2018.03.08

食糧主権と食料安全のためのローカルフードムーブメント

折戸えとな 環境倫理学、食と農の倫理学

国際 #「新しいリベラル」を構想するために

You are what you eat.

「あなたが食べたものがあなた自身である」という言葉を耳にしたことがあるだろう。食べ物は私たちの肉体や精神をつくり、さらにアイデンティティや文化とも深く関係する。それだけではなく、「何を食べるか」についての選択それ自体が政治的な投票行動に結びつき、環境問題といった世界的課題にも影響を及ぼすことができる、と考える人たちが増えている。

そうした背景には、食料安全と食料主権が世界的規模で脅かされつつあるという危機感がある。日本においても、2017年は種子法の廃止が可決され、国や地方自治体が管理していた種子が自由競争の下で解放された。今後は、日本国内においても、米を含めた農産物種子のグローバル企業の支配が強まり、農業者や消費者の食糧主権が脅かされていくことや、遺伝子組み換えなど新しい技術がもたらす弊害に対しての危機感が高まっている。一方、食と農のシステムが大きく変わろうとしている時勢の中で、草の根の市民たちの動きもまた活発化している。その一例をご紹介したい。

地域に根差した顔の見えるコミュニティを再構築

近年、都市に住む消費者と小規模農民が直接結び合う、そうした関係性をつくる動きが北米やヨーロッパで盛んになっている。英語ではCSA(Community Supported Agriculture=地域で支える農業)と呼ばれ、ローカルな暮らしに根付いた小規模農民を支える仕組みだ。

フランス語ではAMAP(Associations pour le Maintien d’une Agriculture Paysanne=農民農業を支える会)、イタリア語ではG.A.S.(Gruppo di Acquisto Solidale=連帯型購入グループ)、ドイツ語ではSoLaWi(Solidarische Landwirtschaft=連帯農業)と呼ばれている。その他各地で独自のネーミングで呼ばれているが、基本的な考え方や問題意識は似通っている。(以下本文中では総称としてCSAと呼ぶ)

CSAは北米やヨーロッパなどにとどまらず、今、南米、アフリカ、アジア諸国にもさまざまなかたちで広がりつつある。生産と消費に携わる人々が直接的に関わり、顔の見える信頼関係に基づく小規模な無数のグループが世界各地で自然発生している。このような動きは、環境問題、健康問題、労働問題、経済格差、小規模家族農業の存続といった、現代社会が内包する社会的課題を乗り越えるための複数解の模索でもある。

食と農の草の根のローカルフードムーブメントであるCSAは、2003年に設立されたURGENCIと呼ばれるNPOによって、現在はゆるやかにつながり国際的ネットワークとなっている。URGENCIはCSAの根幹となる目的やミッションを、大まかに4点にまとめている。

まず1点目は、地産地消のシステム、地域に根差した食糧主権を重んじること、そのためには消費者と生産者が互いに透明性を高めて信頼関係を構築すること。2点目は、安全で健康を支える食物をつくること、そのためには小規模農民を支えること、化学資材の低投入、有機的農業で作られた農産物であること。3点目は生産者と消費者が連帯して、双方が市民的な責任を担いつつ、共に恵みもリスクも分かち合いながら、新たな経済やコミュニティを生み出していくこと。4点目は、自然環境に配慮し、自然と調和した農的アプローチをすること。

具体的な個々のグループの活動は千差万別で、所与の条件に合わせてそれぞれが試行錯誤しながら、そのシステムとをつくり出していることが多い。消費者が直接自分の居住地域に近い農家から農産物(農産物だけに限らない場合もあるが)を受取るのが基本だが、消費者が農場を訪ねて野菜をピックアップする、あるいは互いが決めたステーションに出向く、または生産者が各家庭に配達するケースもある。

手間のかかる有機農業などをする農家に対して、消費者は農場の農作業を手伝ったりしながら交流を深め、両者が関係性を築いていく。生産者と消費者が対面して、関係をつくっていくことが重要な要素となる。

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フランスのAMAP 農家の夫婦と野菜ボックスを取りにくる消費者

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消費者による、野菜の仕分け作業

欧州では、消費者の側から組織をして、自分たちのために農産物をつくってくれる農民を探し、話し合いをもち、互いの条件をつきあわせて、それぞれにあったやり方を試行錯誤しながらつくり上げていくケースが多い。

たとえばAMAPがフランス全土に広がり始めたのは2001年頃。イル・ド・フランス県の例では、2003年に最初のAMAPが誕生してから、その数は2014年には300に増加し、185の生産者と消費者6万人がこうしたAMAPの参加者になっている。国内のAMAPネットワークが構築され、Websiteで自分の近くのAMAPを探し、連絡を取って参加することができる仕組みが整っていることで、ネットワークの広がり方が早い(注1)。

