2012.08.06

「若者ホームレス白書」を読み解く ―― ビッグイシュー基金の挑戦

長谷川知広氏インタビュー

社会 #ホームレス#ビッグイシュー#若者ホームレス白書

雑誌販売を通じてホームレスの人たちの自立を支援する「ビッグイシュー」を母体に設立された、認定NPO法人「ビッグイシュー基金」で『若者ホームレス白書』が発行されている。2007年以降、若い販売者が増加したことをきっかけに、その実態を探るための調査が行われた。それを踏まえて、専門家や支援団体がセーフティネットを構築するための解決策を議論しまとめた報告書『若者ホームレス白書2』が、2012年4月より無料配布されている。若者ホームレス問題とは何なのか。ビッグイシュー基金スタッフの長谷川知広さん(28)に訊いた。(聞き手・構成/宮崎直子)

彼らは「見えにくい存在」

―― 「若者ホームレス」の定義についてご説明ください。

40歳以下でホームレス化している人を「若者ホームレス」と私たちは定義しています。一般的に日本で法的に定められているホームレスの定義は狭く、「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」というもの。

実際には、ネットカフェやファーストフード店などで寝泊まりしたり、ドヤと路上を行き来したりしているような人がいますが、その人たちはこの定義に含まれていません。ですので、私たちは路上で生活をしている人に加えて、不安定な住居状態を経て、徐々に路上に近づいていく人たちも含めて呼んでいます。

つまり、ホームレス=路上生活と考えるのではなく、そこに至るプロセスすべてを視野にいれ、予防や支援をしていくことを課題としています。NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」理事長稲葉剛さんの著書『ハウジングプア』で提唱されている概念に基づき、「屋根がない状態(ルーフレス)」「屋根はあるが家がない状態(ハウスレス)」「家はあるが、居住権が侵害されやすい状態」と、住まいの不安定性を多様なレベルで見て、ホームレス状態と定義しています。

「若者ホームレス」はなぜうまれるのか

―― 『若者ホームレス白書』(2010年)では、若者ホームレス50人の聞き取り調査によって、彼らに共通する特性などが明らかになっています。若者はなぜ、ホームレスになってしまうのでしょうか。

人それぞれですが、共通していえるのは、家族のサポートや金銭的な余裕がないことが要因の一つとしてあります。

養育者についての調査結果では、半数が両親に育てられている一方、3人に1人は片親です。両親の離婚、育児放棄など理由はさまざまですが、児童養護施設で育った人も50人の調査のうち6人いました。

学歴は相対的に低く、中卒(含高校中退)の割合が4割と高くなっています。職歴を見ると、派遣社員経験がある人が約7割。半数以上が転職を5回以上経験しています。働こうと思ったときには学歴がなく、仕事のスキルも身につかない。さらに、解雇・倒産を経験した人は4割を超え、過去の仕事でさまざまなトラウマを抱えていたりする。仕事に対するポジティブな感情を持てず、働きたくても働けないというのが現状です。

抑うつ的傾向にある人も約4割います。これは判断が非常に難しいのですが、「死のうと思ったことがある」「もうどうなってもいいと思う」といったコメントをした人のみをカウントしています。また池袋でホームレス支援をしているNPO法人「TENOHASI」と世界の医療団が2009年に行った調査では、路上生活者の6割以上がうつ病や統合失調症など何らかの精神疾患を抱えているという結果も出ています。

また、路上のみで過ごす人は少数で、大半の人がネットカフェ、マンガ喫茶、ファーストフード店、コンビニなど、終夜営業店舗と路上の行き来を繰り返しています。

「食事や寝床より身なりが気になる」「路上で寝るのが怖い」「ネット、携帯電話は欠かせない」「炊き出しに行くとホームレスに見られるから嫌だ」といったことも特徴として見られます。彼らは路上にいるとは限らないし、普通の若者とほとんど変わらないため、他人からホームレスとは気づかれにくいでしょう。

