2014.11.08

感情と合理性と政治学――『感情の政治学』(他)

今週のオススメ本 / シノドス編集部

情報 #吉田徹#感情の政治学#依存症臨床論#信田さよ子

『感情の政治学』(講談社選書メチエ)/吉田徹

有権者の一人ひとりが、それぞれ情報を集め、投票先を主体的に、合理的に選択すれば、政治はより良くなっていく――本書はこれを幻想と喝破し、むしろ人びとが合理的であればあるほど、政治は自らが望むものから遠ざかってしまうことを説く。そして、政治学がこれまでおろそかにしてきた人間の非合理性、「感情」に目を向けて、政治を組み立て直していく。

政治学はこれまで「人間の合理的行為の集積として政治は構築されるべき」(方法論的個人主義)と「合理的な政治があればより良い結果がもたらされる」(合理的選択論)という、二つの前提のもとに進められてきた。だが合理性のみをもって政治を語ることは可能なのだろうか。

例えば、すでに広く知られているように、選挙の際に有権者がもつ一票は、合理性を突き詰めると、わざわざ投票所まで足を運んで投じるほどの利益は限りなくゼロに近い。投票日前の世論調査によって、選挙前におおよその結果が見えていることを思い浮かべれば理解することはたやすいように、自らの一票によって選挙の結果が左右することは、ほぼありえないからだ。

「合理的な有権者」は、投票行動を行わない。それにもかかわらず、人が投票に行くのは、なぜなのだろうか。そもそも、なぜ人は政治に関心をもつ、参加したいと考えるのか――。

本書は「感情」や「関係性」をキーワードに、政治にまつわる理論や思想などありとあらゆる領域を縦横無尽に駆け巡る。そうして浮き上がってくるのは、決して方法論的個人主義や合理的選択では説明することのできない人びとの行動であり、政治における感情や関係性の重要さである。それは現代の政治を分析するだけでなく、私たちの政治に対する態度を改めさせるものかもしれない。従来の政治学に対する挑戦を試みた刺激的でダイナミックな一冊である。(評者・金子昂)

『依存症臨床論』(青土社)/信田さよ子

今回、紹介する『依存症臨床論』は、40年を超える臨床歴を持つ信田氏が「依存症」という辺境の現場で考え続けてきた現場の経験と、精神医療と対立・協力してきた依存症臨床史が重なりあい、依存症臨床のミクロからマクロまでを知ることができる一冊だ。

1971年、K病院心理室の一員となった著者の信田氏は、アルコール中毒の治療に関わっていくことになる。

しかし、当時は、アルコール中毒は「正当派」の医師からは嫌厭され、精神医学の主流は統合失調症であった。「断酒」は基本的に当事者の自己決定にゆだねられており、統合失調症のように薬物投与が必ずしも有効とは言えない。

そんな医療とアルコール中毒との関係を考える、象徴的なエピソードがある。1987年に、信田氏は、旧ユーゴスラビアのザブレブの地域で開催されているアルコールグループを見学する。そこでは、参加者が車座になって座っており、円の中心には抗酒剤が山盛りになった皿が置いてあり、参加者は、ミーティングがはじまると、適当なタイミングで抗酒剤を飲んでいくのだ。ミーティングが終了するころには、その山は半分に減っていたという。

しかも、ザグレブではアルコール中毒になり入院すると、3年ほど徹底した医療の管理下で過ごすことになる。退院後も毎日アルコールミーティングに参加し、抗酒剤を飲み続けなければならない。断酒に向けた徹底的な管理を目の当たりにし、著者はこの地でアル中になりたくないと思い、「酔っぱらって死ぬ自由がほしい」と思わずつぶやいてしまう。

日本においては、このように抗酒剤や断酒を医師が強制することはできない。このことが、医療とアルコール依存との複雑な関係につながり、臨床心理士や自助グループに大きな役割が求められるようになる。

本書では、その他にも、依存症患者と家族の関係、とりわけ「共依存」「アダルト・チルドレン」といった聞きなじみのある言葉も丁寧に解説している。医療とは違った方法で、どのように依存症に向き合っていったのか。依存臨床の世界の一端をぜひ味わってもらいたい。(評者・山本菜々子)

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シノドス編集部

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