(注1)AMAPネットワークウェブサイト:http://www.reseau-amap.org/recherche-amap.php

AMAP憲章の中にあるキーワードは、「アグロエコロジー」(注2)、「適正価格」、「信頼」、「透明性」というもので、関わる人びとはつねに、対話、学習、ネットワークの強化などを通じてこうした価値をそれぞれの実践の中に適応させながら、試行錯誤を重ねる。農民と消費者のつながりは「売り買いを超えた互助である」と説明され、オルタナティブな連帯経済の構築を積極的に模索していることがわかる。

(注2)2016年、京都地球環境研究所においてミゲル・アティエル氏を招いたシンポジウムで、アグロエコロジーの定義を下記のようにまとめている。「伝統知と科学知にもとづいた超学際的なアプローチであり、その目的は、生産性が高く、生物学的に多様で、かつレジリエントな小規模な農業システムを設計・管理することです。アグロエコロジーにもとづいた農業システムの特徴は、経済的に採算がとれ、社会的に公正であり、文化的に多様であり、環境に過重な負荷をかけないことです。アグロエコロジーの鍵となる三つの原則は、多様性・ネットワーキング・主権です。」

気候変動・環境問題と向き合う多様性の確保とリスク分散

日本で2017年の春、ポテトチップスが店頭から姿を消したことは、まだ私たちの記憶に新しい。メーカー大手はその加工用馬鈴薯生産の大部分を北海道に依存している。その北海道に2016年、台風が相次ぎ上陸、ジャガイモ畑の約40%とも言われる部分が水没し大きなダメージを受けたためだ。また2017年の秋から冬にかけては、冬野菜が高騰している。これもまた、種まきの時期に襲った台風や長雨の影響で市場価格が上がったことが要因だ。

自然と共に営まれる農的営みと農民の生計は三つのリスクに曝されている。自然の気候変動、自然がもつ不確実性の中にあるリスク、またそれに連動した市場価格変動に曝されるリスクと、さらに、効率化を求める単一作物栽培の耕作によって気候や害虫発生などのリスクである。この三つの脆弱性といわれるものは、どれもそれぞれが相互連関的に影響しているともいえる。

現代の巨大化の一途をたどるフードシステムは、もっとも効率の良い品種を大規模な面積で栽培してゆくという、農産物の経済合理性の厳密な追及に支えられている。だが、これは一方では、大飢饉の要素を準備しているに等しい。

CSAでは、手間暇はかかるが、たいてい多品目栽培がおこなわれている。それはリスク分散という意味においても重要であり、またその手間暇を消費者が援農というかたちでサポートしながら、消費者もまたリスクを共に担う。さらに、援農を通じて農についての学習機会を得ているというさまざまな複合的要素が織り込まれている。

CSAは会費を前払いにしているグループが多い。それはできた収穫物という恵みだけではなく、農民の所得を保障し、気候や自然の変動に曝される農民のリスクを、消費者が共に担うことで、農民と消費者が共に生活を支え合う仕組みとなっている。市場価格の変動から守られて農業に打ち込めるということを感謝している農民が多い。

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夏の野菜セット20€程度。

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多品目栽培にし、環境に配慮し、ごみを減らすためにも、プラチックやビニールの梱包をしない。

フードシステムの中に忍び込む、経済格差・労働搾取に向き合う

また、グループによっては、消費者間の経済的格差に対しても対応する努力をしている。たとえば、ドイツのボンでCSAを立ち上げたケースでは、一律平等、商品の値段で価格を設定するのではなく、消費者の収入に応じた差別化をすることで、社会の中に、もっと言えばグループ内にも存在する経済格差の問題に対応する仕組みを工夫している。

農家は必要経費、収入を消費者グループ全体にまず提示し、その金額を消費者全員でどのようにしたらサポートできるのかを考える。その際に、消費者が箱の中にそれぞれ支払える金額を書いて入れ、その合計が見合うまでその過程を繰り返し、調整するという方法を取っていた。

またその中には失業中でお金では支払えないが、農作業という労働提供をして農産物を受け取る人もいる。こうした支払能力や家計の状況に応じた対応を可能にする仕組みを、話合いながらつくっていく試みがなされていた。

巨大化するアグリビジネスや工業的食糧生産の環境への負荷などの問題が、一般的にも認識されるようになり、「健康、安全性、環境」というキーワードと共にオーガニック市場の拡大が近年目覚ましい。

