2017.05.08

精神保健福祉法改正案、措置入院制度の問題点

斎藤環×たにぐちまゆ×高木俊介×荻上チキ

福祉 #荻上チキ Session-22#精神保健福祉法#相模原障害者施設殺傷事件#精神保健福祉法改正案

精神保健福祉法の改正案では、昨年起きた相模原の障害者施設襲撃事件の被告が、事件を起こす前に措置入院をしていたことから、措置入院患者の支援の強化が柱となった。今回の改正の問題点について、当事者や医師の方に伺った。2017年03月27日放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22「相模原障害者施設殺傷事件をきっかけに政府が上程した『精神保健福祉法改正案』〜その問題点とは?」より抄録。(構成/大谷佳名)

 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

監視を強化する恐れ

荻上 今夜のスタジオゲストを紹介します。精神科医の斎藤環さんです。よろしくお願いします。

斎藤 よろしくお願いします。

荻上 さっそくですが、精神保健福祉法の改正案について、どうお感じですか。

斎藤 今回は相模原の事件を受けて、「被告の措置入院の退院が早すぎたのではないか」、「退院後のフォローアップをしっかりしていれば、事件は起こらなかったのではないか」という声から、改正案が提出されることとなりました。しかし、そもそもこの事件の反省から、措置入院の処遇を見直すという結論にはつながらないはずです。

私はかねてから、相模原事件の被告の措置入院は適切ではなかったと指摘してきました。彼の診断は「自己愛パーソナリティー障害」であり、刑法第三十九条において完全責任能力が問える(=犯罪を犯した場合に有罪となる)症状とされていますから、本来、措置入院の対象外であるはずなのです。措置入院の対象となるのは、統合失調症や躁鬱病などの精神障害、あるいは薬物依存、アルコール依存などで、自傷・他害の恐れがあり、心神喪失状態あるいは心神耗弱状態と判断できる場合に限ります。

荻上 本当は別のケアにつながる必要があったのにも関わらず、措置入院をしていたことばかりがクローズアップされた結果、今回の法改正につながってしまったわけですね。

斎藤 相模原事件の教訓を、間違った解釈でもって便乗しているという印象があります。そもそも、措置入院という制度そのものの是非を問わないまま議論が進んでいるのも問題です。措置入院は、障害者権利条約における、障害を理由として人の自由を制限してはならないという項目に反するものです。

荻上 今回の改正案は、具体的にはどういった内容になっているのでしょうか。

斎藤 まず、措置入院を含む強制入院の要否を判断する、精神保健指定医の条件に関して修正があります。今回の事件で鑑定にあたった指定医が、レポート作成に不正があったということで資格が取り消しになるという問題があったからです。

それから、もう一つが措置入院の退院後のフォローアップに関してです。退院後の「支援」と称していますが、「監視」としか思えない内容であり、非常に問題です。たとえば、措置入院をした患者さんが退院後に引っ越しをした場合には、自治体ごとに情報を共有するという、プライバシーに抵触するような項目も含まれています。通常の医療入院と同じように考えるべきなのに、なぜか措置入院だけが特別な扱いとなっている。まさに障害を理由として人権を制限するようなことが明記されています。

荻上 改正案の趣旨には、「精神障害者に対する医療の役割を明確にすることに加えて、精神障害者の社会復帰の促進を図るため、都道府県が入院措置を講じた者に対する、退院後の医療等の援助を強化するとともに、精神障害者の支援を行う地域関係者の連携強化を図るほか、精神保健指定医の指定制度、医療保護入院に必要な手続き等について見直しを行うこと」と書かれており、一般論としては特に問題がないかのような記述となっています。

