2017.01.25
オルタナ右翼を考える
今月20日、共和党のドナルド・トランプ氏による新政権が発足した。そんな中、トランプ氏の大統領就任に反対するデモは各地で行われ、人種差別、女性蔑視、移民排斥に対する危機感を訴える声が広がっている。大統領選において早くからトランプ氏を支持し、ネット上で過激な発言を繰り返している「オルタナ右翼」とは一体何なのか。今後アメリカ政治にどんな影響を与えうるのか? 専門家に伺った。2016年11月16日(水)放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「トランプ旋風の一翼を担った『オルタナ右翼』とは何なのか?」より抄録。(構成/戸村サキ)
■ 荻上チキ・Session22とは
TBSラジオほか各局で平日22時~生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/
オルタナ右翼とは
荻上 本日のゲストは、アメリカ現代政治がご専門、上智大学教授の前嶋和弘さんと、駿河台大学専任講師GLOCOM 客員研究員でオルタナ右翼ウォッチを続ける八田真行さんです。
前嶋・八田 よろしくお願いします。
荻上 また、のちほど映画評論家の町山智浩さんにもお電話でお話をお聞きしたいと思います。
さて、トランプ政権が1月20日からスタートですが、すでに電話外交や人事なども始まっています(※)。 お二人は現在の閣僚候補はどうご覧になりますか?
※2016年11月16日放送時点
前嶋 トランプ氏の選挙戦を支えてきた人がほとんどですよね。まだトランプ色がどこに表れてくるのかも分からない。そんな中で、共和党の本流メンバーも加わりつつ、トランプ氏をずっと支持してきた人も入りながらという微妙なバランスが今のところ見てとれます。
そんな中で、オルタナ右翼のプラットフォームとも言われるニュースサイト「ブライトバート・ニュース」の会長、スティーブ・バノン氏が主席戦略官と上級顧問を務めることになったのは、アメリカの中でもかなり論争を呼んでいますね。
八田 まだ不明瞭なところが多いのですが、面白いと思ったのは、国務長官(日本の外務大臣に相当)に、「ネオコン(ネオコンサバティブ=新保守主義派)」の代表格として日本でも知られるジョン・ボルトンという人物を起用しようとしていて、これが共和党内のオルタナ右翼から反感を買っている。トランプらしく支離滅裂というか、いきなり座礁しています。
既存の右翼・保守派とは異なる存在
荻上 ネオコンとオルタナ右翼との関係は水と油のように険悪と聞きましたが、そもそもネオコンとは、どういった思想の持ち主なんでしょう?
八田 日本で「共和党」と聞いて連想するような考えの持ち主が多いです。もともと反共産主義ですね。外交的にはタカ派が多く、ビッグビジネス(大企業)を優遇する。また、グローバリズムを推奨する。当然、TPP(環太平洋経済連携協定)も多くが推進する。そして親イスラエル、反ロシアという。
荻上 保守的な価値観を持ちつつ、国の力をより増していくという思想が強いですが、一方で ネオリベ (ネオリベラリズム=新自由主義)などとの経済政策ともマッチングがいい。ネオコンはブッシュ政権の頃から注目されてきましたが、やはり今でも共和党の中では影響力は大きいんでしょうか?
