2014.08.10

耳を傾けることと、どうしようもなさ――『聲の形』(大今良時)他

今週のオススメ本 / シノドス編集部

情報 #聲の形#大今良時#「はだしのゲン」を読む

『聲の形(4)』(講談社)/大今良時

「あの時 お互いの こえが聞こえていたら どんなに良かったか」

『聲の形』は、小学校に転校してきた耳の聞こえない少女・西宮硝子と、西宮をいじめていた過去を悔やみ、高校生となったいま、戸惑いながらも西宮とやり直そうと試みる石田将也を中心とした物語だ。

第4巻は、前巻に続いて、小学校時代に西宮へのいじめに加担し、西宮転校後は石田をいじめていた、あるいはそれに巻き込まれていた同級生たちとの再会が描かれている。これまで順調に築かれているようにみえたさまざまな関係が、登場人物が増えたことで、次第に不穏な空気が流れていく。

冒頭の引用は、第2巻、手話を覚えた石田が西宮と再会した際のセリフだ。「西宮の耳が聞こえていたら」ではなく、「お互いの こえが聞こえていたら」だということに気づいてハッとした。その理由はふたつ。ひとつは言うまでもない当然の理由。もうひとつが、そもそも、耳が聞こえる/聞こえないにかかわらず、誰もが耳を傾けなければ/口を開かなければ、お互いの「こえ」なんて、聞こえることはない、ということ。

以前、作者の大今良時さんに行ったインタビューで、大今さんは以下のようにお話になっていた(「和解だけが救いの形ではない――『聲の形』作者・大今良時氏の目指すもの」)。

「最初は、「嫌いあっている者同士の繋がり」を描こうとしていただけなんです」

『聲の形』は、「耳が聞こえない」ことも「いじめ」も、重要なファクターではあろう。でもしかし、それだけにとどまる作品ではない。お互いのこえが聞こえない中で、耳を傾けるもの、ふさぐもの、口を閉ざすものから、こじ開けようとするものまで、多くの登場人物によって築かれる、あるいは築かれない人間関係の、どうしようもない難しさ。この当然さを、描いていることが『聲の形』の素晴らしさなんだと思う。

『聲の形』は全7巻とのこと[*1]。すでに折り返し地点。「和解できなかった場合に、救いはあるのか」と語る大今さんが、彼ら彼女らの関係をどう描いていくのか、目が離せない。第5巻は8月16日発売予定。これを機に、ぜひ第1巻から購入(読み直)して欲しい。(評者・金子昂)

[*1] https://twitter.com/betsumaga/statuses/496245890579832832

『「はだしのゲン」を読む』(河出書房新社)

学校で堂々と読めるマンガとして、『はだしのゲン』を手に取った人も多いのではないか、と邪推する。筆者が通っていた小学校でも人気があり、クラスの誰かが図書館から借りようもんなら、「次は私!」と又貸しにつぐ又貸しによって、勝手に回し読みをしていたものだ。(又貸しは禁止です!)

『はだしのゲン』という作品名を聞いたことの無い人はいないだろう。漫画家・中沢啓示による自身の被爆体験を描いた自伝的作品で、「反戦・反核マンガ」の金字塔として評価され、もしくは批判されてきた。松江市内の小学校図書館で『はだしのゲン』に閲覧制限がかかっていることが、大きな議論を呼んだのも記憶に新しい。

今回紹介するのは、そんな『はだしのゲン』の魅力と可能性に迫る一冊、「『はだしのゲン』を読む」である。インタビューやエッセイ、論考など、19人もの人が、それぞれの『はだしのゲン』について語り・執筆している。

たとえば、みち(屋宮大祐)「ゲンはどこへ向かったのか インターネットで『はだしのゲン』を読む」では、2ちゃんねるにおける、『はだしのゲン』のパロディに触れるなど、ネットカルチャー史から作品を読み解く。また、相澤虎之助「ゲン・ザ・ギャングスター」では、『はだしのゲン』を不良マンガとして捉え、ストリートで力強く生き抜くゲンの姿に言及している。

相澤氏は「やたらと『生き抜いてやる』という意味不明の沸き起こる力を感じ、近所の森に向かって走り始めたものである(笑)。」と幼いころに読んだ『はだしのゲン』について回顧している。

そういえば、夢中になり読んでいた小学時代の私たちも、(はじめはマンガが読めるという不純な動機で手には取ったが)ゲンが社会の理不尽に対して、時には暴力で、時には知恵で、時には芸術で、立ち向かう生き生きとした姿に引き込まれていた。

「反戦・反核マンガ」というとらえ方を超えて、見えてくる『はだしのゲン』の姿をぜひ確認してほしい。(評者・山本菜々子)

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