求められる人権としての住居保障

―― 若者をホームレスにさせないためには、何が必要なのでしょうか。

家族にも会社にも頼れない彼らに、まず少なくとも、安心して心身を休めることができる「住まい」を保障することが必要です。しかし、日本では公的な住宅政策が貧弱であるため、活用できる支援策も限定されています。代表的な制度を3つ挙げます。

1つ目は「ホームレス自立支援事業」。一時的に住所を設定できる施設に入所してもらい、求職活動を支援するものです。東京・大阪・横浜などの大都市圏で整備されてきましたが、東京都の発表によると、実際に就労自立できた人は約49%。就労が決まらなかった場合は、入所受付をした福祉事務所が対応して、生活保護制度などにつなげることになっていますが、そのまま出されてしまい、野宿に戻る人がいます。また、そもそも定員がいっぱいで、入所を希望しても1ヶ月以上待機を申し渡されるといったケースがあるのも実状です。

2つ目は「生活保護制度」。20~30代の若者が生活保護を受けようと思っても、「あなたは働けるでしょう」とはじかれることがあります。ただし、今の社会状況では寮つきの仕事などは限られており、住所や連絡先がない状態で仕事を探すことは非常に難しい。また、「自己責任」を感じている人ほど、自分で何とかしようとして路上生活が長くなったり、その中で気力や体力を奪われたりします。抑うつ傾向があったり、障害をもっている人にとっては、行政の窓口にいる人がそういったことに理解や知識がある人でない場合、ハードルはさらに高くなります。

手続きとしては、野宿のままでは生活保護の申請は出来るが受給することはできないので、いったんは中間的施設入所します。しかし、民間施設は居住環境に問題があるなどして、施設に入りたくない人が多くいます。また、生活保護制度には「居宅保護の原則」があり、申請と同時にアパートに入居するための初期費用の支給を求めることもできますが、認められるまでに時間がかかります。家族への問い合わせもあるため、家族には知られたくないという若者が申請をためらう理由になっています。

3つ目は「住宅手当制度」。生活に困窮した人がハローワークによる就労指導を受けることを条件に、6~9ヶ月間、アパートの家賃補助を受けることができるというもの。しかし、住居のない人が住宅手当を使う場合はアパートに入るための初期費用を負担する必要があり、その部分は社会福祉協議会から貸付を受けなければなりません。しかしこれには厳しい審査が必要で、制度はあるものの利用は進んでいないという状況です。

つながりのなかで「自立」を取り戻す

―― それらの課題を解決するために、有効なアクションはありますか。

先ほどお伝えしたように、まずは「住まい」を保障すること。しかし、若者ホームレスは「住まい」だけでなく複合的な課題を抱えていることが多いので、彼らが「仕事」や「居場所」「人とのつながり」を取り戻せるよう総合的なサポートをしていくことが必要です。

こうした複合的な課題に立ち向かうには、例えばシェアハウスやまかないつきの下宿など、サポートつきの住まいを増やすことが考えられると思います。当事者同士の結びつきができることに加えて、彼らをしっかりサポートできる伴走型スタッフをおく。住まいを提供しておしまいではなく、彼らが居場所や人とのつながりを取り戻すサポートの仕組みを考えていく必要があるのではないでしょうか。

取り組みのヒントになる例としては、ドイツの「多世代住宅プロジェクト」があります。政府の補助によってNPOが住宅を運営し、集合住宅に高齢者と小さな子供をもつ若い夫婦などがともに暮らす。そして、介護や子育てなど、日常生活をお互いにサポートしあうというものです。場所を提供するだけでなく、役割を共有していることが特徴です。

日本でも、たとえば精神・知的障害者と健常者がともに暮らす「ぱれっとの家 いこっと」があります。福祉施設とは異なり、介助者はおらず、入居者同士がサポートしあっています。『ビックイシュー』の販売者の中にも、障害をもつ方がいますが、家族の支えがない彼らが利用できる場のモデルケースとしても注目しています。