続いて、この法案の概要を短く紹介します。

1.国及び地方公共団体が配慮すべき事項等の明確化

2.措置入院者の退院後に医療等の継続的な支援を確実に受けられる仕組みの整備

3.精神障害者支援、地域協議会の設置

4.精神保健指定医制度の見直し

5.医療保護入院の入院手続き等の見直し

斎藤さんは、この中でどのような点について疑問をお持ちでしょうか。

斎藤 懸念しているのは、明らかに精神医療を治安対策の道具に使おうとしているということです。とくに、「措置入院者の退院後に医療等の継続的な支援を確実に受けられる仕組みの整備」とありますが、これは見方を変えると、“場合によっては強制する可能性もある”と読み取れます。再犯予防のために、「医療関係者が監視を強めてくれ」と対応を求めているように聞こえます。

また、「地域協議会の設置」、「退院後の継続的な支援」といった一連の手続きは、結果的に患者の治療においてもマイナスな影響を及ぼすと考えられます。先ほど触れたようなプライバシーの問題があると、支援において最も重要なはずの信頼関係を築けなくなってしまうからです。

地域に受け皿があり、そこで単身生活できるような環境があれば良いのですが、それがない状態で支援の枠だけを作ってしまうのは、逆にスティグマを強化する恐れがあります。

荻上 地域と繋がりやすくなるという観点からすると、一見、精神障害の方にもプラスのように見えるのですが、プライバシーが侵犯され偏見や差別の目に晒されることに繋がれば、逆に支援から遠ざかってしまうことになりかねませんね。

「施設から地域へ」という流れに逆行

荻上 そもそも、措置入院ではどういった対応がされるものなのでしょうか。

斎藤 特別なことは何もありません。強制入院には、自傷他害の恐れがない場合でも保護者の同意があれば入院となる、医療保護入院という形態もあります。措置入院は、医療保護入院と比べて外出外泊の許可を慎重に出すということはありますが、どちらも閉鎖病棟で行動制限を加えながら処遇するという点では、さほど厳密な区別があるわけではありません。

また、どこで退院させるかという基準が曖昧で、入院期間もまちまちです。精神科の症状自体が、「このラインを越えたら症状が消えた」とはっきり言えるものではないので、かなり重大な犯罪を犯したケースでも、精神科医が回復したと判断すれば、ごく短期間で退院できてしまいます。ただ、一般的な精神科医はそう考えずに、「まだ危ないかもしれない」と判断して措置解除のタイミングを失い、何年間も留まってしまうことも珍しくありません。日本の精神科病院はとにかく平均在日数が異常に長いことで有名なのです。

荻上 長期の措置入院については、拘禁反応などさまざまな疾患の悪化も指摘されていますよね。

さて、実際に措置入院を経験したという方からメールをいただいております。

「私は運良く搬送された病院で、精神科医と看護師の方がずっと話を聞いてくれ、身体拘束はありませんでした。退院後も、地域生活支援センターを利用しながら、なんとか社会参加ができています。私の場合は、退院後に管理されるのではなく、食事指導・運動指導・レクリエーションなど、スタッフの方々が手厚く支援にあたってくださりました。しかし、ほかの地域では、医療従事者や精神保健福祉士が威張っていて、積極的に治療に参加できないという声も聞きました。」

斎藤 措置入院の退院後、地域のケアに繋がれたというのはとても幸運だと思います。処遇の地域格差は非常に大きく、措置入院患者数も地域によって14倍ほど違うのです。いかに措置入院が恣意的な運用をされやすい制度かということがわかると思います。

荻上 措置入院が前提となっているため、他の選択肢がなかなか育たないということもあるかもしれませんね。これまでの障害者運動の歴史は「施設から地域へ」というスローガンのもとで進んできましたし、今回の相模原事件を受けての厚労省、神奈川県の報告書でも、この路線は守らなくてはいけないと書かれていました。しかしながら、今回の改正案はその流れに逆行する方向に議論が進んでしまっていますね。

斎藤 はい。日本は精神科病床数が30万床以上あり、全世界の19%にあたります。入院患者数も、人口比でヨーロッパの10倍以上です。日本は私立病院が多く、厚労省がいくら呼びかけても病床数が減らせないため、地域移行がなかなか進まないのです。

