2020.02.26

ゲームは学力を低下させるのか――香川県のゲーム条例について

田中辰雄 計量経済学

教育

香川県がゲーム時間の規制条例を打ち出して以来、ネットではさまざまの論評が行われている。この条例の背景にあるのは親が心配するゲームの悪影響であり、具体的にはゲーム依存症とゲームによる学力低下の二つが関心事である。本稿ではこのうち学力低下について筆者の行った調査(注1)を元に論評を加えて見よう。

結論から言うと、条例でプレイ時間を制限する案は良い方法とは思えない。それよりは子供にゲームについて自分でルールをつくらせ、それを守らせる方がよいだろう。

(注1)田中辰雄,2020,ゲームによる学力低下に閾値はあるか―想起による大規模調査―」、GLOCOM DISCUSSION PAPER_No.15(20-001)」 

http://www.glocom.ac.jp/discussionpaper/dp15

1.ゲームをしている方が進学率が高い?

ゲームと学力の関係では、ゲームのプレイ時間と学業成績の間の相関を見る調査が多い。子供たちにゲームのプレイ時間をアンケート調査でたずね、その子供の成績との間の関係を見るのである。その結果、ほとんどの研究が負の相関で、ゲームのプレイ時間が増えると成績が下がっており、これがゲームが学力に悪影響を与えることの根拠となっている。

本稿でもこれを試みよう。ただし、実際に勉学中の子供ではなく、すでに大人になった人に過去を振り返ってもらう方法をとる。具体的には中学時代にどれくらいゲームをプレイしたかを思い出してもらい、その後の高校への進学実績と比較する。ゲームをプレイする時間が多いほど進学実績が悪くなれば、ゲームの学力への悪影響があったことになる

この方法は曖昧な過去の記憶に頼るという欠点があるが、その代わりに正直な回答を得やすいという利点がある。現時点の子供たちにゲームのプレイ時間を尋ねると、日ごろからゲームのプレイ時間について親から叱られてる子供は、実際より少なめに答えようとするだろう。叱る親は教育熱心な親で、ゆえに子供の成績もよいとするなら、成績が良い子ほどゲームのプレイ時間を少なめに答えることになり、偽りの負の相関が出てくる。

すでに成長した大人であれば、このようなバイアスは働かず思い出したプレイ時間を正直に答えるだろう。記憶の曖昧さについてはサンプル数を多く取ることで対処する。記憶が曖昧で誤差が多くても系統的なバイアスが無ければ、サンプル数を増やせば信頼性のある結果が出せる。具体的には1万5千人の人に答えてもらった。調査時点は2019年5月、対象は15歳~69歳のウェブモニター調査である(調査会社はマイボイス社)

その結果を図1に示す。図で横軸は中学生の時の平日のゲームのプレイ時間である。ゲームは家庭用、アーケード、スマフォ上、PC上すべてのゲームを含めている。縦軸は偏差値60以上の高校に進んだ人の割合である。図の読み方であるが、左端のバーはプレイしない人の場合で、偏差値60以上の高校に進んだ子供は20.9%いること示す。次のバーは15分程度プレイしていた人で、彼らの偏差値60以上の高校への進学率は30.1%である。見てわかる通り、グラフの形状は直線ではなく、緩やかな逆J字型である。ここからいろいろなことがわかる。

図1

まず、全体としては負の相関でありプレイ時間の増加とともに進学校への進学率は低下する(実際、相関係数を計算すると負になる)。これはこれまでの研究と一致する。しかし、この負の相関は長時間ゲームをプレイする子供のために発生したものである。ゲームのプレイ時間が1時間以下の場合、ゲームをしている人の方が、ゲームをしていない人よりもむしろ進学実績が良い。15分、30分、1時間では、ゲームをしている人の進学実績はゲームを全くしない人と同程度かむしろ良いことに注目されたい。そして人数としてもそのような人は多い。

横軸の括弧内は人数であり、この人数からシェアを計算するとゲームをプレイする人のうちプレイ時間が1時間以下の人は半分程度になる((785+1101+2050)をゲームをプレイする総人数6630で割ると59.4%になる)。したがって、ゲームをする人のうち半分程度はゲームをしない人と同じかそれ以上の進学実績をあげていることになる。これはおどろくべき結果である。ゲームが学力に悪影響を及ぼすなら、ゲームをすることで進学実績が下がることはあってよいが、上がるというのは説明がつかない。

この逆J字型という結果は、記憶に頼った不正確な調査のためではないかという疑いを持つ人もいるかもしれない。しかし、記憶が鮮明な大学生以下の人(22歳以下)に限っても似た結果を出せる。また、これまでの既存の調査でも、スマフォ利用時間と学力についての研究では、同様の逆J字型が出ている。すなわち、利用時間が少ない場合、スマフォを全く利用しない人よりも利用する人の方が学業成績がよくなっている(注2)。最後に念のため、進学率に影響を及ぼす他の要因、親の学歴、生活水準、塾通いの有無などを制御しても同じように逆J字型の結果を出せる。ゲームのプレイ時間が少ない場合、ゲームをしない人よりもゲームをしている人の方が進学実績が良いというのは頑健な結果の可能性がある。

