2012.06.25
離別父親の実態と養育費施策のありかた
日本の母子世帯の貧困率は50%以上とOECD諸国の中でも突出して高い。その理由の一つとして、離別した父親からの養育費の受け取りが少ないという問題がある。日本の母子世帯のうち、離別した父親から養育費を受け取っているのは19%に過ぎない。アメリカでは、離別母親の56.9%は養育費支払い命令(Child Support Order)に基づく養育費受給権を持ち、37.5%が養育費を実際に受けている(2007年の数値、Huang(2011)による)。これと比較しても、日本の養育費受給率の低さは顕著である。
それではなぜ離別した父親からの養育費の受け取りが進まないのであろうか。その理由を考察するにあたっては、2つのアプローチが可能なように思われる。
ひとつは、制度面からのアプローチであり、主として法学的な観点から、協議離婚の際に養育費の取り決めが必須となっていないことや、養育費の徴収に関する法的強制力が弱いことに注目する。
もうひとつは、経済面からのアプローチであり、離別した父親が実際にどのような経済状況にあるのかを解明しようとするものである。筆者は本年3月末に刊行された『日本社会の生活不安 自助・共助・公助の新たなかたち』(西村周三監修、国立社会保障・人口問題研究所編、慶應義塾大学出版会、2012年)(*1)の中で、離別父親の生活実態を経済面から把握した。ここではその結果を踏まえて養育費施策のあり方を考察する。
統計上の問題点
本論に入る前に、現在の日本の統計では、離別父親であるかどうかを把握すること自体が、困難であることを述べておかなければならない。
第1に、婚姻歴が分からない。国勢調査などの主な政府統計では、調査時点での婚姻状態(未婚、配偶者がいる、離別、死別など)は質問しているものの、結婚したことがあるかどうかといった婚姻歴に関する質問はない。このため、安定的な結婚生活を続けている人も、離婚してから再婚した人も(それこそ何回離婚・再婚を繰り返そうと)、ひとからげに「有配偶(配偶者がいる)」に分類されてしまう。また、離別者の人数は、大幅な過少申告になっているとみられる。
たとえば今回、筆者が使用した「国民生活基礎調査」(厚生労働省)の場合、離婚して現在はシングルでいる人は、調査票の「離別」に該当するから本来はその欄にマークを付けてほしいところである。しかしながら、現実にはかなり多くの離別者が「未婚」の欄にマークをつけている。男性離別者の場合は、子どもを引き取らずシングルとなる割合が高いので、ますますこの傾向が強い。
第2に、離別した子がいるかどうかが分からない。多くの政府統計では、同居する世帯員の中に子どもがいるかどうかだけを把握している。ただし、同居子がいる場合でも、その子どもが現在の配偶者との間の子どもなのか、本人の連れ子なのか、あるいは配偶者の連れ子なのかということは全く区別できない。今回使用した「国民生活基礎調査」は、政府統計の中でも例外的に別居する子どもの有無を尋ねている。しかし、子どもの年齢などの詳細は尋ねていないので、成人して独立した子どもなのか、未成年なのかは不明である。さらに、別居子が現在の配偶者との間の子どもなのか、離別した元妻のとの間の子どもなのかといった点は全く分からない。
離別母親の場合は、子どもを引き取る割合が高いのでシングルにとどまっていても「未婚」ではなく「離別」に正しくマークする傾向にある。また、離別父親と比べて離別母親は再婚しない傾向にあるので、統計的にも把握しやすい。そうしたこともあってここ数年、貧困問題への社会的関心の高まりに伴い、母子世帯についての調査研究も盛んに行われるようになった。しかし、もう一方の当事者である離別父親についての研究は、筆者の知る限り、筆者と国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩氏が2004年に行った分析(*2)があるだけである。その分析にしても、以上で述べたような統計的な制約から、調査時点で「離別」となっている男性のプロフィールを示したにすぎず、子どもの有無や離別再婚者については区別することができていなかった。
今回、離別父親についての分析が可能となったのは、先に挙げた「国民生活基礎調査」に加えて、2007年に実施された「社会保障実態調査」(国立社会保障・人口問題研究所)の個票の利用許可が得られたからである。「社会保障実態調査」は、「国民生活基礎調査」の調査対象となった世帯から抽出された世帯を対象に実施しているので、両者のデータは接続可能である。「社会保障実態調査」では、個人の婚姻歴や初婚年齢、離死別経験や子どもの有無、その子どもが18歳以上かどうかを尋ねているので、両調査から得られる情報を合わせて離別父親と離別母親を特定した。