一方、諸外国の例を見てみると、イタリアではバザーリア法という法律によって、地域移行に成功したという前例があります。「自由こそが治療だ」というスローガンのもと、入院制度そのものを見直し、一気に病床数を減らしました。すると大変なことになるかと思いきや、むしろスムーズに地域移行を進めることができた。日本もこれを参考にしようという声は昔から上がっているのですが、施設自体を削減できないので、なかなか思うように進んでいません。

そればかりではなく、身体拘束がここ10年間で2倍になったというデータもあります。医療が人の自由を制限する方向に進んでしまっているとしか思えないところがあります。

荻上 イタリアでは犯罪においても、同様に地域で見守りながら社会から途切れることのない形で対応していこうという議論がありますよね。一方、日本では医療を刑務所に近づけていく方向に逆に進んでしまっているように思います。

斎藤氏
斎藤氏

犯罪防止を目的とした改正の問題点

荻上 こんなメールが来ています。

「『犯罪防止の観点からではなく、病状改善の観点から改正がなされるべきだ』という意見を見ました。なぜ、犯罪防止の観点から行われる改正だと危険なのでしょうか。精神障害者は健常者と比較して、危険な犯罪を犯すリスクを大きく持ち合わせているような偏見を助長するから、という理由でしょうか。」

回復の観点から議論することと、治安の観点から議論することの違いは、当事者の権利が第一と認めた上で進めていくのか、それとも周りの「不安や秩序を維持してほしい」という要望に応えて動いているのかによって、方向性が真逆だと言えそうですね。

斎藤 そうですね。治療という視点でいうと個人に寄り添う方向しかあり得ませんが、社会防衛という視点をとった瞬間に、いかに症状を抑え込むかという判断に陥ってしまう。

実際、日本の精神科救急では、来た患者さんのほとんどをとりあえず保護室に入れてしまいます。「緊急状態の精神障害者と話しても通じない」という先入観が医者の側にあるのです。その人の話に耳を傾けたり、対話するという作法が全く定着していないため、すぐに身体拘束というルーティーンになってしまっている。

また、措置入院の条件となる「自傷他害の恐れがある」というのは、たとえば一度リストカットをしてしまったとか、親子喧嘩で大声を出してしまったとか、そのレベルでも入院の手続きを取られてしまう可能性があります。治療歴があると、まず「精神障害者が危険な行為に及んだ」という括りにされてしまう。そして措置入院まであと一歩、と認識されてしまうリスクがあるのです。

荻上 現場では患者の個別性を無視して、流れ作業になってしまっている側面があるのですね。

たとえば、自傷して緊急状態にある方の場合、不安感やパニックから抜け出すために、むしろ人とつながることが重要となることも多くあるので、必ずしも命の保証を優先するためにすぐ措置入院、という判断が正しいとは言えない場面もあるわけですよね。

斎藤 自殺企図がある場合は、自死につながってしまう恐れがあり危険と判断するケースもあります。ただ、今、自傷を扱う専門家の間では、自傷はストレスを解除する手段であって、むしろ生きるためにする行為であるという解釈が一般的です。ですので、入院させてしまうとむしろ悪化する可能性が高い。そういった認識がない医者は、措置入院と判断してしまうこともあるでしょう。

荻上 相模原事件のような事件があると、精神障害と犯罪の関係性が取り上げられることがしばしばあります。しかし、事件の後に、裁判の際に鑑定されて初めて診断名がつくケースもあるため、障害と犯罪との関係性を議論しにくい側面もあると、理解する必要がありそうですね。

相模原事件はヘイトクライム

荻上 ここで、今回の改正案について当事者はどういった思いを持たれているのか聞いてみたいと思います。ご自身も精神疾患の当事者で、大阪精神障害者連絡会事務局長の、たにぐちまゆさんです。よろしくお願いいたします。

たにぐち よろしくお願いします。

荻上 たにぐちさんは統合失調症と摂食障害の当事者でいらっしゃいますが、どのような症状なのでしょうか。

たにぐち 統合失調症については、私の場合は「人に見張られている・人に悪口を言われている」という思い込みがあったり、夜眠りにくい日と眠れる日の波がありしんどくなるのが主な症状です。摂食障害の方は、食べ過ぎて吐いてしまったり、食べられなかったりを繰り返していました。

