「ポルノウィキリークス」の衝撃/「ポスト・ウィキリークス」社会の個人情報と人権

ウィキリークスが切り開いた新しい社会

 

政府や大企業のもつ機密文書を広く一般に公開するために設立されたウィキリークスが、米国外交文書などをそれまでなかった規模で暴露し、国際的に大きな注目を集めたのは、昨年の夏から秋にかけての頃だった。当初、それらの文書が公開されれば、米国やその他各国の外交的利益が損なわれるだけでなく、文書のなかで言及されている人権活動家の情報などが抑圧的な政権に知られてしまうことにもなり、かれらに危害が加えられることを懸念する声もあった。

 

しかし実際のところ、ウィキリークス自身が何もかも片っ端から公開するのではなく、既存メディアのジャーナリストと協力し内容を吟味したうえで公開する方針をとったこともあり、懸念されたほど大きな弊害は起きていない。

 

結局、ウィキリークスが公開した文書には、国際記事を普段から読んでいる人なら「政府はそう表立っては言わないだろうけれども、まあそういうことなんだろうな」とあらためて納得させられるような内容が多く、意外性のある暴露はそれほどなかったように思う。あれだけ大きな衝撃をもって受け取られたわりには、これまでのところウィキリークスの直接の影響の大半は、一部の政府要人や外交関係者が恥をかいただけで終わっている。

 

ところが三月末、ウィキリークスとはまったく別のところで「ウィキリークスが切り開いた新しい社会」が牙を剥き出した。ウィキリークス本家とはまったく無関係だが「ポルノウィキリークス」を名乗る匿名の人物もしくはグループが、医療機関から流出したと思われる性病検査データベースなどをもとに、米国においてアダルトビデオに出演している、あるいはしていたことのある数万人もの男女俳優の本名やその他の個人情報を暴露するサイトを設置したのだ。

 

 

ポルノウィキリークスとは?

 

サイト自体はインターネット上の百科事典・ウィキペディアと同じシステムを採用しており、誰でも自由に内容を追加したり、過去の編集履歴をみたり、ある項目について議論を行なったりすることができる。

 

もっとも数万件あるポルノ出演者のページのほとんどは、ある出演者の芸名と本名を結びつけるかたちで事実として記載されているだけだ。しかしポルノ出演者や元出演者たち、とくに女性にとっては、出演時の芸名と自分の本名が結びつけられて誰でも閲覧できる状態になっていることは、たとえ数万件あるページのうちのひとつでしかなかったとしても、身体的な危険を感じるのに十分だ。

 

当然、多くのポルノ出演者たちは、公式サイトやツイッターなどにおいてこのサイトを一斉に非難した。また、サイトの掲示板に直接出向いて個人情報を削除してくれと書き込む人や、誰でも編集できるのを利用して自分の本名を記事から削除する人もいた。

 

しかしそのような行為はサイトへの攻撃とみなされ、逆にサイト運営者やその支持者らによって、住所や家族構成や犯罪歴の有無やポルノ以外の経歴などの個人情報を詳しく調査・暴露されたり、出演していたアダルトビデオの静止画をアップロードされるなど、さらに集中的に嫌がらせを受けることとなった。公開しているわけではない個人情報を一方的に晒されたあげく、泣き寝入りするのがいまのところ最善の対処というのが現実だ。

 

 

ゲイポルノ男優たちへの敵視

 

サイト運営者によれば、このサイトから個人情報を削除する方法は非常にかぎられている。まず第一に、アダルトビデオに出演しようとしたことがあるためにデータベースに名前が掲載されてしまったが、実際には出演したことがない人は、そう申し出れば個人情報を削除してもらえる。ただし虚偽によってそう申請した場合は、容赦なくさらなる個人情報を暴露されることになる。第二に、アダルトビデオに出演したことがあるけれどもすでに引退している人については、かれらの主張に同調することを示せば削除するという。

 

かれらの主張とはなにか。同性愛者やユダヤ人に対する読むに堪えない差別的表現をなんとかスルーしつつ読み通してみたところ、次の通りらしい。まずかれらは、アダルトビデオやポルノに反対ではない。このインターネットが一般化した時代に、ポルノに出演したことのある人たちが、その後過去を隠して生きられるなどと思うなよ、とはいっているものの、ポルノ出演者にとくに敵意を抱いているわけではなく、むしろポルノ女優には感謝しているという。

 

かれらがことさら敵視するのは、ゲイポルノに出演している男優たちだ。ゲイ男性向けのポルノと異性愛男性向けのポルノの両方に出演する男優がいるせいで、ゲイ男性向けポルノの業界から異性愛男性向けポルノの業界にエイズがもたらされ、すべてのポルノ俳優の健康が脅かされている、とかれらは主張している。

