ソ連型システム崩壊から何を汲み取るか──コルナイの理論から

生協や労働者管理企業や医療法人の存在根拠

 

こんなふうに見てわかるように、コルナイさんの指摘にそった転換を目指すことは、何でも資本家万能の資本主義企業にすればいいということでは決してありません。企業には、出資者だけでなくて、従業者とか利用者・消費者とか地域住民とか、いろいろな関係当事者(ステークホルダー)がいますが、以上の話からは、このうち誰が企業の決定権を握るべきかということは、誰が一番リスクをかぶるかで決まるのだということがわかります。

 

このことは、兵庫県立大学教授の三上和彦さんが年来主張されていることの一つです。三上さんはこのことから、資本主義企業以外のいろいろなタイプの事業形態が世の中に存在する根拠を説明しています(*23)。

 

例えば三上さんは、生協のような、消費者主権の事業体が発生する根拠を、健康に悪いものを食べたりするリスクから説明しています。食べ物などの安全にかかわる情報は、生産事業の内部にはありますが、外部からはわかりません。だから、そのリスクが一番降りかかってくる消費者が、事業の主権を握って、内部情報を知って決定するようにすれば、危険なものを作らない適切な生産がなされるというわけです。

 

また三上さんは、従業者が事業決定する労働者管理企業が、介護事業など、労働集約的な事業に多いということを指摘しています。つまり人手に頼る割合が高くて、あまり大規模な機械などが要らないということです。だから出資が少なくてすむので、出資が戻らない市場リスクは、他の産業と比べてたいしたことがありません。

 

確かに考えてみたら、こうした部門では、現場に事故などいろいろなリスクがたくさんあって、それにかかわる情報は現場の、利用者と従業者の顔のある人間関係の中にだけ偏って存在しています。それを知らない出資者側からの一方的決定で決められたのでは、現場の事情を損なうことが多いでしょう。現場の従業者や利用者が抱えるリスクが、出資者の市場リスクを凌駕していると言えます。よってこれらの事業体が労働者管理企業になったり、あるいは利用者主権の生協によって担われたりすることが多いのは、理にかなったことだと思います。

 

ところで私は、立命館大学の同僚の橋本貴彦准教授といっしょに、医療機関がなぜ、資本主義企業ではなくて医師に主権のある医療法人になっているのかという根拠を分析した論文を発表したこともあります(*24)。これも同様の理屈です。医療リスク(*25)を軽減するための設備投資が必要か必要でないかを判断する情報が、医師だけに偏って存在するからです。

 

その情報を持たない出資者が投資決定したら、リスクに比べて過少な設備投資しかしなくなります。医師が設備投資資金に責任をもたないまま、その投資決定だけ医師の判断にゆだねたならば、今度は、出資者が設備投資の必要性をわからないことにつけこんで、どんどんと過剰投資をしてしまいます。投資決定も医師がする、その代わり、その責任も医師が負って、資金はきっちり利子をつけて出資者に返すとなってこそ、社会的に最適な設備投資がなされるわけです。

 

医療機関もまた、現在、資本主義企業に担わせるべきだとする議論が高まっていますが、リスクと決定と責任が合致すべきだという観点から見たら、医師に主権がある現行制度には合理性があるのだというのが私たちの主張です。

 

さて、今回はソ連型システム崩壊の理由を、コルナイさんの議論にそって見たわけですが、80年代までに「行き詰まった」とされて転換を迫られたのは、ソ連型システムだけではありません。西側のケインズ政策や福祉国家などの国家介入システムもまた、同様に行き詰まりが指摘され、「小さな政府」にして民間企業の自由放任に任せる路線への転換が進められたのでした。

 

しかし、それまでのケインズ政策体制などの問題点を解決する道は、本当に民間の市場に任せて政府はなるべく何もしないことだったのでしょうか。次回は、ケインズ政策などの国家介入体制をするどく批判した、自由主義の巨匠ハイエクや、反ケインズ経済学の旗手フリードマンの言っていたことを検討し、彼らが本当に指摘していた問題点は何だったのかを探ります。

 

(*23)以下の議論は、Mikami, K., Enterprise Forms and Economic Efficiency: Capitalist, cooperative and government firms, 2011, Routledge, Abingdon. 三上の議論は、もっと一般的に、市場の不完全性のために不利を被る側が企業の主権を握るのが効率的とするものである。したがって、例えば労働市場に買い手独占が発生する場合は、労働者管理企業にする方が資本主義企業よりも効率的だという結論を導いている。

 

(*24)松尾匡、橋本貴彦「なぜ医療機関は医師が経営するのか(http://ritsumeikeizai.koj.jp/koj_pdfs/61616.pdf)」『立命館経済学』第61巻6号、2013年。

 

(*25)医療事故リスクだけでなく、診療効果が乏しかったり、副作用があったり、感染症の蔓延を防げなかったりすること等も含んでイメージしている。

 

(本連載はPHP研究所より書籍化される予定です)

 

連載『リスク・責任・決定、そして自由!』

第一回:「『小さな政府』という誤解

第二回:「ソ連型システム崩壊から何を汲み取るか──コルナイの理論から

第三回:「ハイエクは何を目指したのか ―― 一般的ルールかさじ加減の判断か

第四回:「反ケインズ派マクロ経済学が着目したもの──フリードマンとルーカスと『予想』

第五回:「ゲーム理論による制度分析と「予想」

第六回:「なぜベーシックインカムは賛否両論を巻き起こすのか――「転換X」にのっとる政策その1

第七回:「ケインズ復権とインフレ目標政策──「転換X」にのっとる政策その2

第八回:「新スウェーデンモデルに見る協同組合と政府──「転換X」にのっとる政策その3

 

サムネイル「Boris Yeltsin 19 August 1991-1.jpg」ITAR-TASS

http://en.wikipedia.org/wiki/File:Boris_Yeltsin_19_August_1991-1.jpg

 

 

 

 

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