2017.06.07

もっと身近に星空を!――長野、満天の星空の魅力に迫る

国立天文台普及室長、縣秀彦准教授インタビュー

科学 #国立天文台#長野#長野県は宇宙県#星空

世界の天文研究でもトップランナーの日本。その中でも野辺山宇宙電波観測所や、東京大学大学院理学系研究科木曽観測所などを有する長野は世界の天文研究を支えてきた。天文研究における日本の強み、長野での研究、そして宇宙と星空の魅力について、国立天文台普及室長、縣秀彦准教授に伺った。(取材・構成/増田穂)

世界の天文研究を支える日本

――日本の宇宙研究といえば2010年の「はやぶさ」の帰還が世界的にも大きく取り上げられました。近年の日本での宇宙ブームの火付け役ともいわれる「はやぶさ」ですが、そもそもどんな目的のミッションだったのでしょうか?

「はやぶさ」のミッションは「イトカワ」という小惑星の探査です。具体的にはサンプルリターンが重要なミッションでした。太陽系には惑星とは別にたくさんの小型の天体、小惑星があります。その数は百万個以上と言われ、文字通り無数にあるわけです。「イトカワ」はその中でも比較的地球のそばまでやってくる小惑星です。長いところの径が500m程度という、小惑星の中でも小さいものですが、「はやぶさ」はこの「イトカワ」まで行って、その表面の微粒子粒を採取して戻ってきました。

これは国際的にも画期的なことでした。そもそもサンプルリターンは、アポロ時代の有人月面探査で持ち帰った月の石など、非常に限られたものしかありません。加えて、小惑星からのサンプルリターンに成功したのは「はやぶさ」が世界で初めてでした。研究価値としても、宇宙研究に関する出来事としても、とても意義のあるものだったのです。

――「はやぶさ」は一時帰還が危ぶまれた時期もありました。

ええ。航行中さまざまな不具合が起きて、もう帰ってこられないだろうと思われたこともありました。しかしJAXA「はやぶさ」チームの尽力などがあり、奇跡的にリカバリーして帰還した。だからそこ多くの日本人が感情移入し、社会現象となったんです。「はやぶさくん、がんばれ」などと擬人化されて、2010年の帰還時には強い感動や関心を生みました。

――渡辺謙さんが主演で映画にもなりましたよね。

『はやぶさ遥かなる帰還』ですね。その他にも3本ほど映画になっています。日本の一つの出来事で映画が4本も制作されるというのは異例のことで、こうしたことからも「はやぶさ」が社会現象になったことが伺えますね。

撮影:大西浩次
撮影:大西浩次

――そこから「宙(そら)ガール」など新しい言葉も生まれるような宇宙ブームが起こったと。

そうですね。近年では「はやぶさ」が最も大きな影響力があった出来事なのは間違いありません。ただ、星空や宇宙に関する広い関心を呼ぶ出来事はそれより前にも起こっていました。1998年から2002年にかけてピークを迎えた、しし座流星群です。流れ星が大量に流れるというものですね。

もちろんその前にも、1985~6年のハレーすい星の接近や、日食や月食など、宇宙や夜空が注目を集める出来事はありました。ハレーすい星は75年に1度しか戻ってきませんから、当時とても注目を集めたのも事実です。しかしこうした現象は、軌道の関係から、地球上の一部でしかみることができませんでした。

ところがしし座流星群は、ただ夜空を見上げれば、誰でもどこでも見ることができました。多くの人たちにとって、とても身近な宇宙のイベントだったのです。その手軽さから、しし座流星群の時には、われわれプロの天文学者以外にもアマチュアの観測者が活躍しました。特に中高生が熱心に観測して、その結果日本天文学会では、中高生のための発表の場、ジュニアセッションを設けるようになったんです。しし座流星群によって日本の天文研究の裾野が広がったと言えます。

また、そうした専門的なものでなくても、しし座流星群の頃に子供時代を過ごした人たちには、「星空を見る」ということがごく自然に刷り込まれています。ポップスの曲にも、星空とかプラネタリウムとか流星とか、よく出てくるでしょう。そういう中から、はやぶさにつながっていったんです。

――そうした宇宙を身近に感じる文化が根付く日本は、世界的にもプラネタリウムや天文台の数が多く、天文研究ではトップランナーということでした。日本の天文研究ではどのようなことをしているのですか。

日本の天文研究で特出しているのは、ニュートリノ天文学、X線天文学、電波天文学などです。他にも分野はいろいろありますが、特に電波天文学やX線天文学は強いですね。日本のお家芸と言われています。1982年には長野県野辺山に口径45mのミリ波電波望遠鏡が作られました。これは当時世界最高水準のもので、この望遠鏡の研究者やエンジニア、その能力が引き継がれるかたちで、2012年に世界最大の電波望遠鏡アルマが建設されました。アルマはチリにあり、アメリカ、ヨーロッパ、日本をはじめ世界各国が尽力して建設された、現在では世界最高の電波観測施設ですが、その技術を支えている主要なものが日本の天文研究で培われたノウハウなんです。