日本には空き家が多く、760万戸もあるといわれています。にもかかわらずホームレスがいるというのはおかしな話。空き家を活用していくこともできると思います。

また、職歴や学歴があまりなく、すぐに仕事に就くことが難しい人たちも多いため、ステップ・バイ・ステップで研修を受けながら職務経験を積んだり、自信や自己肯定感を取り戻すことができる「半就労」の場がもっと増えるとよいですね。私たちはこれを「中間的労働市場」と呼んでいます。

ホームレスから本当の意味で復帰を果たすためには、自分を認めてくれる存在がいたり、お互いを支えあったりといったプロセスがあり、その中で自分を肯定できるようになる、ということが一番大事なことではないかと考えています。

被災地で懸念されるホームレス増加のリスク

―― 3.11以降、被災地での調査も行われていますね。

私たちが今心配していることの一つは、震災の影響でホームレスが増えるのではないかということです。もちろん、住居を失った方たちはたくさんいますが、被災者支援からこぼれ落ちたり、そもそも仕事につくことが困難だった若者たちが、新たにホームレスとして出現するのではないかということを懸念しています。

そこで、私たちは現地にスタッフを送り、現地支援団体と当事者に対して、路上ホームレスが増えていないか、どういう経緯でホームレスとなるのかなどのヒアリング調査を定期的におこなっています。

また、東京や大阪などでは、原発関連やがれき撤去の仕事で、ホームレスの人が被災地に行くケースがあります。しかし、それらの仕事は、期限付きだったり雨の日は休みになったりと、極めて不安定なものです。東京でホームレスだった人も、また仙台でホームレスになる可能性があるわけです。

震災から1年半経ちますが、おそらくもう1、2年すると問題が顕著に現れるのではないかと思います。阪神淡路大震災のときも、同様のことが見られましたし、リーマンショックの際も、その1、2年後に若いホームレスが急速に増えたという実感をもちました。そうした先例を踏まえて、できるだけ未然に問題を把握し、制度的なところでサポートできるようにしていきたいと思っています。

市民とともに考える

―― 今後の活動ビジョンを教えてください。

もともと日本社会は、家族や会社が社会におけるセーフティネットの仕組みとして機能してきました。しかし、不況が長引く中で会社がセーフティネットの役割を果たすことは難しくなっています。また、調査結果にもありますが、若いホームレスの方を見ていると、家庭的なバックグラウンドが弱いんです。いざというときに頼りにできる知人や友人や家族がいるということが当たり前の社会であれば、ホームレス化するリスクは今ほど高くはなかったと思います。

実際に彼らと話をしていると、家族がいなかったり、友達がいなかったり、地域の人とのつながりも皆無でしたというようなケースが多いです。それに、今は、隣の家にどんな人が住んでいるのかも知らないような社会です。ようは、人々のつながりが希薄化しているんですね。そんな中でホームレス化のリスクが高い若者ほどますます孤立していっているように感じます。

私たちは今年、市民とともにこの問題について考えるための「若者ホームレス支援ネットワーク会議」を3回開きました。2012年3月10日に行った第三回目の会議では、定員200人を超える参加者が集まりました。「自分もいつ職を失ってホームレスになるかわからない」、そうした意識のもと参加していた方も多く、一般の人たちにも、若者ホームレス問題が決して他人ごとではない、身近な社会問題として受けとめられているという印象を強くもちました。

ホームレスは最終的に行き着くところです。その手前の段階で、母子家庭、障害、雇用問題など、さまざま問題が複合的に絡んでいます。自殺、ひきこもり、ニート、フリーター問題とも地続きになっているといえます。それをホームレス支援団体単独でなんとかしようというのは難しい話です。より多くの団体や市民、行政とも横でつながっていきながら、早期解決を目指して活動を進めていきたいと思っています。

プロフィール

認定NPO法人ビッグイシュー基金

有限会社ビッグイシュー日本を母体に設立された非営利団体。一度失敗しても“やり直しのきく”社会の形成にチャレンジし、ホームレスの人たちが自立し、再び社会に復帰できるようにする多面的なサポート事業を行っている。

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