2023.12.13

性暴力と闘った彼女はイランの人権問題を国際社会に晒し、闘う女性の象徴となった

鐙麻樹 北欧・国際比較文化ジャーナリスト、写真家

文化

2014年、イランで処刑されたある女性の名前が世界中でニュースとなって駆け巡った。当時19歳だったレイハネ・ジャバリさんは元情報省職員のイラン人男性に性暴力を受け、正当防衛で刺したと主張していた。適切な捜査は行われないまま、拷問を受け独房へと入れられた。家族や支援者たちは彼女の死刑を防ぐために、国際社会にイランで何が起こっているかを呼び掛けながら、必死の抵抗活動を続けた。しかし、その努力もむなしく、ジャバリさんの命は絶たれた。ドキュメンタリー映画『Seven Winters in Tehran』(2023/テヘランでの7つの冬)は、事件が起きて死刑執行がされるまでの母親と家族たちの証言を基とした7年間の記録だ。

Photo: Seven Winters in Tehran/NFF

イランでは今、市民が、レイハネさんのような女性たちが政権に命がけで反抗している。ノルウェー・ノーベル委員会は2023年のノーベル平和賞をイランの人権活動家、ナルゲス・モハンマディさんに授与すると発表。授与式は12月10日にオスロ市庁舎で開催される。道徳警察の目が光るなか、女性たちは顔を覆うヒジャブを着用を拒み、2022年には女性や若者たちの抗議運動により、デモの参加者500人以上が死亡した。女性の権利擁護や死刑制度の廃止などを訴えてきたモハンマディさんだが、彼女の活動は国の安全保障を脅かすとして現在は刑務所で服役している。授与式は本人不在の「空席のイス」で行われることになる。

ノーベル平和賞がイランの人権にスポットライトを当てたことによって、ノルウェーでは多くの関連イベントなどが開催中だ。国際映画を上映する「南からの映画祭」では「イラン」特集を行い、『Seven Winters in Tehran』の上映には監督やレイハネさんの弁護士も駆け付けた。彼女の弁護士は映画にも登場するが、死刑制度に反対する「静かなる抵抗の声」がイランで巻き起こっている中、市民の弁護には大きな危険が伴うために、弁護士はノルウェーに住んでいる。

映画上映後のトークショー、左から2人目がSteffi Niederzoll監督 筆者撮影

Steffi Niederzoll監督は「イランは世界で最も多くの女性を処刑している国のひとつである」と語った。「過去3週間でイランでは78人が処刑されました。イランでは平均で8時間ごとに誰かが処刑されているんです」

映画では国際圧力がイランの死刑制度と人権問題に反応することがいかに事態を変える可能性があるかも描かれている。アムネスティ・インターナショナル・ノルウェー事務局長のJohn Peder Egenæsさんは「国内では死刑制度に反対する強い声があります。とはいえ国際的な圧力が常に機能するとも言い切れない。残念ながら、おそらく多くの圧力はキリスト教国から来ています。(国際社会が休暇モードになる)クリスマスやイースター(復活祭)の頃を狙って、死刑は執行されています。」。祝日中であっても私たち国際社会が声をあげることで何かを少しは変えられることも、この言葉は意味している。

映画上映後のトークショーで語られたのは「沈黙しない」ことの重要性だ。誰もが沈黙していると、いかに恐ろしい死刑制度が日々実行されているのか、痛み・悲しみ・怒りについて話し、疑問を持ち、変化を起こすことはできない。だからこそ各国での映画上映後に各地に住むイラン人が胸の中に湧き出た言葉を監督に共有しにくるという。「イランでは息子が処刑されても母親は周囲にそのことを隠して、枕に向かって泣いている」と。

「この人間的悲劇、暴力の再生産の輪を断ち切ろうとした女性、それがレイハネでした」と監督は語った。

被害者の家族が彼女を許せば、死刑判決は取り消されることもできたが、レイハネさんをレイプしようとした男性の息子は条件として謝罪を求めた。しかし彼女はレイプされそうになった事実を曲げようとはせず、謝罪を拒否することで信念を貫き通した。それが彼女の命を奪うことになっても。

「みんなが自由になるまで、誰も自由ではない」。イランのレイハネさんに起きたこと、イランで8時間ごとに市民が死刑執行されていること、遠い国で女性の人権と命が踏みにじられていることは、他人ごとではない。

昔は「遠いどこかで起きていること」を「自分事」としては捉えにくかったかもしれない。特に日本では「人権」という言葉にピンと来ていない人もいるのではないだろうか。今はSNSの普及もあり、他国で起きていることを前よりは身近に感じやすい時代だ。そして本作のような実際の出来事を基とした「ドキュメンタリー映画」は見る者の感受性や想像力を養い、現地で何がを起きているかをニュース報道以外の手段で知るのツールとなるだろう。

ノーベル平和賞の受賞をきっかけに、イランの人権問題に再び国際社会の光が当たり、構造問題解消のスピードが速まることを願ってやまない。

プロフィール

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト、写真家

2008年よりノルウェー・オスロ在住。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績を表彰される。オーストラリア・フランスに長期留学、米国・カナダに短期留学し異文化体験を重ねてきた。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

この執筆者の記事