前嶋 今回の大統領選ではクリントン氏を応援していた人が多かったです。ネオコンは、民主主義を他の国に広げる、そのためには軍事力行使も拒まないタカ派 。その意味では、お節介ではあるけど理想はある。孤立主義を掲げてきたトランプ氏よりは、どちらかというとクリントン氏寄りの考え方なんです。
八田 「オルタナ右翼」という命名は2008年くらいですが、その存在が爆発したのは今年の8月25日です。何故かというと、クリントン氏がネバダ州での演説で「トランプ支持者はオルタナ右翼だ」と名指しで発言したからです。
色々な見解があると思いますが、僕はオルタナ右翼=トランプ支持者なのだと思っています。ただ、その中でも思想はばらばらなんです。エスタブリッシュメント (既得権益層)や移民に反対などのいくつかのテーマに関して一致しているだけだと思います。それが、インターネット上の「ブライトバート・ニュース」などのまとめサイト的な場所だったり、日本の匿名掲示板に影響を受けた「4chan」、あるいはツイッター、フェイスブックなどで繋がっている、という印象ですね。
荻上 共和党党員やキリスト教右派の人たちも包括してオルタナ右翼と呼べるのでしょうか。
八田 右派と呼ばれる人たちの中で、既存の共和党の主流を担っていた派閥の外にいる全ての人がオルタナ右翼であると考えます。もともと「オルタナ」と言うのは、彼らが今までの右派に対する代替案として出てきたからです。今までの右派の中には、ネオコンや宗教右派、リバタリアン、みんな含まれています。
実はアメリカでは、「ネオコンは保守主義ではない」と思っている人が多いです。本来の保守主義というのは孤立主義的なところがあって、海外にあまり干渉しない、グローバリズムに与しない、キリスト教の伝統を大事にする とか、そういう方向のはずなのに、「イラク戦争を始めたじゃないか」「リーマンショックで経済が傾いたじゃないか」とか、そういう声が全部ネオコンのような主流派に向けられた。その怒りを持っている人たちがオルタナ右翼かと。
荻上 思想が引き算で固まっていくんですね。ということは、海外に対してどんどん出て行く進出主義・介入主義に対して、孤立主義であったり、または自由貿易に対して保護主義であったり、排外主義的なところが、オルタナ右翼の思想として残っているわけですか?
前嶋 アメリカの中で多くの人がどう認識しているかというと、オルタナ右翼=白人至上主義で、人種差別的な言動がかなり目立つ。ですから多くの人は嫌悪感を持って見ている。
荻上 それでも無視できない力を持っているということですか。
八田 トランプ氏が当選してからは差別的な言動言説が広まってしまいましたが、その前までは、むき出しのレイシズムは避けていて「アイデンティティが重要だ」と言っていたんです。白人・黒人といった人種ではなく、 西洋的なアイデンティティを持つ人々以外を差別する、ということです。
そうなると移民、イスラム教や他のバックグラウンドを持っている人々が排除される。逆に言うと、白人であっても、イラクの帰還兵などでイスラム教に改宗したりした人たちは、差別の対象になってしまうわけです。
一生懸命レイシストだと呼ばれることを回避しようと試行錯誤を繰り返してきたのがオルタナ右翼の特徴だったのですが、トランプ氏が当選すると、もう安心だとばかり黒人差別や反ユダヤ主義的な言説が飛び交うようになりました。
前嶋 一般的なイメージはそこで、反移民で反イスラムで反ユダヤ主義。これを踏まえると、オルタナ右翼に賛同する人は多くないですよね。
従来のアメリカの保守主義というのは、宗教保守=キリスト教に対して熱心で、聖書をそのまま信じている、中絶も同性婚もダメだというのがあり、それから、80年代くらいから「小さな政府」、減税という思想が固まっていった。外交的な側面ではネオコンが出入りしますが、基本的には宗教保守、リバタリアン(完全自由主義)=小さな政府ですから、反ユダヤ主義であったりするものは右翼とは関係ないわけです。だから従来の保守主義の人々は「なんだこりゃ」と。
「寝取られ保守」
荻上 オルタナ右翼というのは、自らが名乗り始めたものなんですか?
八田 多くは自分たちで名乗っていますね。彼らは主流派を蔑称で「寝取られ保守(コックサバティブ)」などと言うんです。保守の魂をリベラルに寝取られたような情けない男、女みたいな男、というような意味で馬鹿にしているんです。そもそもミソジニー(女性蔑視)が染みついているんですね。「寝取られ保守」という言葉にオルタナ右翼の要素が詰まっていると思います。主流派は「腐った連中」で、自分たちは彼らとは違う、という自己規定ですね。
荻上 先ほど「レイシストではない」という打ち出しもありましたけど、価値観やアイデンティティが同じであればアメリカ人でなくても構わない、ある種の同化主義というか、「白人化しろ」的なスタンスでしょうか。
八田 昔のようにある地域を征服して改宗を迫ったりとかではないですね。どちらかといえば内向的で、一部では、白人だけ集まって「棲み分け」をしようという思想もあります。アイデンティティが混ざるから軋轢が生まれるんであって、同じアイデンティティ・バックグラウンドを持つ人間同士で集まろうと。ですから難民もアメリカに来る必要はなく、自分たちのアイデンティティに近いところにいなさい、と言うんです。ただ、自分のアイデンティティを変えるんだったら来てもいいよ、という意見が多いです。まあ人によりますが。
荻上 移民に反対、フェミニズムにも否定的、リベラルを敵視していながら、これまでの保守主義に対しても批判している。
八田 つまり中道的なものに対して強く反発するので、クリントン氏も共和党の主流派も彼らからすると同じカテゴリに入るわけです。
荻上 それでは、オルタナ右翼にとってバーニー・サンダース氏はどう捉えられているんでしょうか?
