2020.04.08

現金給付の政府案について考える――複雑で手間のかかる制度設計の成果は?

中里透 マクロ経済学・財政運営

経済

緊急経済対策が閣議決定された。焦点となっていた家計支援策(個人向けの現金給付)については、いくつかの制限を付したうえで自己申告(申請)をもとに給付が行われることとなったが、この政府案についてはさまざまな疑問や批判の声が寄せられている。緊急経済対策の原案の了承を得るために開かれた自民・公明両党の会合においても、対象者や給付の方法をめぐって数多くの異論が示されたと報じられている。そこで、本稿ではパブリックコメントの意味合いも込めて、現金給付の政府案について点検をしてみたい。

あらかじめ本稿のメッセージを要約すると

・ひとまず一律給付を行い、給付金を課税所得扱いとしたうえで、所得が一定の基準を上回る場合には事後に所得税で給付金相当額を回収する方法をとれば、今回の措置と同様のことが、より簡単に低コストで実施できる

・給付の基準となる収入(所得)の指標として「世帯主の月間収入」を利用することは適切でない(共働きなど多様な働き方の世帯が増えているため)

・2月~6月の収入の状況をもとに年間の収入を見通すことができるか疑問が残る

・給付の可否の線引きがあいまいなため、給付金を受けとることのできた世帯とそうでない世帯の間に大きな不公平感が生じるおそれがある

・所得の確認において簡便な方法が採用されることから、収入の状況について不適切な申告が行われたり、給付を受けるために意図的に就業時間の調整がなされるなどの問題が生じる可能性がある

となる。以下、これらの点について順をおってみていくこととしよう。

政府案の概要

まず、家計支援を目的としてなされる現金給付の政府案の内容をまとめておくと、

・受給を希望する人(世帯)からの申請をもとに審査を経て給付

・給付額は1世帯当たり30万円

・対象者は、世帯主の月間収入(本年2月~6月の任意の月)が、

①新型コロナの感染が発生する前と比べて減少し、年収に換算すると個人住民税均等割非課税水準となる世帯

②新型コロナの感染が発生する前と比べて半分以下となり、年収に換算すると個人住民税均等割非課税水準の2倍以下となる世帯など

・給付に関する事務は各市町村において行う

・受給を希望する人(世帯)は収入を証明する書類を付して市町村に申請を行う

ということになる。

「住民税非課税水準」というのはあまり見慣れない言葉であるが、住民税の課税の際に収入(必要経費控除後)から差し引くことができる控除(基礎控除・配偶者控除・扶養控除など)を適用して所得(課税所得金額)を算定した際に、住民税が非課税となる世帯のことだ(今回の給付措置では住民税のうち均等割が非課税となるケースが住民税非課税水準とされている)。

以下ではこの点を踏まえたうえで、政府案の制度としての問題点や、実施にあたって混乱が予想される点などについて整理してみることとしよう。

世帯主の所得を基準とすることは適切か

今回の給付措置においては、給付の可否を判断するうえでの所得要件として世帯主所得(世帯主の月収)が用いられている。だが、世帯を単位として給付がなされる今回の措置において、給付の基準となる所得に世帯主所得を利用することには大きな問題がある。世帯主所得を基準にするという発想は、標準世帯(サラリーマンの夫と専業主婦の妻、子ども2人)を全国の世帯の代表例として用いることが一定の妥当性を持ち得た時代のものであり、共働きが一般的となった現在の状況にはそぐわないからだ。

今回のように世帯単位で給付を行う場合には、世帯主所得ではなく同一生計者全員の所得をもとに給付の可否を判断することが適切となる。家計(世帯)の経済力は世帯主の所得だけでなく、配偶者などそれ以外の家族の所得の状況にもよることを踏まえれば、このような対応をとるのは当然のことだ(失業手当を受給している人がいる場合には、その給付額も含めて世帯の「所得」を算定することが必要となる)。

日本の個人所得課税(所得税・住民税)は世帯ではなく個人を単位として課税がなされているため、現時点では世帯全体の所得を行政があらかじめ悉皆で把握することのできるシステムはないが、今回の現金給付の政府案は申請をもとに給付を行うという制度設計になっていることを踏まえると、同一生計者全員の収入の状況に関する証明書類の提出を求めることは十分に可能である。したがって、世帯主所得を給付の基準とすることには合理的な理由がないということになる。

