復興から日本の災害支援をアピールする 

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協定の結び方

 

飯田 これから住田町や遠野市のように、各地区の市町村で連携をして相互の援助体系、支援の仕組みを作るようになると思います。

 

多田 住田町も、宮城県北と岩手県南の広域防災協定に参加しています。また岩手県内の市町村でも災害時応援協定を結んでいます。しかし、非常時にはなんの役にも立たなかった。

 

愛知県幸田町の町長が、海に面している蒲郡市が津波の被害を受けたとき、どんな対応をとればよいのか話を聞きに何度も住田町に足を運ばれ、今年7月には災害時相互応援協定を結びました。

 

元々は、私は姉妹都市協定が好きじゃなかったです。議会でも持ちかけられますが、ずっと否定してきました。というのも、姉妹都市協定を結んだ最初の3年くらいは、首長や議長、商工会が行き来しますが、3年もすればすっかり忘れられてしまう。それはお互いに失礼なことだと思いますから。

 

ただ、今回、遠野市には、姉妹都市協定を結んでいる30近くの市町村からダイレクトに物資が届いていました。遠野市をキーステーションに支援物資が動いていたんです。一方住田町は姉妹都市協定を結んでいないので、知り合いの町長や人づてで支援をしてもらうしかありませんでした。

 

これは余談ですが、震災から3、4日して、陸前高田市の市長から、灯油を譲って欲しいという連絡がありました。でも住田町のガソリンスタンドも、周囲の被災地から灯油を買いに多くの人が来ていましたし、当然、住田町の住人も買いますから、夕方には底を突いてしまいます。あげたくてもあげられなかった。

 

もともと私と遠野市の本田市長は気心がしれていることもあって、震災のずっと前から、沿岸地域でなにかがあったときには、遠野市が釜石市と大槌町を支援して、住田町は陸前高田市と大船渡市を支援しようと話をしていました。

 

ただ、本田市長が「申し訳ないけれど、住田町と遠野市では規模が違う。二つの市を支援するのは限界があるだろう。だから、困ったらいつでも言ってくれ、応援する」と話してくれていました。そこで市長に「灯油を譲ってくれないか」と連絡をしたら、「関西の姉妹都市からドラム缶10本くらいが届いているから、5本送る」と。

 

今回の場合、姉妹都市協定、災害援助協定を結ぶのであれば、広域防災協定ではなく、全国各地で結ぶほうがよかったんだなと思いました。

 

 

行政の枠組みでは拾いきれない支援

 

飯田 支援物資は、送り方に問題があったり、ニーズがマッチしていなかったり、受け入れ態勢が整っていなかったり、様々な問題があったと思います。

 

多田 愛知県安城市が支援物資を送ろうと思って、被災三県に連絡をしたものの、いまどこでどれだけ必要としているか調査ができていないので、今すぐ送られても困ると言われてしまい一ヵ月も投げられたと、安城市の市長から聞きました。

 

あと震災から2、3日して、徳島県からトラックに支援物資を満載に積んで岩手県を目指した人がいました。一関あたりで県庁に電話をしたら、「個人の物資は受け取れない」と断られてしまった。かといって徳島県に戻るわけにも行きません。

 

たまたま寄ったコンビニで、住田町がバックヤードとして活動をしていると話を聞いて役場に連絡をしてくれたので、せっかくだから持ってきてほしいとお願いしました。その後、その人が徳島に帰ってから県会議員に報告したらしく、県議から「ありがとう、第二便をすぐ送ります」と連絡をいただきました。やっぱり行政の枠組みでは、拾いきれないものがたくさんあったのだと思います。

 

飯田 遠方からの支援ほど、どこに届けてよいかわからず、ひとまず県に行ってしまう。でも県はそれぞれの市町村に担当をおいているわけではありませんから状況を把握しているわけではない。

 

多田 被災地がどういう状況か伝わっていないんですよね。それに必要なものが毎日変わっていく状態でした。

 

 

木造仮設住宅で日本の災害支援をアピールする

 

飯田 住田町は今回の震災をきっかけに木材、木工をアピールする機会ができたと思います。今後どのような展開を考えていらっしゃいますか。

 

多田 いま国交省で、木造住宅のブランド化事業を進めています。その事業は、まず住田町に名乗り出てほしいということで、復興住宅のモデルを3月までに3棟作ろうと思っています。

 

あとは、やはり木造仮設住宅を売り出したいですね。これは別に住田町に限らず、全国10ヶ所程度に100から200棟ほど仮設住宅の備蓄をしておきたいと思っています。木造ですから5、6年もすれば、状態が少し悪くなってしまうでしょう。それを今度はODAとして、海外の、テント暮らしをしている国に輸出したい。

 

最初にお話したように、災害にあった外国に、日の丸とJAPANがついた住宅が1000棟も並べば、日本の災害支援はすごいと世界中で評判になるでしょう。ですから内閣府には、最終的に外務省も巻き込んでいきたいと話をしています。別に住田町の専売特許にするつもりはないんです。だから図面もインターネットに公開しています。

 

飯田 海外、特にアジアは、30年後には日本の高級木造住宅を購入する人が何千万人、何億人出てくるはずです。そういった人たちへの効果的なアピールになると思います。

 

多田 日本でこれだけ豊富な資源をただ捨てているのはもったいない。

 

それから住田町では、いま中国から研修生を呼んで、カーペンターとしての技術を磨いて、彼らが現地でやれるように育てたいと思っています。

 

飯田 日本でいい体験をすれば日本のファンになってくれて、国へ帰ってから日本をアピールしてくれるでしょう。きっといま日本にきている外国人研修生は今後偉くなりますから、大きな効果が期待できると思います。これからもぜひ頑張ってください。今日はお忙しいところありがとうございました。

 

(2012年11月20 日住田町役場にて)

 

 

 

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vol.264 

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