多数決型と多様性の間で揺れるトルコ民主主義――大統領選挙と大統領制導入問題

エルドアンの勝利に終わった大統領選挙

 

地方選挙で有権者の信任を得たと考えたエルドアン首相は、8月の大統領選挙出馬を決断する。今回の大統領選挙には3人の人物が立候補した。エルドアン首相(60歳)の対抗馬は、最大野党で世俗主義の共和人民党(CHP)と第2野党で極右トルコ民族主義の民族主義者行動党(MHP)が統一候補として擁立したイフサンオール(Ekmeleddin İhsanoğlu)前イスラーム協力機構 事務局長(70歳)と、クルド系政党の人民民主党(HDP)のデミルタシュ(Selahattin Demirtaş)共同党首(41歳)だ。

 

立候補者の顔ぶれが揃った時点ですでに選挙結果は概ね明らかだった。デミルタシュHDP共同党首の場合、クルド政治運動出身ということから大統領選挙で過半数を獲得することは初めから不可能と見られていた。

 

一方、CHPとMHPの統一候補のイフサンオールはエジプトのカイロで生まれ、長年イスタンブール大学でイスラーム科学史などを教えてきた学者である。また、2005年から今年1月まではイスラーム協力機構の事務局長を務めた人物でもある。イスラーム寄りの人物を擁立することでエルドアンに批判的な宗教保守層の票を狙ったCHPおよびMHP両野党の戦略と言えるが、低い知名度、高齢、カリスマ性の欠如、さらにはその親イスラーム的な立場によってCHP内部の強硬な世俗主義者たちからは擁立反対の声が上がってしまう。

 

イフサンオールの選挙スローガンは「パンのために」。一人あたりGDPが1万ドルを突破したトルコにおいて、人々の関心は日々のパン代を稼ぐことではなく、マイホームを手に入れ子供を大学に入れることに移っている。時代錯誤的なスローガンだった。

 

8月15日、トルコの選挙管理委員会は公式な選挙結果を発表した。エルドアンが51.8%(2100万票)を獲得し当選した。イフサンオール候補は38.4%(1559万票)、デミルタシュ候補は9.8%(396万票)に終わった。

 

地域ごとに投票結果を見てみると、イフサンオールは伝統的にCHPの支持が高いトルコの欧州側やエーゲ海・地中海沿岸で票を固めた。こうした地域は経済発展が進んだ地域であり、世俗的、欧州志向の人々が多く住む。デミルタシュは当然のことながらクルド人の多い南東部で支持された。

 

一方エルドアンはこれらの地域を除くトルコ全土で幅広く支持を受けた。反政府運動の中心地であったイスタンブールでも1位である。エルドアン首相の支持者の多くは、AKP政権になってようやく経済発展の恩恵を受けるとともに、エルドアン政権が福祉政策やインフラ整備によって手厚くもてなした人々である。もちろんイスラーム的価値を重視するエルドアンの政治姿勢もこうした人々から強く支持されている理由の一つである。

 

ただし、デミルタシュHDP共同党首も今回の選挙ではもう一人の勝者と言える。選挙前の得票率予測では9%を下回ると言われていたデミルタシュだが、終わってみれば9.8%と善戦し、3月の統一地方選挙に比べるとHDPの得票数は40%も増えた。

 

また、8月に民間リサーチ会社が行った世論調査によると、「もし次の日曜日に選挙があればどの政党に投票しますか」という問いに対してHDPを選択した回答者は10%を超えている。クルド系政党の支持率が世論調査で10%を超えたのはこれが初めてと言われている。

 

支持率10%というのはクルド系政党にとって鍵となる数字だ。トルコの総選挙には10%条項という規定がある。得票率が全国で10%に満たない政党は国会で議席を得られないという規定である。これは弱小政党の増加で政治が不安定化することを防ぐための措置であるが、これによりクルド系政党はこれまで一度もこの10%の壁を超えたことがない。そのためクルド系政党の候補者は10%条項が適用されない無所属で出馬している。

 

デミルタシュの得票が10%近くにまで伸びた原因は2つあるだろう。ひとつは、エルドアンは嫌いだが、イフサンオールにも投票したくない若者や世俗派、左派の一部がデミルタシュに流れた可能性がある。ゲジ公園での反政府運動に支持を表明していたことに加えて、HDPはイデオロギー的には社会主義政党であるからだ。

 