「収入減」の確認は適切に行うことができるか

政府案では2月~6月の収入の情報をもとに、それを年間の収入に引き直した場合の収入が一定の基準を満たすと見込まれる場合に給付が行われることとなっている。だが、現在のように先行きが極めて不透明なもとで、年後半の収入がどのように推移するかを見通すことは困難である。

政府が「新型コロナウイルス感染症の感染拡大は年後半も続く」と見通しているか、「新型コロナの感染が収束しても、消費増税などの影響が残ることから、景気は落ち込んだ状態が続く」という見通しを持っているということであれば、2月~6月の収入の情報をもとに年間の収入を見通すことには一定の合理性があるだろう。

だが、新型コロナの感染収束をうけて年後半に経済状況が大幅に改善した場合には、給付を受けた人の中に、年間を通してみると収入が昨年と変わらなかった人が現れることが予想される。今回の措置では「本年2月~6月の任意の月」の月収をもとに年収の見通しを立てることになっているから、選ばれる月の月収のいかんによっては、この問題がさらに顕著になる可能性がある(この制度は主たる対象者としてサラリーマンを念頭に置いたものではないと思われるが、たとえば昨年のボーナスの支給が6月で今年は7月という場合、今年の6月の収入が去年の6月と比べて半分以下になる可能性は相当の確度であり得るだろう)。

このようなことが生じた場合にも給付が行われたままとなると、条件が満たされず給付を受けられなかった世帯との間で取り扱いに著しい不均衡が生じるおそれがある(しかも今回の措置では給付金が非課税とされているため、本来であれば課税対象となるはずの一時所得について、給付と併せて免税の恩典も得られるということになる)。

今回の政府案では申請が認められて30万円の給付が受けられるか、認められず給付が受けられないかの中間のケース(たとえば15万円の給付)がないため、収入が給付の基準額を1万円下回るか(給付あり)、上回るか(給付なし)で、給付金を含めた場合の各世帯の経済状況が逆転してしまうケースも生じることになる。

もちろん、このような問題は所得制限をかけて給付を行う際には常に起こり得ることではあるが、公的な給付措置についてはすでに確定している所得(所得税・住民税の課税の際に利用される課税所得金額など)をもとに算定されることが通例である。これに対し、今回は年の途中で未確定の「年収」(2月~6月の収入の情報をもとに仮置きで算定した見込み額)をもとに給付を決定することになるから、今年の年収が確定した際に事後的にみると、給付の可否を決定する際に利用された年収見込みとの間で乖離が生じ、実際の給付の状況と、事後に確定した所得の状況の間に齟齬が生じてしまう恐れもあるだろう。

不適切な給付は抑止できるか

今回の給付措置の大きな特徴は、年の途中の5か月間の収入の情報をもとに、自己申告により、簡便な確認方法で相当の金額の給付を行うことにある。審査にあたって簡便な確認方法をとることについては、迅速な給付を可能とするため、「性善説に立ち」、「拙速を尊ぶ」形で給付を可能とするためだと説明されている(この点は、麻生内閣で経済財政担当大臣を務めた現職の参議院議員による4月3日付けBSフジ・プライムニュースでの解説をもとにしている)。

たしかに「性善説に立ち」、「拙速を尊ぶ」形で給付を実施しても問題が生じないということが現実に成り立てば、雇用調整助成金などをめぐって現に生じている不正受給の問題は生じないということになるだろう。もちろんこれは反実仮想のようなモードになっているから、この制度の運営にあたっての現実的な判断としては、今年の2月~6月の収入の情報を仮置きの形で利用して、自己申告をもとに簡便な確認方法で迅速な給付を実現しようとすれば、一定程度の不適切な受給が生じることは避けがたいということになるだろう。

このような不適切な受給と並んで懸念されるのは、この現金給付の受給をめぐって就業時間の意図的な調整などが行われる可能性があることだ。これは所得税の配偶者控除をめぐってしばしば議論されてきた「103万円の壁」のことを想起すれば容易に理解されるだろう。もちろん、感染の拡大が懸念される職場において就業時間の短縮が促進される場合には、このような就業調整にも一定の意義があるが、今回の給付措置において、このようなケースとそうでないケースを識別して受給の可否に差を設けることは困難だ。