八田 彼はいわばトランプ氏の合わせ鏡のようなもので、主張は真逆ですけど、言ってみれば「オルタナ左翼」といえるかと。実際に「オキュパイ運動(NYウォール街での反政府運動)」を率いていた人物の中で、その後オルタナ右翼に転向する人もいました。要するに反エスタブリッシュメントという意味では共通しています。
荻上 反フェミニズム、反リベラリズム、そしてマイノリティを攻撃する、そうした言動が現実の社会の中で広がっていくこともあるのでしょうか。
前嶋 基本的にはネットでの活動です。それを今回クリントン氏が演説の中で名指ししたことで、世界に広めてしまった。しかしそれ以前から、ティーパーティ(保守派のポピュリスト運動)もかなりオルタナ右翼に近いものがありました。私も彼らと一緒に歩いたり、逆にオキュパイの人々とも行動したんですけれど、そこには「既存のものは信じないぞ」という理念がありました。「今あるものはぶっ潰す」と。そうした主張がネットに出てきたとも言えます。
荻上 リスナーからこんな質問が来ています。
「前々回の大統領選では、新たな右翼としてティーパーティが注目されましたが、彼らとオルタナ右翼はどう違うんですか?」
前嶋 結構似ています。ティーパーティは、運動としては「小さな政府」なんですよ。「もう税金はうんざり(Taxed Enough Already)」の頭文字を取って、ティー(Tea)・パーティです。しかし実際に話してみると、反移民、反ユダヤ、反イスラム、という人がものすごく多いんですよ。とりあえず「小さな政府」で行くんだという大前提はあったとしても「反オバマ」という部分は、オルタナ右翼とかなり似ている部分です。本当の意味で排外思想なんです。
荻上 なるほど。ただ、孤立主義・経済政策というスタンスよりも、オルタナ右翼の主張として目立つのはより攻撃的な、反リベラル・反マイノリティといったものですよね。女性蔑視、セクシュアル・マイノリティへの見方についてはどうでしょうか。
八田 それも不透明で、オルタナ右翼の中にはゲイの人もいる。先日のトランプ氏の演説でも、人工中絶に関しては一貫して反対していますけど、LGBTはOK、しかし女性蔑視は根強いです。
思想としては一貫していないというか、分かりかねるところが多くあります。ただ一つ言えるのは、反移民、言い換えれば「反外部」というものがあって、共通項はそれだけとも言えます。それから自分の生活が苦しい、労働者階級であるというのが最大公約数かと思います。それ以外の点については様々な人がいる、という印象ですね。
オルタナ右翼のオピニオンリーダー
荻上 そうした中で、オルタナ右翼のプラットフォーム、オピニオンリーダーはいるんでしょうか?
