ゲーム理論による制度分析と「予想」

「悪い均衡」の現状を批判できる

 

さて「制度」というものがこういうものだとすると、困った性質があることがわかります。

 

例えば、さきほどの表の右上の「日本型」の均衡よりも、左下の「アメリカ型」の均衡の方が、企業も労働者も双方ともメリットが大きいとしましょう。本当にそうかどうかは大いに疑わしいと思いますが、とりあえず説明の便宜上、もののたとえとして想定させて下さい。例が悪いのは話の行きがかりということで……。もし双方ともにメリットが大きいならば、「日本型」から「アメリカ型」に移るのに反対する人はいないはずです。こういうのを、「アメリカ型」均衡は「日本型」均衡に「パレート優越」していると言います[*9]。

 

だとしても、一旦「日本型」の均衡が取られていたならば、そこから「アメリカ型」に移ることは簡単ではありません。企業も労働者もみんな、「日本型」の振る舞いをするだろうということが予想される以上は、たとえみんながみんな、「アメリカ型」均衡になった方がメリットが大きくなるとわかっていたとしても、自分だけ「アメリカ型」に振る舞ったとしても損するだけです。結局みんなそんな損は嫌だと考えて「日本型」の振る舞いをしてしまい、いままで通りの均衡が維持されてしまいます。

 

もちろん、企業も労働者もみんなで示し合わせて、今度から「アメリカ型」の振る舞いをしようと合意して、それがみんなに信頼される予想になったならば、「アメリカ型」均衡に移行することもできるでしょう。しかし多くのこのようなケースでは、あまりにたくさんの人々が、互いにばらばらになっていて、信頼できる合意をすることが困難です。そうすると、人々はみんなこんな振る舞い方をしたくない、別のもっといいやり方をしたいと思っていても、人々の振る舞い方についての予想が、個々人ではコントロールできないものにひとり立ちしてしまい、各自はそれに縛られて行動することになってしまいます。

 

ゲーム理論を使った制度分析は、このように、現状の制度を批判して、もっといい制度に移ることを主張する論拠を提供します。

 

おわかりの通り、この手法は、基本的には伝統的な主流派ミクロ経済学の手法と共通しています。各企業や個々人が自分にとって一番メリットがあるように各自のやり方を決めると考えて、その合成結果として、世の中の状態を説明します。世の中の現状の秩序でうまい目をみている人たちは、従来は、この伝統的な主流派経済学の説明を自分に都合良く解釈して、「世の中の現状は、各自が自分が一番よくなるように自由に選択した結果なのだ。その結果苦しんでいる人がいても、それは自己責任なのだ」と言っていたりもしました。

 

ところが、この手法で制度分析をした結果言えるようになったことは、技術的物質的条件もまったく変わらず、各自が能力あるか怠け者か等々という性質もまったく変わらなかったとしても、たまたま歴史的におかれた状態のいかんによって、同じ人が、ある場合は冷や飯を食って苦しんでいるけど、別の場合にはもっと幸せな暮らしになっていたかもしれないということです。そうするとこれは自己責任でもなんでもないことになります。現状よりもパレート優越した均衡がある場合はもちろん、それがなくても、現状の秩序で犠牲になっている人の境遇がもっと改善される秩序への移行を主張できる論拠になるのです(図)。

 

 

図 予想による均衡への拘束

図 予想による均衡への拘束

 

 

読者のみなさんは、この理屈の骨子が前回説明した合理的期待モデルの理屈と同じ組み立てになっていることにお気づきでしょう。

 

人々が将来予想を抱いたもとで、各自自分に一番都合がよくなるように振る舞ったら、その合成結果が当初の予想を自己実現するというところです。そして、合理的期待や完全予見を前提にしたモデルが、当初は資本主義万能論と思われていたけれどもそうではなかったというところも同じです。複数均衡が発生し、その中にはバブルのように、市場不均衡が拡大していく均衡もあることが説明できるようになったということでしたね。だから、よくない均衡を批判して、よりよい均衡を実現する政策的主張の論拠になるという点で同じになっているのです。