45m電波望遠鏡 写真提供:国立天文台
45m電波望遠鏡
写真提供:国立天文台

――電波天文学では、どのようなことがわかるのですか。

電波天文学でわかることを、3つお話ししましょう。1つ目は、温度の低い物質が観測できる。普段私たちに見える星は光っている星ですよね。これは温度が高くて、たくさんエネルギーを放出しているので光って見えるんです。ところが温度が低い天体や物質は光らないかから目視することができない。それをどうやって観測するのかというと、電波望遠鏡なんです。温度が低い天体は赤外線、さらに温度が低いと電波を放っています。主に宇宙にあるちりやガスですが、星をつくるもとの素材にもなる物質たちです。つまり、電波望遠鏡によるちりやガスの観測というのは、星の進化の初期段階、どうやって星ができるのかを調べる上で、欠かすことができないんです。

2つ目は、障害物で見えない天体を観測することです。部屋の中にいると、外の様子はわかりませんよね。しかしテレビやラジオが聞けるように、電波は障害物を通しても届くんです。それと同じで、宇宙空間でも光は銀河系の塵やガスを見通せないのに対し、電波はそれらを通り越して地球に届きます。こうして見えない天体の様子を調べることができる。

3つ目が星間物質の解明です。原子や分子の観測は電波望遠鏡でないとできません。私たちの体は元素をもとにした有機物で作られていますから、そうした我々生命の誕生や成り立ちを探る上でも電波天文学は重要な役割を担っています。

――そうした研究の分野で、先ほどあった長野県野辺山の研究所などが有名なのですね。

ええ。野辺山では、1995年に世界で最初にもっとも確からしい超巨大質量ブラックホールの発見に成功しています。M106というりょうけん座の銀河の中心にある超巨大質量ブラックホールです。ブラックホールの候補と言われる天体はたくさんあるのですが、それらが本当にブラックホールかどうか確認するのは非常に難しいのです。この発見は世界的にも大変重要な発見と位置付けられています。他にも未発見の星間分子を多数発見するなど、さまざまな研究成果をあげているんですよ。

ヘール・ボップ彗星を追う45m電波望遠鏡 写真提供:国立天文台
ヘール・ボップ彗星を追う45m電波望遠鏡
写真提供:国立天文台

――長野は天文研究施設も多く、研究者も多く輩出していますよね。先生ご自身も長野のご出身だそうで。

そうなんです。長野は国立天文台の野辺山観測所をはじめ、東京大学の木曽観測所やJAXA臼田宇宙空間観測所、JAXA入笠山光学観測所など、さまざまな天文研究施設があります。他にも阿智村や原村など、星空の美しい名所があり有名です。宇宙飛行士の油井亀美也さんも長野の出身ですね。

天文研究は、学者がいればできるというものではないんです。望遠鏡や計算機、各国各地との情報共有のためのネットワークシステムの構築やその維持のためのメンテナンスには、たくさんの技術者や事務スタッフ、そしてそれを支える人々が必要なんです。長野では県内の工業高校や工業高等専門学校、地元大学などがこうした部分を支えています。長野には県全体で天文研究を支える土台があると言えるでしょう。

――長野県内の野辺山以外の研究所では、どのような研究をしているのですか。

東大の木曽観測所には105cm大型シュミット望遠鏡という光学望遠鏡があります。これは暗いものまで、広い範囲が撮影できるのが特徴です。遠くの銀河の分布や、遥か彼方で起こっている超新星爆発をいち早く発見してきています。光学望遠鏡は他にも有名なものだとハワイのすばる望遠鏡がありますね。すばる望遠鏡は国際的な研究でも使用されている世界の天文研究において非常に重要な施設ですが、このすばる望遠鏡建設の技術の幾つかや、すばるで活躍している天文学者の多くがこの木曽観測所で培われたんですよ。

――アルマもすばるも長野で培われた技術をもとに作られたんですね。

ええ。他にもJAXAが南アルプスの入笠山に観測所を持っていて、そこでは主にスペースデブリの研究をしています。スペースデブリは「宇宙ごみ」と言われる、ロケット発射の際の残骸などですが、地球の周りをものすごいスピードで周回しており、宇宙ステーションや衛星などに衝突したら大きな被害につながると懸念されている重要問題です。

星空をもっと身近に!

