意見収集を意識した様々な取り組みの進展は、多様な市民意見に基づき市区町村の政策や事業を形成していく上で今後さらに発展し、重要性を増す可能性を有しています。運営上の課題を解決しながら、大いに広まっていくことを期待したいと思います。
しかしながら、上述の手法は「サイレントマジョリティに意見表明の機会を提供」するものではありますが、各会議の中でどのような手法で、またどのような内容で合意形成が行われるかは、別の問題としてとらえる必要があります。サイレントマジョリティによる会議体であるかどうかに関わらず、「誰もが(あるいは参加者の大半が)納得できる合意形成」の達成には困難が伴うものです。さらに、会議体での決定が、行政内部や議会での議論を経る中で実現されないことも起こり得ます。
また、サイレントマジョリティによる“民意”の多数派が、必ずしも市区町村の政策や事業を最適化する方向に向かうとは限りません。サイレントマジョリティの一人ひとりが置かれている社会状況や思想、そして専門知識はバラバラです。多くの人が正しい知識に基づかずに事業に対して持論を展開することも起こり得ます。
さらに極めて厳しい財政状況下においては、多数の“民意”に反しても取り組まなくてはならない(あるいは取り組むことをやめる)政策や事業もあるでしょう。
そのため、「無作為抽出による市民参加型の会議等」を進めるに際しては、政策や事業の背景となる現況や、関連する専門知識や詳細情報をしっかりとサイレントマジョリティである市民に伝え、理解してもらうことが必要です。
行政による「意見誘導」と紙一重の面もあり運用には細心の注意が求められますが、討議型の議論を進めたり会議で専門家の意見を聞いたりすることによって人々の意見は変わっていくことが推測され、色々な考え方や情報をインプットしたうえで市民に考えをまとめてもらうことが政策や事業の最適化に近づく道でしょう(注3)。
注3)ちなみに、ビッグデータの活用によってサイレントマジョリティの意向が政策形成に反映されやすくなるという議論もありますが、筆者はそれに懐疑的です。その理由は、ここで論じたとおり、市民がSNSで発信している情報や、携帯電話の位置情報の収集を通じて把握される地理的な行動パターン情報等は、必ずしも正確な情報や熟慮に立脚しているものではないと考えるためです。また、商品のマーケティングに際しては顧客となる人々のビッグデータ活用は有用ですが、行政の行う政策や事業についてはビッグデータで把握しきれない人々の存在も十分考慮する必要があります。
私たちサイレントマジョリティも、地域の会議に参加した場合はもちろん、日常においても、直観的・感情的ではなく、様々な社会的背景や科学的知見等を把握し熟慮した上で、市区町村の政策や事業に対する意見を持ったり発信したりする必要があるのではないでしょうか。
さらに市区町村行政は、サイレントマジョリティの参画の手法を一層拡大していくことが必要です。その際、単一の手法ではなく、複数の手法を効果的に組み合わせることによって、より多くの市民が参加しやすくなるでしょう。そのような状況が定着してくると、サイレントマジョリティ側の参画意識も高まっていくことが期待されます。
なお、参画手法と討議手法、合意形成手法はセットで改善を重ねていくことが必要であり、また、行政は政策や事業に関わる情報や意思決定プロセスをきめ細かく公開し、透明性を高めることが求められます。
その他にも様々な論点がありますが、いずれにせよ、市区町村行政へのサイレントマジョリティの意見反映はまだまだ未成熟な分野です。完璧なやり方というのは存在せず、様々な試行を重ねて、多様な手法の合わせ技で対応していくことになります。
その際、大きな鍵を握るのは、サイレントマジョリティである私たち市民一人ひとりが、身近な市区町村の政策や事業にもっと関心を持ち、かつ様々な情報を踏まえて自分の意見を持つことです。もちろん全ての政策や事業に対処することは不可能ですが、一部の分野でもよいのです。これまで以上に前向きに地域に関心を持つ市民が増えることにより、私たちの社会はより良いものとなっていくことでしょう。
引用文献
南博(2010)「多様な市民意見の政策反映に関する一考察-防犯をテーマとした宗像市まちづくり検証会議(試行)を事例として-」,『都市政策研究所紀要』No4,pp.29-54.
尾花尚弥(2005)「新ステージへの移行-サイレント・マジョリティ問題への対処」,三菱総合研究所『自治体チャンネル』Vol.76 ,pp.8-9.
篠藤明徳(2006)『まちづくりと新しい市民参加-ドイツのプラーヌンクスツェレ-』,イマジン出版.
市民討議会推進ネットワークWebサイト < http://cdpn.jp/ >
(本記事はα-Synodos vol.199号からの転載です)
プロフィール
南博
北九州市立大学地域戦略研究所教授。専門は都市政策。1969年生まれ。1994年、筑波大学大学院環境科学研究科修了。(株)富士総合研究所(現:みずほ情報総研(株))を経て、2007年より北九州市立大学。著書に『危機管理学-社会運営とガバナンスのこれから-』(第一法規、2014年、分担執筆)、『最強のスキル「統計学」 必須のツール「ビッグデータ」』(宝島社、2013年、分担執筆)など。受賞歴に日本計画行政学会論文賞(2014年)、日本都市学会論文賞(2011年)。