2014.04.17

個人情報の共有で地域をつなぐ――改正災害対策基本法の全面施行と活用術

岡本正 弁護士

社会 #震災復興#個人情報#災害対策金本法

2014年4月1日、障害者・高齢者等「避難行動要支援者」の名簿作成を義務付ける改正災害対策基本法が全面施行を迎えた。将来の災害に備えて地域、企業、市民はいったい何を準備すべきなのか。改正法を駆使したパーソナルデータの有効活用術について解説する(本稿はα-synodos vol.143掲載記事(2014年3月1日配信)を最新の法令動向に合わせて加筆修正したものです)。

震災の教訓に学ぶ

原子力発電所事故と南相馬市

2011年3月11日、東日本大震災が発生。福島県南相馬市沿岸部は、巨大津波に襲われた。そして、翌12日、福島第一原子力発電所で水素ガス爆発が起きる。

南相馬市は、福島第一原子力発電所の北側に位置し、発事事故により、20キロ圏内の避難指示のあった区域、20~30キロ圏内の「緊急時避難準備区域」となった区域、30キロ圏外の区域の3つに区分された。

なかでも、南相馬市原町区とほぼ重なるエリアに指定された「緊急時避難準備区域」は大きな問題を引き起こす。

このエリアは、「自主的避難を推奨し、特に入院者、要介護者、妊婦、子供は引き続き避難が求められる地域」と説明された。これにより、福祉施設、入院施設、学校は閉鎖された。南相馬市の入り口付近で検問が実施され、物資のトラックも途絶えた。あえて検問を越えてまで支援に来るボランティアもほとんどいなかった。

福島県南相馬市原町区沿岸部 2012年5月岡本撮影
福島県南相馬市原町区沿岸部 2012年5月岡本撮影

「災害時要援護者名簿」が使えない

事態はさらに深刻さを増した。「緊急時避難準備区域」の指定に従い、率先して避難しているはずの高齢者・障害者といった、「災害時要援護者」[*1]が、避難したくてもできずに取り残されたのである。

それもそのはずだ。障害者や介護を受けているような高齢者が、自宅を遠く離れて、設備も物資の不十分な避難所で、生活を送れるはずがなかった。それどころか、避難するということ自体に生命の危険を伴う者すらいた。これらの者は、いわば「在宅避難者」として、避難できず、様々な支援から取り残されることになった。

2011年4月上旬、南相馬市は自衛隊の協力のもと、震災前の2013年1月に作成していた「災害時要援護者名簿」により、残された住民の安否確認を開始した。しかし、どういうわけか、その「災害時要援護者名簿」には、実際に南相馬市に残っていた障害者らがほとんどリストアップされていなかったことが地元の福祉NPOの指摘で判明した。

一体なぜか。この「災害時要援護者名簿」は、いわゆる「手上げ方式」 (積極的に名簿への登載を申し出たものだけを名簿に登載する方式)で作成されていた。他者の支援を受けなければ避難や災害後の生活ができない者が、完全にはリストアップされていないものだったのだ。つまり、支援が必要な者に対して戸別訪問しようにも、どこに該当者がいるのか分からなくなっていた。

[*1] 「必要な情報を迅速かつ的確に把握し、災害から自らを守るために安全な場所に避難するなどの災害時の一連の行動をとるのに支援を要する人々をいい、一般的に高齢者、障害者、外国人、乳幼児、妊婦等」をいう(内閣府「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」2006年)

最後の手段は障害者手帳情報の第三者開示

そこで、福祉部局にある「障害者手帳」の名簿情報だけが頼りになった。しかし、南相馬市の行政職員のマンパワーだけでは訪問確認が間に合わない。地元のNPO法人と全国組織の「JDF(日本障害フォーラム)被災地障がい者支援センターふくしま」に協力を仰ぎ、安否確認を実施しなければならないことは明白で、そのためには障害者手帳情報を提供する必要があった。