荻上 二つの疾患によって、どういった苦労が日常の中にありましたか。また、そのような経緯で支援にアクセスできたのでしょうか。

たにぐち 親が失業中で家計が苦しい時期に、家中のものを食べ尽くしてしまった時は、家族の中でも居場所を失い、つらい思いをしました。

その後、友人の家族に支援をする立場の方がいたため、その方を通じて、地域生活支援センターや大阪精神障害者連絡会などの団体とつながることができました。私はもともと引きこもる傾向があったのですが、そうした団体にアクセスすることによって、外に出るきっかけや、「(家の外で)自分の人生を生きる」という意識がいろんな人とのつながりで、生まれてきたように思います。

荻上 相模原の事件そのものと、その語られ方についてはどうお感じですか。

たにぐち 私は、この犯罪は病気によるものだとは思っていません。優生思想や、障害者に対する「役に立たない」、「迷惑をかける存在」といった意識による、確信的な犯罪だと思っています。

また、事件の報道で被害者の方のお名前を出さなかったことについては疑問に感じました。そのせいで、一般の人々が被害者に共感を持てる形ではなく、「障害者にはこんなこともあるんだな」というくらいの気持ちしか持てないような事件になってしまったと思っています。また、「犯罪を犯す人は精神障害者」と思われるような報道のあり方によって、深く傷つきショックを受けました。

荻上 今回の精神保健福祉法の改正案については、どうお感じになっていますか。

たにぐち 起訴前鑑定の結果を待たずに検討会で議論が進められたということは非常に問題だと思っています。しかも検討会のメンバーは、当事者2名と関係者1名を除いてはほとんどが専門職の方で、当事者の声が本当に反映できているのかは疑問に感じます。

また、この事件と措置入院は直接的な関係は全くないにもかかわらず、措置入院ばかりが注目されていることにも疑問を抱きます。他にも抗議したい点がたくさんあり、大阪精神障害者連絡会としても意見書を作成しました。

荻上 障害者に対する差別をなくそうと言いながらも、措置入院に注目することによって「危険な障害者は隔離しよう」という方向に倒錯した議論が進んでしまっている。たにぐちさんは、本来であればどういった議論が必要だとお考えですか。

たにぐち まず私たちは、相模原事件そのものは、障害者に対するヘイトクライムだったと考えています。ですから、精神保健福祉法の見直しではなく、ヘイトクライムをなくすための取り組みを進めるべきです。

そして、今回の改正は白紙に戻し、前回、改正するという約束になっていた、権利擁護者の仕組みを入れて欲しいと思っています。権利擁護者というのは、措置入院や医療保護入院で入院中に不当な扱いを受けた場合に、病院から独立した立場に立って患者の権利を擁護してくれるというシステムです。

私自身、医療保護入院をしていた時に、「お水を飲みたい」と言うと、お手洗いの水を飲んでくださいと紙コップを手渡されたことがありました。そのような扱いを受けても、誰にも相談することができなかったのです。そんな時に、権利擁護者が話を聞いてくれて、病院との間に入って相談に乗ってくれるというシステムはとても大事だと思っています。

荻上 当事者がしっかりと対応できて、なおかつ法律策定の過程で当事者参加型の部会を開くなどして、ボトムアップ型で議論をしていくプロセスが本来は必要ですよね。たにぐちさん、ありがとうございました。

斎藤さん、今のお話いかがお感じですか。

斎藤 権利擁護者については、本当におっしゃる通りだと思います。医療保護入院や措置入院の恣意的運用によって、不当に長期間、強制入院させられる人はたくさんいるわけです。しかし、そういう人たちを弁護する立場の人は誰もいない。私は、誤診は冤罪に等しいと考えています。病院というのは、非常に見透かしやすいので、監視の目を常に行き渡らせる必要があります。

