2025.03.15
『ネオリベラリズム概念の系譜 1834-2022』(下村晃平)
「ネオリベラリズム(以下ネオリベと記す)」は、今の時代では侮蔑語に近い言葉だろう。しかし、この言葉が最初に1834年に登場し、戦間期や戦後期には希望をもって語られていた概念でもあったことを知るものは少ないだろう。そう、ネオリベは批判の対象となる以前から、長い歴史を持っているのだ。
政治現象を名付けるのは、実は難しい問題である。著者はこれを「自称の問題系」と「他称の問題系」と整理するが、ある政治運動や思想を展開する当事者たちをみた他人が、彼らの目的や自意識と異なった名称でもってそれを呼ぶことは珍しくない(近年ではまさに「ポピュリズム」がそこに含まれるだろう)。
しかし、現実に目の前で展開する事態を理解するために、知的な理解は欠かせない。このようにして、往々にして政治をめぐる概念は、時代に応じて毀誉褒貶の対象となったり、まったく真逆の意味合いでもって用いられたりするようになる。当然ながらネオリベも、この多分の例に漏れない。しかし、それゆえに、特定の概念や用語が何を意味してきたのかを知ることは、知的な騙しにあわないために欠かせないのだ。
本書はこのように古い起源を持つ実際のネオリベの概念や運動を解き明かしながら、それが今日の我々が知るような批判の対象、そして再擁護の対象となっている現象を知識社会学の手法でもって、丁寧に綴っていく。ハイエクやフリードマンが決して通俗的な意味でネオリベではなかったことも理解できるだろうし、英米以外のフランスやドイツにも、無視することのできないネオリベ思想があったことも知ることができる。
そうした内容以上に、著者のマクロ(政治経済状況)、メゾ(人的・制度的ネットワーク)、ミクロ(言説)の立体的なつながりを丹念に追いながら、ネオリベ概念の立ち上がり、攻防、復活が叙述されて、思想と運動がまるで生き物のように捉えられている様は大いなる知的興奮を呼び覚ます。
言葉や概念がますます乱用され、歪曲され、批判のための批判の言葉として流通する時代になっているいま、そうした知的な誤用からいかに距離をとるべきかの指針としても活用されるべき研究でもある。
プロフィール

吉田徹
東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学博士課程修了、博士(学術)。現在、同志社大学政策学部教授。主著として、『居場所なき革命』(みすず書房・2022年)、『くじ引き民主主義』(光文社新書・2021年)、『アフター・リベラル』(講談社現代新書・2020)など。