リベラル親中派?――豪州ターンブル政権の外交・安全保障政策

2013年から2014年にかけて、日豪関係は安倍晋三首相と保守連合のアボット(Tony Abbott)首相との親交もあり、「特別な戦略的パートナーシップ」と呼ばれるに至るほど飛躍的な発展を遂げた。

 

しかし、アボット首相とその側近による独善的な政権運営に対して与党内の不満が募り、世論調査でも与党保守連合が野党労働党にリードされる状態が長期間続いた。首相自身の不人気も深刻で、アボット政権のままでは2016年に予定されている選挙では勝てないと踏んだ党内に見限られ、2015年9月に、アボット首相は有権者に受けの良いターンブル(Malcolm Turnbull)通信相に党首の座を奪われた。

 

信条的に保守派で対米対日関係重視のアボットに対して、リベラル派で親中色の濃いターンブルという対照的リーダーの下で、日本にぐっと接近したオーストラリアはどのような動きを見せているのか。そこで、本稿では外交・安全保障政策に焦点を当てて、成立後半年余りを経たターンブル政権の実相を考察したい。

 

 

中国への近い立ち位置

 

ターンブル首相はビジネス出身で、この国の財界人が概ねそうであるように、自国に大きな経済的恩恵をもたらすとして親中的である。その息子の妻は中国出身で、しかも岳父は中国共産党員の著名な学者となれば、中国への近い立ち位置は納得できよう。

 

豪中ビジネス界に向けた演説の中では、太平洋戦争中にオーストラリアは日本の軍事侵攻の危機を迎えていたが、中国という当時の同盟国の粘り強い対日抵抗がなければ、オーストラリアは日本の侵攻を跳ね返せなかったかもしれない、と中国の歴史的な役割を讃えている。

 

野党時代には、中国が台頭して東アジアの中心国になっている現状では、アメリカが地域の優越的大国であり続けることはできず、オーストラリアがアメリカの主導に追従していることは国益にそぐわないと、米中間でのパワーシフトに適応して外交路線の修正を提唱しているほどである。

 

アボット政権下では、その前の労働党政権がセキュリティ上の理由で、元人民解放軍将校が起業し共産党政府との密接な関係が噂されるファーウェイ社の全国ブロードバンド・ネットワークへの参入を排除してきたのに対し、2013年9月の政権奪還早々に、価格が安くすでに英国でも受け入れられているとして、同社の参入認可を熱心に提唱したのも、ターンブル通信相であった。

 

 

無難に安全運転

 

そのようなターンブル首相率いる保守連合政権が成立以後半年余りを迎えたが、外交・安全保障政策の分野では無難に安全運転に徹しているというのが率直な印象である。初の本格的外遊で英米中と訪れながら、日本を訪問先から外し、捕鯨問題も絡んで反日的と受け取られた労働党のラッド(Kevin Rudd:首相任期2007-10, 13年)首相の轍を避けるべく、2015年末に慌ただしい日程ながらも中国よりも先に日本を訪問し、対日関係を大きく発展させたアボット前首相とのギャップを感じさせないよう気を配っている。

 

ちょうど同じ時期に日本が国際司法裁判所判決後中断していた南極海での捕鯨を再開しようとしたことに対しても、安倍首相との首脳会談で捕鯨再開に対するオーストラリアの深い失望を伝えるに留め、以後日本の捕鯨はオーストラリア国内で大きな騒ぎになっていない。

 

さらに中国の人工島埋立活動が露骨になってきた南シナ海に目を向ければ、2015年11月にオーストラリア空軍の哨戒機が、人工島付近を飛来し、それに対して中国艦艇から警告を受けたところ、哨戒機から国際法に則り飛行していると往信があった。すなわち航行の自由作戦を遂行していたことが判明した。

 

この事実は間もなくオーストラリア国防軍(ADF)によって確認されたが、通常のパトロール活動の一環であったという公式見解を取っている。ターンブル政権は中国の人工島に対する航行の自由作戦を実施しているとは公言していないが、アボット前首相は自分の政権が地域での空と海からのパトロール活動を「静かに」増やしたと証言しており、オーストラリアは南シナ海での少なくとも空からの航行の自由作戦に、目立たない形で参加を継続しているのではないかと思われる。

 

 

今後20年間の戦略的国防目標

 

ターンブルが多少独自の外交色を打ち出したと見られるのは、2016年1月の首相として初の訪米時にワシントンの戦略国際問題研究所で行った演説である。ここで同首相は、新興国アテネの台頭に、それまでの優越国スパルタが強い警戒を抱いたことがペロポネソス戦争を導いたという、「トゥキディディスの罠」を避けるべきとの習近平主席の発言を採り上げ、正にその通りと持ち上げる一方で、アメリカが国連海洋法条約に未批准なのは同国のリーダーシップへの信憑性を損なうと指摘している。

 

この演説を捉えて、ターンブル首相がいよいよ独立志向の外交に舵を切り替えたと評する豪メディアもあった。しかし、同じ演説の中では、オーストラリアはルール本位秩序のために責任を分ち合う、アメリカのパワーが衰退との主張には与さないと明言し、アメリカ主導の地域アーキテクチャーの構築に協力していく姿勢を明確に表している。

 

そのような姿勢を裏付けるのが、2016年2月末に発表された、日本の防衛計画の大綱に相当する2016年国防白書である。同白書は、中国やインド、インドネシアなどの台頭によって2035年までの20年間に地域の戦略バランスは大きく変化し、多極化の方向に進む、一方で、インド太平洋地域は大きな経済的潜在力を備えており、オーストラリアはこれまで自国に大きな恩恵をもたらしてきた地域の潜在力を削がないように努めることが国益につながると論じている。

 

そこで今後20年間の戦略的国防目標として、(1)オーストラリアへの攻撃・強要・脅迫などへの防衛・抑止・打破、(2)海洋東南アジア及び東ティモールを含む南太平洋の安全への貢献、(3)ルール本位のグローバル秩序維持への貢献の3点を掲げている。

 

この目標遂行に向けて、潜水艦12隻の新規調達を始めとして、フリゲート艦、イージス艦、F-35ジョイントストライクファイターなどに、向こう10年以上で総額1950億ドルを投入する壮大な装備調達計画によりADFを増強していくことを約束した。それと同時に対米同盟を主軸に日本、インドネシア、インド、韓国など、価値を共有する国との戦略的連携を強化していく方針を明確に打ち出している。【次ページにつづく】

 

 

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vol.2019.4.15 

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