精神障害は誰にとっても他人事ではない

荻上 次に、この法律が運用されると具体的にどうなるのか、お話を伺ってみたいと思います。地域で暮らす精神障害者の方々に向けた訪問型支援を行っている、ACT-K主宰・たかぎクリニック院長の高木俊介さんです。よろしくお願いします。

高木 よろしくお願いします。

荻上 高木さんの立場から、今回の法改正はどのように映りますか。

高木 ズバリ言って「社会のセキュリティを守ってやっているんだ」という国家の威信のためだけに提出された法案です。精神障害者だけを過大に危険視し、監視下に置くことで治安維持の実績を作ろうとしているように思います。表向きは患者の社会復帰をはかるようなことを言っていますが、具体的な内容を見ると、入院患者、とりわけ措置入院患者の退院後の管理を強化しようとする内容ばかりです。

池田小学校事件の時もまったく同じ経過で、事件の直後から「社会の安全を守る」と言って犯罪行為を行った精神障害者に対して特別の隔離と強制治療を行う施設を作ってしまいました。後の鑑定で判明したのは、池田小事件の犯人はこの法律による医療の対象じゃなかったというのにもかかわらずです。この時も今回と同じで、本来ならまず司法が対象として精査するはずのことを、医療に丸投げされました。厚労省は法務省に頭が上がらない何かがあるのでしょうか。

ところが、この時作られた医療観察法という法律は、10年経った今、まったく上手くいっておらず、ちゃんとした検証もされていません。なぜ上手くいかないのかというと、精神障害者の治療にはよい人間関係と現実的な生活の場が必要であるにもかかわらず、医療観察法による病棟は一般的な精神病院よりもさらに隔離と制限が厳しい環境に置かれていて、思うように治療が進まないからです。

今回の改正によって、医療観察法の失敗と同じことが、もっと広い範囲、つまり強制入院全般について起こってしまうのではないかと心配しています。

荻上 改正案では、「退院後にきちんと地域に移行するように配慮する」と謳われていますが、その際、「入院中に退院後支援計画を作成すること」が医療関係者や自治体に義務付けられています。この義務化によって、むしろ計画が作られない段階では退院できないという事態にも繋がりそうですよね。

高木 今の日本では、地域では障害者を支えるための制度・施設がまったく不足しており人材も足らないという中で、病院は退院後の計画を作れと言われたって、地域に患者さんを支える環境がないままでは作れません。だから、その人はずっと入院ということにならざるをえませんよね。

このような病院だけをみた法律の条文を新たに作るのではなく、先に地域にお金を回して、障害者を地域で支えていける体制を整えていくべきです。安心できる場所と支えてくれる資源さえあれば、ほとんどの精神障害者の人は住み慣れた地域で暮らせるんです。

今、精神病院には1兆4000億円お金がつぎ込まれています。それに対して、地域で支える取り組みには500億円しか使われていないのです。この巨大な格差をなんとしてもまず縮小しなければいけません。

荻上 なるほど。ここで、リスナーの方のメールを紹介します。

「相模原事件の容疑者の措置入院が事件にどのように影響したのかは、明確ではないはずです。それなのに、措置入院をスタート地点として改正案を考えていること自体に強い疑問があります。」

「今回の法改正によって、精神障害を持っている人に対する監視が強まると、人権上問題があるというのはよくわかります。しかし一方で、ごく一部であるとしても、相模原事件のような重大な結果をもたらす可能性のある精神障害の人が野放しになってしまうのは、やはりこわいです。」

相反する二つの意見ですが、これらについてはいかがお感じですか。

高木 まず後者の方の意見について、精神障害者“だから”このような事件を起こしたのだ、という認識には違和感を持ちます。実際、池田小事件の場合も、精神障害の症状そのものと事件とは関係性がなかったとはっきりしているのです。このことは今回の相模原事件と同じだと思われます。また、精神障害者は同じ犯罪行為を繰り返すだろうと誤解されていますが、刑法犯の中でも再犯を繰り返す人は精神障害とは関係ない方の方が多いわけです。

