福島レポート

2019.02.08

「レッドブル・エアレース」でアジア人初の年間王者――福島拠点の室屋選手

遠藤乃亜 / ライター

福島の暮らし

「空のF1」とも呼ばれる小型飛行機の国際大会「レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」で、福島市を本拠地とする室屋義秀選手が2017年、アジア人初の年間王者に輝きました。

室屋選手が参戦する「レッドブル・エアレース」は2003年に開始。決められたコースを飛行機で競う究極の三次元モータースポーツです。高さ25メートルの「パイロン」と呼ばれるゲートで構成されたコースを飛行し、正確な操縦でペナルティを避けながら約5キロのタイムを競います。世界各地で計8大会が行われ、総合成績で年間王者が決まります。

室屋選手は奈良県出身。子どもの頃に観たアニメ「機動戦士ガンダム」の主人公アムロ・レイに憧れ、パイロットを志しました。大学のグライダー部で飛行訓練を積み、20歳で渡米し飛行機操縦ライセンスを取得します。アルバイトで資金が調達できると1年のうち2カ月はアメリカへ渡り訓練を重ねました。同時に国内でグライダーの飛行訓練に励み、オーストラリアでは長距離飛行技術を学び、国内競技会で優れた成績をおさめました。22歳、曲技飛行の世界大会に魅了され、「操縦技術世界一」の夢を抱きます。国内でグライダー教官として飛行技術を磨き、アメリカで本格的な操縦訓練を経て、曲技飛行世界選手権に参戦もし、経験を積みました。

2002年に、エアショーチーム「Team deepblues」を設立します。しかし、当時はまだ日本国内での航空スポーツの知名度は高いとは言えず、燃料代確保に苦しんだ時期もありました。2009年、アジア人で初めてレッドブル・エアレースに参戦。2016年には千葉大会で悲願の初優勝を飾り、年間総合でも6位になりました。2017年には、44歳にして8戦中4勝を挙げる圧倒的な強さで年間総合優勝を獲得しました。

室屋選手と福島との関わりは、1999年頃から。福島市内の飛行場「ふくしまスカイパーク」を国内の練習拠点として腕を磨きました。2011年3月の東日本大震災から約2か月後、福島市のあづま運動総合公園に、避難している子どもたちを招待して「少年少女航空教室」を開き、エアショーを披露して元気づけました。福島県は2017年、室屋選手に県民栄誉賞を贈りました。

室屋選手の座右の銘は、「少水常流如穿石(しょうすいのつねにながれて、いしをうがつがごとし)」。「雨水のようなわずかな水の流れでも、絶え間なく落ち続けると硬い石に穴を開けることができる」という意味の言葉です。東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故により、福島県民の生活は大きな変化を余儀なくされました。かつてと同じ生活への復帰を目指す人、新たな日常や人生を切り拓こうとすると人。一人ひとり、自分自身の選んだ道を歩んでいます。地道な日々の努力を絶え間なく続ける室屋選手の姿に、自分たちの姿を重ねて励まされる福島県民は少なくありません。

室屋義秀さん公式サイト

http://www.yoshi-muroya.jp/
http://yoshi-muroya.jp/race/ja/

2017年シーズン年間総合優勝の表彰台に立つ室屋選手 ©Taro Imahara/ TIPP