2012.12.26

リスクを決めるのは科学ではなく、社会だ

シンポジウム「みんなで決める安心のカタチ ~ ポスト311の地産地消を目指して」

社会 #リスク#ホットスポット#震災復興#勝川敏雄#射能汚染#かしわで#いわきの子供を守るネットワーク#「安全・安心の柏産柏消」円卓会議

東京電力福島第一原子力発電所の事故により、ホットスポット問題に直面することになった千葉県・柏市。放射能汚染の心配から、柏産農作物の売り上げは著しく減少した。そのような状況のなかで「柏の野菜を安全に美味しく食べたい!」という思いのもとに立ち上げられた「安全・安心の柏産柏消」円卓会議。消費者や農家の協働により、農場ごと、品目ごとのきめ細やかな放射能測定を行い、消費者からの信頼回復に努めている。

プロジェクトの開始から一年半が経ち、集大成となる『みんなで決めた「安心」のかたち~ ポスト3.11の地産地消をさがした1年』の出版を記念して、柏市民会館でシンポジウムが開催された。円卓会議事務局長である五十嵐泰正さんの司会のもと、様々な立場に立つパネリストたちが各々の立場から活動を振り返り、今後の課題を論じた。(構成/出口優夏)

不毛な対立を止めるために ―― 円卓会議のはじまり

五十嵐 それではパネルディスカッションを始めさせていただきます。司会を務めます五十嵐です。初めに私から少しお話させていただきます。

放射能問題は科学の問題ではなく、すでに社会の問題になっています。放射線の人体への影響については専門家のあいだでも議論が割れていますが、「閾値なしモデル」と呼ばれる仮説にもとづいて放射線防護が推奨されるのが一般的です。つまり、何ミリ㏜から危険だという質的にはっきりした区切りがあるわけではないということです。では、どうするか? ここで適用されるのがALARA 原則です。これはas low as reasonably Achievableの略語ですが、放射線の影響を「合理的に達成可能な範囲でできる限り低く」抑えることを目指すべき、という指針です

ここで大切なのは「合理的に達成可能な範囲で」という点なんですね。どういうことかというと、測定にも防護にも除染にも一定のコストがかかる以上、ただ単に「できる限り低く」を追及すると、どこかで非合理的になってしまいかねない。そうなると、社会的なデメリットを引き起こす可能性もでてくる。つまり、どこまで放射線防護を行うかは、メリットとデメリットを比較考量して決める必要があります。具体的には、社会のさまざまな立場の人の合意の問題として決めていくべきだということです。

食品放射能汚染について考えれば、消費者側の立場からは、当然、数値が低いほど安全ということになります。他方で、生産者にとってはあまりに厳しい数値は現実的ではありません。そうしたなかで震災後、消費者からは、生産者への心ない暴言がぶつけられましたし、善意からのものであっても、生産者の実情に無知で安易な発言も目立ちました。一方の生産者側やそれを支援する行政も、「買って応援」という情緒的なキャンペーンばかりで、消費者の安心感を醸成することは後手後手に回っていました。

こうして、本来は対立する必要などない消費者と生産者とのあいだで、深刻な相互不信が生じてしまった。私はストリート・ブレイカーズ(柏市で市街地活性化イベントなどを行う団体。円卓会議の事務局となった)で消費者目線から生産者と関わる活動を行っていたこともあり、両者の争いがとても不毛だと感じていました。それならば、生産者も消費者がともに顔を突き合わせ、ALARA原則に愚直に則った協働的な解決を模索してみよう。こう考えたのが私たちの活動の始まりでした。

私たちはまず、「地産地消」というありふれた言葉に立ち返り、プロジェクトを組み立てることを考えました。生産者と消費者とのあいだで大きな壁となっていたのは、両者のモビリティの違いに基づく非対称性だと考えていたからです。消費者に安易に「ホットスポットでは農業なんてやめなよ」と言われながらも、生産者はそう簡単に移動なんてできない。その一方で、消費者はグローバルに調達されたスーパーの商品棚から食品を選択できる立場にあるわけですから、ごく自然なリスク回避行為として「産地を選ぶ」という行動をとります。このこと自体はある意味仕方のないことですし、ここを安易に非難してしまうと、消費者と生産者の分断は深まるばかりで、「風評」の払拭にもつながりません。