八田 有名な人と言えば、「オルタナ右翼」の名付け親であり、自身もそう名乗って活動しているリチャード・B・スペンサーという人がいます。それから白人至上主義という意味ではジャレッド・テイラーという、「アメリカン・ルネッサンス」という雑誌を作っている人物。あとは、オルタナ右翼と言うより陰謀論者に近い存在としては、アレックス・ジョーンズという人が人気です。
あとはラジオパーソナリティーのラッシュ・リンボーという人物。ティーパーティ運動が盛んだったころは右翼の言論プラットフォームがトークラジオだったんですね。そういうところから出てきた人が、オピニオンリーダーとして活躍しています。
荻上 それぞれの主張というのはどういったものでしょうか。
八田 スペンサー氏は「アイデンティティが大事なんだ」という概念を打ち出した人ですが、その源泉はヨーロッパです。フランスの右派、マリーヌ・ル・ペン氏も似たような思想を持っているのではと思います。テイラー氏は白人主義、レイシズムの思想ですが、人種間には優劣がある、それには科学的な根拠があるんだ、といったことを言っています。優生思想ですね。でも変なところでアジア人はいいんだ、と言ったりもしています。ジョーンズ氏は、「すべてはユダヤ人の陰謀だ」といった典型的な陰謀論者なんですけど、トランプ氏にかなり強い影響力を持っていて、彼のネット番組にトランプ氏が出演したこともあります。
前嶋 今回の大統領選で、トランプ陣営がオルタナ右翼をプラットフォームにした、つまり政治利用されたんです。トランプ陣営は、オルタナ右翼の思想は滅茶苦茶だけど、自分の味方にできると考えたんですね。
「“白人なのにもかからず”追い詰められている」
荻上 「日本の『ネトウヨ』とはどう違うんですか?」という質問も来ています。
八田 たしかにネット上での活動がベースという共通点もありますが、日本のネトウヨの場合、あまり在日韓国人によって自分が何かの被害を被ったとか、そういった皮膚感覚なしで差別的な主張をしているように思います。一方で、アメリカでは移民が実際に問題として存在しているので、「移民のせいで職が奪われた」「移民がテロを起こした」というような直接的な不満がある。
ただ共通しているのは、日本のネトウヨは、定職があって結婚もしていたりする層もいる一方で、生活に困っている層も存在すると聞いています。オルタナ右翼も反グローバリズム運動を起こしていて、ホワイト・トラッシュと蔑称されるような貧乏な白人層もいますけど、平均年収で見ると低くなかったりする。そういう風に、いくつかの層に分かれている、という部分は近い。
荻上 オルタナ右翼の数については、やはり推計は難しいのでしょうか。
八田 よく分からないですよね。例えば今回の選挙の投票数だけ見ると、クリントン氏の方が100万票ほど多いんですよ。これは「エレクトラルカレッジ」というアメリカ独特の選挙制度があるからで、投票数が多ければ勝てるというわけではない。影響力の大きい州を抑える必要があります。それで今回はトランプ氏が五大湖周辺、いわゆる「ラストベルト」という地域や、フロリダといった重要な州を押さえたため当選した。ですから、投票数から見てもオルタナ右翼の実数は推計できないですね。ただ、いい加減な推計だと最大で三割程度、アメリカの実際に選挙に行くのは5%~15%だと考えていました。
前嶋 一番分かりやすいのは、「ブライトバート・ニュース」という、冒頭に言ったスティーブ・バノン氏のニュースサイトですが、これに毎週アクセスしている人は2014年段階で3%程度だというピューリサーチセンターの調査があります。今年になって増えているかもしれませんが、いずれにしろ、人口の数%に過ぎない。ただ、たとえ人口の1%に満たなくともオルタナ右翼的な考え方に共感する人はもっと多いのかもしれません。
荻上 日本でも保守的なまとめサイトがありますけど、PVを見ても人口の1%程度となります。しかしネット上でそれを見た人が、「こういう差別的な言葉は言っていいんだ」という風潮には荷担してしまう効果はありますよね。
前嶋 はい。たとえ1%と言えども、その影響はどんどん大きくなります。とくに、ブライトバート・ニュースがメインストリームになってしまったことにはものすごく驚きました。記事の内容は、反移民、反ユダヤ、女性蔑視など、「これ程うがった見方ができるのか」と驚愕するくらいひどいものです。実は、ブライトバート・ニュースはティーパーティの立て役者でもあり、2009年から10年にかけてティーパーティ運動が一気に大きくなるとともにサイトそのものの一部の国民の間だけではありますが、知られるようになました。それが今になって主流になってしまった。