ところで、本来なら離別父親と離別母親の人数はおおむね一致するはずである。しかし筆者がデータを整理したところ、離別父親の人数は離別母親の人数の65%にしかならなかった。これは前述したような過少申告の問題があるためである。ちなみに、アメリカの代表的な統計調査であるCurrent Population Surveyを用いた分析でも、離別父親の人数は離別母親の人数の半分にしかならなかったという報告がある(Cherlin, et al. (1983))。
離別父親の特徴
それでは分析から浮かび上がる離別父親の特徴をいくつか紹介しよう。ここで離別父親とは、同居しているかどうかに関わらず、18歳未満の子どもがいる離婚経験者を指す。このうち、現在配偶者がいる人を「離別再婚父親」、配偶者がいない人を「離別単身父親」と呼ぶことにする。
第1に、離別父親の内訳をみると、再婚している父親のほうが単身の父親より人数が多い。人数比では10対7程度である。離別単身父親の人数が過少申告されている可能性を考慮しても、離別父親の半数以上は再婚して新しい世帯を持っているとみられる。また、離別再婚父親の8割には同居子がある(ただし、今の配偶者との間の子どもか、本人の連れ子か、配偶者の連れ子かどうかは不明である)。つまり、再婚で得た家族の生計維持という新たな要素が養育費の問題に関わってくる。
第2に、離別父親となる男性は、安定的な結婚生活を続けている男性と比較して、明らかに初婚年齢が早い。この傾向は、とくに離別再婚父親に強く見られる。若くして結婚し、父親になるものの離婚し、また結婚する―――というパターンである。統計分析の結果では、離別再婚父親になる男性には、15歳当時の暮らし向きが悪かったという人が多い。恵まれない家庭環境で育ったことが、結婚や家族を持つことに対する強いこだわりにつながっているのかもしれない。
第3に、離別父親は低所得である。一般の父親のうち本人の年収が350万円未満の割合は2割強にとどまるのに対し、離別再婚父親は3割以上が、また、離別単身父親では5割以上が本人年収350万円未満である。離別単身父親はとくに低所得で、2割弱が年収140万円未満である。
第4に、離別父親の中でも離別単身父親は、頻繁に離転職を繰り返す傾向がある。また、そうした中で医療保険や公的年金などの社会保険のセーフティ・ネットから脱落しやすい傾向が見られる。
第5に、離別単身父親は、一般の父親や離別再婚父親と比較しても、顕著に健康状態が悪い。これは自己評価による健康状態だけでなく、メンタルヘルス指標でみてもそうなのである。
まとめると、離別父親は一般の父親よりも経済状態が悪く、なかでも離別単身父親は、低所得であることに加えてセーフティ・ネットからの脱落しやすく不健康であるなど、重複する困難を抱えている。
教育費施策への示唆
以上を踏まえて、養育費施策への示唆を考えてみよう。
まず、離別父親からの養育費徴収を強化することが必要である。離別父親は低所得の傾向にあるとはいえ、裏返せば離別再婚父親の7割、離別単身父親の4割は年収350万円以上を得ているわけである。対照的に、母子世帯のうち世帯年収が350万円を超えるのは2割未満にとどまる。子どものウェル・ビーイングを高める上でも妥当な金額の養育費を確保することは重要である。厚生労働省が普及を進めている「養育費算定表」(*3)では、年収350万円の場合は月2~4万円の養育費支払いが可能とされている。
付け加えると、養育費の徴収を強化することは、男性の性行動を変えるという面でも重要な意味を持つ。たとえばアメリカでは個人責任就労機会調停法(PRWORA)のもとで養育費徴収強化が図られたが、Huang and Han (2007)は、これによって若年男性の性行動に変化が生じたと報告している。具体的には、不特定多数の女性との交際よりも特定のパートナーとの関係を重視するようになり、避妊具を使用する割合も増加した。
アメリカの養育費徴収は大変厳しく、未婚女性が出産する場合には子どもの父親を特定することが病院側に義務として課され、ときには遺伝子検査も用いられる。父親として特定されると、子ども1人当たりで所得の17%(ウィスコンシン州の場合)が養育費として徴収され、不払いの場合は連邦データベースの情報を用いてどこまでも追及される。Huang and Han (2007)によると、貧困地域ではとくに、意図せずに父親となり、養育費支払いに苦労している若い「先輩」男性を頻繁に見かけるので、同じ轍を踏まないように若年男性が自重するようになったという。