しかし、消費者にとっても、他のリスク回避の方法があるはずだと私たちは考えました。「信頼できる生産者から、目の前で安全が約束された作物を買う」ということです。これは、産地偽装さえ疑われている状況のなかでは、流通過程が複雑で産地がよくわからなくなっている加工品などと比較しても、ある意味非常に強い安心感をもたらします。幸いなことに柏は、消費者と生産者の距離が近い。そのため、目の前での協働的な安全確認作業を経て、放射能問題を「住んでいる街の問題」として共有することが可能ではないかと考えたんです。

確かにホットスポットの問題という深刻でネガティブな契機ではありますが、市民がより震災前より柏の野菜に注目するようになったのは確かです。それに生産者側がきっちりと答えていくことで、以前より直販農家の必須の課題だった「顔の見える信頼関係」を構築していくチャンスだと思いました。そして、「放射能問題にとどまらず、柏野菜をどのようにブランド化していくのか」を最終目標として、2011年7月に円卓会議を立ち上げ、個別農家ごとの放射能測定や情報発信などの活動を行ってきました。

では、パネリストの皆様が各地で行っている取り組みをご紹介していただきたいと思います。勝川さんからお願いします。

五十嵐泰正氏

漁業復興のキーポイント

勝川 私は漁業政策全般にかかわる活動をしています。放射能は専門外でしたが、小さな子どもがいる父親として、「子どもたちが魚を食べて大丈夫なのか」という思いから、情報収集を始めました。水産物の放射能汚染を理解するには、広範囲にわたる知識が必要です。幸い研究者という職業柄、各分野の知り合いを通して情報が集まってきました。そうして得た情報を、他の心配している方々にも共有しようと、インターネットで発信を始めました。

また、震災後は漁業の復興にもかかわってきました。現在は「生産者と小売業者がタックを組んで、地域資源の価値を再発掘し消費者に伝える」という取り組みを積極的に行っています。生産者と小売業者をつなぐことで、ストーリーを消費者に伝えることができます。また、ストーリーがお客様に伝わることが、他との差別化、ブランド化につながります。そのような人と情報の繋がりが、これからの第一次産業においてのキーポイントになると思い、活動している最中です。

勝川俊雄氏

消費者に分かってもらうためにはどうしたらよいのか

五十嵐 次に地域最大級の農業物直売所「かしわで」を運営する「株式会社アグリプラス」代表取締役の染谷社長にお話を伺いたいと思います。

染谷 「かしわで(http://www.kasiwade.com/)」を作る契機となったのは、農業をしていくなかで、多くの問題が発生したことです。ひとつに、外国産農産物が多く入ってきたことが挙げられます。とくに、中国から多くのねぎが入ってきたことが、柏の農家に大きな打撃を与えました。これに打ち勝つために、生産地であり、かつ消費地であるという柏のメリットを活かして、直売所を作りました。

震災当初、柏は福島から遠く離れていることもあり、大きな影響はないだろうと考えていました。しかし、3月21日頃に降った雨の影響により、その後柏で高い放射線量が検出されてしまったのです。多くのメディアがそのことを報じたこともあり、さまざまなかたちで問題が生じました。ひとつは学校給食の問題です。直売所では学校給食に食材を提供していたのですが、「父兄の皆さんが、柏の食材の安全性を心配している。どうしたらよいのか。」と学校に呼び出されたこともありました。

そのなかで、自分たちが作っているものが安全かどうか調べてみようと、放射能測定を始めました。出荷される野菜やコメを検査にかけ、当時の安全基準値である500ベクレル/kgよりも低い20ベクレル/kg以下のものだけを販売することにしたのです。

20ベクレル/kgという基準値は私たちが決めたものですが、生産者側にとっては高いハードルでした。生産者にしてみれば、自分たちが作ったものをなんとか売りたいという思いがあります。私も農業をやっていますから生産者の気持ちはよく分かりますが、「かしわで」に置いた農産物から放射性物質が出たら大変なことになってしまいますので、安全なものだけを提供するために放射能測定を続けてきました。しかし、それでもお客様からの信頼を得ることは難しかったです。