八田 アンドリュー・ブライトバートという人が創始者なんですね。彼とバノン氏は、オキュパイ運動の映画を作る際に出会った。人脈的なつながりもティーパーティ・ベースですね。
また、ブライトバート・ニュースの内容には、デマが多いです。にも関わらず、シェアされやすいんですよね。センセーショナルな見出しであったり、面白い写真が載っていたり。そういう記事はフェイスブックなどで拡散されるとどんどん広がりますから。まとめサイトと言いましたが、一つ一つライターが独自記事を書いています。
前嶋 その中で今年大きく取り上げられたのは、トランプ氏が主張していたメキシコ国境の壁ですよね。「壁を作るなんてとんでもない」という人がいたら、片っぱしから批判する。そこで槍玉に上がったのは共和党実質的なリーダーである下院議長のポール・ライアン氏です。「ライアンはダメだ、やはり壁こそ最も重要だ」という記事が次々に掲載されていましたね。
八田 また黒人差別の内容もあって、今もアメリカでは黒人が警察に不当に扱われるような事件が多発していますが、「黒人はみんな犯罪者だ」「黒人がまた犯罪を起こした」という記事をどんどんアップするんです。
やはりオルタナ右翼の人々で共通しているのは、追い詰められている、割を食っている、という意識です。「白人にもかかわらず」という前置きがつきますが、白人の特権意識があるのに、フェミニストや外国人、リベラルに追い詰められている、という感情、それが彼らの絆になっている。
「半分ネタ」でやっている
荻上 ではここで、アメリカの様子を聞いてみましょう。アメリカ在住の映画評論家・町山智浩さんと電話がつながっています。
町山さんはオルタナ右翼の取材などもされていますが、こうした動きによって社会の中でヘイトが加速しているようなことも感じられるのでしょうか。
町山 オルタナ右翼と呼ばれている人々はリアルでは行動しませんね。彼らはもともと日本の2ちゃんねるを模倣した4chanという電子掲示板で差別的なジョークなどで盛り上がっていた人たちですが、その存在が目立つようになったきっかけは去年7月 にトランプ氏が予備選に出てきたときです。共和党主流派に対してネットで攻撃を始めたからです。トランプ以外の共和党の候補者たちを「クックサバティヴ」呼ばわりするミームをばらまいたんですが、やられた旧来の保守の人々はなんだかわからなくて驚いていたんですが、7月29日のワシントンポスト紙が「彼らはalt-rightという新たな右派勢力だ」と書いたんですね。
彼らのやったことを具体的に言うと、例えばジェブ・ブッシュという、ブッシュ元大統領の弟が予備選に出ていたんですけど、彼の妻はメキシコ人です。すると「ジェブはメキシコ人にアメリカ人をレイプさせる気だ」と書いたコラージュを、ネットでばらまくんです。マイク・ハックビーというキリスト教保守派の候補者に対しては「ハックビー」を「コックビー(Cuck’d-by)=寝取られる」ともじって、「白人社会は有色人種に寝取られる」と馬鹿にするとか。
オルタナ右翼が今までの保守派と違うのは、反宗教という点です。アメリカの保守勢力の中核を成してきたキリスト教保守に対して「進化論を信じないで聖書ばかり読んでいる馬鹿」と言う。進化論はオルタナ右翼の優勢主義思想と結びついてもいるんですが。また、伝統的な、保守派はゲイに対して反対していますが、それについても反発しています。マイロ・ヤノプルスやピーター・ティールのようなゲイのオルタナ右翼もいますから。
オルタナ右翼はネットラジオやネットテレビで差別的なジョークなどをやって拡散しているだけで、オフで会うことは滅多にないですね。ネオナチやKKKや日本の在特会などとは違って、今のところデモやヘイト犯罪のような行動をする組織化はされていません。ネット上に存在するコミュニティです。
僕がオルタナ右翼の有名人であるリチャード・B・スペンサー氏に会った時も、彼はひとりきりでした。ツイッターで「自分は今ここにいる」と発信していたのにも関わらずです。ツイッターのフォロワーがどれほどいたのか、今はアカウントが凍結されてしまってわからないのですが、最もフォロワーが多かったヤノプルスでも2万8千だったので、それ以下とすると、あまり多くはないですね。