 

異性愛男性向けのポルノを制作する業界では、アダルト業界専門のクリニックによる徹底した検査によって、二〇〇四年に一度HIV感染が起きたほかは、これまで長いあいだHIVの蔓延を防いできた。しかし、昨年ふたたびその検査によってある男優のHIV感染が確認された。そのさい、感染した男優の名前や、過去数週間のあいだにかれと撮影をともにした(すなわち、かれから感染したおそれのある)俳優たちのリストは公表されなかったが、それらの情報をどこからか入手してインターネット上で公開したのが、「ポルノウィキリークス」の前身にあたるウェブサイトだった。男優は、ゲイ男性向けのポルノにも出演歴があった。

 

 

HIV感染への異なった防御策

 

ここでいうアダルト業界専門のクリニックは、米国において(ネット上の動画を除く)アダルトビデオの大部分が制作されるカリフォルニア州サンフェルナンドバレーに存在している。サンフェルナンドバレーは有名なロスアンヘレス地域の中心部であり、ポルノ業界の中心地でもあることから、「ポルノバレー」あるいは「シリコーンバレー」(テクノロジーで有名な「シリコンバレー」と、豊胸手術に使われるシリコーンジェルをかけている)の異名もある(地元住民は普段ただ「バレー」と呼ぶが)。

 

このクリニックでは、異性愛男性向けポルノ業界で働く男女の俳優たちほぼ全員の性病検査とその結果を--直接行なっているか、他のクリニックで行なわれた検査の結果を登録しているかは別として--一括管理している。

 

クリニックは異性愛男性向けアダルトビデオ業界の主だった制作会社と協力関係にあり、これらの業者の作品において仕事をもらうには、クリニックによりHIVに感染していないと認定されなければいけない(ただし他人との絡みが含まれない撮影はこのかぎりではない)。定期的な検査によってHIV感染が確認された場合、過去にさかのぼって感染の可能性がある俳優がリストアップされ、感染していないことが確認されるまではかれらは次のビデオに出演することができなくなる。こうした仕組みによりHIV蔓延は防げるとして、業界はコンドーム使用の義務化を長年退けてきた。

 

いっぽうゲイ男性向けポルノの業界では、まったく違った慣行が存在している。ゲイ男性向けのアダルトビデオにおいては、出演者がHIVに感染しているおそれがある、という認識があたりまえに共有されており、むしろコンドームの使用が標準だ。そのかわり、クリニックにおける一元的な健康管理は行なわれておらず、コンドームさえつければHIVの感染の有無を確認せずにポルノへの出演が可能だ。しかしコンドームは完全ではないし、なかにはコンドーム使用すらしない撮影現場もあるため、HIV感染は起こりうる。

 

このように、異性愛男性向けポルノの業界と、ゲイ男性向けポルノの業界では、HIVという危険に対してそれぞれ独自の慣行が自然発生的に発達してきたが、ある日クリニックで性病検査を受けた男優が、次の日にはコンドームをせずにゲイ男性向けポルノに出演し、そのまた次の日には異性愛男性向けポルノで女優と共演するというような状況は、それぞれの業界における個別の慣行が想定していなかった事態であり、改善の余地があるだろう。いまのままではアダルトビデオ出演者の健康が守られない、という批判はあたっている。

 

 

 

シノドスを応援してくれませんか?

 

人々はますますインターネットで情報を得るようになっています。ところが、ウェブ上で無料で読めるのは、信頼性の低い記事やエンタメ記事ばかり。そんなウェブ環境に抗うべく、誰でも自由にアクセスできる本当に価値ある記事を、誠実に配信していきます。そうしたシノドスの活動を持続的なものとするために、ぜひファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」のパトロンになってください。⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

無題

 

・人文・社会科学から自然科学、カルチャーまで、各界の気鋭にじっくりインタビュー
・報道等で耳にする気になるテーマをQ&A形式でやさしく解説
・研究者・専門家たちが提案する「こうすれば●●は今よりもっとよくなるはず!」

・人類の英知を伝える「知の巨人」たち
・初学者のための「学びなおしの5冊」

……etc.  

https://synodos.jp/a-synodos

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.238 特集:尊厳を守るために

・荻上チキ氏インタビュー「学校空間をもっと自由に――いじめを減らすために本当に必要なこと」

・【天皇制 Q&A】河西秀哉(解説)「『権威』と『象徴』の狭間で――天皇制を問い直す」

・【今月のポジ出し!】畠山勝太「こうすれば民主主義はもっと良くなる」

・齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「『Yeah! めっちゃ平日』第十一回」