ゲーム理論による制度分析と「予想」

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企業別労働組合や人事部集権評価

 

さて、比較制度分析の研究者たちは、そのほかの戦後日本の特徴的な経済制度も、同様の手法でもって説明していきました。

 

例えば、戦後日本の労働組合は「企業別労働組合」と言って、職種にかかわらず企業ごとに組織されていました。欧米のように、企業にかかわらず職種ごとに全国的に組織される「産業別労働組合」ではなかったのです。これは、労働者側の握っている資源が企業特殊的技能である以上、それを社内でまとめれば経営側に対する交渉力になるからだと説明できます。汎用的技能に頼って生産している場合にはそうはいきません。企業内だけで労働者をまとめてストライキしても、経営側はよそからいくらでもスト破りを雇うことができるからです。この場合には、企業にかかわらず同じ種類の汎用的技能を持つ労働者みんな組織しておかないとこれを防ぐことはできません。

 

これも、いま日本でとりわけて労働組合の力が弱っているのは、企業特殊的技能が以前と比べて不要になって、非正社員が増えているからだと説明できます。従来の日本型企業別組合は、非正社員を仲間に入れず、最初の頃は低賃金の非正社員化が進むことを正社員の賃上げの原資ができるぐらいにみなして、かえって支持するぐらいでした。そのことがいまに至って自分の首を絞めていると思います。労働組合は、本来労働組合を必要とする数多くの労働者たちから、一部の、企業特殊的技能が評価される幸運に恵まれた、経営側への昇進予備軍からなる特権者集団とみなされてしまっているのだと思います。

 

また、戦後日本型雇用慣行では、昇進を技能形成のご褒美に使う仕組みでしたから、その評価を正当に行うためのしかけが必要になります。そこで、欧米のように特定の職種のエキスパートにするのではなくて、ひとりひとりを数年ごとにいろいろな部署にまわす、「ジョブローテーション」がとられることになります。個々の上司には、相性が合う合わないなどのバイアスがあるかもしれませんが、一人の人について、いくつもの部署を回して何人もの異なる上司の評価をそろえれば、公正な評価に近づけることができるからです。また、同じ人に対して他の上司と異なる評価をいつもつける上司は、評価の仕方にバイアスがある人だと判断できるでしょう。こうして、ジョブローテーションを回し、各自の昇進のための情報を集中するために、日本企業特有のスーパー部署「人事部」が必要になるわけです。

 

 

株式持ち合い・メインバンク・行政指導

 

さらに、終身雇用制を守るためには、一時的な景気の悪化ぐらいで従業員のクビを切るわけにはいきません。ところがそんなことをすると、一時的であれ業績が悪くなって、個人株主は配当がもらえなくて損だとか、株価が下がって損だと言って、株主総会で経営側に文句をつけたり、乗っ取り屋に株を売ったりしてしまうかもしれません。

 

これを防ぐために、十分な割合の株を、会社どうして持ち合いして、お互いそんなことで口出しはしないようにしました。これで個人株主の圧力を気にすることなく、短期的な業績悪化にかかわらずに終身雇用制を維持できました。

 

しかしこんなことをすると、野放図な経営を許してしまうかもしれません。そこで「メインバンク制」が機能を果たしたと説明できます。

 

株主の圧力を避けるために、株による資金調達があまりできませんでしたから、各企業は銀行からの借り入れに頼ることになります。銀行はリスクを抑えるために、融資団を組み、代表の銀行がその企業のメインバンクとなって、役員を派遣したりして経営状況をモニターします。そして、日頃は企業特殊的技能が一番力を発揮するような現場の判断に任せておきながら、いざ深刻な業績悪化が起こったとこには乗り込んできて役員を一新します。各企業の経営者は、万一しくじったらこんな目にあうことがわかっていますので、あまり野放図な経営をすることが避けられることになります。

 

そして、このようなモニタリングの役割を果たすことが銀行にとってちょうどメリットになるような、高すぎも低すぎもしない収益が得られるよう、官僚が規制や行政指導で銀行どうしの競争を抑えて利子を規制してきたと言えます。

 

このように、「日本型」とされるさまざまな制度のパーツは、お互いにつじつまが合うように組み合わさって、全体システムとして、企業特殊的技能形成を促進するための合理的な役割を果たしていたと解釈できるわけです。

 