障害者手帳情報は、災害時要援護者支援目的の個人情報ではない。このため、手帳情報の開示は、南相馬市個人情報保護条例に抵触すると考えられた。本人の同意がない限りは、個人情報の目的外利用や第三者提供が一切できないという思い込みがあったという。

最終的には、南相馬市個人情報保護条例(2011年当時)が定める、本人の同意がなくても、個人情報が提供できる場面である、「人の生命、身体又は財産を保護するため、緊急かつやむを得ないと認められるとき」という条項を適用することで、個人情報を提供するに至る。情報提供の壁になると思われた個人情報保護条例が、実は、情報共有を許容する規定を置いていたのである。

緊急時における個人情報の第三者提供は、個人情報保護条例がそもそも許容していた。したがって、南相馬市の判断も、既存の個人情報保護条例を正しく解釈して当てはめたにすぎない。しかし、「個人情報保護法」が制定されてから、本来提供すべき個人情報が提供されなかったり、名簿作成が抑制されたりという「過剰反応」が民間・自治体問わず起きていた。過剰反応自体は徐々に解消されてきてはいるが、さらに個人情報を積極的に共有しようという政策は、なかなか進んでいなかった。

南相馬市も、災害時に個人情報保護条例にある「緊急かつやむを得ない」という条項を使って良いのか悩み、名簿の共有に至るまでに一定の躊躇があったのだ。

法改正によるパーソナルデータ利活用の「底上げ」

震災を教訓に、国の法律が動き出す

南相馬市と障害者支援団体は、最終的にすべての取り残された障害者らを見つけ出し、継続的な支援に繋げることができた。しかし、それに至るまでの紆余曲折は、首の皮一枚の綱渡りであったと、当時の支援者らは振り返っている。

南相馬市の事例において、制度面での教訓は大きく3つある。

1つめは、「悉皆性のある災害時要援護者名簿」を作っていなかったことである。2つめは、民間支援団体と災害時要援護者名簿を「共有」して、支援を実施するというスキームが存在していなかったことである。3つめは、個人情報保護条例の趣旨に立ち返って、条文解釈する政策能力、すなわち、災害時に個人情報の共有を可能にする理論構築の「防災リテラシー」が不十分だったことである。

そこで、これらの教訓を踏まえ、災害対策(防災)と災害時における個人情報の共有については、国の法律で最低基準を定めておかなければならないという議論になり、災害対策基本法の改正へと舵が切られた。

2013年6月成立 改正災害対策基本法の実務

2013年6月、災害対策基本法が改正された。このうち、2014年4月1日に施行となった「避難行動要支援者名簿」について解説する。

(1)避難行動要支援者名簿の作成義務

自治体は、「避難行動要支援者名簿」を作成しなければならなくなった。「避難行動要支援者」という言葉は、従来から使われてきた「災害時要援護者」よりも狭い概念に見える。ただ、「避難行動要支援者」の範囲を絞りすぎることは、災害後に広く支援が必要な者を見落としてしまいがちである。「避難行動要支援者」の範囲をできる限り広く設定し、支援からこぼれ落ちる者がないように留意すべきであろう。

(2)名簿作成のための個人情報の目的外利用の許容

災害対策基本法改正により、自治体は、既に保有している住民の個人情報を総動員して、「避難行動要支援者名簿」を作成しなければならない。たとえば、住民基本情報や障害者手帳情報を駆使して、本人同意の有無にかかわらず、「避難行動要支援者名簿」を作成しなければならないのである。もはや、同意なくして名簿を作成することは個人情報保護条例には抵触しないことになったので、自治体にとっては、「待ったなし」なのだ。

(3)避難行動要支援者名簿の共有(災害時)

「災害が発生し、又は発生するおそれがある場合において、避難行動要支援者の生命又は身体を災害から保護するために特に必要があると認めるとき」には、避難行動要支援者名簿記載の情報(名簿情報)を、避難支援関係者(自治体の他の部局、民生委員、自主防災組織、社会福祉協議会、その他民間支援団体や企業等)に提供できる。これは、従来の個人情報保護条例でも可能だった当然のことを確認したに過ぎない。ただ、確認したことで、現場が躊躇しなくてすむようになった意味では意義のある条文である。

