政治とメディアの関係を改めて考える 

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ヨーロッパ主要国がギリシャの潜在的デフォルトにどう対処するかで騒ぐなか、イギリスは、「ニュース・オブ・ジ・ワールド(NoW)」紙の盗聴疑惑で揺れ動いた。以下ではその経緯を紹介するとともに、日本の状況にも言及しつつ、「政治とメディア」をめぐる問題をいま一度考えてみたい。遠回りにみえるかもしれないが、このケースを通じて、日本のおかれた状況がより明確になると思われるからだ。

 

 

NoW盗聴事件の経緯

 

発端は、今年初めにNoWの盗聴疑惑に捜査当局が解明に乗り出したところにまでさかのぼる。NoWは世界的な知名度こそ低いが、19世紀末に創刊され、英字新聞として最大部数を誇った老舗新聞である。週一回、日曜に発行されるこの新聞を1960年代に買い取ったのが、のちに「メディア王」と呼ばれることになるルパート・マードック氏だった。

 

NoWは有名人やセレブのスキャンダルやプライベートを暴き出すタブロイド紙である。(「タブロイド」はもともと紙面サイズを指す言葉だが、セックス、スキャンダル、スポーツの”3S”の記事を主要な売りにする新聞を指す言葉になった)。多くのタブロイド紙が凌ぎをけずるイギリスで、NoWは特ダネを連発し(名誉棄損の訴訟を受けて多額の賠償金を払うケースも多くあった)、名を馳せることになった。

 

こうしたスクープ合戦の過程で、NoWは関係者の盗聴を日常的にしていたとされていた。今回の捜査では、過去10年間にわたって盗聴取材を実施、王室、政治家、芸能・スポーツ界などの有名人の携帯電話、さらに殺人やテロ事件の犠牲者の会話の傍受までもしていたことが明らかになった。盗聴対象は約4000人近くいたといわれる。こうした違法行為に加えて、警察官を買収して情報を入手していたことも判明、元編集長をはじめとする関係者が逮捕された。

 

政界スキャンダルの様相を呈すようになったのは、マードック氏が有する「ニューズ・コープ」の英子会社CEOで元NoW編集部のブルックス氏が、盗聴と贈収賄で逮捕され、真相究明のために英下院の文化・メディア・スポーツ委員会が公聴会に、マードック会長と次男で英衛星放送大手BSkyB会長のジェームズ・マードックを召喚することになったからだ。

 

その過程で明らかになったのは、NoWの有形無形の政界や警察当局とのつながりだった。NoW編集長だったコールソン氏は、2010年に首相になるキャメロン保守党党首のもとで党の広報責任者に就任、政権交代と同時に首相官邸の報道局長へと横滑りしていた。キャメロン氏がマードック氏や、逮捕されたブルックス氏とも親しい間柄にあったのも周知の事実であり、実際、総選挙に際してNoWは保守党をもっとも熱心に応援したメディアだった。ちょうどマードック・グループによる衛星チャンネル「BSkyB」の全株式取得が政府で審査されることになっており、これが通常経由する競争委員会に諮られなかったのも首相側の働きかけがあったからではないか、との憶測まで飛び交うことになった。

 

スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)との不適切な関係も指摘された。NoWの親会社「ニューズ・インターナショナル」はスコットランド・ヤードから天下りを迎えており、両者は頻繁に会食をもつなど、近しい関係にあったとされている。同社に天下ったなかには、2人の逮捕者を出すに留まった2006年のNoW盗聴事件の捜査担当者も含まれており、意図的に捜査打ち切りが当時なされたのではないかとの疑いも強まっている。スコットランド・ヤード総監までもが、NoWの元副編集長を高給でPRアドヴァイザーに迎えていたことから、辞任に追い込まれることになった。

 

野党の労働党は早速に、マードック帝国を解体すると意気軒昂だ。マードック傘下にある「ウォールストリート・ジャーナル」の発行元ダウ・ジョーンズCEOも、責任をとるかたちで辞任している。

 

 

「マードック帝国」の実像

 

マードックの名は日本では90年代後半に、孫正義とタッグを組んでテレビ朝日に資本参加しようとしたことで知られるようになったが、彼の築いた帝国は巨大かつ強大なメディア・コングロマリットである。英国だけでも高級日刊紙の「タイムズ」と同日曜紙「サンデー・タイムズ」、タブロイド紙「サン」(280万部発行)を所有、テレビ業界でもBSkyB、老舗のテレビ局ITVの一部株式を所有している。米ではTVの「FOX」チャンネル、映画配給の20世紀FOX、出版のハーパー・コリンズ、欧州大陸ではTVの「Sky」チャンネル、アジアでも「スターTV」など、グループ全体の総売り上げは330億ドル余りに上る。

 

マードック・グループのTVチャンネルやプリント・メディアでは大衆路線を売りにしているから、その政治的・知的影響力は限定的だとする向きもあるかもしれない。しかし彼が買収した「ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)」や新規に設立した「FOXニュース」が急激に右傾化し、イラク戦争報道で好戦気分を盛り上げたことからもわかるように、一概に無視はできない。WSJ買収の際、当時の編集長がマードック氏の介入に抗議して辞任したことからも明らかなように、マードック氏は保守的価値観を明確な報道指針にしている。

 

さて、以上は事件の経緯と諸々のファクツや疑惑の一端である。もちろん、キャメロン首相はマードック氏との関係が政治に影響を与えたことは一切ないと明言しているし、マードック氏自身も盗聴事件への関与を否定している。しかし、ここまでの騒動になったということからしても、一般的な基準からみて改めてメディアと政治の関係が浮き彫りになったのは間違いない。では、こうしたことから、何が教訓として引き出せるだろうか。

 

 

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vol.266 

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