被災地最前線からの報告 ―― 記者たちが探し出した『真実』

おびただしい死と過酷な現実を前に、記者たちはどんな『真実』を探りあてたのか――。

 

震災から1年余。

 

メディアは、そのおびただしい被害者の数を連日のように伝えてきた。しかし「数字」となった一人ひとりには、それぞれのストーリーが存在する。その一人ひとりの物語を、そして生き残った被災者の「今」を、被災地に寄り添いながら伝えてきた5人の新聞記者がいる。

 

ある記者は民家に下宿し、またある記者は断水の続くホテルに住み、仮設トイレで用を足しながら取材を続けたという。がれきの中を泥だらけになって歩き回り、仮設住宅の人たちの話に耳を傾けることで生まれた被災地の記事。しかし、人の不幸をメシの種にしているという罪悪感。被害の大きさに対し、書いても書いても伝えきれないという無力感。

 

『復興しようとする地域にも、まだ前へ踏み出せない人がいる。そのすべてが「被災地」なのだ』

 

『壊滅的、と何度も書いた。そんな状況でも、支えあう住民たちに出会い、救われる思いがした』

 

被災地に寄り添う記者は、様々な葛藤を抱えながら、時に「希望」を見出しながら、震災に向き合い続けている。

 

被災地に暮らし、被災地を伝えてきた記者が目にしたものとは――?

そして、紙面には載せられなかった思いとは――?

 

被災地の最前線で取材を続ける朝日新聞の記者5人を招き、約1年間にわたる継続的な取材で見つけ出した震災の『真実』をお伝えします。(構成/金子昂)

 

 

自己紹介

 

亀松 皆さんこんばんは。ニコニコニュース編集長の亀松太郎です。本日は、「ニコニコ動画×朝日新聞  被災地最前線からの報告 ―― 記者たちが探し出した『真実』」と題して、被災地の最前線で取材を続ける朝日新聞の記者5人の方を招き、約一年間にわたる継続的な取材で感じたこと、考えたことを語っていただきたいと思っています。朝日新聞では第三社会面で、去年の6月から5人の記者が交代で連載しているコーナーがスタートしました。本日お招きした記者は、このコーナーを担当されていた方々です。

 

では、本日お話いただく皆さんをご紹介したいと思います。まずは、宮城県石巻支局長の川端俊一さんです。川端さんは、いつ石巻支局にいらっしゃったのですか。

 

川端 去年の5月10日、震災の二ヶ月後に着任しました。石巻支局は、海からだいたい1キロのところにあるため津波で浸水していました。ですから、震災直後から宮城県に入っていたものの、着任前にまず復旧作業をする必要がありました。その作業中に瓦礫の下に男性の遺体が発見されます。免許証をもっていたために身元もすぐわかりご遺体はご遺族のもとに帰られました。この経験はいまの取材の1つの原点となっています。

 

亀松 ありがとうございます。

 

次に岩手県宮古市局長の伊藤智章さんにお願いいたします。伊藤さんもやはり5月頃に宮古支局長になられたのでしょうか?

 

伊藤 いえ、3月から何回か被災地は訪れていましたが、宮古には6月に入りました。

 

亀松 なるほど。宮古市にはご自分で志願されていらっしゃったのでしょうか?

 

伊藤 いえ、全然(笑)

 

震災前、本社で論説委員をやっていたのですが、今回はどうしても現場に行かなくてはいけないと思い、「現場に行かせろ」とずっと言っていたんです。たまたま仙台に来ていたときに、突然電話で「宮古支局なら空いているから行きなさい」と言われて、宮古支局に着任しました。

 

亀松 わかりました。今日はよろしくお願いします。続いて同じく岩手県の大槌駐在の東野真和さんです。

 

東野 こんばんは、よろしくお願いします。

 

亀松 今日お越しいただいた記者のなかには、支局長と駐在という2つの肩書があります。これはなにが違うのでしょうか。

 

東野 もともと朝日新聞として拠点を置いているところが支局、駐在は今まで拠点のなかったところのことです。

 

亀松 なるほど。東野さんの記事を読むと、支局がなく、住むところから探さなければならなかったと書かれているのはそういうことなのですね。結局、どのようにして住居を見つけられたのでしょうか。

 

東野 大槌には住むところがほとんどありません。不動産屋に聞いても「あなたに貸すくらいなら他の被災者の方に貸す。現に1LDKのところに7人で住んでいるところもあるし、あなたに貸すようなところはないと思う」と言われました。何日かしてなんとか下宿なら貸してくれるところを見つけて。

 

亀松 下宿ということは普通の民家ですか。

 

東野 はい。そこが現在の駐在先です。

 

亀松 なるほど。今日はよろしくお願いします。

 

続いて福島県南相馬支局長の佐々木達也さんです。佐々木さんは他の方に比べると少し遅い時期に南相馬支局に来たと聞いています。第一印象をお話ください。

 

佐々木 私は9月20日に南相馬支局に入りました。南相馬市の原町区というところは建物自体の被害はあまり大きくありません。もちろん津波にあってたくさんの方が亡くなっているのですが、一見したところ普通の小都市かなと思いました。ただ、例えば緊急避難地区になっていたために、多くの方が避難し人口が減っています。住んでいるうちに、そういった面が少しずつ見えてきた気がします。

 

亀松 ありがとうございます。では最後に、宮城県の南三陸町駐在の三浦英之さんです。南三陸町は非常に被害が大きかったと報道されている地域です。三浦さんは、東野さん同様、駐在ということですが、どこにお住まいなのでしょうか。

 

三浦 私は現地で辛うじて全壊を免れた観光ホテルと交渉をして、シングルルームを住まいとさせてもらいました。

 

亀松 そこにずっと住んでいたのですか。

 

三浦 そうです。

 

亀松 水が止まっていて、トイレも水洗じゃないと聞きましたが。

 

三浦 南三陸町は水の復旧が遅れて、水道の復旧は、確か6月下旬から7月上旬頃でした。それまでは外に20から30くらい置かれている仮設トイレで用を足していました。

 

亀松 なるほど。そんな中で取材したときのことをいろいろお話いただければと思います。よろしくお願いします。

 

 

 

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