2014.10.18

戦場からの集団的自衛権入門――『日本人は人を殺しに行くのか』(他)

今週のオススメ本 / シノドス編集部

情報 #伊勢崎賢治#日本人は人を殺しに行くのか#ヌードと愛国#池田玲子

『日本人は人を殺しに行くのか』(朝日新書)/伊勢崎賢治

集団的自衛権を行使するために憲法の解釈を変更する閣議決定からはや3カ月。関連する報道は散見されるものの、当時の熱狂を思えば、人びとの集団的自衛権に対する関心はずいぶんと薄れてしまったように見える。

あの熱狂の中には、「戦争は嫌だなあ」「他国が攻めてくるのは怖いなあ」と両極端の間で、立場を決めかねていた人もかなりの数いたのではないだろうか。だが集団的自衛権行使の是非を考えるにあたって、集団的自衛権とはなにか、なぜいま議論されているのか、歴史的経緯や背景を学ぼうにも、冷静に丁寧に解説されている適切な本が見当たらなかった。

しかし、満を持して、集団的自衛権行使の是非を考えるために必要な知識をイチから学ぶことができる本がでた。本書『日本人は人を殺しにいくのか 戦場からの集団的自衛権入門』だ。

少々煽り気味のタイトルだが、内容は非常に堅実だ。例えば冒頭では、国連憲章がいうところの「集団的自衛権」と、過去に日本政府が解釈してきた「集団的自衛権」では、“集団”のニュアンスが違うこと、その意味を本書は丁寧に解説してくれる。集団的自衛権行使容認の裏で、「集団的安全保障」の運用範囲の変更が議論されているという見過ごされがちな問題も、それがどれだけの影響を与えうるかまで、説得的に記されている。

紛争屋として、戦場でアメリカ軍と対峙し、協力してきた著者・伊勢崎氏は言う。安倍政権は、有事の際にアメリカに助けてもらうためにも集団的自衛権の行使容認が必要だというが、そもそもアメリカは、日本に対してそんなことを望んでいない。しずかちゃんや出木杉君に、「ジャイアンのように戦え」とは言わないように。そして「集団的自衛権の正しい使い方」は他にある、と。

本書は驚くべき一冊だ。250ページほどの新書にもかかわらず、集団的自衛権の初歩的な知識をわかりやすく解説してくれるのみならず、読み終えた頃には、アフガニスタン戦争やイラク戦争の後始末に苦悩する大国の姿も、戦後日本がアメリカにどれだけ追従してきたかも、そしてわれわれが考えていかなくてはいけないこれからの日本のビジョンも、ぐっと見通しが見えてくるのである。集団的自衛権の問題だけでなく、日本の安全保障を考えるにあたっても、必読の一冊だ。(評者・金子昂)

『ヌードと愛国』(講談社現代新書)/池田玲子

探偵はかっこいい。灰色の頭脳や、太いパイプや、麻酔針のついた時計を駆使しながら、謎を解いていく。そんな探偵の姿にあこがれを持っている人も多いはずだ。

今回紹介するのも、そんな探偵ものの一つ。だが、この探偵が捜査するは「ヌード」である。1900年代から、1970年代に創られた7つのヌードの謎をとき、近現代史がまとった「日本」を丸裸にしていく。

第一章、デッサン館の秘密では、長沼智恵子の「人物デッサン」を巡った謎解きだ。長沼智恵子という名前に聞き覚えはないかもしれない方も、高村光太郎『智恵子抄』の智恵子さんだ、と言われたらピンとくるであろう。

テーマとなる作品は、若き日に画家を目指していた彼女の、修業時代の男性ヌードデッサン。

当時は、男性器をぼかして描くことが習慣だったのだが、彼女のデッサンのそれは「おかしいほどリアル」に描いてあると、同じ研究所で学んでいた男子研究生から言及されることになる。この話は、彼女の性的な趣向にまで結びつけられ、後々に語り継がれるスキャンダラスなエピソードになった。

しかし、そのデッサンが発見され、買い求めた探偵(著者)は、智恵子の描いた股間がマイルドな描写であったことに驚く。当時、彼女が所属していた太平洋画会研究所でデッサン指導をしていた中村不折は、よりリアルな股間のデッサンを描いているし、それは研究所の壁にも飾られていたはずだ。

なのになぜ、智恵子のデッサンだけが「おかしいほどリアル」と言い伝えられてきたのか。そのなぞを紐解くと、国家イデオロギーを背景とした、裸体群像表現による歴史画の封印と、西洋の美学体系を丸のみせざるをえなかった、日本近代の矛盾が見えてくる……。

心踊る、7つのヌードに隠された謎。ぜひ手に取って探偵気分を味わってもらいたい。芸術の秋に、おススメの一冊。(評者・山本菜々子)

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