2010.06.24

機密費問題で問われたジャーナリズムの倫理  

荻上チキ 評論家

情報 #ジャーナリズム#機密費問題

2010年4月。自民党の元幹事長である野中広務氏が、講演やテレビ番組などの取材を受け、官房機密費の実態について語った。領収書が不要で、使途も非公開の機密費。それが、国会対策などに限らず、メディア、ジャーナリスト、評論家などにもばらまかれていたという、きわめて衝撃的な内容である。

機密費問題をめぐる温度差

この証言に対して、民放各局や各新聞の反応は鈍かった。記者質問で機密費に言及するメディアは現れず、「だれそれがこのように発言した」というコメント紹介報道にとどまった。「大メディアにとって、探られたくない腹があるからではないか」という疑念が払拭されないままでは、報道への信頼性は獲得出来ないにも関わらず、だ。

一方、この問題を積極的に取り上げていったのはフリーのジャーナリストたちだった。

彼らは、従来のメディア体系においてはマージナル(周辺的)な存在であったが故に、既存メディアとは別のインセンティブ(動機)をもち、しがらみが薄いが故に、「既存メディアの問題点」といったテーマに親和性・優位性を発揮する。そのため彼らは、ブログ、ツイッター、民放ラジオ、ネット放送、週刊誌、一部バラエティ番組などを活用し、積極的に発言を行っていた。

フリーランスの記者たちは、これまで記者クラブやクロスオーナーシップなど、マスメディアが「より優れた報道」を遂行するというインセンティブを削ぐようなシステム、歴史を重ねる中で凝り固まってきてしまった構造そのものを激しく追究してきた。彼らにとっては機密費問題もまた、「より優れた報道」にとっての大きな阻害要因である。

政治の透明性ではなく、メディアの信頼性

テレビ番組やラジオ番組、ネット放送の多くはyoutubeやニコニコ動画などの動画共有サイトにてシェアされ、一部は有志によって文字おこしされている。

ウェブ上では元々、「マスメディアの問題点」を指摘する記事が人気になりやすい。裏取りや検証能力の点で弱く、「マスメディアの汚れた実態」的な内容の流言や陰謀論なども拡散してしまいがちな一方で、大メディアが取り上げない論点で瞬間的に盛り上がれるという強みがある。

こうした「在野ならではの戦い方」で確認されたのは、現状のメディア構造に欠陥があるがゆえに、自制としての倫理性が育まれにくいということだった。そう、ここでまず問うべきは、政治の透明性ではなく、政治を報道するメディア自体の信頼性である。後者抜きにして前者は成立しないからだ。

新興メディアの脆弱性

もちろん、新興メディアがその存在感を高めていくなかで、「新しいメディアにこそ可能性がある」などと楽観視するのは短絡だ。

先に述べたように、新興メディアはこれまで様々なカスケード現象(情報の雪崩現象)に右往左往し、そのことは同時にスピン(情報操作)に対する脆弱性の修正を課題として抱えている。

野中氏がこのタイミングで発言したことが、各メディアや民主党などへの「牽制」である可能性や、その行為自体が「疑惑」を特定対象に向けさせる情報操作であるという可能性は、当然ながら捨てさられるべきではない。そうした可能性の束から、丁寧に議論を作り上げていくためには、ネット上での「運動」だけではまだ心もとない。

旧来的リベラリズムの難点

また、一連の議論のなかで繰り返されてきた、「政治言論に関わる者は、政治家からお金をもらってはいけない」という前提には、旧来的なリベラリズムの抱える難点も含まれる。

政治を監視するためには、政治権力から自立した市民であることが求められるということ。しかし実際問題として、自立した市民という位置を獲得する者は、往々にして既存メディアなど「中央」に近いものに偏り、本当にマージナルな者がその立場を維持するのは難しくもある。

つまるところ現状では、「一部の例外」が不安定な状況のなか、で積極的に言説を紡いでいく行為に頼るしかないのだ。

日本政治の成熟に向けて

ただ、おそらくこの原稿を読んでいる方のうち、少なくない人がtwitterなどで特定の論者を「応援」し、それら論者の発言をメディアが編集なしで報道したか、論点を正しく明示したかといったメディアチェックを行っているだろう。

メディアチェックの作業自体は、決して中立的な立場からのみ行われるものではないが、その応酬が繰り返されて行くなかで浮き彫りになっていく係争点は多くある。そしてウェブメディアの多くは、その「祭り」を可視化させ、加速させていく役割を担っている。それはまだまだ小さな火ではあるが、火種はたしかに燃えつづけている。

ようやく言及されつつあるメディアの課題を論じることなしに、日本政治の成熟は果たされない。

参考記事

琉球新報:機密費、評論家にも 野中元長官、講演で証言

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-161420-storytopic-3.html

TBS『NEWS23クロス』シリーズ追跡:官房機密費

上杉隆「私は死んでも追求を止めない!『官房機密費もらった記者いないか』大新聞・テレビの回答書を公開する――久米宏、池上彰、勝谷誠彦ら「非記者クラブ」のジャーナリストが次々援軍に」『週刊ポスト』(2010年6月25日号)

「現代ビジネス緊急対談「田原総一朗×上杉隆」 民主党政権について」

http://www.ustream.tv/recorded/7412783

田原総一朗×上杉隆「私が体験した『政治とカネ』のすべて」

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/657

ニュース探究DIG:6月10日(木)「世論調査を考える」

http://www.tbsradio.jp/dig/2010/06/post-136.html

J- CASTニュース:わたしはこれで記者を堕落させた 「機密費」で接待、「女」も用意 平野貞夫・元参院議員に聞く

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100530-00000000-jct-soci

推薦図書

「ジャーナリズムはどうあるべきか」「いまはどれだけ誤った状況か」を語った書籍は多くある。そうした書籍に手を伸ばす前に、まずは「そもそも各メディアはどのように生まれてきたのか」といった背景を知るのもいいだろう。政治制度や政治思想は、その時代ごとの技術的要因に影響を受けるし、逆にメディアの役割はその時代ごとの政治的文脈によって規定されていく。現代の社会がメディア状況の変動期であるならば、そこには政治的文脈の変動も重ねて読み解かれなくてはならない。放送大学向けに編まれた本書は、他のどの教科書よりも読みやすい、優れたイントロダクションとなってくれるはず。多くのメディア論は歴史研究によって支えられており、本書は少し古くなっているため、ネットメディアに対する記述は少しズレが感じられるが、その点はもはや読者の側で十二分に埋められる。

プロフィール

荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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