また、幼稚園児の父兄に対して行われたアンケートがありました。「どこの機関が行った放射性物質の検査の値が信頼できますか?」という質問に対して、その回答には「大学・専門の測定機関」や「市民・消費者」というものが多く、「農家」という回答は約440名の回答者のうちの7人しかありませんでした。

私たちがこんなに努力をしていても、それだけでは消費者は認めてくれないと、そのとき強く思いました。それならば外部の力を借りるしかないと思い、「かしわで安全安心プラン推進委員会(http://ameblo.jp/purej/entry-11300356609.html)」という第三者による会議を立ち上げました。五十嵐先生をはじめとする大学の先生方や行政、消費者の皆さんに集まってもらい、これからの「かしわで」や柏の農業のあり方を示してもらいました。

消費者に「安全だ」と言うためには、農家自身が放射能の知識を持っていなければいけないはずです。そこから、私たちは放射能の勉強会を開いたり、自分たちの田畑の汚染度を調べるということを始めました。この取り組みは、現在「かしわで」にいる約230戸の農家のうち半数で終了しており、この先も続けていきます。

このように、私たちはさまざまなかたちで消費者に安全を訴える努力をしてきましたが、まだまだそれは認められていないように思います。震災によって3割減少したお客さんは、1年8か月経った現在でも戻ってきていないからです。このような現状で悩みは絶えませんが、これからも粘り強く、安全を求める努力や消費者に理解を求める努力をしていこうと思います。

染谷茂氏

数値よりも「姿勢」を伝える

石戸 私は柏で生まれ育ち、現在は毎日新聞で記者をしています。生まれ育った柏がホットスポットになったときに自分に何ができるかを考えました。まずは柏で消費者と生産者、流通と立場を超えて、柏産への信頼回復を実践していこうとしていた五十嵐さんに取材をさせてもらい、それを記事にしました。

私は現在大阪にいるので、何度も福島に行くことができるわけではありません。現地で取材にあたっている記者に比べて発信できることなど極々わずかしかないと思っています。しかし、自分が多少なりとも語れることがあるとすれば、それはリスクという問題についてだと思います。

震災以前からリスクを社会のなかに位置づけていくことやリスクコミュニケーションをテーマに取材を続けてきた記者は少ないと思っています。リスクというのは単純に「あるか、ないか」、「危険か、安全か」という問題ではなくて、社会のなかでどうやって受け入れて、どうやって位置づけていくかということを決めていく価値観だと私は考えています。

私は福島県の農家の方を取材させていただいたことがあります。福島の特産物をインターネットで売っていこうという取り組みをしている事業者さんともお付き合いがあるのですが、その方たちも当然ながら柏と同じような問題を抱えています。

郡山市に藤田浩志さんという農家の方がいらっしゃいます。郡山市はそこまで線量が高い地域ではないのですが、藤田さんたちに届いてくる声というのは「福島の農家は人殺し」、「作付けなんかするな」、「コメを育てるのはやめてくれ」というものばかりだったといいます。

しかし、藤田さんたちは簡単にはあきらめません。専門家の方たちとともに土壌の計測をしっかりと行い、そのなかで彼らは自分の農地のどこで高い線量が計測されるのかを知り、「どういう土壌が吸収し易いのか」、「どういう工夫をすれば良いのか」ということを非常によく勉強して、対策を打っていきました。私も現場で積み重なっていく「現場知」に耳を傾ける必要がある、と勉強させていただきました。

さて、藤田さんたちの試みで大事だと思うことは、計測や対策だけにとどまらず、自分たちの作物は魅力があり、もっと良いものを作っていこうとポジティブに思っていること。そして、自分たちの知識や、「自分たちの土壌がどういうもので、どういう対策をしているのか」ということを発信して、より多くの方たちに自分たちの作物を手に取ってもらおうという試みを行っていることです。

そういう取り組みから学べるのは、消費者の方たちが「数値もさることながら、生産者や流通の姿勢を見ている」ということです。私にできるのはそういった姿勢を伝え続けていくことになるのかなと思っています。

