東日本大震災、仮設住宅に移るまでに起きたこと

避難所内の不協和音――仮設住宅に移るまで

 

<仮設住宅の建設開始>

 

避難生活も一ヶ月近い4月初旬だったと思います。「グラウンドに停めてある車を別の場所に移動して欲しい」と連絡が来ました。米小体育館の目の前のグラウンドに仮設住宅を建設する工事が始まるとの事でした。

 

翌日には多数の工事車両が入ってきました。小学校のグラウンドを整地しなおす作業が始まりました。体育館から見ていると、みるみるうちに大量の杭が打ち込まれ、あっという間に建物の形が出来上がりました。この間一週間程度だったと思います。

 

体育館の中は落ち着きません。仮設住宅ができる。入居が始まる。みんな当選を祈ります。

 

 

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<米小仮設住宅当選者通知>

 

4月中旬、米小避難所内に設置してある電話が鳴りました。避難所に住む1人に仮設住宅の当選の連絡でした。

 

「4月○日までに入居の意思決定をしてください。4月27日に入居者説明会があるので、参加してください。」との内容でした。

 

陸前高田では、仮設住宅入居に当たり入居希望場所アンケートをとっていました。○○仮設住宅希望、○○町内の仮設住宅希望、どこでも良い、の選択肢でした。もちろん、入居希望が多ければ抽選です。

 

米小のグラウンドに建つ仮設住宅は市内で二番目に建設が始まりました。つまり、米小仮設住宅に入居できなければ、次はいつ入居できるか予想がつかないのです。当選通知の電話は、毎日何度もなりました。

 

当選通知が複数に届いたことで、全体がざわつき始めました。20日頃には、当選通知の電話も鳴らなくなりました。当選の電話が来なかった人の落胆と、当選通知の届いた人のいたたまれなさが避難所内の空気をかき乱します。

 

その段階で、私には当選通知の電話が鳴りませんでした。落胆した人の気持ちも分かります。自分には小学校低学年と保育園の子どもがいましたし、高齢の両親もいましたから早く仮設住宅に入居したいという気持ちもありました。

 

そんな中、一人の方の気持ちが爆発しました。その方には、介護の必要な親がいました。当然、優先して入ることができると思っていたようです。市役所の職員が米小避難所を訪ねてきた際にケンカ腰で詰め寄っていました。その職員は、仮設住宅の担当の人ではありませんでした。もちろん、答えようもなく帰っていきました。

 

残された私たちには重苦しい空気が流れました。この中にいる当選者が辞退すれば、この家族が入居できるのではないか。なぜ、あの人は優先して入れないのだろう。その答えが、4月24日に分かりました。

 

 

<我が家への当選の連絡>

 

「入居当選の辞退者が出ました。繰り上げ当選です」

 

4月24日、私にも入居当選の電話が来ました。ある程度の説明を聞いた後に担当者に質問しました。

 

「なぜ今のタイミングなのか。私より優先して入るべき保護世帯があるのではないか」

 

担当の方は、

 

「優先して入居してもらいたい世帯はたくさん登録されています。しかし、保護世帯のみで仮設住宅を構成したら自治会はどうなりますか。私たちは、その先も考えなくてはいけないのです」

 

と答えました。

 

納得です。担当者さんに謝罪し、入居の返事をしました。しかし、避難所に戻るといろいろな想いがこみ上げてきて、役員にも仮設住宅に当選したと伝えられません。しかし、通知が24日、説明会が27日。いつまでも内緒にしていられません。

 

意を決して役員会の席で当選の通知が来たことを話しました。「おめでとう」と言ってくれる人、「え~」と困った顔をする人。さまざまでした。私だけではなく、早い段階で会長も仮設住宅への当選が決まって報告されていたからです。しかし、いつかは全員が避難所から出なくてはいけないのです。早いか遅いかの問題だけです。

 

現会長の後任を含め、役員の補充を決めました。その次の日から保管してある物資の分配作業が始まりました。避難所に残る人の事も考えて、残す分を決めて、仮設住宅に移る世帯も残る人にも均等にタオルや歯ブラシなどの生活用品、カップラーメンや米や缶詰などの保存食品などを各世帯に配分しました。

 

 

<入居が遅れた仮設住宅>

 

4月27日に入居者説明会がありました。

 

入居予定者はもちろん、避難所に残される人も、すぐに仮設住宅に移れるものだと思っていました。

 

しかし「建設は完了していない。完了の目処が立ったので説明会を開催しています。また、家電製品も届いていない」とのことでした。そのことを避難所の皆に伝え、もう少し同居させてもらうように話しました。

 

5月3日、市役所から連絡が入り「建設が完了したので鍵を渡します」とのこと。さっそく、鍵を受け取り仮設住宅の部屋を空けました。自分に割り当てられたのは、4畳半二室と6畳間1室です。ここで家族7人の生活が始まるはずでした。

 

しかし、家電が入っていません。これでは、寝泊りはできても生活はできません。担当者に聞いてもいつになるか分からないとのこと。

 

被災のために全国の工場が止まっていること。計画停電の影響で工場の稼動が上手くいっていないこと。何より、被災で家電製品を流された人数が多すぎて生産が追いつかないとのことでした。結局、鍵を受け取った人全員が避難所に戻ります。

 

あてが外れたのは、仮設住宅に入居する人だけではありません。体育館にいる人たちも「人数が減って負担は増えるが、寝る場所は広くなる」と考えていました。それなのに、何日経っても引越ししない。広くならない。仮設住宅に入る予定の人は肩身が狭く感じていました。

 

一週間目の5月10日、大型トラックが何台も来て、次々と家電を運び込みました。

 

結局、テレビだけは後日になりましたが、洗濯機・炊飯器・冷蔵庫が運び込まれ、本格的に仮設住宅に入居しました。

 

 

<あと片付け>

 

5月末には、近くの中学校のグラウンドにも仮設住宅が建ちました。その中学校の仮設住宅に体育館避難所のほとんどの人の入居が決まりました。やはり、中学校の仮設住宅もしばらくの間、同じ理由で家電製品が届かず入居できませんでした。

 

それでも6月20日過ぎには全員が体育館を後にしました。6月29日に当時住んでいた全員が集まり体育館の大掃除をして、6月末日に米崎小学校学校に体育館を帰して、米崎小学校体育館避難所は幕をおろしました。

 

 

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書き終えて


前回の投稿後、多くの意見をいただきました。賛同の意見、否定の意見、改善の提案、私の知識不足についてなど。SNSに書かれているものもできる限り目を通させていただきました。

 

私に書けることは米崎小学校体育館避難所で起きた、または活動した事実だけです。また、最善のことをしたつもりもありません。

 

他の避難所や行政の動きについて書くことはできません。きっと私たちには手に余っていたことを上手に解決していた避難所もあるでしょう。

 

それはやはり、その避難所を運営した人間にしか話せない(書けない)事だと思います。

 

そういう話が今後も増えてきて、次の万が一に向けたマニュアルに反映されることを願っています。そして、そのマニュアルがいつまでも使われないことを切に願います。

 

 

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