「会津日新館天文台跡」が日本天文遺産第1号

日本天文学会は2019年1月、歴史的に貴重な天文学・暦学の資料を後世に伝えていくための「日本天文遺産」に、国内最古の天文台跡「会津日新館天文台跡」(福島県会津若松市)を認定しました。日本天文遺産は新たに創設されたもので、平安~鎌倉時代の歌人・藤原定家が記した日記「明月記」と並んで第1号の認定となりました。

 

日新館は、江戸時代の1803年に会津藩が開設した学校(藩校)です。上級藩士の子弟は10歳になると日新館に入りました。白虎隊の少年達もここで勉学に励んだとされています。新政府軍と幕府派が争った戊辰戦争(1868~1869年)の際、日新館は負傷兵を受け入れる施設として使われました。新政府軍が迫った際、後に軍事利用されまいと火が放たれ、焼失しました。天文台は、幸いなことに離れた場所にあったため残りました。

 

当時の天文台は、高さ6・4メートル、基礎部分は一辺22メートルの台形の築山だったとされています。天文師範などが集まり、天体位置を測定し精確な暦を目指し、翌年の気象を論じ合いました。大正時代までの間に北半分が取り壊され、現存するのは南半分のみとなっています。

 

日本天文学会によると、江戸時代の天文台としては、幕府が浅草に設けたほか、水戸、薩摩、阿波の各藩にもありましたが、現在全て失われています。会津日新館天文台跡は、江戸時代の天文台としては国内唯一の遺構です。

同学会は天文遺産に選んだ理由を「天体の位置を測定し精確な暦を目指した当時の日本の天体観測の様子が体感できる貴重な遺跡である」としています。

 

会津日新館天文台跡の来歴を知り、思い出すことがあります。

会津出身の新島八重を主人公とする大河ドラマ「八重の桜」が、2013年にNHKで放映されました。NHKは当初、大河ドラマに別のテーマを考えていたようです。しかし、東日本大震災と原発事故で甚大な被害を被った東北地方への支援の思いを込めて、「八重の桜」を制作したしたと報じられています。

新島八重は、江戸時代末期に生まれ、戊辰戦争を生き抜き、その後苦難の道を歩みつつ、明治初期の日本の教育の礎を築きました。

 

会津の歴史上、戊辰戦争は最大の試練であったことは間違いないでしょう。戦火を免れて残った会津日新館天文台跡と、戊辰戦争を機に大きく変わった社会情勢の下で活躍した新島八重は、ともに試練をくぐり抜けてきました。

福島や東北の人たちは、震災と原発事故で多くのものを失いました。それでも、平穏な日常を取り戻すために、あるいは、新たな生活基盤を築くために、力を尽くしています。人々の地道な営みは、会津日新館天文台跡や新島八重の苦難と努力に重なります。

 

 

参考リンク

 

・「2018 年度(第1回)日本天文遺産について」(日本天文学会)

http://www.asj.or.jp/news/heritage2018.pdf

・「藩校日新館天文台跡」(会津若松観光ナビ)

https://www.aizukanko.com/spot/148

・「會津藩校 日新館」

https://nisshinkan.jp/

・「大河ドラマ 八重の桜」(NHK)

https://www6.nhk.or.jp/drama/pastprog/detail.html?i=taiga52

 

 

福島の「いま」を伝える情報サイト「福島レポート」

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