いわきにおける消費者目線の活動

五十嵐 そうですね。石戸さんは「数値よりも姿勢」とおっしゃいましたが、まったく同感です。私自身も、野菜市やイベントの折に、何百人もの来訪者に直接取り組みを説明してきましたが、みなさんが大きくうなずくのは、柏のカブは検出限界値〇〇ベクレル/kgで不検出というようなデータではなくて、「柏の農家さんは放射能のことを真剣に勉強しています」みたいな話なんです。科学的な安全確認に、生産者の人柄や姿勢をはさみこむことによって、安心感が醸成されることを実感しています。

次に福島県から来て下さった「いわきの子供を守るネットワーク」の安島さんと八木さんのお二人にお話を伺いたいと思います。

安島 「いわきの子供を守るネットワーク(http://wa-f.com/)」は、東日本大震災を経て、自分の子どもたちのために、そして自分たちの好きな故郷でこれからも楽しく暮らしていくために、みんなで繋がって進んでいこうという趣旨のもとに発足しました。

食の問題に関する活動としましては、いわき市の委託を受けて公立・私立保育園の給食食材の放射線数値測定を行っています。子どもを持つお母さんやお父さんが食品測定を学ぶことで、自分の子どもたちに食べさせる給食において測定者の立場・保護者の立場から見て、どうしたら不安な人も安心することが出来、納得できるかをみんなで考え実行し、いわき市に改善点などの意見を提出しています。

また、「本当の食の安全・安心はどのように周知されるべきであり、どうすればみんなが納得するのか」ということを考えています。私たちは、おばあちゃんが庭で作った野菜を子どもが素直に「食べたい、美味しい」と思える感覚を基本においています。それは顔が見えることによる安心感だと思いますので、そういった感覚を生産者、消費者、測定者、小売・流通という立場の違う者同士でも持ち、互いの思いを理解し尊重していってほしいと考えています。

現在のいわきは復興支援モードが前面に出てしまっており、体力・財力のある生産者ばかりが表に出ている状態です。しかし、それでは共通理解は得られません。また、外側からの応援はありがたいのですが、今後のいわきの食を考えた時に非常にバランスが難しい状態です。

震災がなくても右肩下がりだったいわきの一次産業。放射能問題を受けて、廃業を迫られる人も多くいます。そんななかで、私たちはいわきの食をみんなで考えて行くための一環として「ふれあい食の市(http://wa-f.com/20121118a.pdf)」というものを開きました。目的としては「生産者と消費者のふれあい」と「測定の現場を実際に見ていただく」ということです。良かった点も悪かった点もありますが、やはり異なる立場を理解できたということがとても大きかったです。

安島亜弥氏

八木 私は娘を持つ普通の会社員ですが、「いわきの野菜は本当に食べられるのか」が知りたくて、地域の線量を測るボランティアに参加しました。そこで、さまざまな農家の方にお話を聞いたのですが、よく勉強されている方がとても多く、それによって自分自身も納得し、安心できました。

そのことがきっかけとなって、現在はいわきの有機栽培の農家のお手伝いをしています。なぜ有機栽培かというと、有機栽培農家のように地元に根付いてこだわった生産をしている農家のほうが大きな被害を受けているからです。私の知っている農家にも震災前の2~3割の売り上げしかないという方が多くいます。もともと有機栽培作物を購入していた健康志向の方々は、震災後にすぐに購入先を切り替えてしまったからです。

また、野菜だけでなく、地元の当事者による加工品作りのような新たな産業の突破口を、SNSなどを通じて開いていこうという活動もしています。

八木淳一氏

リスクへの向き合い方

五十嵐 次に、リスクの問題について議論していきたいと思います。放射能が非常に厄介なのは、においもしない、見えない。また専門家のあいだでも、リスク判断に意見が分かれているところがあり、端的に言ってよくわからないことが多くあります。私たちは20ベクレル/kgという基準値を決めましたが、Twitterでは「厳しすぎる!」とも言われる一方で、「柏では20ベクレル食べて死ねということですね、わかります」と書かれたこともあります。

各々のリスク感覚の違いはとても大きいですし、またリテラシーの差もありますので、さまざまな感覚を持っている消費者が入り混じっている顧客を、生産者が一定の基準を掲げて「説得」するというアプローチは非常に困難です。リスク感覚が多様で、かつ、はっきりとその感覚をつかめない消費者に、どう向き合えばいいのかを考えていきたいと思います。

