セウォル号沈没をめぐる「不都合」――独立メディア記者が問う報道と倫理

2014年4月16日、韓国の珍島海上で発生した旅客船沈没事故「セウォル号事件」。乗客476人のうち、修学旅行中の高校生を多数含む295人が犠牲となった。映画『ダイビング・ベル』は、セウォル号事件とは何だったのか、水面下に沈んでいた事件の真実を解き明かそうとした意欲作である。

 

映画は2014年の釜山国際映画祭で波紋を広げ、釜山市長が「政治的な中立性を欠く作品」として本作の上映中止を求めた。結果として映画は上映され、観客からも多くの喝采を受けたが、釜山国際映画祭組織委員長がその後に事実上更迭されるなど、映画『ダイビング・ベル』をめぐる余波はまだ韓国国内に残っている。

 

事故から2年の月日が経った2016年4月、『ダイビング・ベル』の日本特別上映が決定した。4月24日の福岡を皮切りに、大阪(4月25日)、東京(4月27日)と、国内3ヶ所で上映される。上映前に、監督のアン・ヘリョン氏に映画のみどころを伺った。(インタビュー:瀬山岬 翻訳:韓興鉄)

 

<ストーリー>

2014 年 4 月 16 日、476 人が乗っていた旅客船セウォル号が珍島の沖合いで沈没する。惨事から 3 日目、ペンモク港に到着した記者イ・サンホは主要メディアが報じない現場の真実を目撃する。「全員救助」、「史上最大の救助作戦」、「178 名の潜水士を動員」などと壮大な文句をまとうメディアの報道とはあまりにもかけ離れた現実に、茫然自失していたその時、潜水時間を大きく伸ばせるという「ダイビング・ベル」について知ることになるが……

 

 

当時の事件を冷静に復元する

 

―――映画『ダイビング・ベル』は、アン・ヘリョン監督とイ・サンホ記者との共同監督となっています。そのような形をとることになった経緯をお聞かせください。

 

イ・サンホ記者(元MBC記者)と告発(コバル)ニュースのニュース班は現場のペンモク港に赴いて取材を始め、連日インターネット(告発ニュースのサイト)で事件の様子について生放送をしていました。彼がダイビング・ベルを中心としたドキュメンタリーをつくる監督を探していると聞いたので、私が手を挙げたのがきっかけです。というのも、私はセウォル号沈没の際、現場で取材ができませんでした。共同監督を引き受けたのは、その反省からであり、懺悔でもあります。

 

イ・サンホ記者はもともとニュース記者なので、長編作品を製作した経験がありません。また、あまりに現場にのめり込んでいたので、感情をコントロールするのが困難な状態でした。私は、現場の取材映像から、客観的な視点で、観客にわかりやすいストーリーを組み立てました。現場から離れていたから可能だったのかもしれません。私の役割は、現場の熱気を鎮め、当時の事件を冷静に復元することでした。

 

 

――セウォル号事件は、当時どのように受け止められたのか、お聞かせください。

 

セウォル号沈没事故では、沈没していく過程のほとんどがテレビで生中継されていました。多くの韓国人たちが、学生が亡くなっていく過程を生中継で目撃していたのです。救助作業も時々刻々と伝えられていましたが、事故の現場が海だったため救助の現場を具体的に見ることはできませんでした。

 

高校生たちが亡くなっていく過程をテレビで見ながら、何もできない……韓国の人々は、無気力になり、自らを恥じました。もちろん私自身もそうでした。

船に乗っていた高校生の保護者に「生徒を全員救助」というメールが送られるなど、報道は混乱しました。3日が経過するまでに救助されるとの希望をもっていましたが、日が経つごとに希望は絶望に変わっていきました。もっとも犠牲者が多かった安山(アンサン)市には大型の焼香所が設けられ、政府や民間を問わず、公演やイベントはすべてキャンセルになっていました。

 

報道は、事件の責任よりも、韓国の救難当局に対して救助の責任を問う形へと変化し始めていました。海上の救難現場を指揮する海洋警察は、自らの責任を逃れるための言い訳ばかりを並べました。遺族や行方不明者家族は海洋警察の発表ばかりを報道するメディアに対し、露骨に不信感を示しはじめました。