――まさに世界の宇宙研究を支えていると言えそうです。そうした長野と宇宙の魅力をより多くの人たちに知ってほしいということで、今回「長野県は宇宙県」スタンプラリーを実施しようと、クラウドファンディング(https://camp-fire.jp/projects/view/29544)に挑戦中ですね。

はい。さまざまな宇宙研究・開発施設を、多くの人に見てもらいたいと考えています。ただ、スタンプラリーを企画した理由はそうした学術研究の普及のためだけではありません。

――と、いいますと。

そもそも科学は、スポーツや音楽、芸術と同じように文化なんです。子供のころに好きになったスポーツを大人になっても続けるように、ピアノを習っていた子が趣味で演奏を続けていたり、演奏会を聴きに行ったりするように、科学も子供のころの星や草花や虫などへの関心が大人になっても継続していく。そしてそうした文化的な活動の時間は、自分とのコミュニケーションという、生きる上でとても大切な時間になります。人は食べたり寝たりするだけでなく、文化的な時間を持つことで、自分が自分でいられる。文化は自分という存在を支えているんです。

近年星や宇宙に対する関心が集まっているのはデータから明らかです。しかし我々現代人は、実際に自分の目で星を見るという機会がほとんどない。関心があるのになかなか機会が持てない。星を愛好する人たちが文化的な生活を送れるよう、このギャップを解消する必要があると考えました。

特に現代人はきれいな星空を見るとなると、どこか遠くの特別な場所に行かなければならないと考えがちです。ニュージーランドのテカポやハワイは有名ですよね。なんとなく、そういう場所にいかなければ星空を見れないような気がしている。しかしそれは必ずしも正解ではなくて、日本でも同じような、それ以上の体験ができる場所があるんです。もっと敷居を低くして、身近に星や宇宙を感じてほしいと思っています。

例えば長野の阿智村などはこの世界では有名です。望遠鏡もいらないんですよ。肉眼で素晴らしい星空が見れます。数年前から道具を使わずただ真っ暗闇の中で星を眺めてもらうというイベントを実施し人気を博しています。他にも国内では、沖縄の西表島で、ただ海岸で月夜に月を見ながら歩くというナイトイベントもあります。いずれもリピーター率が高いのが特徴です。

撮影:大西浩次
長野の星空 撮影:大西浩次

そうやって星空を見て、天体を見て、心が癒される時間を持ってもらう。何かパワーをもらうような時間にしてもらう。そういう場所があるのだということを、多くの方々に知ってもらいたい、ということで、今回長野県内の星に関する施設やイベントが集まって、スタンプラリーを実施しようということになったんです。

とは言っても、この企画を実施しようとしている「長野県は宇宙県連絡協議会」は昨年秋に結成したばかりの団体で、財源がありません。そこでみなさまのお力を借りて、必要物品や広報の資金を工面したいと考えています。返礼品には施設への招待券などもありますので、長野や星空を愛するみなさんにご協力いただければ幸いです。

――ただ星空眺めながら、ゆったりとした時間を過ごす。確かに癒されそうです。

長野はいいですよ。夏でも寝るとき布団をかけないと風邪をひいてしまうほど涼しいし、大自然だし、近くに露天風呂がある施設もあります。その上満天の星空ですよ。リフレッシュするには最適な場所です。実際、星空を眺める企画も非常にリピーター率が高いんです。毎年のように同じ人が参加しています。満足度の高い経験を提供できているということでしょう。しかし今はこうした企画もなかなか周知されていないので、今回の企画を通じて、ひとりでも多くの方に星の魅力やその癒しを感じてほしいと思っています。そしてそうやって星や宇宙に触れた人の中から、将来の日本の、そして世界の天文研究を支える人材が現れたら、とてもうれしいですね。

――スタンプラリー期間には、イベントも企画されているそうですが、おすすめのイベントはありますか。

まずは7月22日にキックオフイベントとして、長野県各地で星を見るイベントが開催されます。まだ準備段階で詳細は決定していないのですが、予定では、上田創造館という長野を代表する科学館で、トークショーや観望会をやろうと企画しています。他にも安曇野市で観望会を開催する予定です。

8月12日前後にはペルセウス座流星群が流れるので、こちらも観測会などを開く予定です。あとは土星ですね。望遠鏡でいろいろな天体を見るイベントを開催する予定なのですが、この夏は土星が見ごろなんですよ。望遠鏡で見るなら土星は断トツ人気の天体です。土星、かわいいんです。めちゃくちゃかわいいです。ちょっと他と対比できないくらい素敵なんで、土星はぜひ見ていただきたいですね!

――この夏の休みは土星を見に長野に行ってみようと思います(笑)。縣先生、ありがとうございました!

ご支援ください!

「「長野県は宇宙県」サマー・スタンプラリー・イベントを実施したい!」をどうぞご支援ください!⇒https://camp-fire.jp/projects/view/29544

縣氏 写真提供:国立天文台
縣氏
写真提供:国立天文台

プロフィール

縣秀彦国立天文台 天文情報センター・准教授/普及室長

1961年長野県生まれ。信濃大町観光大使。東京学芸大大学院修了(教育学博士)。東京大学教育学部附属中・高等学校教諭等を経て1999年より国立天文台勤務。現在、天文教育研究会会長など。『面白くて眠れなくなる天文学』(PHP出版)、『地球外生命は存在する!』(幻冬舎)、『星の王子さまの天文ノート』(河出書房新社)、『オリオン座はすでに消えている?』(小学館)など多数の著作物を発表。NHKラジオ深夜便「ようこそ宇宙へ」を担当、NHK高校講座「地学基礎」にも出演中。

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