石戸 ひとつは柏での試みがヒントになると思います。柏の場合は消費者、生産者、流通業者が、地域の再生という目標のもとに、どうしたら全員が納得できるのかを考えることから始まっています。納得の前提として、当事者間で価値を共有できたことがとても重要だと思います。やはりひとつでも共有できる価値観がないと、プロジェクトはうまく進められません。

リスクをめぐる問題においては、「自分のほうが正しい」とか「説得をしよう」という議論が先行しがちになってしまいますが、こんな議論はすれ違いを生むだけで有効な解決策にはなり得ません。大切なのはポジティブな解決策を生みだすことです。リスクをめぐる問題は勝川先生がご著書で書かれているように、最終的には一人ひとりの選択に委ねるものだと思います。つまり、みんなの意見を尊重することを立地点にしつつ、自分自身で決めていくものだということです。立地点を上手く作ったというのが、柏の素晴らしい成果のひとつだと思います。

勝川 放射線等の問題でリスクをどれだけとるかというのは、科学の問題ではなく価値観の問題、つまり納得できるかどうかの問題です。リスクがゼロになるのであれば問題はないのですが、細々としたリスクをどう選び取るかという場合、選択の前提となる価値観は一人ひとり異なります。

例えば小さな子どもがいた場合、安全なものを食べさせたいと思うのが自然だと思います。しかし、自分は60歳を過ぎているから、将来的にガンになる可能性が上がっても、地元の美味しいものを食べたいと思うのもありだと思います。これらの異なる価値観はすべて尊重しなければいけない。

私は自分の本やインターネットのなかで、「安全」や「危険」といった言葉を使わないことを心がけました。その代わりに、「この価値観に立てば、こういう線引きができる」という話をしました。とはいっても、科学的なものが絡む問題ですから、一般の人が自分一人で線引きをするのは難しいと思い、いくつかの基準の示すことにしたんです。

例えば、日本政府を信じるならば500ベクレル、ICRP(国際放射線防護委員会)ならば平常時なら毎年1ミリ㏜(日本政府の1/5くらい)、ドイツの非常に厳しい反原発組織ならば毎年0.1ミリ㏜、という感じです。そうすることで、自分が信じる基準のなかで、どこで水揚げされた水産物が大丈夫なのかを知ることができますよね。やはり自分が信じるものは納得できると思いますので、みなさんが自分に合った価値観を選べるように工夫をしようと思ったんです。

五十嵐 価値観というのはやはりすごく重要な問題だと思います。私たちの活動では「柏の野菜を安心してみんなで食べたい」という価値観の共有を確認することから出発したのが大きかった。そこをベースに、立場の違う人たちのリスク感覚をすり合わせていった結果として出てきたのが、20ベクレル/kgという基準値だったとは言えますね。

勝川 20ベクレルという値よりも、その値を「当事者が納得して決める」ことができたというプロセスがとても大事だと思います。

「消費者」が「生産者」に捨てられる日がくる?

染谷 自分が今感じていることをお話したいと思います。ホットスポットとして話題になったころに、近所の方に「うちの娘は今までかしわでで買い物をしていたけれど、今はスーパーで関西産の野菜を買っている」と言われ、ショックを受けました。また、「東北道のサービスエリアに野菜がたくさん捨てられていた」というテレビのニュースをみて、愕然としました。東北に行って産地の野菜をその場では買ったけれども、帰る道中で捨てたのでしょうか。

私たちは自分の作物に自信を持ち、安全なものを供給しようと努力しています。その努力がいつまでも認められなければ、私たちは農業を辞めるしかありません。柏はまだしも、茨城や福島の農家の方々はもっと切羽詰まった状況だと思います。もちろん消費者には選ぶ権利があり、より安全なものを求めるのは当たり前です。しかし、生産者がどういう思いで作物を作り、安全なものを提供する努力をしているのかということを、消費者の方々にもっと知っていただきたいと感じます。