2017年夏、米国大手オーガニックマーケットWholefoodsがアマゾンに買収されたことはその象徴とも言われるが、やはり、オーガニックは価格も高く、裕福層のための食品になっているのが現状だ。そして、その生産現場では、不法移民が低賃金で働いているなど、フードシステムの中に埋め込まれている、社会的課題を解決する動きもアメリカでは始まっている。

とくに不法移民の労働問題は、安全で健康なイメージを標榜するオーガニック市場や大規模化するアメリカのCSAの農場でもその矛盾が論点となり、フードシステムのJustice〔正義〕が問われ始めている。すでに、消費者を数百人規模の会員を抱えるアメリカのCSA農場なども移民労働者なしでは成立しないし、Big Organicと言われるオーガニック市場を支えているのもじつは移民労働だ。そのような有機農産物を富裕層の消費者のみが独占消費するという構図が問題視されている。

こうした観点から、ニューヨークにあるNPO法人JUST FOODの活動では、近隣のCSA農家からNY市にオーガニック野菜を買い取ってもらい、このNPOを通じて、その野菜をホームレスに配給するという試みも行われている。日本でも、「こども食堂」など、食に関する社会的課題に対応する草の根の動きが始まっているが、貧困層への食育や、コミュニティガーデンなどを都市の中で、JUST FOODは食を通じて社会に内在する不公正を具体的に解決するための活動を行っている。

喜びや楽しさ、生活の質も魅力

CSAには、食だけではなく、さまざまな機能を織り込ませていくことも可能だ。たとえばイタリアのケースでは、食料に特化せず、子育て支援や老人介護など、他のニーズも含めながら相互扶助のシステムをつくる試みも始まっている。これはグループの中にある個別のニーズに対して、その時々で話し合いながらCSAのあり方を適応できることがメリットだ。臨機応変に対応できること、そのたびに話し合いを持ちながら進めていけることで、ポテンシャルはいくらでも広げられる。

CSAの魅力はじつのところ、活動の中に楽しさや喜びがあるということだろう。理念や経済的な必要に迫られたニーズから生まれたシェア経済、連帯経済であったとしても、結果として分かち合うことの面白さや楽しさも享受されつつある。

誰かと農作業を共にする、収穫を分かち合う、共にご飯を作って食べる、新たな出会いが生まれる、そのような喜びや楽しさを日々の生活の中に少しずつでも取り入れることで、緩やかなコミュニティを生み出していく。そこには、バラバラに切り離された個々の人々がふたたび自然や地域の人々とつながり、その中にある煩雑さや面倒臭さも含め、生活にもたらされる楽しさや喜びをその原動力となっているようにみえる。

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日本の“提携”(TEIKEI)がその源流に

このような生産と消費を直接つなぐ仕組みの最先端、その源流はじつは日本にある。1970年代に日本で起こった主婦と農民と学生たちの有機農業運動である「提携」は、CSAやAMAPのモデルとなり、今や国内の人よりも、海外の人たちによく知られるようになった。

日本の提携は“TEIKEI”という言葉として、今は国外で定着しつつある。日本の有機農業運動では、「安全な物をつくってくれる農家の生活を支える」という消費者側の気概と、「消費者の命を支える」という農家側の熱い想いが双方に結びつき、原動力となって、何もないところからそれぞれが自らの生き方を選択することによって、TEIKEIがつくり出されてきた。

今世界に広がりを見せるこのCSAのムーブメントは、環境、経済、労働といった社会的課題を自分の身近なライフスタイルの中に結び付けながら、次の時代の生き方の模索が活発になされているといえる。日本で芽生え世界各地で花開きつつあるCSAの中には、豊かな実りと次世代への種が準備され始めている。

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CSA国際ネットワーク組織URGENCIはニューズレターの名前を、CSAの源流である日本の提携に敬意を表し、さらに福島原発事故後の日本の提携に対する支援の想いを込めてTEIKEIとした。

プロフィール

折戸えとな環境倫理学、食と農の倫理学

専門は、環境倫理学、食と農の倫理学。現在、早稲田大学、明海大学非常勤講師。

津田塾大学国際関係学科卒業後、大学教授秘書を経て、2003年に埼玉県小川町にある霜里農場で農業研修を受ける。一旦は就農をしたが、農家で生きていく道は断念。その後、立教大学異文化コミュニケーション研究科(修士)、東京大学新領域創成科学研究科(環境学博士)で、食と農に関するユニークな社会経済関係の構築や、食と農を通じた新たなコミュニティづくり、ローカルフードムーブメントの研究と実践を行っている。

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