これらの点を踏まえると、このような事案が生じる可能性があることをあらかじめ明示したうえで、この点も含めて政府案に多くの人の賛同が得られるよう、丁寧な説明を行っていくことが求められる(これは金融商品の販売において、あらかじめ予想されるリスク要因について十分な説明が求められるのと同様である)。

不公平感の高まりと社会の分断に対する懸念

ここまで見てみたように、現金給付の政府案については

・収入が給付の基準をやや下回る世帯(給付あり)と上回る世帯(給付なし)の間で給付後に経済力の逆転が生じてしまう可能性がある

・年の途中で仮置きの形で年収が算定されることから、事後に見ると年収が昨年並みに回復した世帯でも給付がそのままとなる可能性がある(しかも給付金は一時所得であるにもかかわらず非課税)

・工夫をすると不適切な形で受給がなされてしまう可能性がある

といった問題点があるということになる。

このような問題はどのような給付措置においても不可避という面があるものの、今回は基準となる収入(あるいはそれをもとにした「収入減」)が未確定であるもとで、自己申告と簡便な確認方法によって給付がなされるから、制度の実際の運営のいかんによっては不公平感が募るものとなり、多くの人の協力や協調が求められる現在の局面において社会の分断が生じてしまうおそれがある。

制度の具体化にあたっては、上記のような問題があることを踏まえて、くれぐれも慎重な取り扱いがなされることが望まれる。

一律給付と課税措置による代替

これらの問題を踏まえると、いまいちど制度の基本的な枠組み自体を見直すことが一案と考えられる。現行の政府案は、「自己申告をもとに収入減などを基準として個別に審査のうえ給付+給付金は非課税+不正受給に対しては罰則を設けて対応」という枠組みになっているが、この案のもとでは、申請にあたって所得を証明する書類などを集める手間がかかり、審査に一定の時間を要し、不正受給を取り締まるために特別な体制が必要になる。罰則を設けるためには、予算案だけでなく関連法案を国会に提出して議決を経る必要が生じることも予想される。これらのことを踏まえると、額面通りに迅速な給付が実際に実現するのかという点についても、やや注意してみる必要があるかもしれない。

これらの点を踏まえると、発想を逆転させて、「一律給付(審査なし)+給付金は課税扱い+今年の所得が一定の基準を上回る場合は今年以降の所得税の賦課徴収において給付金相当分の税額を所得税に上乗せする措置をとる」という方法を採ることが代替案として提示できる。この方法を採ることの最大のメリットは、年の途中で仮置きの形で年収を仮想的に算定する必要がなく、所得税の賦課徴収の基礎となる正式な課税所得金額を確定させたうえで、実質的な所得制限付きの給付を行うことができることだ。上乗せする税額の算定方法を工夫すれば、給付に0円か30万円かという極端な段差を生じさせることなく、収入に応じて段階的に給付額(一律給付される給付金の金額から所得税に上乗せで付加される税金の金額を控除したもの)を変化させることも可能になる。

この案については、給付の際に事前の審査を要しないため、その分だけ迅速な給付が可能になるというメリットもある(西村康稔経済再生相からは、3月19日の記者会見で「現金給付について一般論として言えば、所得制限をやらなければ、それから商品券などと比べて迅速に支給はできるという面はあります。現金給付は所得制限をしなければ迅速に支給できる」との見解が示されている)。

なお、緊急経済対策には、上記「政府案の概要」の項で示した2つのタイプの対象者を列挙したうえで、これらの「世帯等を対象として」給付を行うとあるから、この「等」を例示列挙された2つのタイプに含まれないすべての世帯と読むことにすれば、全世帯に対する一律給付を実現することができることになる。

家計への支援策(現金給付)については、これらの点を踏まえて現行の政府案の問題点を精査したうえで、これまでの枠組みにとらわれない柔軟な発想をもとに、バランスのとれた成案が得られることが望まれる。

プロフィール

中里透マクロ経済学・財政運営

1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

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