(注2)川島氏の研究がもっとも詳細である。川島氏はスマフォの弊害を説く立場であるが、彼の挙げたグラフでもよく見るとスマフォ利用時間が1時間未満ではむしろ学力があがっている。例えば以下の記事で出ているグラフはいずれも逆J字型である。

・川島隆太,2018/3/18,”スマホを捨てれば子どもの偏差値は10上がる” 東洋経済オンライン。

https://toyokeizai.net/articles/-/212824?page=2

・週刊女性PRIME “脳科学の第一人者、川島隆太先生が警告「スマホを使うと偏差値が低下する」”

https://www.jprime.jp/articles/-/12152?page=2

2.ゲームと自己管理能力

なぜ逆J字なのだろうか。これまで研究者はゲームをすると勉強時間が取られてしまう、あるいは注意力散漫になるなどして勉学に悪影響があるという因果を考えてきた。そのように考えるとゲームをするとかえって学業成績が上がるというのは説明がつかない。プレイ時間が短いなら単に悪影響が小さくなるだけなのであって、ゲームを全くしないことが勉学にとってもっともよいはずである。しかし、現実には、ある程度までの時間ならゲームをする人の進学実績がむしろ高い。これには何かしらの説明が必要である。

ここでよく言われるように相関と因果の違いに注意する必要がある。たとえば小学生では虫歯のない子供は成績が良い傾向がある。むろん虫歯の有無と学業成績に因果関係は無い。しかし、子供は自分ではなかなか歯磨きをしないので、親が指導する必要があり、ゆえに、虫歯が無いということは親が子供を放置せず関心を向けていることを意味する。これが子供の勉学意欲を維持するのに役立つのである。

この場合、真の原因は親が子供に関心を向けているかどうかで虫歯自体が原因ではない。が、結果としては虫歯と成績に相関関係は現れる。同じように、ゲームを長時間プレイすると成績が下がるのは、親が忙しいなどの理由で子供を放置しているためかもしれない。真の原因が子供の放置なら、仮にゲームをとりあげても子供は空いている時間でテレビを見たり漫画を読んだり別のことをするだけで、成績に変化はない。このように相関関係と因果関係の区別には注意する必要がある。

図1で、ゲームのプレイ時間が短い場合に進学率が上がったのも因果というべきではないだろう。ゲームの中に数学や国語等の教科の学習に役立つ要素はなく、ゲームをやったからといって学力が上がるとは思えない。それにもかからわず進学実績が上がっているのなら別の原因を考えるべきである。

原因をさぐるべくいくつかの仮説を試したが、そのなかで有力なのは自己管理説である。ゲームはついやり過ぎるところがある。その中でプレイ時間を一定水準以下に抑えるためには、自分の欲求を抑制して管理しなければならない。今はゲームをやめておこう、まずこちらを片づけてからゲームをしよう、というように優先順位をつけてゲームをプレイする必要がある。そしてそのような自己管理能力がある子供であれば、受験という大きな目的に向かって自分の欲求を管理し、勉学を重ねることができるだろう。すなわち真の原因は子供の自己管理能力であり、それが進学実績とゲーム時間に正の相関をつくりだしたという説明である。

この説明を裏付けるひとつの材料として、中学時代のゲームのプレイについて次の項目Aがあてはまるかどうかを尋ねた。

A:「自分で決めたルールがあった」

ゲームのプレイについて自分で決めたルールがあるということは、その人は自己管理を意識的に行ってきたことを意味する。もし自己管理仮説が正しければ、この問いに「はい」と答えた人の進学実績は高くなるだろう。

図2はこれを試みた結果で、自分で決めたルールがあったと答えた人の進学率が、図1に比べてどう変化したかを表してある。この図の読み方は、たとえば30分プレイする人で言えば、自分でルールを決める人の場合、進学率は図1の値よりさらに10%ポイント上昇することを意味する(なお、親の学歴、生活水準、塾通いの有無など他の変数も制御した後の数値である。また、統計的に有意な場合はバーがぬりつぶしてある)。見てわかる通り、おしなべて正の値であり、2つのケースでは有意でもある。自分で決めたルールのある場合、進学率は上昇しているのである。これは自己管理仮説を支持する結果である。

図2

比較のため、もう一つ別のプレイ状況についても調べた。それは

B「ゲームをする時間について家族と決めたルールがあった」

ケースである。これはAの“自分で決めたルール”とはニュアンスが異なる。同じルールといっても家族と決めたという表現からわかるように他律的になっている。当人ではなく親から言われていやいや設定したルールも含まれうる。この場合の結果は図3である。

図3

明らかに図2と比べて値が減少し、統計的に有意なケース(1時間半)にいたってはマイナスに有意であり、むしろ進学実績は下がっている。全体をならした効果はほぼゼロであり、進学率のさらなる上昇効果は無い。ルールが大切と言ってもルールを自分で決めなければ意味がないのである。もしゲームをする時間の長さだけが問題なら、ルールを自分で決めても家族から押し付けられても結果に大差は無いだろう。自分でルールを決めた時だけ進学実績があがっているということは、時間の問題ではなく、自己管理能力の問題だということを示唆する。