 

しかし、メディアはこれ以上セウォル号事件の真相を報じるよりは、世論の方向を戸に逸らすことに注力することで、人々の関心を分散させました。「ダイビング・ベル」をめぐる出来事は、その象徴だと言えます。

 

 

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見えてきた真実

 

―――映画のタイトルにもなっている「ダイビング・ベル」ですが、海中に設置することで長時間救助活動が可能である装置のことを指すそうですね。このダイビング・ベルを救助のために投入しようとしたイ・ジョンイン社長が映画ではクローズアップされています。ダイビング・ベルは事故当時、失踪者を探すための大きな希望として国民から熱い期待を向けられていました。

 

イ・ジョンイン社長に対し多くのメディアが殺到して取材をしましたが、密着取材を行ったのは、イ・サンホ記者と告発ニュースだけでした。

 

ダイビング・ベルに関連する報道は、新たなスケープゴートを作る過程のように思えました。救助への責任を、海洋警察ではなくダイビング・ベルに向けさせたのです。善意から救助活動に参加しようとしたイ・ジョンイン社長を、金儲けをたくらむ詐欺師へと追いやったように思います。

 

イ・ジョンイン社長は長い救助作業の経験に基づき、事故の発生から3日間は生存者がいるだろうと判断し、自費で莫大な費用をかけて事故現場に駆けつけたのです。しかし彼は救助作業に関われませんでした。海洋警察は自らの失態が公にされることを望まなかったからです。

 

ダイビング・ベルは、かつて釜山で起きた海難事故で、海洋警察とともに作業をした経験がありました。しかし、セウォル号事件ではこのことについて徹底して知らないふりをしました。

 

 

――しかし、イ・ジョンイン社長は「国民への詐欺」と大きな批判にさらされることになりますね。

 

ダイビング・ベルが撤退する過程で、イ・ジョンイン社長に浴びせられたメディアの集中砲火は、実際は海洋警察に向けられるべきものでした。

 

当局が責任を避けるためにスケープゴートとしてダイビング・ベルを矢面に立たせたのです。メディアは巨大な権力の情報操作に乗せられていく構造を浮かび上がらせることができなければ、真実に近づくことは難しい。

 

連日、救助の知らせはニュースを通じて報道されていましたが、それが事実ではないことは、現場にいるとありありとわかりました。ニュースや現場を交差させることで見えてきた真実が埋もれている現実に、怒りをあらわさなければいけないと思ったのです。

 

 

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釜山市の介入

 

——セウォル号事件について、現在韓国ではどのような報道がなされていますか?

 

セウォル号惨事の2周年が近づいていますが、行方不明者9人はまだ海の中です。引き揚げ作業のための準備が進められています。遺族は補償よりも事故の真相究明を要求していますが、韓国政府は真実の究明に消極的です。

 

2014年11月に「4・16惨事の真実究明及び安全な社会建設等のための特別法」(通称セウォル号法)が成立しましたが、調査委員会の立ち上げと予算編成は遅れています。これまでに行われたのは2回の聴聞会だけです。また、調査委員会の活動期間は「(調査委員の)構成を終えた日から1年」となっていますから、セウォル号惨事に対する真相調査は始まる前に頓挫するでしょう。

 

一部のメディアやインターネットメディアが取材報道を続けていますが、巨大メディアは関心がなくなっている状態です。遺族らはまだ光化門前にテントを立て真実究明のための闘いを続けています。

 

 

——映画製作中、印象的だったエピソードを教えてください。

 

それまでに撮影された映像でストーリーを組み立てた後、最終的にイ・ジョンイン社長の会社で彼にインタビューを行いました。ペンモク港から撤退する時、彼はあらゆる非難を浴びせられました。彼は言い訳をすることはありませんでしたし、その後は沈黙していました。

 

しかし、映画が完成していく段階でわれわれは彼にインタビューを要請したのですが、彼はカメラの前で躊躇することなく、自らが経験したこと、また自らが受けた侮辱についてはばかることなく話を吐き出しました。その瞬間の戦慄は今も忘れることができません。【次ページにつづく】

 

 

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