荻上 斎藤さんはいかがですか。

斎藤 前者の意見にあるように、事件の真相が明らかにならない段階で、固定的な解釈によって話が進むというのは非常に危惧を感じます。これは同時に、後者のメールのような印象を強化することにつながります。

荻上 この立法そのものが、自分あるいは身内が精神障害者になる可能性を考えずに、他人事として議論をしているような印象がありますよね。

高木 精神障害は、ほとんどの人にとって自分に関係ないものではありません。たとえば、統合失調症の患者は100人に1人と言われています。また今、日本では施設を作りすぎてしまって32万床という厖大な数の精神病床がありますが、人口減により空床化が進んでいます。それを防ぐために、認知症の人を精神病院に入れるという動きにもなっていて、日本精神病院協会はその方向を意識的に進めようとしています。つまり、誰にとっても他人事ではない問題なんです。

日本は精神病院大国ですから、精神障害者の本当の姿が病院の中に隠されてしまっている。そのために精神障害者の問題が自分とは関係ない他人事のように思えています。ですから、まずは精神障害の人たちがどんどん退院して地域で暮らしている姿をみんなが見て知ること、可視化することが非常に大事なのです。

荻上 高木さん、ありがとうございました。最後に、斎藤さん、本来はどういった議論を進めていくべきだとお考えですか。

斎藤 やはり、措置入院制度そのものを見直してほしいですね。恣意的な運用がなされないよう、曖昧な基準ははっきりさせるべきです。

そして、相模原事件は収容主義がもたらした悲劇であったのだと認識し、措置入院ありきの判断ではなく、そもそも現在の収容主義が間違っているというところまで立ち返って、法律全体を見直してほしいと思います。

荻上 障害者の自立運動に携わっている方からも、「なぜ、“そもそも多くの障害者が一箇所に集められていなければ、この事件は起きなかった”という議論にならないのか」という憤りの声をたくさん聞きました。

こうした事件があると、とにかく何らかの対策をしなければと悪者探しをして、拙速に立法の議論が進められてしまうことがよくあります。しかし、科学的な検証ぬきに法律ができてしまうとむしろ逆効果ですね。斎藤さん、今日はありがとうございました。

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オープンダイアローグとは何か
斎藤環(著,翻訳)

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精神医療の光と影
高木俊介(著)

プロフィール

斎藤環精神科医

1961年、岩手県生まれ。筑波大学医学専門学群・環境生態学卒業。医学博士。爽風会佐々木病院精神科診療部長(1987年より勤務)を経て、2013年より筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。また,青少年健康センターで「実践的ひきこもり講座」ならびに「ひきこもり家族会」を主宰。専門は思春期・青年期の精神病理、および病跡学。著書に「ひきこもり救出マニュアル(PHP研究所)」、「ひきこもりのライフプラン」(畠中雅子との共著、岩波書店)、「オープンダイアローグとは何か」(医学書院)

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高木俊介ACT-K主宰、たかぎクリニック院長

1957年生。1983年より精神病院、大学病院に勤めた後、2004年よりたかぎクリニックを開設し、ACTプログラムを取り入れて重度精神障害者に対して多職種チームによって訪問を行って地域生活を支える活動を行っている。著書:『こころの医療宅配便』(文藝春秋社)、『ACT-Kの挑戦』(批評社)、『精神医療の光と影』(日本評論社)など。

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たにぐちまゆ大阪精神障害者連絡会

奈良県生まれ。11歳の時に摂食障害を、15歳の時に統合失調症を発病し今に至る。龍谷大学大学院を中退後、就労するも引きこもりの生活となる。後に、入所した治療施設から退所して親元を離れ、一人暮らしをはじめる。その頃から、地域でのピアサポーター活動をはじめ、2009年より認定NPO大阪精神医療人権センターでのボランティアとして、大阪府内の精神科病院を回る活動に加わる。時を前後して、大阪精神障害者連絡会(愛称ぼちぼちクラブ)に入会。その後、地域で電話相談をはじめたことから、大阪精神障害者連絡会の電話相談ボランティアとして事務局に入る。現在は事務局長。DPI日本会議常任委員も務める。

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荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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