福島レポート

2020.05.27

福島の子どもの放射線被ばくは、甲状腺がんのリスクを上げるレベルではない

基礎知識

東京電力福島第一原発事故では、甲状腺がんのリスクとなる放射性ヨウ素を含む放射性物質が飛散しました。このため、特に子どもの甲状腺がんを心配する声が多くありました。県は原発事故当時18歳以下だった全県民を対象に、甲状腺検査を行っています。

甲状腺への被ばく線量が正確に把握できれば、福島の子どもや若者の、原発事故によって甲状腺がんになるリスクがどの程度かを知るのに役立ちます。

2020年2月、鈴木元・国際医療福祉大学クリニック院長らの研究グループが、福島県内の7市町村(大熊町、楢葉町、富岡町、双葉町、浪江町、飯舘村、南相馬市)の住民の実際の行動記録や日本の家屋の遮蔽効果、日本人のヨウ素摂取量などを鑑みて、より実態に近い甲状腺被ばく線量の推計値を論文にまとめました。

論文によると、福島第一原発事故による1歳児の甲状腺の放射線被ばくは、原発周辺地域でも、平均で1.2~15ミリシーベルトだったことがわかりました。

従来、甲状腺がんのリスクとなり得るのは、甲状腺被ばく線量で100ミリシーベルトとされています。広島、長崎の原爆に被爆した方を対象とした研究で、甲状腺被ばく線量が100ミリシーベルトを超えると、甲状腺がんのリスクが上昇することがわかっているためです。また、2016年に、H.LubinやLene H. S. Veigaらが、子どもの放射線被ばくと甲状腺がんの関係についての12の研究を分析し、甲状腺被ばく線量50ミリシーベルトでも甲状腺がんのリスクがわずかにあがるとしました。

甲状腺がんのリスク上昇が確認できる被ばく線量が、従来の100ミリシーベルトであっても、さらに慎重にみて50ミリシーベルトであったとしても、福島第一原発事故後の福島の子どもの平均の甲状腺被ばく線量は、原発事故がなかったときに比べて甲状腺がんになるリスクが高くなることはないレベルだったといえます。

「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)の2013年報告書は、福島第一原発事故後に福島に住んでいた1歳児の甲状腺被ばく線量について、15~83ミリシーベルトと推計した上で、「チェルノブイリ原発事故後のような、子どもの甲状腺がんの増加は考えられない」としていました。

UNSCEARの2013年報告書が検討した時点での論文の多くは、人々の避難経路などの実態からではなく、理論的な推計値に基づくものでした。今回の鈴木元氏らによる、住民の行動記録からの、より実態に近い研究の結果、UNSCEAR2013年報告書の理論的な推計値に比べて、福島の子どもの甲状腺被ばく線量は大幅に低かったことがわかりました。

引用・参考資料

・Takashi Ohba, Tetsuo Ishikawa, Haruyasu Nagai, Shinji Tokonami, Arifumi Hasegawa & Gen Suzuki

・Reconstruction of residents’ thyroid equivalent doses from internal radionuclides after the Fukushima Daiichi nuclear power station accident

Scientific Reports | (2020) 10:3639 | https://doi.org/10.1038/s41598-020-60453-0

https://www.nature.com/articles/s41598-020-60453-0

・Lene H. S. Veiga, H. Lubin, et. al

Thyroid Cancer after Childhood Exposure to External Radiation: An Updated Pooled Analysis of 12 Studies

RADIATION RESEARCH 185, 473–484 (2016)

DOI: 10.1667/RR14213.1

・UNSCEAR2013年報告書

https://www.unscear.org/docs/reports/2013/14-02678_Report_2013_MainText_JP.pdf

・原爆被爆者における甲状腺がんの発症(環境省・放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料(平成30年度版))

http://www.env.go.jp/chemi/rhm/h30kisoshiryo/h30kiso-03-07-11.html