個人情報の共有で地域をつなぐ――改正災害対策基本法の全面施行と活用術

2014年4月1日、障害者・高齢者等「避難行動要支援者」の名簿作成を義務付ける改正災害対策基本法が全面施行を迎えた。将来の災害に備えて地域、企業、市民はいったい何を準備すべきなのか。改正法を駆使したパーソナルデータの有効活用術について解説する(本稿はα-synodos vol.143掲載記事(2014年3月1日配信)を最新の法令動向に合わせて加筆修正したものです)。

 

 

震災の教訓に学ぶ

 

原子力発電所事故と南相馬市

 

2011年3月11日、東日本大震災が発生。福島県南相馬市沿岸部は、巨大津波に襲われた。そして、翌12日、福島第一原子力発電所で水素ガス爆発が起きる。

 

南相馬市は、福島第一原子力発電所の北側に位置し、発事事故により、20キロ圏内の避難指示のあった区域、20~30キロ圏内の「緊急時避難準備区域」となった区域、30キロ圏外の区域の3つに区分された。

 

なかでも、南相馬市原町区とほぼ重なるエリアに指定された「緊急時避難準備区域」は大きな問題を引き起こす。

 

このエリアは、「自主的避難を推奨し、特に入院者、要介護者、妊婦、子供は引き続き避難が求められる地域」と説明された。これにより、福祉施設、入院施設、学校は閉鎖された。南相馬市の入り口付近で検問が実施され、物資のトラックも途絶えた。あえて検問を越えてまで支援に来るボランティアもほとんどいなかった。

 

 

福島県南相馬市原町区沿岸部 2012年5月岡本撮影

福島県南相馬市原町区沿岸部 2012年5月岡本撮影

 

 

「災害時要援護者名簿」が使えない

 

事態はさらに深刻さを増した。「緊急時避難準備区域」の指定に従い、率先して避難しているはずの高齢者・障害者といった、「災害時要援護者」[*1]が、避難したくてもできずに取り残されたのである。

 

それもそのはずだ。障害者や介護を受けているような高齢者が、自宅を遠く離れて、設備も物資の不十分な避難所で、生活を送れるはずがなかった。それどころか、避難するということ自体に生命の危険を伴う者すらいた。これらの者は、いわば「在宅避難者」として、避難できず、様々な支援から取り残されることになった。

 

2011年4月上旬、南相馬市は自衛隊の協力のもと、震災前の2013年1月に作成していた「災害時要援護者名簿」により、残された住民の安否確認を開始した。しかし、どういうわけか、その「災害時要援護者名簿」には、実際に南相馬市に残っていた障害者らがほとんどリストアップされていなかったことが地元の福祉NPOの指摘で判明した。

 

一体なぜか。この「災害時要援護者名簿」は、いわゆる「手上げ方式」 (積極的に名簿への登載を申し出たものだけを名簿に登載する方式)で作成されていた。他者の支援を受けなければ避難や災害後の生活ができない者が、完全にはリストアップされていないものだったのだ。つまり、支援が必要な者に対して戸別訪問しようにも、どこに該当者がいるのか分からなくなっていた。

 

[*1] 「必要な情報を迅速かつ的確に把握し、災害から自らを守るために安全な場所に避難するなどの災害時の一連の行動をとるのに支援を要する人々をいい、一般的に高齢者、障害者、外国人、乳幼児、妊婦等」をいう(内閣府「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」2006年)

 

 

最後の手段は障害者手帳情報の第三者開示

 

そこで、福祉部局にある「障害者手帳」の名簿情報だけが頼りになった。しかし、南相馬市の行政職員のマンパワーだけでは訪問確認が間に合わない。地元のNPO法人と全国組織の「JDF(日本障害フォーラム)被災地障がい者支援センターふくしま」に協力を仰ぎ、安否確認を実施しなければならないことは明白で、そのためには障害者手帳情報を提供する必要があった。

 

障害者手帳情報は、災害時要援護者支援目的の個人情報ではない。このため、手帳情報の開示は、南相馬市個人情報保護条例に抵触すると考えられた。本人の同意がない限りは、個人情報の目的外利用や第三者提供が一切できないという思い込みがあったという。

 

最終的には、南相馬市個人情報保護条例(2011年当時)が定める、本人の同意がなくても、個人情報が提供できる場面である、「人の生命、身体又は財産を保護するため、緊急かつやむを得ないと認められるとき」という条項を適用することで、個人情報を提供するに至る。情報提供の壁になると思われた個人情報保護条例が、実は、情報共有を許容する規定を置いていたのである。

 

緊急時における個人情報の第三者提供は、個人情報保護条例がそもそも許容していた。したがって、南相馬市の判断も、既存の個人情報保護条例を正しく解釈して当てはめたにすぎない。しかし、「個人情報保護法」が制定されてから、本来提供すべき個人情報が提供されなかったり、名簿作成が抑制されたりという「過剰反応」が民間・自治体問わず起きていた。過剰反応自体は徐々に解消されてきてはいるが、さらに個人情報を積極的に共有しようという政策は、なかなか進んでいなかった。

 

南相馬市も、災害時に個人情報保護条例にある「緊急かつやむを得ない」という条項を使って良いのか悩み、名簿の共有に至るまでに一定の躊躇があったのだ。

 

 

 

シノドスのサポーターになっていただけませんか?

98_main_pc (1)

 

 セミナー参加者募集中!「スノーデンと監視社会の現在」塚越健司

 

 

無題

 

vol.232 芸術にいざなう 

 

・吉澤弥生氏インタビュー「人をつなぐ芸術――その社会的評価を再考する」

・【現代演劇 Q&A】長瀬千雅(解説)「時代を捕まえるダイナミクス――現代演劇事始め」

・【今月のポジ出し!】橋本努「タックス・ヘイブン改革 香港やシンガポールにも圧力を」

・増田穂「『知見』が有効活用されるために」

 

vol.231 ひとりひとりが生きやすい社会へ 

・森山至貴氏インタビュー「セクシュアルマイノリティの多様性を理解するために」

・【障害児教育 Q&A】畠山勝太(解説)「途上国における障害児教育とインクルーシブ教育」

・【あの事件・あの出来事を振り返る】矢嶋桃子 「草の根の市民活動「タイガーマスク運動」は社会に何をもたらしたのか」

・成原慧「学び直しの5冊 <プライバシー>」

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.232 特集:芸術へいざなう

・吉澤弥生氏インタビュー「人をつなぐ芸術――その社会的評価を再考する」

・【現代演劇 Q&A】長瀬千雅(解説)「時代を捕まえるダイナミクス――現代演劇事始め」

・【今月のポジ出し!】橋本努「タックス・ヘイブン改革 香港やシンガポールにも圧力を」

・増田穂「『知見』が有効活用されるために」