2018.10.01
漁業関係者が「処理水」の海洋放出に反対せざるをえない理由
福島第一原子力発電所では、放射性物質を含む汚染水を浄化しています。浄化した後に残る「トリチウム」を含む「処理水」が貯まり続けており、処分方法の検討がされています。(「福島第一原発にたまるトリチウムを含む「処理水」の処分方法は?」)
処分方法のうち、もっとも期間が短く、費用が安いのが「海洋放出」と言われています。ここで、福島の海ともっとも大きな関係があるのが福島県漁業協同組合連合会(県漁連)と考えられるため、県漁連は、処理水の処分に関する議論の場で注目されることが多くあります。
県漁連が、福島第一原発構内からの排水に関しての意見を表明したことは、これまでに二度ありました。
一度目は、原子炉建屋に流れ込む前の地下水を海へ放出する「地下水バイパス」計画です。原子炉建屋などには、放射性物質を多く含む水(高濃度汚染水)がたまっています。地下水がこの建屋に流入すると、汚染水の総量は増加します。「地下水バイパス」計画は、原子炉建屋より高い位置で地下水を採取し、海に放出することで、汚染水増加を防ぐという計画です。この計画で放出される地下水は汚染水ではありません。県漁連はこのとき、国と東電に「第三者による監視」や「風評被害に伴う損害賠償の堅持」などの要望を出しました。
二度目は、原子炉建屋周辺の井戸(サブドレン)でくみ上げた地下水を、浄化した後に海に流す計画です。サブドレンでくみ上げる地下水も、建屋内の高濃度汚染水には触れていません。ただし、サブドレンは原子炉建屋の近くにあるため、この水は「地下水バイパス」と異なり、原発事故の際原子炉建屋周辺に飛び散った放射性物質をわずかに含みます。そのため、浄化処理をした上で、海に放出します。この計画でも県漁連の意見は大きくとりあげられました。地下水バイパスとサブドレンの運用状況を確認するため、県漁連は、国や東電から説明を受けたり、関係者が同原発構内を視察したりしています。
原発構内からの排水中のトリチウムの濃度基準は6万ベクレル/リットルですが、現在、サブドレンでくみ上げた地下水などを浄化して残るトリチウムについては、東電は基準よりはるかに低い1500ベクレル/リットル以下で海洋放出をおこなうこととしています。
「処理水」の処分に関して、経済産業省の小委員会は、2018年8月30、31日の2日間にわたり、福島県富岡町、郡山市、東京都内の3か所で説明・公聴会を初めて開きました。
富岡町での説明・公聴会に、県漁連の野崎哲会長が参加して、意見を表明しました。
野崎会長は、海洋放出が風評被害を惹起するのは必至であるとしました。この場合の「風評被害」とは、福島県沖でとれた魚が危険であると誤解され、売れゆきや価格の低下などの経済的影響を及ぼすことを指します。
風評被害を懸念する理由として、野崎会長は「国民のトリチウムに関する理解の欠如」を挙げました。(以下、公聴会における野崎会長の意見表明資料から抜粋)
「国はトリチウムの安全性を強調するが、そもそも一般人が放射性物質に関する情報に接するようになったのは、原発事故が契機であり、未だ十分な知識を有していない」
「放射性物質についての性質や特徴、危険性について、正しく国民に認識されているとは言えない」
「仮に1000兆ベクレルもの大規模海洋放出となれば、その数値の大きさだけが先行し国内外で混乱を来す」
「トリチウムの性質についての科学的な知識が十分に浸透していないために、消費者が、誤った認識にもとづいて福島の魚を買うのを避けるのではないか」
以上が県漁連側の懸念です。
一部で「福島の漁業関係者が反対しているために、処理水の海洋放出が進まない」という主張がありますが、県漁連は「処理水に含まれるトリチウムが実際に福島の魚に影響を及ぼすのではないか」と心配して反対しているのではありません。放出されるトリチウムの放射能濃度が、実際には魚になんら影響を与えるものではないことがわかっていても、風評被害が懸念される状況であれば、県漁連は海洋放出に賛成することは難しいのです。
野崎会長は「広く国民へトリチウム発生のメカニズム、危険性を説明し、取扱に係る国民的議論を尽くし」てほしいとも強調しました。国民全体に正しい認識が浸透するためには、国や東電がトリチウムについての知識普及に努めるほか、マスメディアがトリチウムについての科学的な事実を正しく伝えることも必要と考えられます。
●「多核種除去設備等処理水の取扱いに係る説明・公聴会(富岡会場)」の「当日表明する意見の概要」の11ページに、県漁連の意見が載っています。
http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/takakusyu/pdf/HPup3rd/iken1.pdf