リチャード・B・スペンサー氏は、きちっとした服装で、髪の毛も整えていて、20代に見えるさわやかな印象でした。オルタナ右翼はネオナチのようなスキンヘッドであったりとか、ヒルビリーとかレッドネックと呼ばれる白人貧困層とも違います。話してみると知的で、フレンドリーですね。
リチャード・スペンサーは大統領選の最中に来日して、原宿の駅前で女子高生に「トランプ大好き!」と言わせるビデオを撮ってネットで拡散していました。スペンサーは、「日本は移民が少なくて排他的で素晴らしい!」と言っていましたね。ニューヨークで選挙当日にプラウドボーイズというグループのパーティを取材したときも、「日本の鎖国は素晴らしい」と言うメンバーがいました。もともと4chanから発生したムーブメントなのでアニメが大好きということもありますが、「保守的で排他的な」日本という国が好きなんですね。
荻上 フランスのマリーヌ・ル・ペン氏も「日本を模倣すべき」と言っていましたけど、オルタナ右翼もそうなんですね。
町山 たとえば三島由紀夫的なものが尊敬されています。
ただ重要なのは、彼らは半分ジョークでやっているということです。ネタなんですよ。共和党議員の写真を面白おかしいコラージュにしたり、基本的にふざけています。熱狂的で狂信的なところは全くなくて、ニヒリスティック。「真剣に信じるべきものなんてないんだ」というスタンスで、ポリティカル・コレクトネス、政治的正しさというものも上から見ている感じです。
サム・ハイドというalt-rightの男性が深夜に「ミリオン・ダラー・エクストリーム・プレゼンツ・ワールド・ピース」というコント番組を放送しているんですが、たとえば、女性をつまづかせて、ガラスのコーヒーテーブルの上に転ばせて、女性が顔を怪我して血だらけになるのを見て「ブスだからやったんだ」と言う。全然笑えないんですが、YouTubeには「ざまあみろ」「笑った」とかの「いいね」コメントがならんでますからね。思想的には「暗黒啓蒙」つまり「中世の暗黒時代に戻ればいいんだ」とまで言っているくらいですから、とことんニヒリズムです。
荻上 なるほど。そんな中で、ブライトバート・ニュースのバノン氏がトランプ政権の重要ポストにつくことになったわけですが、このメディアについてはどうお感じですか。
町山 ブライトバートは、会長がバノン氏に変わるまでは基本的にティーパーティ系のサイトだったんですよ。ティーパーティの集会には僕も何度か取材していますが圧倒的に老人ばかりでした。「今まで払ってきた税金が貧乏人の医療保険に使われるのが許せない」と怒っているわけです。しかし、創始者のブライトバートが路上で突然死して、バノン氏が跡を継いでからは、ネット世代の若者向けにシフトチェンジしたんです。なかでも、ジャーナリストのマイロ・ヤノプルスに書かせた「旧保守派・旧共和党・旧右翼はオルタナ右翼を恐れよ!」という、提言のような記事は決定的でした。旧保守の真面目なところ、モラリスティックなところを徹底的に馬鹿にする内ゲバが始まったんです。。
たとえば、このマイロ・ヤノプルスという人は7月の共和党大会で「トランプを支援するゲイ」というイベントをやっていました。トランプを応援する帽子をかぶった美少年たちのヌード写真の展覧会です。これで傷つけられたのはリベラルではなく保守的な人たちです。そういう内ゲバ的なジョークを展開しているわけです。
荻上 日本のネトウヨとの違いは?
町山 半分ジョーク、実際に行動には移さないという意味では非常に似ていると思います。しかし今オルタナ右翼のバックにはかなりの大物がついてきています。一番存在感が大きいのはピーター・ティール氏というIT系の大物です。
共和党大会でも演説しまして、彼の周りにオルタナ右翼が多くいます。
荻上 シリコンバレーの人たちというとリベラルな印象がありますが、違うんですか?
町山 IT系はインドや中国系の移民に支えられているので基本的に反トランプですが、ピーター・ティール氏だけはトランプ支持者で、優生主義的なことを言っています。アメリカのプロレスラー、ハルク・ホーガン氏のセックスビデオが流出して、それを載せたゴーカーというニュースサイトが裁判で30億円以上の賠償金の支払い命令を受けて破綻しましたが、ホーガンのために高額の弁護士を払ったのがピーター・ティールです。以前、ゴーカーにゲイであることを暴かれた復讐でした。。
オルタナ右翼のプロパガンダ役
荻上 バノン氏はどうです?