 

 

制度の崩壊を根拠づける議論

 

また、こうした分析の結果、ある制度が別の制度に変わることが、もっと客観的な条件から説明できるようにもなりました。

 

もともと青木さんたちがこのような分析を始めたときは、「アメリカにはアメリカの制度があるかもしれないけど、日本には日本の制度があって、それはアメリカの制度と同じくらい合理的なものなのだ」として、日本独自の経済システムを正当化する意図があったのではないかと思います。しかしその後、この種の研究はむしろ逆の結論、すなわち日本型システムが崩れていくという結論を導く論拠になっていったように思います。

 

すなわち、企業特殊的技能を形成することが日本型雇用慣行のすべての基礎にあるわけですから、企業特殊的技能が要らなくなれば、この制度の根拠が失われてしまいます。

 

工場の自動化が進み、そうかと思えば中小企業までこぞって発展途上国に海外移転して国内の工場をたたむようになって、製造現場の熟練はだんだんと要らなくなってしまっています。事務作業もIT革命で自動化が進んで、情報の共有化もなされ、長年の経験に基づく知識がものをいう分野はすっかり少なくなってしまいました。長かった不況の中で、中高年のベテランこそ真っ先に要らない者扱いされてリストラの対象になり、終身雇用の保証なんてないのだということがまざまざと示されました。企業の長期的成長なんて見込めないし、そもそも少子化で下の世代ほど人口が減っていくとなれば、入社後年を経ればだいたいだれもが数人の部下を持つポストに出世できるなどという期待もまた成り立たなくなります。

 

もしこうなったら、企業としては、自前のコストをかけて企業特殊的技能を形成させるメリットはなくなります。そうすると、各自自社だけでも、終身雇用制も年功序列制もやめてしまって、単純労働者かできあいの汎用的技能を持った労働者を雇った方が安上がりになると考えるでしょう。労働者側も終身雇用が保証されない中で、企業特殊的技能を身につけようというモチベーションはなくなります。各自自分だけでも、外国語なりプログラミングなり、汎用的技能を身につけて資格をたくさんそろえた方がいいと考えるし、そうでないならばそもそも技能形成から降りてしまいます。

 

みんなこう考えるわけですから、企業はみな日本型雇用制度をとらなくなり、労働者はみな企業特殊的技能を形成しなくなり、日本型雇用慣行の制度均衡は崩れてしまいます。こうしたことは、ゲーム理論のモデルでは、外生変数が変化するとナッシュ均衡の一つが消えてしまうということで表されます。

 

また、グローバル化で企業の海外進出や人材の国際化、取引先の国際化が進んでいくと、やはり日本型雇用慣行が崩れる要因になります。各自、自分が関係する相手のうち、多数者がとるやり方に合わせた方が得になるからです。このようなことは、あたかも環境に適した遺伝子が増えるように、メリットの多いやり方がまねされて増えていくという「進化論ゲーム」のモデルを使って分析されています。

 

現実には、さすがに多くの日本企業の場合は、仕事がなくなったからと言って簡単に正社員をクビにしたり、年功序列をまったくなくしたりというわけにはいかなかったと思いますが、そのかわり、正社員の新規採用を減らして、どんどんと非正社員に置き換えていきました。その結果、非正社員比率は三分の一を突破して、職場によってはほとんどを占め、いままで正社員がやっていた仕事と変わらないことをするようになっています。この人たちは、終身雇用も年功序列も適用されない人たちですから、事実上日本的雇用慣行は崩れつつあることになります。その上、正社員にもリストラや成果主義が適用されるケースも普通に見られるようになりました。

 

[*9]同上書第3章では、本稿のモデルに、各々の技能の適合性が異なる二つの産業を導入し、アメリカ型、日本型双方を凌駕するパレート最適均衡の発生を示して、しかし歴史的経緯によって、それよりパレート劣位にある、日本型またはアメリカ型の均衡にはまってしまうことを論じている。

 

 

 

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