まとめると、ゲームのプレイを自己管理する能力のある人なら、進学という目標に対しても自分を制御できる。それゆえにこそゲームのプレイ時間が少ない人の進学実績が上がったと考えられる。

3.条例でプレイ時間を決めるべきか

以上を踏まえて香川県の条例について考察しよう。ゲームのプレイ時間が長すぎて勉学に悪影響が出たり、さらにゲーム依存になったりすることがありうるかといえばありうるだろう。図1で言えば、平日に3時間以上プレイすると進学実績の低下がはっきり出てきており、(本稿では議論しなかったが)いわゆる依存症の可能性も出てくるかもしれない。それへの対策をしたいという条例の問題意識は理解できる。条例案の大半はこのような解決に向けての努力義務を定めており、大方の人の賛同を得られるものだろう。筆者もこの点に異論はない。

しかし、この条例が特徴的なのは、最後にほとんど唐突にゲームのプレイ時間を1時間以内にするとしている点である。この点だけは良い案とは思えない。

第一に、1時間という値が小さすぎる。図1で、プレイ時間が1時間以内ならむしろ進学実績が良くなると述べたので、1時間は適切な規制と思う人もいるかもしれないが、この1時間は統計学の常として平均値である。進学に影響を与えない“適切な”ゲーム時間は人によって異なるはずで、ばらつきは大きいだろう。それを平均値で規制するということは、大雑把に言って半分の人にはやらなくてよい規制を加えることになる。規制のやり方としてはあまりに乱暴である。

さりとて規制値を2時間というように延ばすというのも良い案ではないだろう。2時間とすれば逆に平日2時間まではプレイしてもよいお墨付きを与えられたと誤解する人が出るだろうからである。むろんそんなお墨付きはできない。要するに数値を与えて規制するとどう数値を設定してもデメリットが大きい。

第二に、より重要な点は、問題なのは子供の自己管理能力であり、プレイ時間自体ではないことである。図2、図3で示したように、ゲームのプレイについて自分でルールを決めた時には進学に良い影響が出るが、親がプレイ時間についてルールを押しつけても効果は無い。

まして条例で1時間に決まったと言ったら子供はむしろ反発を強めるだろう。親が自己の信念に基づいて全身全霊をかけてゲームを否定するならそれはそれでひとつの教育方針である。子供は反発しつつも親の方針として受け入れざるを得ないと思うことができるかもしれない。しかし、条例のような外部からのルールではそのような納得はできない。

なぜならゲームを1時間以上プレイしながら立派な大人になっている人はいくらでもおり、そんな条例は香川にしかないことを子供たちは知っているからである。条例の背景には子供の指導に悩み基準を求める親の要望があるのかもしれない。しかし、親が自己の信念ではなく、条例を理由にゲーム時間を制限しようとすれば、子供はそんな親の自信の無さを見透かしてさらに反発を強めるだろう。教育的に見て良いことはない。

それより有効なのは子供にゲームのプレイについてルールをつくらせることである。ルールは何でもよいだろう。条例の通りに平日1時間、休日90分でもよい。時間帯を区切り、夜10時過ぎたらゲームを止めるでもよいし、帰って1時間勉強してからゲームをするでもよいだろう。定期試験の前1週間はゲームを止めるでもよい。成績と連動させて一定の成績を維持できるならゲームをしてよいというルールも考えられる。

どんなルールでもよいが大事なことは子供が自分で決めることである。自分で決めた以上守らなければならない。守らなければペナルティがあってもよい。子供は実行可能なルールを考え、そのルールの中でゲームを楽しむ方法をなんとか考えようとする。その努力が子供の心を鍛え、自己管理のできる子供を育てていく。条例で時間を決めることはそのような教育的な過程を放棄することであり、良い案とは思えない。条例の最後の時間規制のところは、家庭内でルールを決めるように求めるという努力義務に変えた方がよいだろう。

付記:本稿では学力について焦点をあて、ゲーム依存症については取り上げなかった。ゲーム依存症は大きな問題であるが、まだ発症メカニズムが分かっておらず、わかっていない段階で1時間の規制が良いかどうか判断できない。また、ゲーム依存症になるのはわずか数パーセントと考えられるので、そのために全員に強い規制を与えることは議論を要する。例えばアルコール依存症(男性の生涯経験者率は1.9%である)を防ぐために、香川県民の一人1日の飲酒量をビール1本以内とするというような条例を出せば議会は大荒れになるだろう。

プロフィール

田中辰雄計量経済学

東京大学経済学部大学院卒、コロンビア大学客員研究員を経て、現在横浜商科大学教授兼国際大学GLOCOM主幹研究員。著書に『ネット炎上の研究』(共著)勁草書房、『ネットは社会を分断しない』(共著)角川新書、がある。

 

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