耳を傾けることと、どうしようもなさ――『聲の形』(大今良時)他

『聲の形(4)』(講談社)/大今良時

 

「あの時 お互いの こえが聞こえていたら どんなに良かったか」

 

『聲の形』は、小学校に転校してきた耳の聞こえない少女・西宮硝子と、西宮をいじめていた過去を悔やみ、高校生となったいま、戸惑いながらも西宮とやり直そうと試みる石田将也を中心とした物語だ。

 

第4巻は、前巻に続いて、小学校時代に西宮へのいじめに加担し、西宮転校後は石田をいじめていた、あるいはそれに巻き込まれていた同級生たちとの再会が描かれている。これまで順調に築かれているようにみえたさまざまな関係が、登場人物が増えたことで、次第に不穏な空気が流れていく。

 

冒頭の引用は、第2巻、手話を覚えた石田が西宮と再会した際のセリフだ。「西宮の耳が聞こえていたら」ではなく、「お互いの こえが聞こえていたら」だということに気づいてハッとした。その理由はふたつ。ひとつは言うまでもない当然の理由。もうひとつが、そもそも、耳が聞こえる/聞こえないにかかわらず、誰もが耳を傾けなければ/口を開かなければ、お互いの「こえ」なんて、聞こえることはない、ということ。

 

以前、作者の大今良時さんに行ったインタビューで、大今さんは以下のようにお話になっていた(「和解だけが救いの形ではない――『聲の形』作者・大今良時氏の目指すもの」)。

 

 

「最初は、「嫌いあっている者同士の繋がり」を描こうとしていただけなんです」

 

 

『聲の形』は、「耳が聞こえない」ことも「いじめ」も、重要なファクターではあろう。でもしかし、それだけにとどまる作品ではない。お互いのこえが聞こえない中で、耳を傾けるもの、ふさぐもの、口を閉ざすものから、こじ開けようとするものまで、多くの登場人物によって築かれる、あるいは築かれない人間関係の、どうしようもない難しさ。この当然さを、描いていることが『聲の形』の素晴らしさなんだと思う。

 

『聲の形』は全7巻とのこと[*1]。すでに折り返し地点。「和解できなかった場合に、救いはあるのか」と語る大今さんが、彼ら彼女らの関係をどう描いていくのか、目が離せない。第5巻は8月16日発売予定。これを機に、ぜひ第1巻から購入(読み直)して欲しい。(評者・金子昂)

 

[*1] https://twitter.com/betsumaga/statuses/496245890579832832

 

 

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