このように、さまざまな制度のパーツが、互いに成立の条件となって支え合って、全体としてつじつまがとれたシステムを成すことを、「制度的補完性」と言います。上の説明では、あたかもこうした因果関係を、誰かが意識して設計でもしたかのような言い回しで説明しましたが、もちろんこれは言葉の綾です。実際には、日本型システム成立の当時、誰も、こんな全体の合理的機能を意識していた人はいなかったでしょう。ましてや全体を設計した大天才などいるはずがありません。たまたま歴史的におかれた条件のもとで、各企業や各労働者が自分にちょっとでもメリットがあるように行動した結果として、このような制度均衡に落ち着いていったのだと思います。

 

その中にいた当事者には、経済的機能など知らず、大真面目にこれが日本文化だと信じて従っていた人もいたかもしれません。しかし、まったくアメリカ人的性格の人ばかりでも、戦後日本の当初の人々の行動を受けて各自自分が有利なように行動すれば、これは成立するのです。そしてこうして成立した均衡が、誰も意識しなくても、全体として企業特殊的技能形成を促進するために合理的に機能したというわけです。

 

 

マグリブ型システムとジェノア型システム

 

以上見たような制度分析の対象は、もちろん戦後日本型経済システムにとどまるものではありません。有名な例では、「比較歴史制度分析」を名乗るグライフさんの、「マグリブ商人vsジェノア商人」の制度モデル[*10]があります。マグリブ商人は、中世地中海貿易で栄えたチュニジア拠点のユダヤ人商人です。ジェノアはご存知のとおり、ルネサンス期イタリアの都市国家ですね。同じく地中海貿易で栄えました。両者がとっていた違った二つのシステムが、ゲーム理論の複数均衡として説明されたのです。

 

遠く離れた所と貿易するには、当時は現地の代理人を使わなければなりませんが、代理人がネコババするリスクをいかに防ぐかが問題になります。ネコババを見つけたらその代理人をクビにすればいいのですが、クビにされても次の雇い主を探せばそのうち見つかるなら、クビ覚悟でのネコババの可能性を防ぐことはできません。ゲーム理論のモデルを建ててこの問題を検討してみたら、均衡が二つ発生することがわかりました。

 

そこで発生するやり方のひとつは、雇い賃を高くすることです。そうすると、万一クビになったときは、つぎの雇い主が見つかるまでの間大きく収入が減ることになって損です。そこで代理人は合理的に考えてネコババしないことになります。これがジェノア商人が採用したやり方でした[*11]。

 

もう一つのやり方は、一度ネコババしてクビになった代理人は、貿易商たちの誰ももう雇わないようにすることです。そうなると、雇い賃を高くしなくても、代理人はネコババしなくなります。貿易商たちがみなこのように振る舞うと予想されるもとでは、一旦ネコババがばれてクビになった代理人は、たまたま運良く次の雇い主にありついても、クビ以外の原因で代理人関係が終わる可能性はあるので、雇い賃をよっぽど高くしないと、クビ覚悟でできるだけネコババしておく方がトクになります。それがわかれば、貿易商は、わざわざ高い雇い賃を払うこともないので、何のペナルティもなくても、ネコババがばれてクビになった代理人は雇わないことになります。かくしてこの均衡が自発的に維持されます。こちらがマグリブ商人が採用したやり方です。

 

このように、まったく同じ条件でも二種類の異なった制度がナッシュ均衡として出てくるのです。どちらの可能性もあり得るのですが、当初は、マグリブ商人が地中海貿易に覇を唱えていました。貿易商にとっては、雇い賃のコストが安い分マグリブ方式の方がトクです。しかしこの方式では、部外者が、「ネコババしてると噂を流すぞ」と代理人をゆするかもしれませんので、部外者の告げ口は受け付けないことを公言しておかなければなりません。だから、固定した商人仲間の間で、関係が閉じてしまいます。それに対して、ジェノア商人は自分たち自身が入植しなくても、新しい代理人を見つけて貿易先を広く開拓していけるので、やがて地中海貿易の覇権はジェノアに移ることになりました。

 

[*10]Greif, A., “Cultural Beliefs and the Organization of Society: A Historical and Theoretical Reflection on Collectivist and Individualist Societies,” Journal of Political Economy, vol. 102, no. 5, 1994. 前掲訳書では、第3章、第9章。

 

[*11]よくこの議論の紹介の中で、「司法機関を整備したこと」がジェノア型の解決とされていることが多い。これはその通りだが、グライフのモデルそのものから導かれているわけではなく、文章で述べられているだけである。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

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