ふたつ目は、クルド人ではないさまざまな少数派からの支持が増加したと考えられる。HDPは、その支持層を拡大し、クルド人だけではなく性的マイノリティや宗教的マイノリティといった多様な少数派の受け皿になろうとしている。HDPの正式名称はトルコ語でHalkların Demokratik Partisi。日本では「人民民主党」と訳されているようだが、正確には「『諸人民』の民主党」である。同党が代表するのはクルド人だけではなく、「抑圧され、搾取され、疎外されたあらゆる人民」であり、女性、労働者、失業者、若者、障がい者、性的マイノリティなどのための政党だとHDPの党規に謳われている。

 

現在トルコ政府はPKK(クルド労働者党)との和平を模索している真っ最中だ。昨年には政府とPKKとの間で停戦が実現し、今年の夏からは和平実現に向けた法整備が進められている。今回の選挙で存在感を示したHDPは、今後の和平プロセスにおいて重要性を増すだろう。

 

大統領選挙での最大の敗者はCHPだろう。MHPとの統一候補として擁立したイフサンオールの得票は40%を下回った。支持者の一部はデミルタシュのHDPに流れた。さらに選挙の失敗を受けてCHP内では党首の責任問題が浮上し、派閥争いが表面化している。

 

 

エルドアン―ダウトオール新体制の発足

 

8月21日、アンカラで開催されたAKP中央執行委員会はエルドアン氏の側近であるダウトオール外相を次期党首に推薦すると決定した。ギュル大統領(当時)がAKP新党首に復帰し、ロシアでプーチンとメドヴェージェフが行ったような大統領職と首相職の交換を行うとのシナリオもあったが、エルドアンはギュルではなくダウトオールを後継者に選んだ。

 

エルドアンがダウトオールを新党首に擁立した最大の要因は、離党後も彼を通じてAKP内に影響力を確保できると見込んだからだ。トルコではアメリカと違い、現行憲法下では大統領には中立性が求められ、大統領就任に際して、エルドアンは離党しなければならない。

 

したがって、今後も政治運営の中心にいたいエルドアンとしては、エルドアンと並び立つような強力な首相は望ましくない。ギュルの場合、確かに彼はエルドアンとともにAKPを立ち上げ共に戦ってきた同志ではあるものの、2007年の就任以来大統領として高い評価を受けており、エルドアンに「ものが言える」政治家だ。AKP嫌いの世俗派の人々の中にも、「エルドアンは嫌いだけれどもギュルならば」と考える人もいる。

 

また、AKP内には今でもギュルを支持する古参メンバーらがおり、エルドアンを取り囲む若手議員らとの対立が指摘されている。大統領制導入を目指すエルドアンに対してギュルは議院内閣制の維持が望ましいと繰り返し述べており、今後のトルコ政治体制のあり方を巡る見解の違いも目立つ。

 

一方ダウトオールは、これまでエルドアンの側近として親密な関係を構築しそれを維持してきた。AKP新党首に擁立されることが決まった際、ダウトオールはこれまでのAKPの方針を引き継ぎ、その目標を達成させると宣言した。

 

また、ダウトオールの党首擁立は、AKP内の世代交代と関連する。AKPには国会議員が連続4選を禁ずる内規がある。つまり、国会議員になれるのは連続3期までということになる。そしてこの規定により、エルドアンと一緒にAKPを設立当初から支えてきたベテラン議員たち70人は2015年総選挙に出馬できず、AKP議員は次期選挙で大幅に入れ替わる。

 

エルドアンが大統領選に出馬した理由の一つも、彼自身にもこの内規が適用されることだった。内規を変更し、4選禁止を解くという手段も残されていたが、エルドアンはこの内規の維持を求めた。エルドアンはこの内規を利用して古参議員を党運営から退かせ、AKPをエルドアン派の若手で固めようとしたのではないだろうか。AKPの若手議員や幹部の多くはエルドアンに強い忠誠心を持つ。たとえばダウトオールの党首擁立を強く支持したヤルチュン・アクドアン議員は若手幹部の代表格であり、彼はエルドアン首相の筆頭顧問を務めた人物である。

 

したがって、今後のAKPでは、離党はしたもののエルドアン新大統領が「指導者」としてダウトオール新党首を通じて党内に影響力を行使し、エルドアンに忠実な若手が党運営を進めていくと考えられる。ダウトオール首相が8月29日に発表した閣僚名簿からは、エルドアン大統領の腹心が2人新たな副首相に内定していることが明らかになっている。

 

ダウトオール新首相に課せられた大きな任務は、当面は2015年6月に予定されている総選挙に勝ち、大統領制導入に向けた憲法改正に必要な議席数を確保することである。改憲には国会で少なくとも5分の3以上の賛成票が必要だが、現在AKPの議席数は全550議席中312席にとどまっている。

 

 

 

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