(4)避難行動要支援者名簿の共有(平常時)

自治体は、一定の要件をクリアすれば、災害の発生に備え、平常時から、名簿情報を避難支援関係者へ提供できる。まず、本人の同意があれは問題なく提供できる。また、既存の個人情報保護条例の第三者提供の要件(例:明らかに本人の利益になるとき、個人情報審議会の答申を経たとき、法令の定めがあるとき等)をクリアすれば提供できる。さらに、平常時からの第三者提供を認める震災対策条例や災害時要援護者条例があれば、この条例によって提供することもできる(個人情報保護条例では、「法令の定め」があるとき、になる)。

避難行動要支援者名簿の作成、共有、被災者台帳の活用のイメージ図
避難行動要支援者名簿の作成、共有、被災者台帳の活用のイメージ図

自治体・市民・企業による情報教育で地域力アップを

個人情報利活用のために防災「情報」教育を

災害対策基本法が改正され、自治体に名簿作成と名簿情報の第三者提供が求められている。これを実現するには、地域社会全体が、個人情報の共有の必要性を理解し、防災や被災者支援の担い手となる必要がある。したがって、何をおいても、個人情報保護法制の理解と、そのための「防災『情報』教育」が不可欠である。これによって、平常時からの必要な範囲での個人情報の共有を実現していくことが大切だ。

研修の様子:地域や企業の研修による相互理解が重要
研修の様子:地域や企業の研修による相互理解が重要

個人情報の共有に対して、反対の意思を表明する者の多くは、個人情報保護法制に対する誤解や過剰反応であったりする。個人情報保護法制の正確な理解は、政策をすすめる上での最重要ポイントである。

たとえば、災害が発生した場合に、事前共有していた情報を素早く安否確認や生活再建支援に活用できるよう、避難所運営訓練に「名簿の第三者提供」というオプションを加えて、日頃から「個人情報が共有できる場面」を訓練しておくことが必要ではないだろうか。

まずは、自治体、地域リーダー、企業マネジメント層などから、個人情報制度の基礎研修を始めてほしい。教育委員会、社会福祉協議会、地域包括支援センター、商工会議所、農協、各組合、JCなどが音頭を取ってもよいだろう。制度の正確な理解は、「個人情報」を活用して「個人」を救う最初の一歩になるはずだ。

参考文献

改正災害対策基本法に対応し、番号法(マイナンバー法)の最新論点も解説。東日本大震災の教訓事例、平常時からの先進取組事例などが収載されている情報政策必携の解説書。

プロフィール

岡本正弁護士

弁護士。医療経営士。マンション管理士。防災士。防災介助士。中小企業庁認定経営革新等支援機関。中央大学大学院公共政策研究科客員教授。慶應義塾大学法科大学院・同法学部非常勤講師。1979年生。神奈川県鎌倉市出身。2001年慶應義塾大学卒業、司法試験合格。2003年弁護士登録。企業、個人、行政、政策など幅広い法律分野を扱う。2009年10月から2011年10月まで内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員。2011年4月から12月まで日弁連災害対策本部嘱託室長兼務。東日本大震災の4万件のリーガルニーズと復興政策の軌跡をとりまとめ、法学と政策学を融合した「災害復興法学」を大学に創設。講義などの取り組みは、『危機管理デザイン賞2013』『第6回若者力大賞ユースリーダー支援賞』などを受賞。公益財団法人東日本大震災復興支援財団理事、日本組織内弁護士協会理事、各大学非常勤講師ほか公職多数。関連書籍に『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会)、『非常時対応の社会科学 法学と経済学の共同の試み』(有斐閣)、『公務員弁護士のすべて』(レクシスネクシス・ジャパン)、『自治体の個人情報保護と共有の実務 地域における災害対策・避難支援』(ぎょうせい)などがある。

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