町山 政治的バックグラウンドは皆無です。バノンはもともとハリウッドのプロデューサーとしてショーン・ペン監督の『インディアン・ランナー』などのインディーズ映画を製作していたのですが、レーガン大統領の功績を讃えるドキュメンタリーを作ったことで、保守派にそのプロパガンダ能力を買われたんです。この人は政治家ではなく、いわば右翼のプロパガンダ屋です。ナチにおけるゲッべルス(ナチスドイツの啓蒙・広報担当をした人物)ですね。
荻上 なるほど。となると、これからどのような思想をもって政権に作用していくのか、注目ですね。
町山 実際、ゲッべルスによってヒトラーの政策はかなり動きましたよね。ナチにおいては政治とプロパガンダが一体でしたから。これからバノン氏はそういった形でトランプを動かしていくのだと思います。
荻上 となると、オルタナ右翼の人々は、トランプ政権についていく中で、半分ジョークでありながら、実質的に排外主義や女性差別の影響力を広げていくわけですよね。
町山 問題は実際にそれを政策にするかですね。マイロ・ヤノプルスは、今年日本でも公開された映画『ゴースト・バスターズ』のキャストが全員女性だからといって、これをネット攻撃で徹底的に潰そうとしました。彼はまた、「女性に科学者が少ないのは女性が劣っているからだ」というキャンペーンをしていました。そういう女性差別主義者のボスがトランプ氏の主席顧問なわけです。
また、1950年代からずっと共和党の論壇雑誌だった「ナショナル・レビュー」という雑誌も、alt-rightから集中攻撃されました。「ナショナル・レビュー」は今年はじめに保守主流派の論客を集めて「トランプは本当の保守ではない」という大特集を組んだんです。それに対して、alt-rightは、「ナショナル・レビュー」の記者であるデヴィッド・フレンチをターゲットにしました。フレンチ氏はアフリカ系の女の子を養子にしたんですが、妻を黒人に寝取られたという偽ニュースを作って、しかも黒人男性のヌードを使ったミームをフレンチ氏の奥さんにツイートしたんです。他にも、さまざまな「敵」の個人情報、名前や写真、住所までを暴いて晒してしまう。そうした徹底的なゲリラ戦によって、トランプ氏の、いわばネット突撃隊をやっていたのがオルタナ右翼だったんです。
荻上 となると、オルタナ右翼の期待に添った政策を、今後トランプ政権は打ち立てていくと?
町山 バノン氏がいますからね。ただ、ヒトラーはいらなくなったら突撃隊を粛正しました。ですから、中道路線に変更する際に、過激な右翼勢力を切り捨てる可能性もあるかと思います。
トランプ新政権と「オルタナ右翼」の今後
荻上 町山さんのお話で印象的だったのが、リチャード・B・スペンサー氏が「ここにいる」と実況しても誰も来なかったという話です。リアルでは孤立主義でありながら、ネット上では共に活動する、ということですよね。
前嶋 そうですね。ただ「半分ネタ」だった部分は、今はもう真面目になってると思いますよ。それに本人がネタのつもりであっても、外から見ている人にとってはやはり白人至上主義の運動に見えてしまうわけです。リベラル側としては、アメリカ国内にこんな存在がいては危険だと感じているはずです。
八田 先ほどスペンサー氏の話がありましたが、彼が「レイシストと話したくないか?」という紙を持って立っている写真を見たことがあって、印象的でした。そういうパフォーマンスはうまいですよね。
町山さんのおっしゃるオルタナ右翼は、僕が考える定義からするとオルタナ右翼の一部である「新反動主義」と名乗ってる人たちのように思いました。リバタリアンの崩れたようなタイプで、民主主義が好きじゃないんですよ。ピーター・ティール氏は2008年くらいからそういうことを書いてます。
色々な流れがあって、ロウソクにたとえると、その流れにトランプ氏という芯が立って火がついた、というのがオルタナ右翼の全体の動きかと。調査によると、ネット上で活動している層は年齢層が高いという説があって、40~60代が多いという報告もあります。まだまだその実態に関しては明らかになっていない段階ですね。
荻上 それは日本のネトウヨにも通じますね。必ずしも「新しい=若者」ではない。