五十嵐 核心を突いたご発言だと思います。選べるという立場が暴走しているという感じはしますよね。高度に流通が発達し、「自由に選べる」消費社会では、生産者の立場に想像力が及ばなくなってしまうということがあるように感じます。311以前から、それこそが消費者と生産者の分断の原因となっていて、原発事故以降そのもともとあった分断が露わになったというだけのことではないのか。私自身もこの活動を始めてから、「こんなにも農家のことをわかっていなかったのか」と痛感しました。

染谷 私は、人前で話す機会があるときには、「嫌な思いをしながら農業を続けるなら、自分たちにも職業を選ぶ自由がある」とよく言います。私たちは農家を辞めるという選択肢も持っています。しかし、食料自給率の低い日本において、本当にそれで良いのかということもみなさんに考えていただきたいと思います。

五十嵐 その通りだと思います。地元に農家があるおかげで新鮮な野菜が食べられるということは、柏の住民にとっても、確実にひとつの大きな地域の魅力になっています。その当否はともかく、農家は守るべき「弱者」というイメージが前提とされがちですが、本当はそういう「上から目線」だけではなく、消費者も「生産者に捨てられるのではないか」という危機感を持ってしかるべきではないか。

円卓会議の取り組みは、地域の農家を守る活動として理解されていますが、それと同時に、消費者としての住民が、新鮮で美味しい野菜を食べるという自らの利益を守ろうとした活動という側面があったことも、強調しておきたいです。

八木 いわきの線量自体は柏とさほど変わらないのですが、やはり距離の問題もあり、消費者の買い控えはあります。とくに小さなお子様をもつご家庭に多いように感じます。以前、危機感を抱いている人と論争になってしまったことや、そういった場面を何度も見て、こういったコミュニティーの分断こそが放射能の一番の被害であると痛感しました。パネリストの皆様もおっしゃっていましたが、やはり人によってリスクの価値観は違うので、相手の意見を尊重することからはじめなければいけないと思います。

いわきにエリンギを菌床から育てている工場があり、「測定はもちろんだが、自分たちの子どもに食べさせられないものは出さない」という信念のもとに、自分でおがくずやエリンギの数値を測って、毎日公開されています。それまで買い控えをしていた私の知人は、その信念を知り、「ここなら信じられる!」と好んで買うようになりました。数値も重要ですが、生産者の顔が見え、努力が見えることが大事であり、それを地道に続ける必要があると感じました。

ストーリーはモノを売るための道具ではない

五十嵐 次に、放射能問題から一歩進んで、今後の一次産業のあるべき未来について話していきましょう。柏のような高コスト体質の近郊農家では、どうしても農産物の高付加価値化が必須です。そんななかで重要な意味を持つのが、直販です。JAなどを通して市場出荷するより、直販のほうがより農家の取り分が多く、かつ市況の動向にとらわれずにある程度自律的に値付けをできますし、長距離輸送や大量出荷を考えずに、ベストなタイミングで、市場に出回りにくい希少な品種も出荷できるので、高付加価値化しやすくなると思います。

とはいえ、どうやって付加価値をつけていくのか、大手スーパーとの違いをどう作っていくのかというのは非常に難しいポイントです。そのひとつのヒントとして、勝川先生が「ストーリー作り」という方法をおっしゃっていましたが、そのあたりをもう少し詳しく議論していきたいと思います。

石戸 やはり、ストーリーや姿勢を伝えていくというのが大事だと思います。しかし、あまりにも安易なストーリー化は避けるべきです。例えば「こんなに可哀相な状況で、こんなに可哀相な人が野菜を作っている」といったストーリーでは、善意の押し売りにしかなりません。根拠を軸に作り手の姿勢を見せる、伝えていくことを考えていきたい。

勝川 ストーリーというのはモノを売るための道具ではありません。売るためにストーリーを付けるのではなく、消費者が食材をより深く楽しむためにストーリーがあるんです。例えば、食べ方を伝えるというのもひとつのストーリーですよね。昔の魚屋さんは、売るだけではなくて美味しい食べ方も教えてくれた。だから消費者はつねに適切な調理法で食べることができました。

また、食材の伝統的な季節ごとの食べ方や文化的背景を知ることで、より食卓が豊かになっていきますよね。つまり、栄養のためにただ美味しいから消費するのではなく、文化も味わえるものを作っていくことが必要です。結果として、消費者がそれに対価を感じることで、購入されるようになると思います。

