イスラーム過激派とは?Q&A

Q1.中東やイスラーム世界での紛争やテロ事件、政治的な混乱についての報道や議論で、「イスラーム過激派」と呼ばれる個人や組織が話題になることがよくありますが、一体どのような人々なのでしょうか?

 

各国の政府・報道機関や、そのほかさまざまな分野で大まかな共通のイメージはあると思いますが、「イスラーム過激派」についてきちんと定義されているわけではありません。各国の政府や報道機関は、「各国政府・報道機関の利益や価値観に反するような行為をイスラームによって正当化する」個人や団体に対し、イスラーム過激派との呼称を用いる傾向が強く、用語法は恣意的になりがちです。また、単にイスラーム教徒(=ムスリム)が政治・軍事的な紛争に関与するだけで「イスラーム過激派」と呼ぶことも、もちろんできません。このため、各国の政府や報道機関の間で類似する現象や運動を表す場合でも、用語の使用はまちまちです。

 

例えば、イスラーム過激派という用語の他にも、イスラーム原理主義、イスラーム急進派、戦闘的イスラーム、ジハード主義/ジハード主義者(jihadism/jihadist)などの用語が同種の現象や個人・組織を形容する際に用いられていることがあります。こうした状況ではありますが、あえて単純化してイスラーム過激派を暫定的に定義づけるとすれば、以下のような個人や団体を指すものと考えることができます。

 

 

1. イスラーム世界全体がユダヤ・十字軍とその傀儡の侵略を受けていると考える。

2. 上記の侵略を排除し、イスラーム法による統治を実現することを目指す。

3. 2.を実現する手段は現存する国境に拘束されない広範囲で武装闘争(=ジハード)とそのための資源の調達を行うことであると考え、既存の国家・議会や非暴力の政治行動に否定的な態度をとる。

4. 非合法の活動を行う。

 

 

ここで注意すべき点は、イスラーム世界の地理的な範囲や境界、イスラーム法の解釈やその実践のやりかたが、もっぱら「イスラーム過激派」と呼ばれる個人や団体の「彼らなりの」理解にもとづくものだという点です。要するに、イスラーム過激派が考えるイスラーム世界の姿やイスラームの解釈・実践は、一般的なムスリムが理解するそれとは異なっており、ムスリムのほとんどにとって受け入れることも理解することもできないものの場合が多いのです。

 

また、上のように定義づけると、イスラーム過激派とのレッテル貼りにより機械的に同一視されていたさまざまな主体を、思想や活動の実態に応じてより的確に分析することが可能になります。

 

例えば、パレスチナのハマース、イスラーム・ジハードやレバノンのヒズブッラーの場合、いずれもパレスチナやレバノンの民族主義・愛国主義運動としての側面を持ち、武装闘争やそのための人員確保の場をパレスチナ、レバノンに限るという立場をとっています。また、ハマースとヒズブッラーは、各々が活動する領域内での政治過程に合法的に参加し、選挙や議会制度、そしてイスラーム法が実践されているとは言えない既存の政治・行政制度を容認しています。こうして考えると、ここであげた諸派はイスラーム過激派の要件を完全には満たしているとは言えません。

 

 

Q2.イスラーム主義やサラフィー主義という思想潮流がイスラーム過激派の思想的なよりどころと言われていますが、どのような思想なのですか?

 

イスラーム主義とは、「イスラームの理念を掲げ、最終的にはイスラーム法によって秩序付けられた国家(ウンマ)を建設しようとする政治(時として社会、文化)運動、およびそのイデオロギー。とりわけ、近代以降に生まれたものをさす」とされています[岩波イスラーム辞典 138頁]。

 

イスラーム主義が近代以降の思想・イデオロギーとして重要なのは、イスラーム主義を掲げる運動がさまざまな領域に宗教を持ち出す時代錯誤的な運動ではなく、重要な近代思想のいくつかの部分を取り入れ、科学技術とその成果を積極的に利用するからです。つまり、イスラーム主義は近代以降の政治・経済・社会分野での運動やイデオロギーと対置され、競合するものと考えられます。

 

また、イスラーム主義の思想や運動をになった指導者たちの多くは、伝統的なイスラーム教育ではなく理工・医系も含む近代的な高等教育制度の高学歴者です。イスラーム主義にもとづく運動は、既存のイスラームのありかたを批判し、「真正な」イスラーム共同体を確立しようとする、イスラーム世界の内側からの改革運動としての性質も帯びています。

 

一方、「真正な」イスラームとは外来思想など後代につけ加わった逸脱を排除し、イスラームの初期世代(=アラビア語でサラフと呼ばれる世代)の原則や精神への回帰することだと考える思想潮流を、サラフィー主義と呼びます。サラフィー主義の思想的な源流は中世までさかのぼることができますが、近代に入ってイスラーム世界が西洋列強に対してあきらかに劣勢になったことが、近代的なサラフィー主義の発展の契機です。つまり、イスラーム世界の弱体化の原因をイスラームの信仰や実践の衰退・堕落に求めた自己点検作業としてサラフィー主義が伸長したのです。

 

イスラーム過激派は、彼らが正しいと考えるイスラームをイスラームの初期世代の正しいイスラームであると主張しますので、彼らもサラフィー主義者と呼ばれます。しかし、サラフィー主義やサラフィー主義者すべてが政治的指向や戦闘的な行動様式をもっているわけではありません。サラフィー主義者や彼らが起こす運動の中には、政治活動から離れ、イスラームの教学・教宣や、日常生活での実践に傾倒しているものも多数あります。このため、イスラーム過激派のようにイスラームに基づいて政治的主張をし、それを武装闘争によって実現しようとする潮流をとくにサラフィー主義ジハード主義と呼ぶ場合もあります。

 

 

Q3.イスラーム主義やサラフィー主義は「イスラーム原理主義」とは違うのですか?

 

イスラーム原理主義という用語は、イラン革命などの政治色の強い急進的なイスラーム主義運動をさして用いられた用語で、イスラーム主義・サラフィー主義にもとづくさまざまな運動や現象に対して広く用いられた時期もありました。

 

しかし、原理主義という用語は本来20世紀初頭のキリスト教プロテスタントの特定宗派をさして用いられたfundamentalismという用語の邦訳です。このため、本来原理主義と呼ばれていたプロテスタントの宗派の信条・思想的特徴は、イスラーム原理主義と呼ばれたさまざまな現象の信条・思想的特徴にそのままあてはめることができません。そして、元来キリスト教独自の用語だった原理主義という用語をイスラームなどの他の宗教などに分析概念として適用することについての異論も多かったため、イスラーム主義などの分析概念が提案されました。こうした経緯もあり、イスラーム原理主義という用語の使用や、それにもとづく分析は近年減少しています。

 

 

 

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