2017.10.16

はじめに

今回の特集は「日常の語りに耳を澄ます」です。

さまざまな課題が突き付けられる現代。私たちは、問題解決のために邁進しています。でも、ちょっと立ち止まって、今いる日常の声に耳を傾けてみてください。問題解決への糸口が、そこにあるかもしれません。

特集第1稿は、駒澤大学教授、荒井浩道氏へのインタビューです。「支援」において「問題」を繰り返し問いただすことは、果たして本当に支援的なのでしょうか。クライエントの語りに注目し、「問題」に直接触れず、結果としての問題解決を目指す、ナラティヴ・アプローチ。その思想と実践について、ご説明いただきました。

続いては、福井県立大学講師、浜本隆三氏による、アメリカ白人至上主義Q&Aです。白人至上主義と秘密結社の関わりを、「クー・クラックス・クラン」の盛衰を軸に読み解きます。トランプ氏とのつながりも指摘される中で、現在のクランの立ち位置、トランプ現象との関わりはどういったものなのでしょうか。

第3稿、「今月のポジ出し!」では、フィルターバブル対策を取り上げまず。情報のタコツボ化に飲み込まれず、バランスの取れた情報や言論に触れるにはどうしたらいいのか。文筆家、吉川浩満氏の提案する対策に注目です。

おなじみ連載「Yeah!めっちゃ平日」、今号はお休みです。また来月を楽しみにお待ちください。

以下に巻頭インタビューの冒頭を転載しております。

ぜひ、ご覧ください。

荒井浩道氏インタビュー 隠された物語を紡ぎだす――「支援しない支援」としてのナラティヴ・アプローチ

「問題」は「問題」として意識されることにより、当事者にこびりついていく――。支援という大義のもと、絶え間なく当事者にその「問題」を意識させることは、果たして本当に「支援的」なのだろうか。この問い立てと向かい合い、新たな支援の在り方を模索するナラティヴ・アプローチ。その手法と可能性について、駒澤大学教授、荒井浩道氏に伺った。(聞き手・構成/増田穂)

◇隠された「もう一つの物語」を紡ぎだす

――そもそもナラティヴ・アプローチとはどのようなものなのですか。

「ナラティヴ」には、「物語、語り」などの意味があります。ナラティヴ・アプローチとは、支援を必要とするクライエント(相談者)の経験にもとづいた語り、その物語に注目する支援方法です。ナラティヴ・アプローチでは、クライエントの語りに耳を傾け、クライエントを深く理解することで、結果としての問題解決を目指すアプローチです。

――クライエントの話に耳を傾けることに重きを置く点では、「傾聴」と似たスタンスのようにも思われます。

そこはなかなか難しいところです。日本では、文化的に傾聴が浸透しているので、「ナラティヴ」と言うとすぐに傾聴のことだと思われてしまうところがあります。確かに「相手の話をきちんと聞きましょう」ということなので、傾聴との共通点はあります。そして何より一般の方には「傾聴」という方がイメージを抱きやすいと思うので、私もナラティヴについて説明する際には傾聴をとっかかりにすることはあります。

しかしナラティヴ・アプローチと傾聴は全く同じものではありません。ナラティヴでは、物語の権力構造に注目します。このことはミシェル・フーコーという哲学者の思想にもとづいていて、実践の中では権力の元で見えなくなっていた要素に注目をします。つまり、クライエントの中にも2種類の物語があるのです。一つは「ドミナント・ストーリー」。私は「こだわっている物語」と訳していますが、クライエントの中で支配的になっている物語です。もう一つが、「オルタナティヴ・ストーリー」といい、「もう一つの物語」と言えるものです。人間はそんなに単純ではありません。大きな支配的な物語に隠れて見えなくなっている、もう一つの物語があるのです。

ナラティヴ・アプローチでは、この「もう一つの物語」に光を当てることを重視しています。言い換えると、ただ話を聞けばいいのではなく、クライエントの物語の複雑な状況を理解し、そこから隠れていた物語を紡ぎだすことに重きを置いているのです。

――つまり、傾聴というとクライエントを支配している「こだわっている物語」をひたすら聞くことになるが、ナラティヴ・アプローチでは、その背後で複層的に構成されている物語を見つけていくことが重要になってくるということですね。

そうです。ナラティヴでは、「例外探し」を大切にしています。クライエントの話を聞いていると、とても饒舌にきれいな物語を語る人がいます。誰が嫌だとか、どれが困ったとか、恐らく私以外の人にも同じ話を何度もしていて、もう型が決まっているであろう語りです。

ところがよくよく話を聞いてみると、ぽろっと例外、つまりさっきまでの語りとは180度違うことを言うことがあるんです。その矛盾こそがオルタナティヴ・ストーリーへの糸口です。ナラティヴでは、そこを問い揺さぶりをかけることで、オルタナティヴ・ストーリーの可能性を広げていきます。

――なぜナラティヴでは隠れた物語に注目するのでしょうか。

ナラティヴはもともと家族療法という心理療法の一種です。家族療法では、問題解決するために個人だけでなく、家族全体にアプローチをします。これは福祉でもそうなのですが、支援の中では、みな問題を解決しようとその問題に焦点を当てていきます。しかし問題を解決しようとすればするほど、その問題が大きくなってこびりついしまう。問題は解決できず、収拾できないものになってしまうのです。むしろ支援者が問題を作ってしまっている状況です。

問題解決を目指す上で、これでは生産的ではありません。ナラティヴ・アプローチはこうした背景から生まれてきた手法です。つまり、問題を「作られたもの」と認識するのです。そして、問題に注目しない解決方法を探します。

――問題に注目せずに問題を解決する……。難しそうです。

そうなんです。ナラティヴでは、問題に注目せずに解決を目指す、ということになります。しかし、そもそも「解決を目指す」ということがそのものがその対象を「問題」として認識することであり、そのために行動することはその「問題」を拡大しかねません。そこでナラティブは、あえて「問題」には触れず、「問題」を相対化していくことを目指します。……つづきはα-Synodos vol.230で!

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2017.10.15 vol.230 特集:日常の語りに耳を澄ます

1.荒井浩道氏インタビュー「隠された物語を紡ぎだす――『支援しない支援』としてのナラティヴ・アプローチ」

2.【アメリカ白人至上主義 Q&A】浜本隆三(解説)「白人至上主義と秘密結社――K.K.K.の盛衰にみるトランプ現象」

3.【今月のポジ出し!】吉川浩満「フィルターバブルを破る一番簡単な方法」

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シノドス編集部

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