また、生産者サイドの思いは消費者に届かないと意味がありません。例えば、生産者の方は「自分のものが一番だ」と言いますが、具体的にはどこがどう一番か答えられない方が少なくありません。また、その人の生産物が他の人のものと一緒に棚に並べられて売られていたら、購入者には区別ができないから差別化はできません。

やはり生産者の思いやストーリーをどうやって消費者に届けるのかということを考えていかなければいけない。それは生産者にとっても自分の作ったものの価値が届くということでもあるし、消費者にとっても食材の意味を知ることで味わいが増すということにもなるという、両者が豊かになる方法だと思います。

五十嵐 消費者の目線に立つと、どういうアプローチが効果的なのでしょうか。いわきのお二人にお話を伺いたいと思います。

安島 先ほど「ふれあい食の市」の話をしましたが、そこで農家の方と一緒に料理を作る企画を行いました。農家さんの取り組みや、美味しい食べ方、野菜の選び方を教えていただいています。放射能のことだけではなく、野菜そのものに興味を持ってもらえるようなアプローチが大切だと思います。

八木 やはり消費者と生産者が近いということが重要だと思います。いわきでは住宅地を除けば、自分の家に農地があったり、自宅近所に農地を借りている方も多くいらっしゃいます。やはり自分のおじいちゃん・おばあちゃんが作っている野菜が一番美味しい、地元の野菜が一番美味しいということを地道に伝えて、地産地消を楽しくできる環境を作ることが大切なのではないかと思います。

染谷 生産者と消費者の関係についてお話をしたいと思います。ある日、お客様から怒鳴られて、パートの女性が「もう辞めたい」と泣きながら事務所に入ってきたことがありました。そのときは「我慢してくれ」と諭しましたが、本当はそれではいけないと思います。昔は物々交換がありましたが、これはたんなる等価値の物の交換というわけではなく、信頼にもとづいて、互いの頑張りを認め合うというものでもあったと思います。現在はその片方がお金に変わっただけです。しかし、現在は「お客様は神様です」という言葉があるように、消費者本位の世のなかになってしまっています。どちらが優位というわけではなく、お互いの立場を認識し、信頼し合える関係を築いていくことが必要だと思います。

五十嵐 本当に大事なところですよね。消費者、生産者、飲食・流通と違う立場の人が、お互いを尊重して対等な立場で出会うことで、価値は何倍にもなっていくのだと思います。ひとつ面白いエピソードがあります。4月にホウレンソウの測定をしたときのことなのですが、ホウレンソウが育ち過ぎていて、「売り物にはならないから、いくらでもあげるよ。」と農家の方は言っていたんです。そうしたら、そこに参加したフレンチシェフの方が、「このホウレンソウが欲しかったんだよ!タダでもらえるなんてもったいない!」と。

お話を聞くと、ポタージュを作るには肉厚の大きなホウレンソウが必要で、市場ではなかなか見つからないんだそうです。これはその場にシェフがいなければわからなかったことですよね。捨てるはずだったものに価値が生まれた現場に立ち会った気がしました。それが放射能に真剣に向き合うなかでのできごとだったということさえも、逆手にとって、ある種のストーリーとすることができるかもしれません。

円卓会議は放射能測定というネガティブなことからスタートしました。しかし、それを奇貨として、いろんな人が農地に足を運ぶことになりました。多様な価値観と専門性を持った、多様な立場に立つ人たちが出会うなかで、新しく見えてくることがあるんだなとあらためて実感しています。

(2012年12月1日 柏市民会館にて)

プロフィール

五十嵐泰正都市社会学 / 地域社会学

筑波大学大学院人文社会科学研究科准教授。都市社会学/地域社会学。地元の柏や、学生時代からフィールドワークを進めてきた上野で、まちづくりに実践的に取り組むほか、原発事故後の福島県の農水産業をめぐるコミュニケーションにも関わる。他の編著に、『常磐線中心主義』(共編著、河出書房新社、2015)、『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』(共著、亜紀書房、2012)ほか、近刊に『上野新論』(せりか書房)。

この執筆者の記事