前述したように、日本の離別父親には早婚傾向が見られる。いわゆる「でき婚」は今日、嫡出第1子の4分の1を占めるようになったが、母親の年齢別にみると10代出産の8割、20代前半における出産の6割が「でき婚」である。つまり、早婚であればあるほど、「でき婚」の可能性が高い。子どもを育てる十分な準備がないままに「でき婚」をしたことが、その後の離婚につながっているのだとすれば、アメリカの例にみるように、養育費徴収を強化して意図せざる妊娠をしないようなインセンティブを若年男性に与えることは、社会的にも意義があるだろう。
つぎに、養育費徴収強化が母子世帯の貧困を解決する上での万能薬とはなりえないことも、十分に認識しておく必要がある。本稿の分析で明らかにしたように、離別父親は一般の父親よりも低所得である。さらに、離別再婚父親には生計を維持しなければならない現在の家族があり、離別単身父親のうち少なからぬ割合は、不安定な就労状態にあるワーキングプア層で、健康不安に直面している。こうした状況では、たとえ養育費の取り決めがなされたとしても母子世帯が貧困から脱出するのに十分な金額が確保されるとは限らない。
支払いが滞るリスクも常に存在する。養育費徴収強化を図るからといって、ひとり親世帯に支給している児童扶養手当などの公的な支援を縮小させるべきではない。とくに、現在の児童扶養手当法では、児童扶養手当の受給期間が5年を超えると給付額を半分まで削減できることになっている(この措置は現在停止中である)が、この措置自体の見直しも検討すべきである。政府は、児童扶養手当はあくまでも母子世帯となった直後の家計急変期に対応するものと位置付けている。しかし、筆者が最近行った実証研究(*4)では、母子世帯になってからの年数が経っても、貧困リスクは軽減されないのである。
さいごに、離別父親に対しても、母子世帯の母親に対して講じているのと同様の職業訓練プログラムなどを提供することが望まれる。母子世帯の母親に対しては、様々な自立支援施策が講じられつつあるが、離別父親に焦点を当てた施策というのは全くといっていいほど見当たらない。養育費を確保するには、離別父親の稼得能力向上が不可欠であり、彼らに対する職業訓練の強化が必要である。
離別父親の実態については不明な点も多く残されている。たとえば今回の分析に用いたデータでは、養育費を送っているかどうかやその金額は分からない。また、今回の「社会保障実態調査」のような比較的大規模かつ全国を対象とする統計調査を用いても、過少申告となっている可能性は高い。母子世帯の貧困問題のもう一方の当事者として、離別父親について、さらなる研究を進める必要がある。
参考文献
阿部彩・大石亜希子(2005)「母子世帯の経済状況と社会保障」国立社会保障・人口問題研究所編『子育て世帯の社会保障』東京大学出版会、143-161.
大石亜希子(2012)「母子世帯になる前の就労状況が現在の貧困とセーフティ・ネットからの脱落に及ぼす影響について」労働政策研究・研修機構『シングルマザーの就業と経済的自立』労働政策研究報告書 No.140, pp.79-98
大石 亜希子(2012)「離別男性の生活実態と養育費」西村周三監修・国立社会保障・人口問題研究所編『日本社会の生活不安 自助・共助・公助の新たなかたち』慶應義塾大学出版会、221-246.
Cherlin, A., J. Griffith and J. McCarthy (1983) “A Note on Maritally-Distrupted Men’s Reports of Child Support in the June 1980 Current Population Survey,” Demography, 20(3): 385-389.
Huang, C.C. (2011) “Child-Support Enforcement: Does Policy Make a Difference?” mimeo.
Huang, C.C. and Han, W. (2007) “Child Support Enforcement and Sexual Activity of
Male Adolescents,” Journal of Marriage and Family, 69 (August 2007): 763?777.
(*1) http://www.amazon.co.jp/dp/4766419189/
(*2) http://www.amazon.co.jp/dp/4130511238/
プロフィール
大石亜希子
千葉大学法経学部准教授。専攻は労働経済論・社会保障論。子どもの貧困問題などを主な研究テーマとし、次世代を担う子どもの福祉という観点から持続可能な福祉社会のあり方を模索している。著書に『子育て世帯の社会保障』(共著、東京大学出版会)、『日本社会の生活不安』(共著、慶應義塾大学出版界)など。