八田 あとはインターネット・ミーム=面白い画像やシェアされやすいものを作ってプロパガンダをするわけですが、それに影響されたラストベルトの人々もいます。いろいろな立場の人がいますが、トランプ氏支持というより、主流派保守が嫌いなんですよね。「こいつらはダメだ」というのが原動力になっている。
荻上 主流派保守のどこに対して反発しているのでしょうか。今まで自分たちを救ってくれなかった、という不満なのでしょうか。
八田 白人低学歴層の需要に即した政治を行ってこなかった、あるいはオバマ大統領は税金ばかり取っている、そうしたエスタブシッシュメントへの根深い反感ですね。だから、「共和党も民主党も似たようなものだ」と。
荻上 ある意味第三局地的な見方をしていると思うんですけども、それはトランプ氏が大統領になることで、より勢いづいていくものなんでしょうか。
前嶋 トランプ氏がオルタナ右翼の声を政策に取り入れることになれば、明らかにまずい方に行ってしまう。バノン氏は本当にゲッペルスになってしまうかもしれない、ただ、現時点では何とも言えないところです。
また、今アメリカでは選挙産業が活発なんです。常に新しい層から票が取れないか、その中で今「一番とれるのはここだ」と思われているのがオルタナ右翼。でも、そうやって政治的に利用されることに反発する人も出てくると思います。「半分ネタ」の人々はそうでしょう。オルタナ右翼というものが、このまま一つに団結していくのか、あるいは一年後には全く別の形態になっている可能性もあります。
荻上 ティーパーティもオキュパイも色々な要素を含んだ運動だったわけですが、オルタナ右翼も極端な方向に行く人もいれば、まったく別のカウンターに流れていく人もいるかもしれない。それは今後の展開を見るしかないですね。
政策的な影響力を発揮していく面もあると思うんですが、ネットをつかった政治運動をトランプ氏が取り入れていく可能性もあるんでしょうか。
前嶋 選択肢としてはありえます。今後トランプ氏が何かしようとすると議会が反対する。そこで、ネット含む世論に訴えて、世論を動かすことで議会を黙らせる。これは起こりえます。
荻上 トランプ大統領誕生について、オルタナ右翼はどう思っているんでしょうか。
八田 大喜びしてますが、バノン氏がいますからね。オルタナ右翼の商売人というか、そもそもハーバード大学を出て、ゴールドマンサックスに勤めてた人ですから、エスタブリッシュメントなんです。ですから結局オルタナ右翼の白人労働者階級の人々も懐柔されていくんじゃないか、それでまたリベラルに対する反感が増したりするのではないかというのが私の予想です。
荻上 不満のはけ口として、あるいは移民受け入れへの反発として、リベラルがさらに叩かれるのでは、ということですね。八田さん、前嶋さん、ありがとうございました。
プロフィール
八田真行
1979年生まれ。駿河台大学経済経営学部専任講師。専攻は経営情報論。情報社会学。共著に『日本がの知らないウィキリークス』(洋泉社新書)など。
前嶋和弘
上智大学総合グローバル学部教授。専門はアメリカ現代政治。上智大学外国語学部英語学科卒業後,ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA),メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(単著,北樹出版,2011年)、『オバマ後のアメリカ政治:2012年大統領選挙と分断された政治の行方』(共編著,東信堂,2014年)、『ネット選挙が変える政治と社会:日米韓における新たな「公共圏」の姿』(共編著,慶応義塾大学出版会,2013年)
町山智浩
1962年、東京生まれ。コラムニスト、映画評論家。カリフォルニア州バークレー在住。著書に『トランプがローリングストーンズでやってきた 言霊USA2016』(文藝春秋)、『最も危険なアメリカ映画 『國民の創生』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで』(集英社)など。「クーリエ・ジャポン」「週刊文春」など連載も多数。
荻上チキ
「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。